晴れて暖かくなったが、強風吹き止まず。
午前中ジムに行き、汗を流す。
午後は風の音を聞きながら部屋でぼんやり。
ここ2週間ほどは心休める余裕なく日々を過ごしていた。
ここに書くのも10日ぶりである。
3月も半ばになった。
4月末には東京を引き払うわけだから、そろそろ準備にかからねばならない。
そう思いつつも、そうする元気が出ないのだ。
まったく出ない。
来年度の予算関係の一連の会議ももう一息で終わる。
そこからは、ひたすら頑張るだけである。
しかしながら、既に仕事では暗雲が漂い始めており、早くも崖っぷちであること
を認めないわけにはいかない。
でも、もう、いいのである。
常に自分が崖っぷちに立たないように、立たないように、全力をあげてそれに
腐心している人もいるし、僕とて「崖に自分が立たないにはどうすればいいか」
はリクツとしてわからなくもないのだが、もうそういう政治は面倒くさいのである。
この歳になると、あとは潔く生きたい。
とにかく僕は、汚れたもの、汚いものを沢山見過ぎた。
それに、白刃に囲まれ背水で戦い負けたら切腹、というのも人生経験としては
なかなか得難いものだし。
そう思えるのも「龍馬が行く」を再読しているからかもしれない(笑)
強烈な寒の戻り。
ランチにオフィスから出たら冷たい風に身がすくんだ。
こうやって暖かくなったり、寒くなったりしながら、季節は徐々に
春に向かってゆく。
春よ、来い。
昨日のチリ大地震の津波が午後日本にやってきた。
津波というと、葛飾北斎の描いた波のようなのがどっとかぶさってくる
イメージをなんとなく持ってしまっていたが、実際は海の洪水という
印象である。じわじわ上がってくる水位には、どっとかぶさってくる
波とは違う不気味さと圧力がありテレビで見ていても怖いものがある。
それにしても、遙か太平洋をはさんで起きた地震で生じた津波の到達
時刻や大きさを予測できるというのは凄いことだと感じ入る。
科学は進んでいるのである。
2月も終わりである。
3月、4月は東京で比較的長く過ごすことになる。
今週は会議の週であり、今期の結果をまとめ、同時に来期の目標を
設定する週でもある。大変に気が重く、大変に疲れる。
自分が全てを背負い込んだからといって何が良くなるわけでもなく、
単なる自己満足の自責に過ぎないわけであるが、さりとて背負わず
ケセラセラと流れていけるほどの悟りは開いていない。
自分ひとりのことならばいいのだ。
他人の人生を大きく左右することだから悩むのだ。
今週僕は、ひどく傷つき、深く疲れている。
若手のひとりに明瞭にチックの症状が出ている。
彼は僕が近くにいるときはいつも空咳をする。
僕が部下に厳しすぎる、という評判は僕自身の耳にも届いている。
今の若者たちは、僕たちと違って、心優しく、ナイーブで、周囲の
空気を読むのがうまくて、覚悟がなくて、甘ったれなのだ。
それは仕方がないのである。
「我慢」「Patience」を自分の今年の標語にしよう。
我慢しているうちに、結果的に皆が乗っている船は沈むかもしれない。
それでも人間の心を無慈悲に擂りつぶすよりはマシだ。
「Another cup of tea, please」と優雅に微笑みながら海の底へ消えよう。
昨夜はミニ同窓会。
東京に住んでいる大学時代のクラブの先輩と同級生とイタリアンを食す。
話しているうち、もっと大規模な同窓会をという話になり、幹事を僕に
しろという話に何故かなってしまう。
逃げ切れなくなって引き受けることになった。
今日は一度言ってみたかった清澄庭園へ。
寒さもあってか人も少ない静かな良い庭園である。
かねてから興味のあった深川めしを深川宿で食すが、これは「名物は旨い
ものなし」を地で行くようなものでがっかりである。
まぁこれも経験である。
寒い日々が続く。
腰はほぼ完治したが、夕方になるとだるさが出たりもする。
毎日、会社から帰っては青春時代に聴いていたポップスを聴いている。
時代そのものが暗く内向していて「純粋さ」「美しい心」に天井知らずの高値が
ついたあの70年代。もちろんそれは学園紛争や安保反対運動といったナイーブ
な60年代末の政治闘争が何ら現実的な実りを生まなかったことや、終わって
