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  <title>風の歌が聞こえますか</title>
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  <description>僕に聞こえてくる風の歌を綴ります</description>
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   </rdf:Seq>
  </items>
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 <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1893515">
  <title>シュートを打てない日本人</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1893515</link>
  <description>
サッカー東アジア選手権の日本対韓国戦、３−１で完敗。
テレビで見ていて残念であり、がっかりである。
解説者も指摘しているが日本の選手はシュートが少なく、パスが目的化している。
その通り、と思いつつも、ある面でこれは仕方ないよな、とも思う。 


日本社会の持つ民族誌的バイアスに「個で責任を負うのは極力避け曖昧にする。長い
ものには巻かれる。場の雰囲気を壊さないように気を付ける」という部分がある。
これは日本社会（あるいは日本人の）突出した特徴である。
「シュートを打って外れ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
サッカー東アジア選手権の日本対韓国戦、３−１で完敗。<br />
テレビで見ていて残念であり、がっかりである。<br />
解説者も指摘しているが日本の選手はシュートが少なく、パスが目的化している。<br />
その通り、と思いつつも、ある面でこれは仕方ないよな、とも思う。 
</p>
<p>
日本社会の持つ民族誌的バイアスに「個で責任を負うのは極力避け曖昧にする。長い<br />
ものには巻かれる。場の雰囲気を壊さないように気を付ける」という部分がある。<br />
これは日本社会（あるいは日本人の）突出した特徴である。<br />
「シュートを打って外れる」のは強烈に個が目立つし、責任の所在も明確になるので、<br />
普通の（頭の良い空気の読める）日本人にはやりたくないことなのである。<br />
いや、やらねばならないし、求められていることも選手達にもわかっている。<br />
でも、民族の深層心理がそれに抗うのだ。<br />
それを応援する我々は選手達に求める。<br />
いやはや、まことに身勝手で残酷なことである。 
</p>
<p>
欧米人やアジアの他の国々の人たちとビジネスをしていても、彼らの自己主張の強さ<br />
には辟易とすることがある。自己主張の強さ（個の強さ）は言い換えれば「空気読ま<br />
なさ」であり、日本人としては時々ひどい違和感を覚える。この強さがあってこそ、<br />
サッカーではシュートが打てるし、ビジネスでは次々にベンチャーを興せる。<br />
そうだそうだ。だからこそ、日本人は欧米に負けぬよう強い個を持つべきだ、という<br />
議論もよく聞かれる。しかし「自己主張を強くする（＝個を強くする）」ことは本当<br />
に日本人を幸せにするのだろうか？ 
</p>
<p>
思えば日本の責任を曖昧にする集団主義が効率的に作用したのは、歴史的に見れば<br />
キャッチアップの過程だけだったのだなぁと思う。お手本があってまねをすれば良か<br />
った時代、即ち古くは大和朝廷成立あたりや明治の文明開化、そして戦後の高度成長<br />
には非常にうまくフィットしたけれど、空気に流されてはいけない状況や先頭に立っ<br />
てリスクを冒して何かを変えねばならないシチュエーションではうまくフィットしな<br />
かった。（第二次世界大戦に向かう部分や、２０世紀末の新自由主義に流されるあた<br />
りなど）。自分の頭でシステムをいちから考えることが苦手だからそれも頷ける。<br />
特に新自由主義やらグローバリズムなんてものは、日本人や日本社会のもっとも苦手<br />
な「個の強さと自己責任」を要求するシステムなのであって、それを無理くり取り入<br />
れたりするものだから、鬱病患者や自殺者が一気に増えるのも当たり前である。<br />
自分たちの性格にもっとも合わないことを敢えて取り入れるというのは、一種の修行<br />
なのか、はたまたマゾなのか（苦笑）。 
</p>
<p>
日本が日本的であることには裏と表がある。<br />
先に挙げた「個で責任を負うのは極力避け曖昧にする。長いものには巻かれる。場の<br />
雰囲気を壊さないように気を付ける」ことは反対を見れば「個を厳しく責めず、場の<br />
雰囲気に融和的であればその人を許し、皆で和気藹々と過ごす」と言うこともできる。<br />
それが日本人皆にとって居心地が良いことならそれもまた可であると最近僕は思う。<br />
たとえ世界で何番目のGDPになろうと、世界をリードできなくても、素のままの自分<br />
たちでいられるのならそれはそれで幸せではないだろうか？<br />
無理矢理、性格に合わない仕事を続けて高い収入を得ても幸せになれないことは、<br />
いい加減誰だってわかっているはずだ。 
</p>
<p>
話を戻す。<br />
日本がサッカー大国になる日はいつか来るのだろうか。<br />
二つのケースが考えられる。<br />
ひとつは日本人と日本社会が今の日本的特性を捨てて、他のアジアの国や欧米のよう<br />
なメンタリティを自然に当たり前に持てるようになった時。そしてもう一つは、単に<br />
敏捷性と持久力の高さを「日本人の特徴」と捉えるのみならず、「個が責任を取りた<br />
がらないメンタリティ」まで取り込んだ形でサッカーのやり方を根底から作り直し、<br />
真に日本的なサッカーを構築出来た時だ。<br />
最初の解は、そうあって欲しくない（そんな日本に住みたくない）し、次の解はサッ<br />
カーというスポーツの本質を否定するものだからほとんど不可能だろう。 
</p>
<p>
日本代表の岡田監督も苦しい辛い仕事をしているのだ。<br />
本当にお気の毒だと思う。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2010-02-14T22:37+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1879851">
  <title>平山郁夫の絵</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1879851</link>
  <description>
平山郁夫が亡くなった、ということでNHKで、過去放送分を含め平山画伯の業績の紹介
番組を行っている。僕は平山郁夫の絵がよくわからないままここまで来ており、そういう
意味で（TVを通じてではあるが）昨日、今日と興味深く番組を見ていた。
平山郁夫の絵は、シルクロードを描いた連作などで高い世評を得ており、日本画家として
は東山魁夷とならぶ巨星と考えて良いであろう。しかし、僕は東山の作品には惹かれる
ことがあるものの、平山画伯の作品にはなぜか心惹かれない。
僕にとっては、心惹かれない画家</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
平山郁夫が亡くなった、ということでNHKで、過去放送分を含め平山画伯の業績の紹介<br />
番組を行っている。僕は平山郁夫の絵がよくわからないままここまで来ており、そういう<br />
意味で（TVを通じてではあるが）昨日、今日と興味深く番組を見ていた。<br />
平山郁夫の絵は、シルクロードを描いた連作などで高い世評を得ており、日本画家として<br />
は東山魁夷とならぶ巨星と考えて良いであろう。しかし、僕は東山の作品には惹かれる<br />
ことがあるものの、平山画伯の作品にはなぜか心惹かれない。<br />
僕にとっては、心惹かれない画家や音楽家の作品は「なぜ自分が心惹かれないか」という<br />
点に興味があり、それを解明することが大きな愉悦なのだ。 
</p>
<p>
今回、番組を見て思ったのは、平山画伯の場合、画伯の心と作品の間が非常に直線的<br />
で素直であるということだ。そこには、ねじれや迷いやひねりがない。<br />
当たり前と思われるかもしれないが、画伯は美しいものを美しく描いている。<br />
崇高なものを見て、崇高に書いている。<br />
その素直さ、まっすぐさ、分かりやすさが多くの人を惹きつけるひとつの要因だろうと<br />
思う。例えば、シルクロードを描いた作品で言えば、誰もが想像する「月の沙漠」の<br />
イメージが、より美しく、鮮明に、雄大に描かれているし、描かれた仏陀や玄奘三蔵は、<br />
誰もが「こうであって欲しいと思っているような」仏陀や三蔵法師の姿が描かれている。<br />
その絵から伝わってくるものは、静寂であり、美しさであり、雄大さであるが、反面、<br />
不安や、謎や、邪悪さや暗いものは伝わってこない。平山画伯ご本人のお話を聞いても<br />
画伯の安定した情緒や、まっとうでまっすぐな人柄などが伝わってきて、絵はご本人の<br />
心を写しだしているのだろう、と感じさせられた。そして、多分、その部分こそが僕が<br />
画伯の絵に心惹かれない理由なのだろうと思い当たった。 
</p>
<p>
平山画伯の言葉に次のようなものがある。<br />
「生きることは、バランスを求めることであり、美しくなろうとすることだ 」<br />
「絵は美しくなくてはならない」<br />
反対に、故・岡本太郎はこのように言った<br />
「今日の芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよく<br />
　あってはならない」<br />
僕には（岡本太郎の作品は好みではないけれども）岡本太郎の言葉のほうがより心に<br />
落ちるし、芸術に関して的を射ている、と思う。 
</p>
<p>
うまく言語化できないけれども、芸術は、人生の全ての局面を含んでいる必要がある、と<br />
僕は思っている。全ての局面とは、不安や、謎や、邪悪さや暗いものも含む、という<br />
ことだ。晩年のモーツァルトやシューベルトの曲を想像してみればわかる。<br />
彼らの曲が数百年の時を経て、なお愛され続けているのは、彼らのの曲が美しく叙情に<br />
富んでいるからではない。彼らの作品には必ず、不安や、邪悪さや、暗いものが伏流して<br />
いる。ただ美しいだけではないから、彼らの作品は人生を包含する「芸術」になっている。<br />
彼ら自身、不幸で哀しく辛い人生を送ったが、その一部は間違いなく彼らの曲の中にも<br />
埋め込まれて生きているのだ。 
</p>
<p>
番組によれば、平山画伯は被爆体験を含め、大変に苦労の多い辛い実人生を送って<br />
こられた方のようである。だからこそご本人の『生きることはバランスを求めることで<br />
あり、美しくなろうとすること』という言葉通り、絵の世界に「美しさ」を求めたのかも<br />
しれない。<br />
しかし、美しさにしても、静寂にしても、悟りにしても、それだけで成立するものでは<br />
ない。醜さがあり、喧噪があり、邪悪さがあって相対的にのみ成立するものである。<br />
画伯の作品が、人生や世界の「真・善・美」の半面をもっぱら希求し描こうとしたものと<br />
すれば、人生や世界の全てをなんとか包含しようと苦闘している作品（それらの多くは<br />
結果的には失敗しているのであるが）と比して、力を持ち得なくても不思議はないのでは<br />
ないか。画伯の言葉は、市井を生きる常識人のスタンスとしては頷けるものであるが、<br />
狂気すら取り込まずにはおれない芸術家のスタンスとしてはいささか不十分だろう。 
</p>
<p>
世間の平山画伯の絵の人気に鑑みると、僕の見方はかなり偏屈なものかもしれない。<br />
しかし、ここで言語化してみたことで、僕の中で自分なりの納得は生まれた。<br />
どうやら、僕は「ややこしい絵、ややこしい音楽」が好きなようである、笑。<br />
それは、ひょっとしたら、僕自身が実人生において想像を絶する辛酸を舐めたり、<br />
