日本のここがおかしい
      記者名:独言子  開始:06年09月01日  全記事:926  アクセス数: 8/ 324/ 194431



  前回の選挙でも争点の一つが地方でした。地方の衰退をどうするかという事が、近年の政治の重要課題となっていました。選挙では民主党のばらまきの多さに判定が下ったのかも知れません。しかし、地方は本当に衰退していると言えるのでしょうか?衰退と言う前に、地方はそんなに繁栄していたのでしょうか?繁栄していたとしても第一次産業中心の経済で、農業では、補助金と米の政府によるカルテルで、価格維持の結果、潤っていた面も大きいでしょう。戦前は大地主以外は困ったときには娘を売るような生活だった小作農家中心でした。戦後農地改革で大地主から土地を取り上げ、小作農家に土地を配分して、その上に、米の管理と補助金により農家の生活を向上させたのでした。理由は彼らが票を持てるようになったからでしょう。日本の高度成長期には農村もそれなりに、以前に比べると豊かになったのでしょうが、これも国の補助の結果でしかなかったのです。林業にも膨大な財政資金が投入されました。 

  その後、消費者の米離れで農業収入は低迷したことは確かでしょう。漁業も消費者の魚離れという面もありますし、林業は輸入材におされてという面がありますが、これらは時代の変化で、第一次産業の衰退の結果であると言えます。補助金は払い続けましたが、いくら税金を投入しても都会の生活水準の向上についていけなかったのです。ですから衰退というよりも、近代的産業への転換ができなかったのかもしれません。欧米では農業でも林業でも大規模化して近代産業に転換した国はいくらでもあります。漁業でも日本は大会社もありますが、多くは漁業権に守られて零細のまま維持されてきました。


   ですから、地方が衰退したとしたら、むしろ国の過保護によるものであり、それを地方の人達が要求した結果ではないでしょうか。都会では国の補助もなく、自分達の力で海外や国内の競争相手と競合しながら力を付けた人達がほとんどなのに、地方では国におんぶにだっこで、近代産業への転進を拒んだ挙げ句、国の財政を悪化させて、もうこれ以上補助できなくなったので、衰退と叫んでいる人がおおいのでは?

   
実際、ほとんどの農家は兼業農家であり、世帯あたりでは、主たる収入と合わせると、収入はむしろサラリーマン世帯の平均収入より多いそうです。今の米作りは機械と農薬、肥料のお陰で週末に作業を行えれば十分だと聞きました。それなのに衰退と叫ぶ理由は、若者が都会へ移住して、後継者がいない事と、その結果の人口減により買い物、病院などのインフラの維持が困難になっているからです。更に言えば、中山間地などの限界集落では高齢者が兼業もできず、自給自作的な貧しい?生活をしており、この風景が繰り返し報道されているために余計そういう印象を与えるのでしょう。 

  こういう限界集落を基準に物事を考えても仕方のないことです。住民達の子供達は都会で暮らしているのですから、生活が成り立たないのなら都会に移住すればよいのですから。先祖代々の土地を離れるわけにはいかないという気持はわかりますが、子供が都会で生活していることは行政の責任ではありません。
 

  しかしこの人達も票をもっているので政治が放っておけないと考えて、税金でインフラ整備に金をかける力が働くのも困るので、もっと便利な都会周辺に移って貰うように補助する方が、何十億かけて道を造るよりは金がかからないように思います。コンパクトシティをつくるのです。
 

  限界集落でなくとも、兼業できる普通の農家や漁業、林業の第一次産業が復活するには、欧米並に大規模化が避けられません。やる気のある人に土地や権利を集約して、それ以外の人は兼業の人は、本来の仕事(役所勤めや教師、サラリーマンなど)に専念して、便利な都会周辺に移住して貰えばよいはずです。とにかく、衰退と叫ぶのは現状の小規模一次産業を固定化するための補助金と規制継続が狙いですから、政府はこれまでの保護政策をやめて、自由競争に地方を放り込む位の政策転換が必要だと思います。票をもっているからと前近代的な保護政策を続けると、何時までも地方の衰退と叫ばれて、国税をむしりとられますからね。はやく税金を払う方に回って貰う必要があります。






