| シーノーらイーブル |
泣きながら慣れないライブ評を記すのだ 記者名:ヤツザキ 開始:04年03月01日 全記事:26 アクセス数: 4/ 1/ 12266 |
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水曜日。走って退社して新宿ピットインで行われた坂田明インプロナイトへ。 ゼン・ラー・アーケストラを見に行った後、もっともっとサックスの狂気丸出しの音色が聞きたいのだ私は!と思ったもんで、そこに坂田明でインプロナイトとくれば、もう行くしかないだろう。 しかもメンツが、大友良英にナスノミツル、そして吉田達也って! これでアヴァンギャルド一切なしだったらかえって詐欺だ。 会場に着くとほどなくして演奏開始。 丸っこい小さなおじいさんの坂田明だが、一度サックスを咥えるともうとんでもない。ものすごい音が飛び出す飛び出す。けたたましく、やかましく、何事にも縛られず、いろんなものを抉り出すような強烈な音。これぞ狂気。そんでまた、吉田達也らもものすんごい変拍子で迎え撃つもんだから相乗効果でとんでもない音楽の誕生だ。しかし、見た目には誰も派手な動きをしていないのだから凄い。大友良英なんか座ったまんまギュイーンキーンという音色を立てていたし。 狂気とは内面でぐっちゃぐっちゃに製造されて表にじんわりと滲み出てくるものなのだ。手足をばたばたさせてるようじゃまだガキだなと思う。 内面でぐっちゃぐっちゃのドンロドンロの状態になっている(便宜上、「なっている」と書いたが正確には形にはなっていないものだと思う)狂気を外に滲み出させたり、搾り出したりする場合、それは決まった形には表せなくて当然なのだ。だから、旋律を超えた音、変拍子、耳をつんざくようなノイズ、もはや言葉ではない叫びなどで近似値に変換されて、狂気はわれわれの目の前で繰り広げられるのである。そりゃ震えるよ。言葉や決まったフレーズなんかに変換されるよりはるかに生々しいのだから。 しかし、言葉に変換されても十分生々しいのだ、坂田明の詩吟のような語りは。 言葉そのものがもはや意味を持たないというか、腹の底から搾り出される声だけが変拍子や轟音に引けを取らずに闘い続けるのだからすごい。 日本の最近のバンドで54-71というバンドがいて最初に見たとき変拍子カッコエエと思わされたがボーカルが薄っぺらながなり声で英語でわめいているのを聞いたとたん萎えた。英語には意味はないので坂田明の詩吟と同様の意味を持つとも言えるが、薄っぺらながなり声がやはりいけないんだろう。変拍子やノイズと共存(あるいは共闘)していくんだったら、強烈な個性の声じゃないと。 (吉田達也の独自語で歌われる歌も、個性が強いので立派に共闘してたしな) 途中30分弱の休憩が入ったり、MCで笑いが起こったり(なんかそこだけ植田まさし的ほのぼのだった)と和みはしたものの、演奏中鳥肌が立ちっぱなしだった。決して冷房が強すぎたわけではない。
3月の半ばにるっぱさんのバンドばかりを見る週末があったのでまとめ書き。 金曜日(3/19)はるっぱさんのバンド、ヤパニ!を見に下北沢へ。 本家日記「股・戯れ言」では何度も主張していることだが私は下北沢が大嫌いなんだよー場所の広さに対する人口密度の多さがもうイヤでイヤでたまらん。そして若者率の高さが。しかも「自称おしゃれ」を名乗る若者が多すぎるんだゴルァ。駅前のファッションショーまがいの待ち合わせは見るに耐えない光景だ。 しかし、そんな下北拒否感を振り切ってまでしてヤパニ!は見る価値のあるバンドなのだ。 前回のヤパニ!ライブレポでは音楽性のことをまったく触れていなかったが(それでライブ評名乗るなんてちゃんちゃらおかしいぜ我ながら)、ヤパニ!はとってもおしゃれな音楽だ。いわゆるダイニング・バーでかかっていてもおかしくないような(私が思うおしゃれ音楽の定義。ダイニング・バーってあたりが)スマートさ。サンバ調の曲も涼しげに聴こえる。 メインは管楽器の方々だが、おしゃれに感じるのはやっぱりキーボードがこのバンドの肝だからかしら? いや、キーボードの音は大好きなんだよ私は。正確に言うとオルガンだけど。 しかし、管楽器がメイン張るのであればもっともっと狂気の音を聞きたいと思うことしきり。 