血を吐くほどのの苦労をしていないことに起因しているのかもしれないのだが。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-12-13T13:35+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1878455">
  <title>レオン・フライシャー　ピアノリサイタル</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1878455</link>
  <description>
昨夜、NHK教育の芸術劇場で、レオン・フライシャーのピアノリサイタルを見た。
この人は３０年前に右手が病気で動かなくなり、長らく左手のための曲を演奏したり
音楽教育や指揮活動にシフトしていた人であるが、リハビリの結果、右手が完全では
ないものの動くようになった、ということでごく最近両手での演奏活動を再開したと
いうことで、10月に来日した際の演奏会の録画である。 


演奏曲目は以下の通り。
・バッハ（ペトリ編）　「羊は安らかに草をはみ」
・バッハ　　　　　　　「旅立つ最愛</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
昨夜、NHK教育の芸術劇場で、レオン・フライシャーのピアノリサイタルを見た。<br />
この人は３０年前に右手が病気で動かなくなり、長らく左手のための曲を演奏したり<br />
音楽教育や指揮活動にシフトしていた人であるが、リハビリの結果、右手が完全では<br />
ないものの動くようになった、ということでごく最近両手での演奏活動を再開したと<br />
いうことで、10月に来日した際の演奏会の録画である。 
</p>
<p>
演奏曲目は以下の通り。<br />
・バッハ（ペトリ編）　「羊は安らかに草をはみ」<br />
・バッハ　　　　　　　「旅立つ最愛の兄に思いを寄せる奇想曲」<br />
・　　　　　　　　　　　「半音階的幻想曲とフーガ」<br />
・バッハ（ブラームス編）「シャコンヌ」<br />
・シューベルト　　　 「ピアノ・ソナタ　変ロ長調」 
</p>
<p>
最初の「羊は〜」はバッハのカンタータをペトリが編曲したもので初めて聴いたが、<br />
大変美しい。この曲には多くのピアノ編曲があったと記憶するが、この編曲は最良の<br />
ものではないか。もちろんフライシャーの演奏も穏やかさと高い精神性が感じられる<br />
とても素晴らしいものであった。ちゃんとBoosy&amp;Hawksから楽譜も出ているようなの<br />
で、手に入れたいと思った次第。<br />
「旅立つ〜」は「最愛の兄の旅立ちに寄せて」という題名のほうが僕にはしっくり<br />
来るのだが、これまでバッハの曲の中ではいまいち、と思っていたこの曲が大変<br />
面白く聴けた。これはフライシャーが深くこの曲を解釈して分かりやすく提示して<br />
くれているからに相違ない。 
</p>
<p>
「半音階的幻想曲とフーガ」は、ちょっと辛かった。<br />
右手が復活して演奏活動をしているとはいえ、完全なわけではない。<br />
その不完全な部分が、速いパッセージでのミスタッチ、リズムの不均一、左右のユニ<br />
ゾンの微妙なズレなどで露呈される。この曲はバッハとしては相当にロマンチックで<br />
テクニカルな曲なのであるが、そういう不完全さも相まってどこか「不発」どいう<br />
印象がぬぐえなかった。<br />
前半のトリの曲は、ブラームスが左手のために編曲した「シャコンヌ」。<br />
ピアノではブゾーニによる超絶技巧が絢爛豪華な編曲が圧倒的に有名だし、よく弾か<br />
れる。一方、ブラームスによるこの編曲はクララ・シューマンが右手を故障していた<br />
時に左手による気晴らし用に編曲したものということだが、フライシャーの演奏は<br />
圧巻であった。出だしからしばらくは「左手だけじゃ音が少なくて寂しいなぁ」と<br />
思っていたのだが、途中から音楽にぐんぐん引き込まれ、最後は迫力と音楽の力に<br />
圧倒された。<br />
これは至芸と言ってよい。 
</p>
<p>
後半はシューベルトの変ロ長調の遺作のソナタ、１曲のみ。<br />
フライシャーはこの長大なソナタを繰り返し記号を忠実に守って（苦笑）延々と弾く。<br />
暖かくざらざらした手触りで始まる第一楽章、左手低音部のデモーニッシュなトリル<br />
で不安感を高めた後、短調に転調して暗い暗い冬の荒野を孤独にさまようような表現<br />
のすばらしさ！<br />
フライシャーの解釈と表現力は卓越している。<br />
それでもやはり「半音階的〜」で気になった右手の不完全さはやはり気になる。<br />
それさえなければ、高い精神性と格調溢れる素晴らしい名演であったろう、と思われ<br />
た。 
</p>
<p>
このリサイタルを見終わって、ああいいなぁ、ピアノを弾きたいなぁと改めて思った。<br />
今夕、自分でも楽譜を引っ張り出してこのシューベルトのソナタを初見でゆっくり<br />
さらってみた。<br />
本当に楽しいひとときだった。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-12-05T22:12+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1872197">
  <title>国会答弁を見て〜政治家の頭の良さ〜</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1872197</link>
  <description>
飛び石連休のなか日の今日の午後、有給休暇を取った。
部屋でなんとなく手元無沙汰なので、NHKをつけたら国会の予算委員会の中継を
やっていたので、少々拝見することにした。
内容はともかく、面白かったのは、答弁を通じて議員それぞれの「頭の良さ」が透けて
見えるように感じられたことである。これが「本当の有能さ」や「政治家としての能力」
と正の相関関係にあるかどうか、僕にはわからない。わからなくはあるが「頭が良さ
そうに見える」というのは少なくとも「有能である」と錯覚されやすいわけである</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
飛び石連休のなか日の今日の午後、有給休暇を取った。<br />
部屋でなんとなく手元無沙汰なので、NHKをつけたら国会の予算委員会の中継を<br />
やっていたので、少々拝見することにした。<br />
内容はともかく、面白かったのは、答弁を通じて議員それぞれの「頭の良さ」が透けて<br />
見えるように感じられたことである。これが「本当の有能さ」や「政治家としての能力」<br />
と正の相関関係にあるかどうか、僕にはわからない。わからなくはあるが「頭が良さ<br />
そうに見える」というのは少なくとも「有能である」と錯覚されやすいわけであるから<br />
少なくとも本人にとってマイナスではないであろう。<br />
<br />
ここで「誰が頭が悪そうだったか」を書き連ねるのは僕の趣味ではないので、差し控える<br />
が、明らかに「頭が良さそう」に見えたのは、鳩山総理と原口総務大臣と加藤紘一である。<br />
思えばかつての「宏池会のプリンス」加藤紘一も歳を取ったものだが、頭脳のほうはあい<br />
変わらず明晰である。失礼ながら他に質問していた野党議員と比較して、その明晰さと<br />
議論の本質を突く深さは図抜けている（その&rdquo;思考の深さ&rdquo;がほとんどの他の議員に受け<br />
止められていない様子もなかなか興味深かった）。そして特に印象深かったのはその頭の<br />
良さが「議論の中身」においてという以上に「議論を進めるスキーム」において一歩時代<br />
を先取りしようとしている点にある。<br />
つまり、今日の質疑において、加藤は以前までの不毛な与野党論戦（言ってしまえば、<br />
相手の言葉尻をあげつらい、感情を逆撫でして失言を誘ったり言質を奪ったりする弁論術<br />
のテクニックに基づくもの）のスキームを自ら放擲して、お互いの存在にリスペクトを<br />
持ちつつ事実に基づいて建設的に議論しよう、という姿勢を明確にしていた。<br />
（民主党のヤジに「罠だ！」というのもあったが） 
</p>
<p>
僕は、これは加藤が猫なで声で罠を仕掛けているのでもなければ、一部で言われている<br />
ように将来の政界再編を睨んで民主党にすり寄っているだけでもないように思う。<br />
おそらくは頭脳明晰な加藤は、自民党の他の質問者たちのようなスキームに立って質疑を<br />
している限り、もう自民党にも、加藤自身にも、そして日本の政治にも「未来はない」と<br />
喝破しているに違いない。同じ議論のスキームを取ろうとする態度が、鳩山首相にも、<br />
原口総務大臣にも見られた。これら三人が等しく「頭が良さそうに見える」ことは実に<br />
興味深いことである。<br />
（答弁の中で、加藤が「昨日の『誰が今のこの事態を招いたのか』というような言葉は総<br />
理にふさわしくないから取り消せ」と要求したのに対し、鳩山首相が「谷垣総裁に対して<br />
言った私のあの言葉は遺憾でありました」と即座に謝罪したのは大変印象深かった） 
</p>
<p>
加藤が取るこの議論のスキームはなかなか厳しいものである。<br />
つまり、このやり方だと「頭が良い人」でないと議論ができないのだ。<br />
かつての政治家たちが行っていたように、揚げ足を取り、答えたくないことは韜晦し、<br />
答弁書を棒読みするだけではもう駄目なのである。<br />
単に議論に勝つ方法は弁論術やディベート術で勉強できるが、本当の中身の当否、それ<br />
も霧につつまれた未来を賭して決定する政策はそのような「術」で決められるべきでは<br />
ない。そうではなくて、何が本当に未来の国家国民のために良いかという本質的な観点<br />
で争われなくてはならない。<br />
政治家も地盤・看板・鞄・派閥で能力査定される時代が終わり、能力と頭脳で評価される<br />
厳しい時代がそろそろ近づいているようだ。 
</p>
<p>
さて「本当に頭が良い人」とはどんな人だろう？<br />
それは、与えられた問題に誰より早く解答できる人ではない。<br />
いくつかの選択肢を比較考量して一番妥当性の高いものを選び出せる人でもない。<br />
僕が思うに、磁石もなく星も見えない真夜中に未開の荒野に立ったときに、正しい方向を<br />
察知できる人である。わずかな風の流れや匂いや地面の傾斜から進むべき正しい道を<br />
見いだせる人のことである。<br />
さて、これら三人の政治家は「頭が良さそうに見える」だけなのだろうか？<br />
それとも「本当に頭が良い」のだろうか？<br />
それは、今日のこの質疑応答だけではわからない。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-11-02T21:06+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1867651">
  <title>新宿御苑　森の薪能</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1867651</link>
  <description>
生まれて初めてお能を、それも薪能という形で見ることができた。
感じること多々あり、ここに記しておきたい。
実は新宿御苑の薪能は昨年も行くつもりでチケットを買っていたのに生憎の雨で
流れてしまって泣く泣く払い戻しした、いわくつきの公演である。
幸い今年は快晴に恵まれたのだが、夜になると冷え込んで十分な準備をしてこなか
った僕は体の芯まで冷え切ってしまい、終演頃には指がかじかんで痺れて参った。
それでも、闇の中、深い木立を借景にかがり火に照らされる能舞台は実に美しく
夢幻の世界のよ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
生まれて初めてお能を、それも薪能という形で見ることができた。<br />
感じること多々あり、ここに記しておきたい。<br />
実は新宿御苑の薪能は昨年も行くつもりでチケットを買っていたのに生憎の雨で<br />
流れてしまって泣く泣く払い戻しした、いわくつきの公演である。<br />
幸い今年は快晴に恵まれたのだが、夜になると冷え込んで十分な準備をしてこなか<br />
った僕は体の芯まで冷え切ってしまい、終演頃には指がかじかんで痺れて参った。<br />