しまった高度成長神話の反動の表れであるのだけれども、あのナイーブな時代
に青春を生きた僕は、80年代以降のポップな明るさにはついて行けなかった。
今も自分の中にはあの70年代が生きている、と感じ、懐古的にあの時代の歌に
改めて聴き惚れている。
歳、ということか。
この二日間、ほとんどベッドの上で本を読んで過ごした。
金曜日は頑張って会社で夕方まで仕事をするも、耐えられなくなって早退
したので、この二日で何が何でも直すつもりでじっと我慢をしていた次第。
お陰で腰のほうはかなり回復し、ほぼ普通に歩けるまでになった。
一番こたえるのは普通に座っていることなので、明日は部下と終日個人面談で
非常にストレスがかかるのだが、なんとか痛まないで欲しいと思う。
面談終了後、東京に戻るがこの移動もまたいささか心配な部分であるが。
一転して寒く雨の降りしきる休日。
昼食時、食卓に座っていて少し腰の重心を動かした瞬間、
腰に電気が走った。軽いぎっくり腰の痛みに間違いない。
冷蔵庫からアイスノンを出して冷やす。
前回のぎっくり腰とは違う部分だが、姿勢によっては刺すように痛む。
重いものを持ったわけでもなく、無理な姿勢をしたわけでもない。
どうも僕の腰痛は、ストレスと関係が深いようなそんな気がする。
よって、午後はベッドに横になりひたすら読書。
目がだんだん疲れてかすんでくる。
用心のため入浴も止めひたすら安静にしている。
腰が痛いぐらいで会社は休めない。
明日回復していることを祈りつつこれから就寝。
自宅のほうに戻ってきている。
2月にしては妙に生暖かい風が吹いている。
小雨が降ったり止んだり。
来期予算を役員に提示して協議。
今年より下がる数字であるため、愉快な会話には当然ならない。
嘘でも良い数字を出したい、という誘惑に駆られなくもないが、
来期の数字は会社経営に直接関係するわけであるから、嘘をつく
わけにはいかない。
昨期予算より下がった数字を出す、ということは市況はどうあれ、
僕のポジションでは「私は無能です」と宣言しているのと同義で
ある。サッカーの監督と同じで、やれ景気がどうの、部下の質が
どうの、などということは全て「ただの言い訳」と見なされる。
非常にメンタル的にハードボイルドな状況である。
ということで、腹を据えての午前中1時間の打ち合わせ。
終わったときには一日が終わったように錯覚するほど消耗した。
続いて人事部から東京からの引き上げについて協議したいとの申し入れ。
会社としては社宅の契約の都合で一刻も早く東京を引き上げて貰いたい
とプレッシャーを掛けてくる。社宅の都合で決められてたまるか、と反論。
結局、4月下旬の引き上げという結論となる。
引っ越しは4月24日あたりだろうか。
もっとも翌月から「東京出張」はあるわけで、まだまだ東京には数えきれ
ないくらい足を運ぶことになる。
妙に吐き気がして気分が悪い。
風邪でもひいたのだろうか?
それとも今日いろいろあったので、多少疲れが出たのだろうか。
来週は部下との人事評価面談なので、引き続き胃腸に良くない状況が続く。
とても寒く恐ろしく風の強い一日。
月曜に記事アップしてからバタバタしていて気がつくと土曜日。
今週は、東北まで出張して、込み入った打ち合わせがあって、
会社を辞めた後輩との飲み会があって、、とあっという間に
過ぎた。出張などで外食も多かったのだが、体重もこの1ヶ月
で3kgも減った。
体が軽くて快調だ。
最近は本も読んでいないし、音楽も集中して聴いていない。
頭に余裕がないのである。
かわりに、高校・大学時代に聴いていたポップスのCDを買って
聴いている。聴き直してみるとたわいもない音楽も多いのだが、
なんといっても「青春時代に聴いていた」というセンチメンタル
なファクターてんこ盛りなので、とても癒される。
つまりは「懐メロ」なわけで、自分もそういう歳なのだ、と改めて
認識する。
日曜日は東京だが、月曜から自宅のあるほうに出張。東京に戻る
のは次の月曜夜遅くになるだろう。
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