前も書いたが、5人の管楽器奏者が並ぶビジュアルが強烈で、熱いのだから音のほうにもそんなパンチというか強烈ぶりがあったらいいと思った。 そして一日あけて日曜日(3/21)。 今度はるっぱさん参加のゼン・ラー・アーケストラを見に大岡山。 大岡山ってそもそもどこだよ!と思ったら自由が丘の近くらしい。 下北に引き続き苦手地帯に足を伸ばすことに。 はじめての自由が丘。東京に24年住んでいても行った事のない街なんて山ほどあるわけだが、「自由が丘に行った事がない」というのは結構普通に驚かれることなのだった。そもそも住居が東横線圏内ではないのだから当然のことなんだが、たしかにあれだけ繰り返し「王様のブランチ」で特集している街だからな。って「王様のブランチ」見て自由が丘行きたーいなんて思えないけど。 しかし・・・ 人大杉・・・ 下北沢も人が多すぎると思っていたが、下北とはまた違う多さなんだよな。なんつうか、ファミリー多すぎ、というか。昨日だけで子供に3回くらいぶつかった。子供が来てもおもしろくもなんともない町だと思うんだが、いかがなものか。 その後りえ坊さんと合流し、大岡山へ。 これがまた、自由が丘とは打って変わっての閑散振り。 駅前にぼうっと浮かび上がる東急ストア(平屋建て)とか、やたらとハイテンションなマツヤデンキの歌とか、無駄に阿佐ヶ谷や京急沿線の臭いをプンプンさせる「すきです。大岡山北口商店街」という商店街とか。 みずほ銀行なんか見つかんねーよ、ゲーセンはあるけど同じビルにはミュージックパブしかねえよ(しかも「泣き虫海峡」という謎のポスターが貼ってある)と3人でうろつき童子をしていたらカラオケ屋の地下にライブハウス発見。わかんねえっつうの。 そしてとりあえず酒でも、と入った大岡山地下飲食街は八割方の店が休業であった。どうせよと。 結局駅前の、信玄屋形に似ている飲み屋に入ったのだった。 という感じで酒を飲んでいたら気がついたらライブ時間もずいぶんと過ぎていたので慌ててライブハウスへ。 ちょうどゼン・ラー・アーケストラが始まる直前だった。 このバンドは管楽器だけで軽く10人以上はいるという大所帯のバンドなのだった。いっせいにサックスの音が鳴り出す。でかい。当たり前だ。しかし管楽器がここまでメインだと圧巻でかっこいいなんてもんではない。狂気のグルーブの渦がぐーるぐるとライブを席巻する。サックスのブヒヒーという音に踊らされる。少し酔う。少し酔うくらいが心地よい。 柵を飛び出し、吹いている方々がオーディエンスのほうに飛び込んでくる。ああ、こんな光景どっかで見たな、そうか、去年のフジロックのときの本家、サン・ラー・アーケストラか。 もうちょっと独自の色が出てくるとこのアーケストラは渋さ知らズみたいになるのかね。渋さ知らズより遥かにカジュアルでしたが。 しかし、サックスはやはり狂気の楽器だ。おしゃれをやらせるには勿体無い。 いや、狂気のおしゃれってのを見てみたいんだなきっと。なんだそりゃ。
↑最初は「ライブ評、始めました」と書いたのだけれど なんとなく「冷やし中華、はじめました」みてーだなーと思い、 だったら冷やし中華よかゆでめんだろ!と意気込み 平仮名で書いてみた所存。 そんな感じで見に行ったライブの話なんかを こちらにまとめることに。 っても本家日記「股・戯れ言」からの転載ばっかなんだけどよ。 まあ、要所要所書き足したりもします。
火曜はバーンサイド・プロジェクトのライブに足を運んできた。 前の俺たちのユニオン掲示板(うちの音楽板)が消えてしまったので、そこに「ニューオーダーでありローファイないいバンドだなぁ」と書き殴ったのも消えてしまったのだっけ。 決してローファイなニューオーダーではない、念のため。 最近はアルバム一枚出しただけでいとも簡単に来日してしまうアーティストが多いが、バーンサイドプロジェクトもそんな感じで1月に日本盤が出たと思ったらさっそく来日したのだった。嬉しいは嬉しいが、なんだかありがたみに欠けるよなークリエイティブマンさんよぉ。 と、言ったがよく考えたらクリエイティブマンはボス・ホッグも日本盤が出たすぐ後に呼んだりしたんだったな。行きました。ジョン・スペンサーと撮った写真は何処に行ったのだろう。