それでも、闇の中、深い木立を借景にかがり火に照らされる能舞台は実に美しく<br />
夢幻の世界のようであった。 
</p>
<p>
今回の演目は狂言「業平餅」と能「葵上」。<br />
僕は狂言も生で見るのは初めてだったのだが、この「業平餅」、とても楽しかった。<br />
もちろん台詞も昔の言葉なのだが、理解するには何ら問題なく筋も良くわかり楽し<br />
めた。西洋の舞台芸術で言えば「オペレッタ」というところだろうか。<br />
しかし、オペレッタと大きく違うのはその様式美で、狂言という以上滑稽物なので<br />
あるけれども、演者の所作、演じ方、歩き方から立ち位置まで厳密な様式の中で<br />
成立している点だ。様式の範囲内の美しさや見事さがあって、それに見惚れてしま<br />
うのだけれど、クラシック音楽と同様に何度も同じ演目を別の舞台で見ると、様式<br />
で定められた以外の演者の工夫によるディティールの違いなどを楽しむことができる<br />
だろうと思った。 
</p>
<p>
一方、能「葵上」は、予備知識なく見て楽しむことは僕には無理だと感じた。<br />
昨年も演目が「葵上」だったので、檜書店から出ている「対訳で楽しむ『葵上』」を買って<br />
読んでいたのだが、そうでなければ今回の舞台の意味を取ることは難しかったろう。<br />
この演目は源氏物語の六条御息所の生霊が光源氏の正室・葵上に嫉妬から祟り、それを<br />
小聖が祟りをとく、という非常に単純といえば単純な筋書きなのだが、単純と言えば<br />
オペラだってそうであるように舞台芸術は筋を楽しむものではなくてそこで演じられ<br />
ている「演技」を鑑賞するものであろう。<br />
さて、この「葵上」であるが、退屈することなく実に集中して楽しめた。<br />
演者が歩く様、止まる様、舞う様子、全てが美しく完璧な様式美を見せる。<br />
様式美と言っても堅苦しいわけではなく、面のわずかな傾きや、手のわずかな必要最小<br />
限の動きで六条御息所の嫉妬、恥じらい、悲しみ、怒り、といった感情が表される。<br />
ギリギリまで切り詰められた所作による感情表現の美しさ！<br />
表現を限りない様式美の中に閉じこめたという点では、クラシックの古典の楽曲に<br />
通じるのではないか。 
</p>
<p>
後半の般若の面をつけた後シテとワキ（小聖）の戦いの場面での舞には圧倒的な迫力を<br />
感じた。そこでも大立ち回りがあるわけでもなく、後シテは一本の細い棒を持って二回<br />
ほど打ちかかるふりをするだけで、それに対してワキは数珠を摺り合わせながら近づく<br />
だけなのだが、見ている側には両者の激しい攻防が目の前に浮かぶのだ。<br />
能舞台はリアルな大道具や小道具や背景もなく、全ては見る人の想像力にまかされて<br />
いる。逆に言えばリアルな道具立てがなくてもまったく見る障害にならない、という<br />
事実は、舞台芸術の本質は何なのかを暗示してくれている。<br />
オペラでも思い切って象徴的な舞台（例えば新バイロイト様式と呼ばれるような演出）<br />
こともあるのは、ひょっとして能の影響なのだろうか、と想像したりしていた。 
</p>
<p>
能はわかりやすい芸術ではないが、見る側がそれなりの予備知識を持ち、自分自身が<br />
想像の翼を広げる（つまり、観客の側はある種の積極性が求められる）ことで楽しむ<br />
ことができる古典芸能だと思った。今回の能は三番物と呼ばれるものであったが、是非<br />
次回は「夢幻能」を見たいものである。<br />
こんどは寒くない能楽堂で、笑。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-10-21T21:53+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1865626">
  <title>映画「山猫」と文化資本</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1865626</link>
  <description>
ルキーノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫」完全復元版を見た。
なんとも複雑な味わいを持つ映画である。
「この映画は○○を表している」と一言で言い切れない複雑さ。
それは僕にとっての「良い映画」の必要条件である。 


映画のあらすじは複雑なものではない。
イタリア統一戦争の1860年、シチリア島で栄華を誇ったサリーナ家のドン・ファブリ
ツィオ公爵（バート・ランカスター）は貴族支配の時代がまもなく終わろうとしている
ことを自覚し、革命軍である赤シャツ党に加わる甥のタンクレディ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
ルキーノ・ヴィスコンティ監督の映画「山猫」完全復元版を見た。<br />
なんとも複雑な味わいを持つ映画である。<br />
「この映画は○○を表している」と一言で言い切れない複雑さ。<br />
それは僕にとっての「良い映画」の必要条件である。 
</p>
<p>
映画のあらすじは複雑なものではない。<br />
イタリア統一戦争の1860年、シチリア島で栄華を誇ったサリーナ家のドン・ファブリ<br />
ツィオ公爵（バート・ランカスター）は貴族支配の時代がまもなく終わろうとしている<br />
ことを自覚し、革命軍である赤シャツ党に加わる甥のタンクレディ（アラン・ドロン）<br />
を愛する自身の娘コンチェッタでなく、成り上がりの新興ブルジョア・カロジェロの娘<br />
アンジェリカ（クラウディア・カルディナーレ）との婚約を進める。<br />
タンクレディは革命軍に見切りをつけて寝返り国軍の将校になって、意気揚々と凱旋<br />
する。映画の後半４０分は豪華絢爛たる舞踏会シーンが延々と続く。 
</p>
<p>
この映画は貴族の落日、没落を描いている、と言われている。<br />
確かにその一面はある。<br />
しかし、同時にこの映画は貴族の美しさもまた描いている。<br />
ファブリツィオ公爵は生まれてから一度として他人に膝を屈したこともなければ、人に<br />
阿ったり、人に使われたこともないような人物として描かれる（傲慢でもあり、自らの<br />
快楽の追求にも堂々としている）。<br />
その公爵の姿には傲岸さは感じるものの、とても美しい。<br />
一方で、革命軍の理想に身を投じようとする甥に幾ばくかの金を与える公爵の姿には、<br />
(自分の愛する王制を倒そうとする）理想を求める若者を援助しようという度量の大き<br />
さと、理想を愛する心が見て取れるのだ。 
</p>
<p>
いつも背筋をぴんと伸ばし、威厳を決して失わない公爵が、時代の流れを悟り、甥は<br />
わが娘よりも金を持っているブルジョアの娘と結婚したほうが未来がある、と考え、<br />
気に染まぬ相手との縁組みを進める様子には、現実から目をそらすまいとする覚悟と、<br />
傷ついた誇りとが滲み出ている（これを貴族の嫌らしさ、と捉える人もいるのだろう）。<br />
自らの誇りを傷つけてまで進めたこの縁組みなのだが、甥のタンクレディはあっさり<br />
と理想であったはずの革命軍から国軍に寝返ってしまう。<br />
ファブリツィオ公爵は、自らの誇りの支えであった貴族階級の没落と同時に、甥が理想<br />
をあっさり捨てたことで彼に託した思いも裏切られ、疲れ果ててしまう。<br />
舞踏会のシーンの最後で、アンジェリカにワルツを踊って欲しいと頼まれ、踊る公爵。<br />
その姿は公爵の消えてゆく貴族の（そして美しい女性に対する雄としての）最後の舞<br />
なのだ。絢爛豪華な舞踏会シーンはこの舞の舞台として、そして公爵の底知れぬ空虚感<br />
を際だたせる意味を持っている。 
</p>
<p>
さて、この映画を見ているうちに別のことに僕の思いは至った。<br />
それはピエール・ブルデューが唱えた「文化資本」という概念である。<br />
映画の公爵家には多くの絵画が飾られており、楽器があって娘たちがそれを演奏して<br />
いる。ブルデューの「文化資本」とは「各家庭がもつ文化的能力や文化的財が合わさっ<br />
たもの」で「社会においてオーソドックス（高級）と見なされている芸術、文化への<br />
アクセシビリティ」なのである。<br />
貴族階級の子供であったら自宅に美しい絵画があり、多くの書物があり、クラシック<br />
音楽が日常の中にあり、それらに囲まれて育つことで、相対的に現在の支配的な<br />
（つまりオーソドックスで高尚と認められている）文化に対する感受性を自然に身に<br />
つける（つまり身体化する）ことになる。もちろん普通の家庭に育った子供たちも、<br />
大人になって自分にはそれが必要（特に社会の支配層にアクセスする手段として）と<br />
考え『教養として』身につけることはできるが、そこには「文化を自然に身体化した者」<br />
と「必要性を感じて後天的に頑張って身につけた者」の間の超えがたい差があり、後者<br />
はどんなに頑張っても前者が持っているような文化に対する「ゆとり」や「余裕」を<br />
持つことができず、結果的にその点で前者から「区別される」ことになる、と言うのだ。<br />
身も蓋もない一言で言えば『育ちの卑しさだけはどうしようもない』であろうか。 
</p>
<p>
この映画の中で公爵が新興ブルジョアの人々を見やる視線には、冷ややかな侮蔑が込め<br />
られている。『育ちの悪いブルジョアの奴ら』を見やる公爵のこの傲岸な視線！<br />
その視線は公爵の心底の本音を表しているのだが、にも関わらず金という別種の力に<br />
よって、公爵は彼らに膝を屈さざるを得ない。<br />
『我々は山猫とライオンだったが　あとを継ぐのはジャッカルやハイエナだが、<br />
　山猫もライオンもジャッカルも羊も―自分こそ正義だと信じている』<br />
という公爵の絶望的な呟き。<br />
その言葉は「自らは山猫（サリーナ家の紋章）である」という誇りと、その自分たちが<br />
下司で育ちの悪いブルジョアたちによって駆逐され、確実に没落してゆくことを見抜いた<br />
哀しみと苦渋に満ち満ちている。 <br />
公爵の怒りと哀しみは、ニーチェのツァラトゥストラの怒りと哀しみなのだ。 
</p>
<p>
<br />
{amazon}<br />
{amazon_title} 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-10-12T18:08+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1861181">
  <title>政権交代の意味</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1861181</link>
  <description>
自民党が下野して民主党政権が誕生してまだ数日。
新大臣たちが矢継ぎばやに命令や指示を出している。
政権が変わったのだなぁという実感がある日々である。 


閣僚の記者会見や発言を聞いていて「いいなぁ」と率直に思う。
「やっと政治をまともな方向に持って行こうとする人たちが出てきた」と。
政治ニュースを見たり、新聞の政治欄を真面目に読むのが実に楽しい。
しかしながら、一方で週刊誌やらワイドショー的な番組などを見ると、早くもいろ
いろな批判めいたことが言われている。
「実はこれ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
自民党が下野して民主党政権が誕生してまだ数日。<br />
新大臣たちが矢継ぎばやに命令や指示を出している。<br />
政権が変わったのだなぁという実感がある日々である。 
</p>
<p>
閣僚の記者会見や発言を聞いていて「いいなぁ」と率直に思う。<br />
「やっと政治をまともな方向に持って行こうとする人たちが出てきた」と。<br />
政治ニュースを見たり、新聞の政治欄を真面目に読むのが実に楽しい。<br />
しかしながら、一方で週刊誌やらワイドショー的な番組などを見ると、早くもいろ<br />
いろな批判めいたことが言われている。<br />
「実はこれは小沢政権なのであって・・・」とか<br />
「参院選を睨んで今回参議院議員を３人入れた」とか<br />
「温室効果ガス90年比25%減はどうせ無理だ」とか<br />
「彼らの政策を実行すると大きな政府になってしまうのでは・・・」とか<br />
&nbsp;etc. etc. 