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  日本経済の活性化の道筋が見えない今、教育への投資が言われています。日本の教育への公的資金投入額は先進国で最低で、アメリカなどより大幅に低く成っているそうです。大学での研究や指導がアメリカなどにくらべて劣るのも公的資金の投入が少なすぎるという面が大きいのでしょう。コンクリートから人へと政権は謳っていますが、確かに自民党政権時代にコンクリートばかりに金をかけて、教育に金をかけなかったつけなのでしょうね。もっとも鳩山政権の人へも、高校教育の無料化くらいで、後は子育て支援などのバラマキ的性格が強いのですけれど。高校教育の無料化にしても、教育内容の充実とは関係のない措置ですから、これで日本の高校教育が充実するという訳ではありません。   

   我々の若い頃は大学受験の為の勉強が高校での勉強の目的であったような気がします。自分自身なんでこんな事をしなければならないのだという不満を感じてはいましたが、結果として、受験勉強が基礎学力と忍耐力の向上につながりはしたでしょう。しかし、大学の選抜方法としては、単なるペーパーテストで決定するやり方は良くないと言う事はこのブログで何度も書いてきました。私の主張は学力も含めた、総合的な人格を判断するような選抜方法を採用するべきだというものです。学力は高校の成績や共通一次を参考にし、それ以外のクラブ活動やボランティア歴などで判断するというものです。そして大学教育を充実して、卒業を厳しくするのです。

    所が最近の私立大学の入試では、半分の学生が推薦入学とAOadministration office)選抜によっているそうです。その推薦も学力が考慮された推薦は僅かだそうです。要するに少子化で高校生の数が減っているのに大学の数がどんどん増えてきて、数の上からは全入になったからです。大学にしてみれば、教育内容より経営が大事で、応募者が足りなければ選抜するどころか、お客さんを勧誘するしかない形になっているわけです。ですからこういう大学ではおそらく教育内容の充実などは望めません。得られるのは大卒という名前だけです。それが就職に物をいうかというと、そうではないでしょう。親は一体何のためにそういう大学に行かせるのでしょうかね?本人は22歳まで遊べるからと進学?するのでしょうが、親は金をどぶに捨てているようなものです。   

  それでは高校で就職した方がましだという事になりますが、それがそうでもなさそうです。今の不況下では、高卒の就職率は大卒よりもだいぶ悪いのですから。勉強の嫌いな子は高卒で就職しようと思っても、就職出来ないから大学に行くというような事も起こっています。

   結局、景気を事を別にすれば、家庭、小学校、中学校、高校と、大学以前の教育に相当問題があるという考えに至ります。子供をどういう子に育てるかという根本はやはり家庭教育でしょう。幼児期から小学校くらいまで、家庭で、いかに自立心、想像力、社交術、集中力、好奇心、思考力、向学心のある子供にするかという家庭教育がすべての土台にあり、それ以降の学校教育はすべてその土台の上に成立するものだと思います。学校で幾ら一生懸命教えようとしても、土台がぐらぐらなら、どうしようもないわけです。

   何度もこの場で書いたことですが、戦後生まれの団塊の世代は就職後、右肩上がりの経済の恩恵を受けて、自分の育った環境から飛躍した待遇を受けた成金になりました。成金の特徴として、自分が出来なかった事を子にさせてやろうと、色々な物を買い与えました。物の溢れる時代となり、祖父母もどんどん与えました。その結果、団塊JRの土台が揺るぎました。今の子供達はその土台のゆるんだ団塊JRの子供ですから、生まれたら余程土台をしっかりつくってやる教育をしないと親の二の舞になりそうです。もっとも団塊JRは就職氷河期で苦労していますから、それまでの自分に後悔しながら、我が子にはそんな思いをさせまいと、きちっとした教育をしてくれるかもしれません。そこに期待したいですが。

   土台がしっかりした子が送り込まれてくると、後は学校の充実が大事です。子育て支援などに莫大な金をかけるのではなく、保育園の充実と、学校教育の為に金を使うべきだと思います。教師の数を増やして、進捗の度合いに合わせてきめ細かい指導をするなども大事なことです。受験の為の詰め込み、暗記教育ではなく、考える力を付ける教育も大事です。こういう事をするためには、もっと金をかけなければならないでしょうね。そして大学の受験制度、企業の採用制度なども改革するべきです。こういう総合的な教育制度の大改革を新政権では期待したいですね。