クリスティーナはかっこよかったなー私はクリスティーナになりたかったよ本当に。 そんなことはともかく、このバーンサイドプロジェクト、アルバムを聴くと打ち込みにギターにキーボードになよっと憂えた哀愁ボイスでとてもニューオーダーなのだが、そのギターサウンド具合の大らかさなどがアメリカのインディーローファイバンドだったのでズバリ私の大好物バンドですよ。 しかもこのバンド、最初は1人バンドを7年ほどウィスコンシンの片田舎で続ける→PC購入→打ち込み可能にナッター!ヤター→音楽サイトのチャットで知り合った人とバンドを増大化→ニューヨークの行きつけのレコ屋の店員もメンバーに、という80年代以降の音楽オタクの歩むべき道を余すところなく歩んで今に至ったという道程がたまらない。 というわけでバンド形態なわけだし、アルバムよりもニューオーダーっぽいことをやるローファイギターバンドなライブになるのだろう、きっとこのバンドの肝は「ローファイなギター」の部分にあるはずだ、と思って見たのだが・・・ びっくりするほどニューオーダーだった!・・・ ローファイギターバンド色ゼロ。佇まいから声色から顔から仕草から何から何までニューオーダー。(フッキーはいないけど)歌の外しっぷりまで一緒って! いや、歌メロを外したりするのは本家ニューオーダーには全然叶わないのだが(そんな下手が売り物の20年選手もどうかと)、にしてもここまでそっくりなのはちょっとお目にかかったことがない。「クラッシュに対するランシド」だの「ギャング・オブ・フォーに対するレディオ4」というものではなく、ここまで来ると「ツェッペリンに対するシナモン」「QUEENに対するKWEEN」と言ったほうが適切かも。って、ニューオーダーの曲は一曲もやってないんだが、いつニューオーダーのフレーズが混じってもおかしくないくらいだった。 いやあ、ここまで「ニューオーダー大好き!」ってのがビンビン伝わってくると痛快にも思える。実際笑いっぱなしだったし。(決してバカにした意味ではなく、ああーこういうの私も好きだったーとニンマリしてしまうような好意的な笑い) 途中にやった新曲らしき曲が、始まった途端にまんまブルーマンデーすぎてオオツボさんと大笑いしてしまった。ほんとに好きなんだろうな。 で、もっと笑ったのが、ちゃんとマックがステージ上にあったので打ち込みだのサンプリングだのはそれで行うのだろうと思ったら「アー・ア・ア・アー・ア・ア・アー」という声をボイス・サンプリングではなく自分たちでやっていたこと。しかも頑張って機械っぽい声を出して。缶みたいな楽器(名前忘れた、よくニューオーダーの曲に入ってるやつ)も打ち込みではなく、その場で鉢持って叩いてたし(4回くらいだけ)。 2004年の今日び、そこまで人力で打ち込みやってる人もなかなかいないだろうよ。 ああ、本当に80年代シンセサイザーなライブでした。全員襟付きのシャツ着てた(ひとりはGジャンだったけど)のも、内気でレコードコレクターな俺たち感に溢れててよかったです。 シーユースーンって言ってたけど、やっぱサマソニに来るのかな。すごく好き故に言わせて貰えば、サマソニには出て欲しくないなー。
日曜はWIREを見に渋谷クアトロへ。 実は土曜日の夜にU.N.K.L.Eとイアン・ブラウンがライブをやるというので、そっちに行こうか迷っていたのだが、土曜日は無性に甘いものが食べたくなって不二家でホットケーキを食ったり、古着を買ったりして満足して帰宅し、夜中に新日をダラダラ見ているときに「あ、そういや今日はイアン・ブラウンの日だった!」と思い出してジタバタ。なんとも言えぬ敗北感に苛まれたのだった。 そんな感じで迷っていたので(あんなに日記や掲示板に「行く!」と書いておきながらこの体たらく)、チケットも当日券を買おうと思っていたら安田理央さんに前売りを譲っていただくことに。神! 会場に入るも、あまりの客の少なさにビックリ。ワイヤーってそんなに知名度低いのか?前にも書いたが、私の学生時代にはワイヤーの曲をパクってそのまま発表しちゃったようなバンドが2つもいたくらいだから結構それで話題になったと思っていたんだけどな。ましてや今や空前のニューウエーブブームだというのに。