</p>
<p>
僕に言わせれば、そんなことは枝葉末節である。<br />
もっと言えば、民主党政権によって、経済が沈没しようが、温室効果ガスが逆に増え<br />
ようが、公務員の数がさらに増えて大きな政府が出来ようが、極論すればそんなこと<br />
は本質的な問題ではない。<br />
もしそれが問題でまずいことになるようなら（岡田大臣が公言しているように）次の<br />
選挙で民主党に下野して貰えば良い。<br />
今、民主党が本気でやろうとしていること、即ち政治家が自らの頭で政治判断をし、<br />
官僚にそれを実行させ、その責任は政治家が取る、という仕組みが本当に出来れば、<br />
今回の政権交代の意義は達成されたと思うのだ。<br />
これは歴史的転換だと本当に思う。 
</p>
<p>
日本の政治の一番の問題は、これまでの政治家の「官僚依存」（「官僚支配」では<br />
ない）にあったことで、これは政策の内容がどうという問題ではなく、政治の「仕組<br />
み」の問題だった。<br />
官僚の方々は（僕のような平均的日本人に比べて）非常に優秀である。<br />
使命感を持った優秀な官僚の人たちは、派閥力学と当選回数ベースで順繰りに送り<br />
込まれる識見も能力も知性も使命感もない頼りない大臣を前にして、どう感じてきた<br />
だろう、と僕は（勝手に）想像してみる。<br />
それば『頼りない馬鹿上司を前にした有能な部下』が感じることと同じではないか。<br />
国益を守らなければという使命感と、自分の職場と自分を守らなければという保身の<br />
狭間にあれば、いかに馬鹿上司といえどもせっせとペーパーを作り支援してもり立て<br />
てやらなくては仕方ない、大臣の頭では政策立案ができないのなら、代わって自分<br />
たちが入れ知恵して格好をつけなくては、と思うのではないか。<br />
そして事実ずっとそうしてきたのだろうと思う。 
</p>
<p>
しかし、である。<br />
官僚は選挙で交代させられない。<br />
どんなに優秀で有能であっても、結果に責任を取れない人たちに政治を任せるわけ<br />
にはいかない。<br />
国会議員は、国民の信を失って選挙に負ければ失職する。<br />
官僚は公務員なので基本的に失職はない。<br />
官僚はたとえどれほど政治家と比べて「優秀」で、仮に「無謬」であったとしても、<br />
選挙民によって排除できる可能性がないのならば、政治判断を行ってはならない。<br />
我々には選挙権があり、国会議員をクビにしたり、政権交代を可能にすることが<br />
（原理的に）できるような仕組みになっている。「我々があの人たちに政治を任せた<br />
のは間違いだった」と選挙民が気づいた時「代えることが出来る人たちだけが政治<br />
判断を行える仕組み」を作ろうと民主党政権は本気で取り組んでいる。<br />
民主党政権がこれからどんな失政を重ねようとも、この仕組みだけは作り上げた後に<br />
下野して欲しい、と国民の一人として心から願っている。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-09-19T22:12+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1860064">
  <title>軽井沢・野辺山紀行（２） </title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1860064</link>
  <description>
旅行の二日目、カーテンを開くと快晴である。
今日は念願の野辺山宇宙電波観測所に行くのだ。
ホテルのフロントに話をして観測所まで車で送っていただく。 


観測所の守衛所で入門手続きをし、お願いして荷物を預かっていただいた。
敷地に足を踏み入れると、彼方の正面に巨大な45m電波望遠鏡が鎮座している。
胸に感動が湧き上がる。
なんと美しい望遠鏡だろう、という思い。
ああ、やっと来たのだ、ここに。という思い。
本当はこんなところで働きたかった、僕は人生を間違った、という思い。</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
旅行の二日目、カーテンを開くと快晴である。<br />
今日は念願の野辺山宇宙電波観測所に行くのだ。<br />
ホテルのフロントに話をして観測所まで車で送っていただく。 
</p>
<p>
観測所の守衛所で入門手続きをし、お願いして荷物を預かっていただいた。<br />
敷地に足を踏み入れると、彼方の正面に巨大な45m電波望遠鏡が鎮座している。<br />
胸に感動が湧き上がる。<br />
なんと美しい望遠鏡だろう、という思い。<br />
ああ、やっと来たのだ、ここに。という思い。<br />
本当はこんなところで働きたかった、僕は人生を間違った、という思い。<br />
さまざまな思いが胸の中で交錯したまま僕は呆然と立ちつくしていた。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/nobeyamaobs.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
天文台全景。<br />
手前に守衛所がある。 
</p>
<p>
45m電波望遠鏡に向かう道すがらにはミリ波干渉計の10mバラボラアンテナ群が<br />
一列に並んでいる。ひとつひとつは小さな望遠鏡だが6台のアンテナをケーブルに<br />
繋いで同時観測することで直径600mの電波望遠鏡に匹敵する解像力を持つ。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/mili.jpg" alt="" /><br />
写真にあるように、この10mのアンテナはレールに乗せて必要な位置に移動する<br />
ことができるようになっている。<br />
そしてこれが45m電波望遠鏡。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/45mRadioTelescope.jpg" alt="" /><br />
国内最大の電波望遠鏡である。<br />
近くでみると本当に巨大だ。<br />
巨大ではあるけれど波長の長いミリ波（波長1〜10mm）の電波の観測に用いるので<br />
実は解像度は良くない。望遠鏡の解像度は波長に比例し、口径に反比例するので<br />
計算してみると、小さな直径5cmの屈折望遠鏡程度の解像度しかないのだ。<br />
なるほど、いかに困難であっても干渉計の技術が必要になるわけである。<br />
さて、電波望遠鏡を注意深く見るとBSアンテナなどとは決定的に違う部分がある。<br />
それはアンテナの中心のおわんの底の部分に穴があいていることと、アンテナの<br />
中央に支えられた「副鏡」の部分だ。BSアンテナではこの副鏡の部分に受信機<br />
があって、電波を捉えるようになっているのだが、電波望遠鏡では副鏡は<br />
バラボラで捉えた電波をもう一度跳ね返して穴の奥の受信機に送り込むように<br />
なっている。形は全然違っても、カセグレン式反射望遠鏡と同じなのだと実感した。 
</p>
<p>
ゆっくり45m望遠鏡を見学した後、ミリ波干渉計観測棟前に展示されている<br />
いくつかの望遠鏡を見学。<br />
こちらは太陽電波を観測するヘリオグラフ。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/heriograph.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
そしてこちらは恐らく昔使っていた17GHz太陽偏波計。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/17GHz.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
そしてこれは日本の電波望遠鏡第一号。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/firstRT.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
どこから見ても到底、電波望遠鏡には見えない。 
</p>
<p>
興味深いのは電波望遠鏡第一号も17GHz望遠鏡も軸が斜めにかしいだ赤道儀式架台<br />
に乗っているのに対し、ヘリオグラフも、ミリ波干渉計も、45m電波望遠鏡も垂直・<br />
水平の二平面で動く経緯台方式となっていること。<br />
経緯台方式は大きな荷重を受ける場合適した方式であるが、反面、天体を自動追尾<br />
するにはコンピューターが必要である。よってコンピュータが普及してから、採用<br />
されるようになったのであろう。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/cosmosandRT.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
昔の天文少年はすっかり時の経つのを忘れてしまっていた。<br />
さぁもう駅に向かわなくては。<br />
名残惜しく感じながら、僕は観測所を後にした。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-09-15T21:31+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1858830">
  <title>軽井沢・野辺山紀行（１）</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1858830</link>
  <description>
週末を利用して軽井沢と野辺山を旅してきた。
軽井沢という土地には思い入れがある。
僕が好きな作家の堀辰雄の代表作「美しい村」の舞台が軽井沢なので、以前から行っ
てみたかったのだ。もちろん、小説に描かれている軽井沢は昭和初期のものであるし、
さらにその風景は堀辰雄の心の中で純化された記憶を元に描かれたものである。
もちろん「軽井沢の俗化」は僕の耳にも届いている。そんなわけで僕は、期待半分、
夢を壊されるおっかなびっくりの気持ち半分を抱いて一人長野新幹線に乗った。


駅前で荷</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
週末を利用して軽井沢と野辺山を旅してきた。<br />
軽井沢という土地には思い入れがある。<br />
僕が好きな作家の堀辰雄の代表作「美しい村」の舞台が軽井沢なので、以前から行っ<br />
てみたかったのだ。もちろん、小説に描かれている軽井沢は昭和初期のものであるし、<br />
さらにその風景は堀辰雄の心の中で純化された記憶を元に描かれたものである。<br />
もちろん「軽井沢の俗化」は僕の耳にも届いている。そんなわけで僕は、期待半分、<br />
夢を壊されるおっかなびっくりの気持ち半分を抱いて一人長野新幹線に乗った。
</p>
<p>
駅前で荷物を預けて自転車を借り、軽井沢駅から旧軽ロータリーを目指す。<br />
その中で堀辰雄の「風立ちぬ」の冒頭に出てくる「せせらぎの小径（アカシアの小径）」<br />
南端あたりの山道を少し上ってみた。小説では展望が開けた場所のように描かれて<br />
いたのだが、残念ながら開けた場所には至らず、しぶしぶ道を後戻りする。<br />
すると山道の中央に変な姿の動物がいる。<br />
「猫だろうか？」と思ってよく見るとイノシシの子供だった。<br />
近づくと逃げてしまったが結構山深い土地なのだ、と改めて認識。
</p>
<p>
「せせらぎの小径」をペダルを漕いでゆっくり北上する。<br />
小川に沿ったアカシアの並木道なのだが、人影は少なくとても静かだ。<br />
別荘のどれもが静かなたたずまいを見せているのが嬉しかった。<br />