コメント更新: 10年02月06日(土) 14:51 / 参照(2)投稿TrackBack(0)
はあ? (ばかじゃね) 10年02月06日(土)
やれやれ (ばなな) 10年02月06日(土)



  不況やその結果の雇用不安などからでしょうが、特に若い人はスピリチュアルブームのようですね。スピリチュアルと言っても、既存の宗教もそうでしょうが、占い、運勢、おみくじからスピリチュアルカウンセリングなど様々です。テレビでやっていましたが、合格祈願花盛りの季節に静岡県の神社ではたこがご神体だそうです。受験生達はそこにおふだを置くのです。たこは英語でオクトパスですので、お札を置くとパスするというわけです。駄洒落とスピリチュアルをミックスしたようなものですが、笑っちゃいますね。   

   私自身、これまでこういうものにうとく、自分では信心がないのでばかにしていました。占いなど、昔の印象では、良い結果が出るかも知れないが、悪い事を言われるかも知れないと思っていました。手相で、あなたの生命線がここで切れている、このままでは危ないとか脅されたりするのではと言うことです。実際人の運命が分かるとしたら、必ずしも良い運命とは限りません。おみくじでも大吉だけではなく、凶もあるはずだとおもうのです。そんな自分の運命を根拠のないもので汚されたくないという思いもありました。

   しかし、良くしりませんが、最近のはどうも違うように思えます。あなたは将来病気になるとか、クビになるとか悪い宣告をしたら、二度と客は来ないでしょう。そういうネガティブな事ではなく、常にポジティブな事を言ってくれる人が人気が出る筈です。どうせ人の未来なんか分かる筈もないのですから、わざわざネガティブな事をいう必要などありません。お金を払ってでも聞きたいのは、自分の明るい未来です。テレビなどでも、占いを受けた人が、あの一言で救われたとか、自分が変われたと喜んでいる人が登場していました。

   結局、気休めという事なのでしょうが、その気休めを必要としている人が今の時代沢山いるということです。占い師達は訓練を受けて、クライエントにあった、元気づける色々な言葉を用意しているのですね。私は人がそれで元気づけられればそれはそれで良いと思います。

   世界には4大宗教その他多くの宗教がありますが、結局、本質はこれと同じ事でしょう。神という絶対的存在を作り上げて、その神の名のもとに多くの託宣を行うのですが、結局は不安を解消する手段だったのだと思います。最大の不安は死の恐怖でしょう。だから、心配しなくても、天国や極楽があるという事にしたのです。4大宗教ともなると非常に複雑な教義がありますが、本質は一つだと思います。

   私などは全く不信心ですが、別に大きな不安も持っていません。なぜかと言うと、未来など考えないようにしているからです。自分が死ぬ時の事など考えずに、あらゆる事は起こったらその時のことだと思っています。だからと言って将来起こりうる問題に何も対処しなかったわけではありません。受験と言う物があれば最低限の勉強はしましたし、就職の前にはそれなりの準備はしました。死と直結する健康管理にもそれなりに気はつかっています。という事は考えないようにしていると言っても、ネガティブな事は考えないようにしているということです。ポジティブな事はできるだけ考えるようにしています。それは楽しい想像です。

     
スピリチュアルに頼る人はどうしても性格的にネガティブな事を考えてしまうのでしょうね。もし失業したらどうしよう、収入が減ったら、受験に失敗したらというような事が頭から離れないのかも知れません。そんなことはそれなりの努力をしていれば、そう成ったときに考えればよいという、私みたいな訳には行かないのかも知れません。占い師に未来は明るいと言って貰わないと安心できないのでしょう。しかしそれではどうも本当の強さは出てこないようにも思えます。結果としてハッピーになれば良いのですが、できればそういうものに頼らないでハッピーになるような精神的な鍛錬が必要かもしれも知れません。どうしたらそうなれるのかと言われると困りますが、各人で考えてみて欲しい事です。


コメント更新: 10年02月06日(土) 15:16 / 参照(2)投稿TrackBack(0)
... (.) 10年02月06日(土)
ばなな占い (ばなな) 10年02月06日(土)