(って思ってるけど、ニューウエーブ特集コーナーみたいなのはタワーレコードですら作っていなかったりするからなー私が見たのはタワレコ川崎店だけだけど) などと勝手に心配していたのだが、始まる頃にはいちおうフロアは埋まったのであった。外人が多い。 最初はモストから山本精一がいないだけ、というメンツのBig Picture。エレクトロニカなのにノイズでシューゲイザー。下を向いてギターを掻き鳴らし、轟音を鳴らすバンドがどうしてもいとおしい。昼間にギャラクシー500を聴いたりしていたのでなおさらだった。 しかし2週連続でPhewって。どちらも素晴らしかったけど。最後はモストの曲で〆てくれるあたりがまた心憎いですよ。 そしてメルトバナナ。なつかしーなーCMJマガジンとかでよくお目にかかったものだ。メルトバナナってハードコアだったイメージが全く無かったのだが、ハードコアっていうかグラインドコアっていうかとにかくテンポが物凄く速くなってるうえに音がズシズシ重くなっていて、こんなんだったっけ?と思いつつも私としてはいい塩梅になっていたので顔が緩む。 それでいてあの軽快にポップで高音なボーカルだから、全体的にファニーなものになっているのがいい。あっけらかんとしているハードコアは楽しいなー。 そしてワイヤー登場。 なんだかノイジーなSEが続くなと思っていたらそのままワイヤーのライブがスタート。といっても誰も出てこない。暫くして懐中電灯を持ったコリン・ニューマン登場。懐中電灯を振り回しながら歌い出し、「おー本物だよ!」と一気にテンションが上がる。 しかしステージ上に現れたワイヤーの皆さんは、全員見事に「おじいさん」だったなぁ。テレヴィジョンも真っ青のおじいさんぶり。 けども、あんなにアグレッシブな50代はいないよ!コリン・ニューマンなんかずっと跳ねっぱなし、ギターをガーッと掻き鳴らしぱなしだったのだから。ギルバート兄弟のギターのほうの人なんか一度も客席を振り向かずにギター轟音ガーッだったから。見事に白髪のパンクスだった。 次から次へと新譜中心の曲が続く。MC一切無し。潔い。 こないだの日記でモストのことを「四十過ぎた人たちが140キロ以上の剛速球を投げている感じがカッコイイ。村田兆治だよあんたら全員。」と書いたが、ワイヤーのほうがモア・村田兆治だった。モア剛速球だった。 かつて渋谷陽一と松村雄策が「40すぎてからのロック」という本を出していたけど、21世紀は「40すぎてからのパンク/NW」だね。 あっという間にステージ終了。「え!もう終わりなの?」と思ったが全然物足りなくない。しかしアンコールの拍手に乗っておっさんたちカムバック。さっきはMC一切無かったのに、コリン・ニューマンは「サンキュー」と言ったのだった。笑顔がキュートなのだった。 そしてそこからは初期の曲大会。いきなり「ストレンジ」が流れて狂乱。 しかもアンコールは2回行われ、1回目か2回目のアンコールには「ロウダウン」で合唱とコールアンドレスポンス(と言ってもいいのかわからないが)が起こったほど。 アンコールは3回起こってもおかしくないほど、拍手の鳴り止まない渋谷クアトロであった。なかなか客電もつかなかったし。 トータルで1時間弱くらいだったと思われるが、その会場にいた総ての人間が大満足できたライブだったと思う。 そして、ニューウエーブというのはもう立派に「ブルース」や「ジャズ」なんかに並ぶジャンルですよ。一生ニューウエーブ、ニューウエーブ一筋。ものすごく不器用な気もするけど。 かっこいいなぁ。 エンケンのライブに行くたびに感じる、「瞬間瞬間その場その場を完全燃焼している先人を目の当たりにして、全身全霊でその場を懸命に生きてない自分が奮い立たされる」という感覚をワイヤーでも感じてしまった。50代がこんなに熱いのにどーする自分。 若いって肉体的なことじゃないんだよな、肉体の若さに甘えている場合じゃないんだよな。 ああ、何か「これだけは!」というものが心底欲しい。 何かをしたいために死んだようなふりをする時期は、もういいや。 ライブが終わった後も奇声を上げている人がいるのでどこの外人だよ、と思って見たら中原昌也(ユニオンの袋を下げていた)だった。納得。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||