どの別荘を見ても奇抜であったり、派手であったり、大げさであったりせず、とても<br />
簡素でシックなのだ。<br />
このある種の趣味の良さは、恐らくはこれらの別荘を建てた人々の生活の趣味に起因<br />
していることは間違いなく、さらに言えば、それは恐らく金銭的な豊かさに裏打ち<br />
された趣味の良さ、つまりはことさらに「持っている」ということをひけらかし<br />
たり、大げさに言い立てる必要などない階層の人たちが共有している文化の元に、<br />
この土地が開かれていったことを示していると僕には受け取られた。<br />
品の良い万平ホテルの喫茶室であんずジュースを飲み一服。
</p>
<p>
しかしシックで静かなのは旧軽井沢ロータリーまでだった。<br />
すごい雑踏で、街の雰囲気も東京の繁華街を思わせる喧しさだった。<br />
「軽井沢は俗化された」というのはこの雰囲気を指すのだろう。<br />
立ち並ぶけばけばしいショップ、派手派手しい看板、etc。<br />
そんな軽井沢銀座を抜けて三笠会館の二階のレストランでランチを食す。<br />
評判の「高原野菜のサラダランチ」は想像以上に素晴らしい。<br />
とにかく野菜の味が際だっている。<br />
食後、軽井沢銀座を東に「つるや旅館」から二手橋まで歩く。<br />
「つるや旅館」は堀辰雄の軽井沢での定宿だった所だ。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/tsuruya.jpg" alt="" /><br />
このあたりまで来ると観光客も少なくなり、街には静けさが戻っている。<br />
さらに、軽井沢銀座を後にして自転車で聖パウロ教会から「水車の径」を走ったが、<br />
僕にはやはり「せせらぎの小径」付近が一番印象深かった。<br />
この写真は「せせらぎの小径」近くの「フーガの小径（堀辰雄の小径）」。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/FugaPath.jpg" alt="" />
</p>
<p>
旧軽井沢はここまでにして、自転車で南西の軽井沢高原文庫を目指す。<br />
途中で景勝地の雲場池（美しい池である）に立ち寄って写真を。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/kumoba.jpg" alt="" />
</p>
<p>
道に迷ったこともあって、軽井沢高原文庫は随分遠く感じられた。<br />
ちょうど辻邦生の企画展をやっていたのであれこれ展示物を眺める。<br />
辻邦生はほとんど読んでいなかったので２冊本を購入。<br />
さらに、この場所に移築された堀辰雄の山荘を見学。<br />
実に粗末な（ぼろぼろの）山荘で驚いた。<br />
こんな山荘に籠もって堀はあの美しい小説の文章を紡いでいったのだろうか。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/horitatuoHouse.jpg" alt="" />
</p>
<p>
この日は夜、野辺山に泊まることにしていたので、小海線の列車の時間もあり、<br />
軽井沢を存分に堪能することはできなかったけれど、旧軽井沢銀座近辺を別に<br />
すれば、好ましい土地であると思った。<br />
次に来るときにはぜひ信濃追分にある堀辰雄文学館にも立ち寄りたいと熱望しつつ<br />
小海線の鈍行列車に乗る。<br />
延々と列車に揺られ、野辺山に着いた時にはもう日が暮れていた。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/nobeyamast.jpg" alt="" />
</p>
<p>
　　　　　　　　　　　　　　（続く）
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-09-10T21:01+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1856856">
  <title>ノルウェイの森</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1856856</link>
  <description>
村上春樹の本のうち、僕が手放したものは少ないのだが、その中の一つがベストセラー
の「ノルウェイの森」である。一度読んでピンと来なかったのでさっさと処分してしま
ったのだ。それを読み直してみようと思ったのはごく最近である。
「1Q84」を読んだことも無関係ではない。
改めて読み返してみて、村上春樹の作品の全ての原点となる要素が含まれた本、と
思った。この作品は村上がヨーロッパに滞在していた期間に一気に書かれたもの
である。 


[:quote:]
『ノルウェイの森』がベス</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
村上春樹の本のうち、僕が手放したものは少ないのだが、その中の一つがベストセラー<br />
の「ノルウェイの森」である。一度読んでピンと来なかったのでさっさと処分してしま<br />
ったのだ。それを読み直してみようと思ったのはごく最近である。<br />
「1Q84」を読んだことも無関係ではない。<br />
改めて読み返してみて、村上春樹の作品の全ての原点となる要素が含まれた本、と<br />
思った。この作品は村上がヨーロッパに滞在していた期間に一気に書かれたもの<br />
である。 
</p>
<p>
[:quote:]<br />
『ノルウェイの森』がベストセラーになって、いろんな人によく同じ質問を<br />
受けた。<br />
「あなたはどうしてあの本があんなに売れたと思いますか？」と。<br />
　もちろん僕にはそんなことはわからない。僕の仕事はただひとつ、小説を書き<br />
あげることである。どうして自分があんな小説を書いてしまったのかということ<br />
さえ、僕にはよくわからない。とにかくそのときには、それしか書けなかった。<br />
よくも悪くも、僕としてはそういう書き方しかできなかったのだ。<br />
[/:quote:]<br />
（村上春樹「遠い太鼓」より：&larr;このエッセイ集は非常に面白くお勧めです） 
</p>
<p>
村上作品の原点はいくつかある。<br />
例えばエルサレム賞授賞スピーチ「壁と卵」で語られた「システム」と言う存在。<br />
「ノルウェイの森」では「永沢さん」という友人（先輩）が「システム」を体現して<br />
いる。役回りとしては「ねじまき鳥クロニクル」の「綿谷ノボル」と同じだ。<br />
「永沢さん」も「綿谷ノボル」も「システム」を最大限に利用し、「システム」から<br />
力を引き出し、それを行使する存在だ。そして一方で、周囲の人々の心に取り返しの<br />
つかない邪悪なダメージを与える。<br />
綿谷ノボルは主人公の妻クミコの心に、永沢さんは恋人のハツミさんの心に。<br />
彼女らはシステムに踏みつぶされ、穢される存在なのである。 
</p>
<p>
一方、主人公は(ノルウェイの森ではそれほど顕在的に描かれないものの）邪悪な彼ら<br />
とは反対の立場に立ち、対峙する存在であるものの、どこか女性的で弱々しい。<br />
システムに対峙し立ち向かう、というよりも、システムになじめずになんとか生きて<br />
ゆく、というスタンスに置かれている。<br />
そんな中で主人公たちは例外なく「きちんと」生きようとする。<br />
(村上作品の中でいかに「きちんと」という言葉が多用されていることか！）<br />
ここで言う「きちんと」は暴力的・圧政的なシステムの力に頼らずに「きちんと」<br />
生きる、ということだ（システムに頼って頼って生きるのはたやすいことだ）。<br />
主人公たちは、「きちんと」生きるために、注意深くスパゲティを茹で、部屋を<br />
清潔にし、髭を剃り、女性に礼儀正しく精一杯正直に接する。<br />
馬鹿馬鹿しいように思えるけれど、それこそが邪悪なシステムに対抗する隘路なのだ。 
</p>
<p>
読んだ人誰もが気づくであろう、村上作品に漂う「死」の色濃いイメージ。<br />
日常生活では誰もが禁忌的に取り扱っている死が、主人公の周りには色濃く影を落とす。<br />
村上春樹が語りたい主題の一つが「生と死」にあることは明白で、それも死が人生に<br />
落とす解きほぐせない関わりにある。登場人物たちに対して身近な者たちの死が与える<br />
影響は、執拗で暗く、とても重い。<br />
しかし、村上はこれを『書かずにはいられなかった』のだ。<br />
他者の死は、どんなに意識の表層に蓋をしても、人の心の奥深い部分に沈み込み、<br />
無意識の中に沈殿していて、人の行動を規定し決定づける。<br />
死の人生への影響を通して無意識の世界への隘路を開くこと。<br />
村上作品によく登場しているモチーフに「井戸」がある。これは言うまでもなく<br />
意識と無意識をつなぐ架橋的存在と思うのだが、村上は小説を書く、という行為を<br />
通してこの「井戸を掘り続けている」し、それが彼にとっての小説を書く意味なの<br />
だろう、と思う。 
</p>
<p>
システムに囚われることなく逞しく生きる女性たちの存在も原点の一つだ。<br />
「ねじまき鳥クロニクル」で言えば笠原メイがそうであるし、「ノルウェイの森」<br />
では小林緑がそうである。彼女らは主人公たちが対峙する邪悪なシステムに穢される<br />
ことなく、健やかに生き、主人公たちに「生」を運んでくる存在だ。<br />
「メイ＝（５月）」や「緑」という名前が持つイメージからして、生の輝きを体現<br />
しているではないか。どちらの小説においても、主人公とこれらの生を暗示する存在<br />
との関わりの中、物語は幕を閉じる。<br />
彼女たちは、主人公の（いや、村上春樹の）「生への希望」の象徴なのだ。 
</p>
<p>
改めて「ノルウェイの森」を一気に読んでみて、村上作品の原点が技巧的でなく、<br />
とても素直にさらけ出された作品、と思った。<br />
この小説は一気に書かれた、と聞くがさもありなん、である。<br />
以前読んだ時、僕はそのあまりのストレートさにピンとこなかったのだと思う。<br />
今読み返してみると、佳作である。<br />
こんどは処分せず、本棚に置いておくことにしよう。 
</p>
<p>
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</p>
<p>
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</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-09-02T20:16+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1845921">
  <title>村上春樹「1Q84」を読んで</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1845921</link>
  <description>
「1Q84」を読了した。
いつものことであるが、僕は村上作品には圧倒される。
どこに圧倒されるのか？ 


村上春樹は、あらかじめ自分で語りたいものをしっかり理解していて、それを作品を
通して語っている人ではないと思う。村上は常に「自分自身よくわかっていないし、
掴めないもの」を心の（それも個人の心ではなく、ユング的集合的無意識的な心という
イメージ）深い部分から四苦八苦しながら汲み上げてきて、それを僕たちに「物語」と
いう形に再構成して提示する。
注意深く、論理的かつ分</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
「1Q84」を読了した。<br />
いつものことであるが、僕は村上作品には圧倒される。<br />
どこに圧倒されるのか？ 
</p>