ある中国人の学者がアメリカを始め先進国はこれ以上経済成長するべきではないと述べていました。国民の生活水準が充分であれば、それで良いではないか。何のために成長、成長と唱えているのだという訳です。勿論、彼は生活水準の低い中国や他の発展途上国がもっと成長するべきであると手前勝手な事を述べているのですが、その背景には資源、環境のボトルネックがある事はいうまでもありません。先進国も、発展途上国もみんなが成長したら、資源はたちまち枯渇し、環境汚染の歯止めがかかりません。あんたたちはもう充分でしょというわけです。

  もちろん、先進国とされているアメリカや日本にも生活に満足していない人達が沢山います。政治の責任としてこの人達も満足できる水準まで引き上げる必要があります。だから先進国が成長しなくても良いという事はないはずです。それはそれとして、現在先進国で衣食住に足りた生活をしている人達はこれ以上成長する必要があるのかという疑問は確かにあります。アメリカの金持ちのようにお城のような家に住み、別荘にクルーザーというような生活が出来れば、それは良いに決まっていますが、それで心が満たされるとは限りません。喰う物にも困るようで有れば心もすさんで来るのですが、一応の衣食住に満ち足りれば、それ以上は心の問題としては大差はないように思えます。タイガーのように金は有り余っていても、浮気をしたら叩かれ、奥さんにでていくと言われ、常に監視された生活で、上手い物を食い過ぎれば太り、生活習慣病にもかかります。精神的には一般庶民より何倍も幸せと言うこともないでしょう。

  そういう突出したセレブの世界は別にして、一般庶民がこれ以上成長するという事はどういう事になるのでしょうか。日本には食や物が溢れかえっています。作っても売れないくらい物があるのです。経済成長とは物を豊かにするという事で有れば、もう飽和状態です。先に書きましたように、環境、省エネ、医療、介護などの分野で経済成長を起こすと政権は述べていますが、これらはすべて防衛的なものです。現状維持の為に施策であると考えた方がよいでしょう。心に満足を与える成長とは言えません。

  今後心の満足を伴った成長とはどういう事が考えられるのでしょうか。究極はパラダイスかユートピアでしょうか。そこでは欲しい物は幾らでも手に入り、働く必要もない。労働は全てロボットなどの機械がやってくれる。行きたい所にはボタン一つで移動出来る。人間は娯楽や飽食やセックスなどやりたい事をやって毎日を過ごせばよい。こんな社会にするのが究極の目的なのでしょうか。そこに至る過程を経済成長と捉えると、まだまだ道は遠いですね。

  もちろんそんな理想の世界が実現するとは考えられません。世界の人口が60億から90億に増えようとしており、1日1ドル以下で生活している人の方が多いのが現状です。すべての人間がいまの先進国の庶民並の生活をするだけの資源や食糧は今の所ない状態です。ですから発展途上国に言わせると、先進国がこれ以上成長する必要などないではないか。その余地があるなら、資源を発展途上国にまわせということになります。

  実際問題、日本において格差が広がり、貧しい人が増えたという現象が起きているのはその余波でしょう。発展途上国の人達に仕事を奪われているからです。同一労働同一賃金の原則が国際的に起こると、日本人の一部は成長どころか貧しくなる理屈です。その余波の影響を防ぐ方が成長戦略より大事かも知れません。その為に必要なのは発展途上国の人々と差別化するための教育と、雇用を生み出す高度な産業の育成です。所が今の政府は産業の育成には目をそむけ、借金で調達した金を国民に直接給付するようなばらまきをやっています。高校を無償化したから学力があがるわけでもありません。国の教育方針を根本的に変換しなければならないのに、政府は日教組に牛耳られていますからね。(輿石という民主党の参議院のボスは日教組出身)

  与党も野党も地方、地方と叫んでいますが、発展途上国と差別化する高度な産業は地方で起こるわけではありません。人材と情報と、資金がコラボできる都市部でしか起こり得ません。一票の格差で肥大化している地方票をあらそうだけの政策では日本は成長どころか発展途上国に浸食され、貧しい人が増えて行くだけです。むかし南北問題と言うことが脚光を浴びましたが、これからは発展を始めた途上国と資源と職を争ったバトルが始まります。(すでに始まっています)これが安全保障上の問題にも繋がりかねません。日本をこれ以上貧しくしないためには政治の舵取りが重要なのですが、今の民主党も自民党もどうしようもありませんね。



コメント更新: 10年02月02日(火) 10:06 / 参照(1)投稿TrackBack(0)
です (修司) 10年02月02日(火)