<p>
村上春樹は、あらかじめ自分で語りたいものをしっかり理解していて、それを作品を<br />
通して語っている人ではないと思う。村上は常に「自分自身よくわかっていないし、<br />
掴めないもの」を心の（それも個人の心ではなく、ユング的集合的無意識的な心という<br />
イメージ）深い部分から四苦八苦しながら汲み上げてきて、それを僕たちに「物語」と<br />
いう形に再構成して提示する。<br />
注意深く、論理的かつ分析的に、厳密に書けばそれは「論文」になるかもしれない。<br />
しかし「論文」は正確ではあっても、恐ろしく狭い部分についてしか語ることが<br />
できない。一方、「物語」は正確さには欠けるかもしれないが、「論文」よりも<br />
ずっと広い部分について「語る」ことができる。<br />
村上春樹が「物語」を書くのは「論文」では伝えられない何かを伝えるためだ。 
</p>
<p>
この世界は言葉によって「構築」されているわけであるが、実際に世界を構成している<br />
ものは実のところほとんどは「言葉で表し得ないもの」である。<br />
その「言葉では表し得ない部分」にアクセスしようと村上は悪戦苦闘している。<br />
その表し得ない部分は、間違いなく「性」や「暴力」や「信仰」に集合的無意識の深い<br />
深いところで繋がっており、そこへのアクセスはファンタジックな物語においてのみ<br />
可能なのではないだろうか。<br />
「ねじまき鳥クロニクル」の言葉を引用すれば、村上春樹はその隘路を通って「井戸を<br />
降りてゆこう」としている。<br />
これはまさにアート（芸術）でしかなしえない行為であると思う。<br />
そう、ちょうど「神話」がそういった役割を果たしてきたのと同様に。 
</p>
<p>
神話は人々の口伝によって数千年の時の試練に耐え、語り継がれてきた。<br />
それらは荒唐無稽なファンタジーであっても、それらは人々の心の深い深い顕在化し<br />
得ない部分を共振させ、揺り動かし、共感を生むが故に語り継がれる。<br />
村上文学が世界各国で読まれ、共感され、支持されるのは、単に現代的な消費文明での<br />
生活スタイルや自由の孤独を描いたからでも、お洒落な比喩や文体によるものでもない。<br />
彼の文学が深いところで神話の持つ普遍性につながっているから、と僕は思う。 
</p>
<p>
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</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-07-20T20:51+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1842386">
  <title>国立天文台 三鷹</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1842386</link>
  <description>
かねてから行ってみたいと思っていた三鷹の国立天文台に思い立って出かけた。
もう長らく星を見ていないものの、僕のようなオールド天文ファンにとっては
『三鷹の東京天文台』には特別の思い入れがある。
天文学者で言えば、富田弘一郎氏、古在由秀氏、古畑正秋氏などの名前がすぐ
に頭に浮かぶし、日本最大の65cm屈折望遠鏡や小惑星「Tokio」「Nipponia」など
を発見したブラッシャー天体写真儀などの観測機材に思いを馳せたものだった。 


京王調布駅からバスに乗り、天文台前で下車す</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
かねてから行ってみたいと思っていた三鷹の国立天文台に思い立って出かけた。<br />
もう長らく星を見ていないものの、僕のようなオールド天文ファンにとっては<br />
『三鷹の東京天文台』には特別の思い入れがある。<br />
天文学者で言えば、富田弘一郎氏、古在由秀氏、古畑正秋氏などの名前がすぐ<br />
に頭に浮かぶし、日本最大の65cm屈折望遠鏡や小惑星「Tokio」「Nipponia」など<br />
を発見したブラッシャー天体写真儀などの観測機材に思いを馳せたものだった。 
</p>
<p>
京王調布駅からバスに乗り、天文台前で下車すると歴史を感じさせる門がもう<br />
目の前だ。見学は無料でワッペンを胸に貼ってコースの中を自由に散策できる<br />
ようになっている。<br />
最初に向かったのは「第一赤道儀室」<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/20.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
どうだろうか、この歴史を感じさせる観測ドームは（国の登録有形文化財とのこと）。<br />
中の望遠鏡は1927年製造のカール・ツァイス社製の20cm屈折望遠鏡。<br />
実に歴史を感じる素晴らしい機材である。<br />
次に大赤道儀室（天文台歴史館）に向かう。<br />
こちらも登録有形文化財の木製内張の観測ドーム。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/65.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
納められているのは同じツァイス製の65cm大屈折望遠鏡。<br />
筒の長さが10m以上の実に見事な美しくレトロな望遠鏡だ。<br />
現在の大望遠鏡は殆ど全てが反射望遠鏡で、口径もやれ5mだ、10mだ、と桁違いの<br />
大きさであるが、僕は望遠鏡らしい望遠鏡はやはり屈折望遠鏡、と思っている。<br />
19世紀の有名な天文学者E.E.バーナードがヤーキス天文台の100cm屈折望遠鏡の<br />
接眼部にもたれかかっている記念写真があるのだが、そんなことができる大型の<br />
屈折望遠鏡に僕はとても憧れたものだ。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/barnardPortrait.jpg" alt="" /><br />
この65cm望遠鏡なら間違いなくそれが可能だろう。<br />
京都大学も飛騨天文台にこれと同じ大きさの65cm屈折望遠鏡を持っているが<br />
あちらもいつか見学してみたいものである。<br />
さて、こちらは太陽観測専用のアインシュタイン塔。<br />
<img src="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/ein.jpg" alt="" /> 
</p>
<p>
残念ながら中の見学はできなかったが煉瓦造りの美しい建物だ。<br />
この塔は中が中空になっていて、ドームの中の２枚の平面鏡で太陽光を導き入れ<br />
スペクトル観測ができるようになっている。<br />
この写真でもわかるように天文台は緑の中にドームが点在するようになっていて、<br />
実に閑静な落ち着いた雰囲気の中にある。 
</p>
<p>
その他にはレプソルド子午儀やゴーチェ子午儀といった歴史的観測機器もあったが、<br />
（それぞれの置かれている観測室から立ちのぼる大正・昭和初期の匂い！）僕に<br />
とってもう一つの感動は歴史館にあったいくつかの展示品だった。<br />
そのひとつはブラッシャー天体写真儀の観測原簿。<br />
もうひとつは観測機器で撮影された写真乾板のオリジナル（それもライトボックス<br />
にセットされてルーペで詳細に見れるように展示されていた！）。<br />
これらは天文ファンならば感涙ものだと思うのだが。 
</p>
<p>
残念だったのはブラッシャー天体写真儀の現物を見ることができなかったこと。<br />
1905年製アストロ・ベッツファール4枚玉と呼ばれる当時最先端のレンズ系を<br />
持つアメリカ製の20cm天体写真儀は僕にとっては特別な存在だったのだが。。<br />
帰宅してネットで調べたところによれば、既に撤去されて上野の科学博物館に<br />
引き取られたらしい。<br />
今はこちらに展示されているのだろうか？<br />
上野にも行ってみよう。 
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-07-04T18:19+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1841521">
  <title>心配するのが仕事</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1841521</link>
  <description>
松下幸之助が「社長業とは心配することだ。心配して、心配して、心配するのを
生き甲斐として楽しめる人ではないと駄目だ」というようなことを言っていたと
記憶する。しかしながら、その言葉が当てはまるのは社長業だけでなく、どんな
に小さくても組織の長は皆同じようなものではないだろうか？


最近の僕は心配事と悩み事だらけである。
その心配事、悩み事は自分自身の事柄というよりも、自分が抱えている責任に
付随するもので、殆どが部下たちの問題、組織そのものの問題である。
自分自身が頑張れ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
松下幸之助が「社長業とは心配することだ。心配して、心配して、心配するのを<br />
生き甲斐として楽しめる人ではないと駄目だ」というようなことを言っていたと<br />
記憶する。しかしながら、その言葉が当てはまるのは社長業だけでなく、どんな<br />
に小さくても組織の長は皆同じようなものではないだろうか？
</p>
<p>
最近の僕は心配事と悩み事だらけである。<br />
その心配事、悩み事は自分自身の事柄というよりも、自分が抱えている責任に<br />
付随するもので、殆どが部下たちの問題、組織そのものの問題である。<br />
自分自身が頑張ればすむ、とか自分自身が無理をすれば良い、とかそういう事柄<br />
でないのがなんとも辛いところである。<br />
残念ながら僕は人間が出来ていないのか、そういう状況を楽しむには到底至らない。
</p>
<p>
あるひとつの心配事が片付くと、それまで脇で小さくなっていた別の心配事が<br />
いそいそと手を挙げ、すぐに新しい主役の座にどっかりと腰を下ろす。<br />
場合によっては二つ、三つの心配事が主役の座を争っていたりする。<br />
考えてみれば当然か。自分自身のみが関わる心配事、悩み事ではないわけだから<br />
極論すれば組織に関わっている人数分の心配事、悩み事があると言っても過言で<br />
はないわけで、そうなると心配の種は尽きることがまずない。
</p>
<p>
どこに行っても、何をしていても、心のどこかに心配事、悩み事が常にある、<br />
というのが常態になってもう久しい。<br />
若い頃はもっと違っていたような気がするのは気のせいだろうか？<br />
あの頃も今のように悩み事、心配事が順番待ちをしているような状態だった<br />
のを忘れているだけなのか？<br />
単に昔は良かった、という懐古的勘違いなのだろうか？<br />
それはともかく、心配事、悩み事がわずかしかなくて、すっきりしゃっきりした<br />
一日、というのは１年のうちで、もはや数えるくらいしかないように思う。
</p>
<p>
ここまで書いてきて、歳を取ることに似ている、と思い当たる。<br />
僕だって、ぎっくり腰をしたり、血圧が上がったり、視力が悪くなってきたり、<br />
ずいぶんガタが来ている。つまり「常に体のどこかに不具合が必ずある」という<br />
ことだ。体調が完璧ですっきりしゃっきりしていて快調！という日は、一年の中で<br />
数えるぐらいしかない。<br />
これは上に書いた心の状態と同じ状態ではないか？
</p>
<p>
こうやって、心配事と悩み事、体の不調に取り付かれ苦しみながら老いて死ぬのか？<br />
そんな風に考えてしまって、今日はいささか気が重くなった。<br />
とてもまっとうな考えとは思わないが、思ったこととしてここに書き留めておく
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-06-30T21:54+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1834464">
  <title>国宝阿修羅展</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1834464</link>
  <description>
東京国立博物館で開催中の「国宝阿修羅展」に行ってきた。
人気であると聞いていたので開館直後の朝9時半過ぎに行ったところ、既に70分待ち。
その前にチケットを買うだけで15分待ったので、結局１時間半ほど並んでやっと入る
ことが出来た。
いやはや、想像以上の人気である。
今回のこの展覧会では阿修羅立像だけではなく、奈良・興福寺が所蔵するいろいろな
仏像・仏具や、国立博物館所蔵の興福寺に関係する数多くの文化財が展示されており、
展示物75点の内訳は国宝が58点、重要文化財10点なので</description>
  <content:encoded><![CDATA[<p>
東京国立博物館で開催中の「国宝阿修羅展」に行ってきた。<br />
人気であると聞いていたので開館直後の朝9時半過ぎに行ったところ、既に70分待ち。<br />
その前にチケットを買うだけで15分待ったので、結局１時間半ほど並んでやっと入る<br />
ことが出来た。<br />
いやはや、想像以上の人気である。<br />
今回のこの展覧会では阿修羅立像だけではなく、奈良・興福寺が所蔵するいろいろな<br />
仏像・仏具や、国立博物館所蔵の興福寺に関係する数多くの文化財が展示されており、<br />
展示物75点の内訳は国宝が58点、重要文化財10点なので大変な展示会である。 
</p>
<p>
僕は奈良・興福寺には昨年11月の<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1782729">正倉院展</a>に行った時に立ち寄っている。<br />
ちなみにこの時、興福寺の国宝館はずいぶん空いていて、カラスケース越しではある<br />
ものの、じっくりゆっくり阿修羅像を見ることができたのだった。<br />
今回、阿修羅像を360度の角度からケースなしで見ることが出来るのは楽しみである。 
</p>
<p>
さて、博物館の中に入ったものの大変な人混みだ。<br />
僕は正倉院展を「人気のあるデパートのバーゲン会場」と評したが、今回の阿修羅展は<br />
それを上回る。ともかく低い位置の展示物は二重、三重の人垣越しになるので後ろから<br />
ではまず見えない。最前列の人はだいたいじっくり見たがって動かないわけなので、<br />
最前列で見るならば相当時間辛抱強く待たない限り見ることはできない。<br />
やむを得ないことなのだろうが、大変な体力と時間の消耗である。 
</p>
<p>
めげずに辛抱強く見ることにする。<br />
今回は仏像の展示が非常にうまくなされていたので、順に見てゆくと阿修羅像のあの<br />
何とも言えない繊細で複雑な表情は阿修羅像固有のものではなく、同じ時期に制作<br />
されたいろいろな立像（八部衆および釈迦十大弟子）の表情も同じニュアンスを含む<br />
ことがわかる。これら仏像の慈悲とも哀しみとも忍耐ともいかようにも取れる非常に<br />
複雑な表情を見ているうち、この表情は能面ととても似ている、と思った。<br />
僕は能に詳しいわけではないけれど（是非一度見に行きたいと思ってはいるのだが）、<br />
本で見る能面はこのような非常に複雑かつ曖昧な表情をしている。<br />
能が観阿弥・世阿弥によって確立されたのは鎌倉時代の奈良であるわけだが、能面<br />
とこれら仏像の表情とは実際になんらかの繋がりがあるのだろうか？<br />
一方で、興福寺の仏像でも鎌倉期に作られたもの（今回出品はされていないが、<br />
有名な仁王像などもそうである）は、天平期のこのような複雑で繊細な表情を失って<br />
いるように見えるのは面白い。 
</p>
<p>
さて、阿修羅立像である。<br />
興福寺と違って広い空間にケースなしで安置された阿修羅像は、やはりひときわ<br />
素晴らしい立像である。ゆっくりと周囲を回りながら眺めるといろいろなことに<br />
気づく。まず、三つの顔の表情の違い。正面から見て左側の顔は厳しく下唇を<br />
噛みしめているように見える。右側の顔はむしろ何かに耐えているかのよう。<br />
そして正面の顔が一番複雑で、憂愁や内面の決意や慈悲深さを感じさせる表情を<br />
している。<br />
よく見ると、この像は決してリアリスティックに造られているわけではない。<br />
腕は細くて長すぎるし、体のバランスだって正しくないし、顔の造作の細部も大胆<br />
に省略もされている。それでいてこの像は誰が見ても慈悲深く意志と憂愁を合わせ<br />
持つ美しい少年であることが伝わってくる。<br />
ヨーロッパ彫刻にある筋肉の流れや解剖学的根拠に基づいた写実性の有無と「人が<br />
リアルに人と感じるか」は別物であることをこの像は示しているのではないか。<br />
とにかく第一級の芸術品である。 
</p>
<p>
もっとゆっくり見続けたかったけれど、後ろから押されてもう一周見ることは<br />
できなかったのが残念。ちなみにミュージアムショップの混み方も殺人的で<br />
結局何も買えずに終わった。<br />
今年の秋、興福寺に阿修羅像が戻った時に仮金堂内に阿修羅像、八部衆、釈迦十大<br />
弟子像を安置して特別公開するとのアナウンスがある。<br />
機会が有ればぜひこちらも行ってみたいものである。 
</p>
<p>
<a href="http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&amp;processId=02&amp;event_id=6113">国宝阿修羅展</a>
</p>
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-05-31T17:45+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1829708">
  <title>グスタフ・レオンハルト チェンバロリサイタル</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1829708</link>
  <description>雨の中、第一生命ホールでのレオンハルトのチェンバロリサイタルに行ってきた。<br />
レオンハルトは今年81歳になるチェンバロの巨匠、学者肌でマスコミに距離を置く<br />
孤高の巨匠として知られる演奏家である。<br />
<br />
リサイタルで演奏された曲はどれも僕の知らない曲（恐らく一般の音楽ファンにも<br />
馴染みがない曲）ばかりで、そうなると僕は曲については何ともコメントのしよう<br />
がない。聴き巧者ならともかく、僕レベルの音楽好きの場合、一度聴いて素晴らしい！<br />
と思う曲はだいたい誰が聴いても素晴らしいと思ういわゆる「名</description>
  <content:encoded><![CDATA[雨の中、第一生命ホールでのレオンハルトのチェンバロリサイタルに行ってきた。<br />
レオンハルトは今年81歳になるチェンバロの巨匠、学者肌でマスコミに距離を置く<br />
孤高の巨匠として知られる演奏家である。<br />
<br />
リサイタルで演奏された曲はどれも僕の知らない曲（恐らく一般の音楽ファンにも<br />
馴染みがない曲）ばかりで、そうなると僕は曲については何ともコメントのしよう<br />
がない。聴き巧者ならともかく、僕レベルの音楽好きの場合、一度聴いて素晴らしい！<br />
と思う曲はだいたい誰が聴いても素晴らしいと思ういわゆる「名曲」レベルであって、<br />
隠れた佳曲レベルだと「ふうん」と思うのが関の山なのである。<br />
情けないけれどこれが現実である。<br />
よって、ここに記す内容は、チェンバロの音そのものについてとか、レオンハルトの<br />
たたずまいについてとか、そういった周辺的な事柄についての散文的な印象である。<br />
<br />
まずチェンバロの音について。<br />
僕もいくらかはチェンバロリサイタルに行ったことがあるのだが、レオンハルトの<br />
チェンバロの音は他と全く違う。倍音が充実した豊かな響きなのだが、重音や和音、<br />
そして声部が重なる部分での響きがとても透明でびっくりするほど美しいのである。<br />
反面、部分的にあるパート（ある調性？）においては音がひどく濁り、調律が狂った<br />
のでは？と錯覚するほどなのだ。<br />
最初のルイ・クープランの曲からそれを感じた僕は、すぐに楽器の調律が平均律で<br />
はないミーントーンやウェル・テンペラメントなどの古典調律なのか？と思ったの<br />
だが、休憩時間に買ったプログラムの中の解説によれば、レオンハルトは常に自分<br />
で調律をしていて（事実、休憩時間に演奏者本人が出てきて楽器を調律していた！）、<br />
それも演奏するプログラムに応じて彼曰く「ファンタジーな響き」になるように<br />
『独自に』調律しているとのこと。<br />
なるほど、と感心し納得した次第である。<br />
<br />
レオンハルトのテクニックについて。<br />
僕自身、チェンバロを弾いたことは数えるほどしかないのだけれど、ピアノとの<br />
あまりの違いに愕然としたことを覚えている。確か平均律のフーガを恐る恐る<br />
弾かせて貰ったのだけれど、音と音がまったくレガートにならない！<br />
これはチェンバロが撥絃楽器（爪で弦を弾く）であるためで、チェンバロを<br />
弾くにはピアノとは違った指のテクニックが必要なのだ。それだけではなく、<br />
ピアノでは簡単に出来る音を大きくしたり小さくしたりすることや、タッチの<br />
ニュアンスをつけるといったことがチェンバロではほぼ不可能なため、チェン<br />
バロ奏者はわずかに音を出すタイミングをずらす等、音を際だたせたり強弱を<br />
表現するのに様々な工夫が必要になる。<br />
そのためにチェンバロのリサイタルでは、妙にリズムがギクシャクしたり、間延び<br />
したり、変な印象を受けることがあるのだけれど、さすがにレオンハルト、その<br />
ような印象は最初から最後まで受けることがなかった。<br />
際だたせるべき音はしっかりと響き、影に隠れるべき声部はさりげなく、それで<br />
いてリズムもまったく崩れることなく、端正な演奏が繰り広げられる。<br />
さすがに巨匠、と感じ入ってしまった。<br />
<br />
最後にグスタフ・レオンハルト本人について。<br />
とにかく彼の存在そのものが圧倒的である。<br />
81歳の老人であるわけだが、一目見て圧倒的な知性と品性にあふれた高徳の人、<br />
という拭いがたい印象を持った。<br />
彼の一挙手一投足は、静かで無駄な動きが無い。<br />
椅子に端然と背を伸ばして腰掛け、演奏中も感情の動きが露わになることは<br />
ほとんど無い。観客に対して愛想が良いわけではないのだが、誰もが自然に<br />
敬愛せずにはおれない偉大な人、というオーラに充ち満ちている。<br />
パンフレットにも「貴なる人」という言葉が記されていたが、全くその通りである。<br />
<br />
こんな美しい素晴らしい老人になりたい。<br />
心からそう思った夜だった。<br />
<br />