  5月まで後4ヶ月、この期間で普天間基地の代替地を決める何て事は不可能に近いのではないですかね?せいぜい、ここなら良さそうだと候補地を決める程度で、あらゆる関係者を納得させて、新基地を作る決定など不可能でしょう。名護市の市長選挙で基地建設反対を掲げた稲嶺氏が当選したので、当初の日米合意に基づくキャンプシュワブ沖への移設は民意に反するとなりました。それに対して平野官房長官は、反対派の市長が当選したからと言って、法律上不可能に成ったわけではないと当たり前のことを言ったら民意を無視したと、地元、民主党、社民党から自民党まで発言を非難しています。

  こんな騒ぎの中で、国外はともかく、国内に基地を受け入れる都道府県があるなどと誰が考えているのでしょうね。市長選挙の結果にしても、差は僅か1600票です。この差が民意であり、長期に関わり日本の運命を左右するかもしれない日米関係のキャスティングボートに成ると言うことに納得出きる人はどれだけ居るのでしょうか?

そもそも自民党政権下に置いて、日米合意がなされた後、巨額の国税がこの地域に注ぎ込まれました。600億円とも聞いています。この地域はこの金により繁栄し、その結果、これまで3回の市長選挙ですべて建設賛成派の候補が勝利してきました。今後の基地建設でも、さらに多くの人が潤うはずでした。もし、この合意がなくて、国税がそそぎ込まれて居なければ、この地域は遙かに過疎化していたのではないでしょうか。

もちろん、地元の人は基地を諸手をあげて賛成したわけではなく、経済的利便と天秤にかけてやむなく賛成したというのが本当の所でしょう。そこへ水を差したのが民主党と鳩山内閣です。地元住民と沖縄県民を煽動して反対派にまわらせたのです。もちろん、目的は沖縄県の議席を獲得するためです。政権を取ったあとの日米関係がどうなるのかなど考えてもいなかったのでしょうね。

その煽動を受けて、地元住民に中に建設反対に回る人が増え、今回の選挙結果になったのですが、結果的に観ると巨額の税金をただ食いされたようなものですね。この税金も我々国民が払った物だと言うことを地元の人は分かって頂いているのでしょうかね?国というブラックボックスが勝手にはらったと考えてくれちゃっているのなら大間違いです。

平野官房長官の発言が微妙に変わってきたのは、おそらく代替地など見つかりっこないと言うことがやっと分かりだして、そろそろ名護市沖に舵をとる環境造りを始めねばと考え始めたのではないかと思います。アメリカと精一杯交渉したけれどこれしかなかった、しかし地元の為に一生懸命やったことは評価して欲しいという形で、元の鞘に納めようという筋書きです。

しかし、思った以上に反発が強いことに驚いていることでしょう。しかし、民意というのならば、民意とは名護市の市民の民意だけでは無いと言うことをわすれてはいませんか?新聞の世論調査でも、普天間基地問題に関連して67%の人が日米関係の先行きに不安を感じるという結果が出ています。国民は地元の気持より、日米関係を重視して、一旦合意して、地元も了承したのだから、合意通りでよいではないかと考えている人が殆どでしょう。何を今更というのが実感です。その為に巨額の国税を投入してきたのですから。

その国民の民意より3万人ちょっとの内の半分ちょっとの反対派の民意を重視して、名護市を断念し、そして、県外移設でも、その地元の民意を尊重して、どこも移転先がないという状態になりそうです。その結果今の普天間基地が長期に存続して、危険だという地元の民意が踏みにじられそうですね。一説によるとアメリカは普天間の長期使用でも止む得ないと考え出しているそうです。周辺の人口密集地で事故が起こっても、今度は日本のせいに出来るからです。しかし、沖縄県民がそれで納得する筈はありません。結局、民主党に失望する事になるだけです。

政治センスが無いと言うことかもしれませんが、それよりも、票の為なら親でも売るような、なりふり構わない小沢民主党の体質の結果でしょうね。民意、民意といかにも民主主義の権化のように言いますが、民意というのは要するに票なのです。選挙に勝つことが全てであって、国を良くするなんてことは二の次、三の次ぎなのですから、困った政党です。



コメント更新: 10年01月29日(金) 18:00 / 参照(1)投稿TrackBack(0)
よーく考えてみよう! (ばなな) 10年01月29日(金)


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