<a href="http://www.allegromusic.co.jp/Leonhardt2009.html">グスタフ・レオンハルト　チェンバロリサイタル</a><br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-05-09T18:42+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1819210">
  <title>荻原碌山の彫刻</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1819210</link>
  <description>安曇野一人旅で初日にふらりと入った穂高駅にほど近い碌山美術館。<br />
ここには早逝した彫刻家・荻原守衛（碌山）の作品が集められているのだが、<br />
衝撃的だった。<br />
碌山の彫刻に少しついて書いてみたい。<br />
<br />
僕は彫刻に感動を覚えたことがあまり多くはない。<br />
ルーブル美術館の「サモトラケのニケ」には感動したし、西洋美術館外のロダン<br />
の「考える人」やブールデルの「弓をひくヘラクレス」には考えさせられたものの、<br />
他で圧倒的な感銘を受けた、という経験はなかった。<br />
しかし今回、僕は碌山の彫刻のいくつかから</description>
  <content:encoded><![CDATA[安曇野一人旅で初日にふらりと入った穂高駅にほど近い碌山美術館。<br />
ここには早逝した彫刻家・荻原守衛（碌山）の作品が集められているのだが、<br />
衝撃的だった。<br />
碌山の彫刻に少しついて書いてみたい。<br />
<br />
僕は彫刻に感動を覚えたことがあまり多くはない。<br />
ルーブル美術館の「サモトラケのニケ」には感動したし、西洋美術館外のロダン<br />
の「考える人」やブールデルの「弓をひくヘラクレス」には考えさせられたものの、<br />
他で圧倒的な感銘を受けた、という経験はなかった。<br />
しかし今回、僕は碌山の彫刻のいくつかから圧倒的な何かを感じた。<br />
文字通り、圧倒的な何かを。<br />
<br />
碌山の彫刻のどれもに共通しているのは、とにかくどの彫刻も「生きている」という<br />
点である。彫刻そのもののタッチは荒っぽく、完成していないのではないか、と<br />
思われるほど（事実初期の代表作の「坑夫」は未完成という理由で落選している）<br />
なのであるが、描写されている対象の強い生命力と内面（意志であったり感情で<br />
あったり）や性格までダイレクトに伝わってくるのだ。<br />
特に「文覚」「北條虎吉像」「女」は凄い。<br />
「女」などは背中の部分はほとんど仕上げもされず荒々しいままなのに、女の<br />
この姿勢、体の曲線、上を向いた表情、どれをとっても圧倒的だ。<br />
<br />
碌山はロダンの「考える人」をパリで見て衝撃を受け彫刻家を目指すことにしたと<br />
いう。この碌山の「考える人」評は実に面白いのでここに転記しておきたい。<br />
<br />
[:quote:]<br />
廻り廻りロダンの作に対するに及び、駭然として驚き慄然として恐れ、<br />
稍久しく神往き魂飛び又私自力の存在を感ずることが出来なかった。<br />
宿に帰って寝食の間にも彼ロダンの作は厳然として私の目前に聳立して<br />
いる。その作は「想う人」というので、ダンテの戯曲中の一人地獄の門<br />
の入り口に立ってその門を眺め以て宇宙人生の真相を想像しつつある人<br />
であって実に想う人である。頭の天辺から足の爪先まで一点の隙間もなく<br />
想に満ちている。もしも世に人間の想というものが有ったならば、必ず<br />
こういうものであると感じた。<br />
[/:quote:]<br />
<br />
先に述べたように、碌山の彫刻は必ずしも本物そっくりでもなく、プリミティブさ<br />
さえ感じさせるのに、その対象の本質はずばりと伝わってくる。<br />
面白いのは、碌山美術館の他の展示室に展示されている碌山と同時代の仲間の<br />
彫刻家たちの作品だ。彼らの作品からは碌山の作品のような圧倒的なものが<br />
伝わってこない。ただ一人、高村光太郎の作品を除いては。<br />
高村光太郎の「腕」や「手」は人体のごく一部分の描写にすぎないのだけれど、<br />
これらからは不思議に碌山の彫刻と同じような何かが伝わってくる。<br />
これは僕にとって実に面白い経験だった。<br />
<br />
彫刻も絵画も「対象物を本物そっくりに再現するもの」ではないのだ。<br />
重要なのは、その対象物が持つ「何か」を見る人に伝えるということ。<br />
それはちょうど、モネが「印象・日の出」で試みたり、ピカソが「ドラ・マールの<br />
肖像」で行ったことと同じなのだ。<br />
ロダンの「考える人」の人体各部のアンバランスさは何故なのか、随分考えた<br />
けれど、それは「考える人」の「想」を伝えるために必要な、必然的なアンバランス<br />
さだったのだ。<br />
そう考えると、合点が行く。<br />
<br />
<a href="http://www.rokuzan.jp/">碌山美術館</a><br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-03-22T19:11+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1815546">
  <title>クレーの絵を見て</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1815546</link>
  <description>渋谷のBUNKAMURAザ・ミュージアムに「ピカソとクレーの生きた時代」と銘打たれた<br />
展覧会を見に行ってきた。ドイツ・デュッセルドルフのノルトライン=ヴェストファーレン<br />
州立美術館所蔵のK20と呼ばれる20世紀絵画のコレクションを日本に持ってきて展示<br />
したものである。<br />
僕はクレーの絵が好きなので興味を持って出かけた。<br />
<br />
出展されていた絵画は全て２０世紀のもので、は表現主義（フォビスム）からキュビ<br />
スム、そしてシュルレアリスム絵画が順に展示されており、最後の部屋に数点のカン<br />
ディン</description>
  <content:encoded><![CDATA[渋谷のBUNKAMURAザ・ミュージアムに「ピカソとクレーの生きた時代」と銘打たれた<br />
展覧会を見に行ってきた。ドイツ・デュッセルドルフのノルトライン=ヴェストファーレン<br />
州立美術館所蔵のK20と呼ばれる20世紀絵画のコレクションを日本に持ってきて展示<br />
したものである。<br />
僕はクレーの絵が好きなので興味を持って出かけた。<br />
<br />
出展されていた絵画は全て２０世紀のもので、は表現主義（フォビスム）からキュビ<br />
スム、そしてシュルレアリスム絵画が順に展示されており、最後の部屋に数点のカン<br />
ディンスキーと沢山のクレーの絵がある。<br />
ひとつ面白かったのは、展示を順に見ていくことで、表現主義、フォビズムから<br />
キュビスムへの展開、そしてキュビスムからシュルレアリスムへの展開に必然性が<br />
感じられたことだ。<br />
対象物を立体（円筒や四角形）で極端に単純化・象徴化するキュビスムの絵で不足<br />
するリアリティを新聞紙や広告のコラージュで補ったり（ピカソの作品など）する<br />
方向性（つまりあくまで具象から足を離さない方向性）がある一方で、完全に具象<br />
から離れるカンディンスキーのような行き方の萌芽にもなっていることが読み取れる。<br />
他方、全く違うスタンスのシュールレアリスム絵画の萌芽にも繋がっていて、とても<br />
興味深い。<br />
作品は、どれを取っても画家の個性が刻印されているわけだが、一方では他者の作品<br />
に強くインスパイアされ、影響を受けることで、一つの潮流の中に結果的に位置づけ<br />
られることになる。<br />
時系列に並べられた作品群を前にするとこの流れが分かり、とても面白かった。<br />
<br />
さて、最後の部屋に集中的に展示されていた27点のパウル・クレーの絵を見て、僕が<br />
しみじみと感じたのは、クレーの絵は「音楽」である、ということだ。<br />
例えばキュビスムの絵の中には非常に色彩・形のコンポジションが非常に緻密かつ<br />
厳密で、バッハの音楽の堅牢さをも連想させるものもあるが、その絵からは音楽は<br />
流れ出さない。それに対しクレーの絵も、緻密に構成的に作られているのは同じなの<br />
に、どこか動きや音楽を感じるのは一体何故だろう？<br />
<br />
理由のひとつとして、クレーの線の扱いがあげられるのではないかと思う。<br />
クレーの絵には曲線が多く、一筆書きのような線そのものにベクトルが感じられるもの<br />
が多く見られる。それが動きを生み出し、動きが時間を、そして音楽を感じさせる働き<br />
を持っているのではないか？<br />
そしてクレーの絵に底流するユーモアと緻密さ。<br />
僕は絵を見るうちに、新ウィーン楽派の作曲家の作品を想起していた。<br />
どこかユーモラスな「リズミカルな森のラクダ」はウェーベルンの変奏曲作品27を<br />
思い出させるし、緻密で堅牢な「雷雨の後の庭」はシェーンベルクの精緻な作品の<br />
いくつかを想起させる。<br />
新ウィーン楽派の作曲家たちも、現実や感情と密接に関わる「調性」を手放すこと<br />
で新しい表現の領域に踏み込んで行ったが、クレーも現実や具象と関わるものを<br />
手放すことで新しい絵画の領域に踏み込んで行った。<br />
この辺も共通項が感じられとても興味深い。<br />
<br />
さて、クレーの絵を離れてもう一つ面白かったのは、自分がシュルレアリスム絵画に<br />
ひどく心惹かれる、という事実だった。僕は左脳論理思考型人間なのだがシュルレア<br />
リスム絵画の右脳直感で描かれた超現実的な世界を見ていると、とても心地よく好ま<br />
しく感じられる。<br />
いったい何が原因なのだろう？<br />
これについては現在の所、解釈が思いつかない。<br />
<br />
最後に苦言を一言。<br />
今回、音声ガイド機を借りたのだが、この解説が冗長かつ内容空疎でがっかりした。<br />
（実際のところ、解説を二つ三つ聞いて失望したので以後聞くのをやめた。）<br />
音声ガイドは絵を見る時のささやかなヘルプをしてくれれば良いので、興味深い<br />
エピソードを語ってくれる必要はない。控えめにかつこちらの集中力を切らせない<br />
ような声質と内容にしていただくように強く希望したい。<br />
<br />
<a href="http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/09_k20/index.html">BUNKAMURA「ピカソとクレーの生きた時代」</a><br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-03-08T17:52+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1813566">
  <title>己の義</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1813566</link>
  <description>先週大河ドラマの「天地人」を見ていて上杉謙信が樋口（直江）兼継に言った言葉<br />
がとても印象的だった。義を貫くためには人を殺めなくてはならぬこともある、<br />
という矛盾に迷う兼継に、謙信は（概略）こんな言葉を贈ったのだ。<br />
<br />
[:quote:]<br />
お前を見ていると自分の若い頃を思い出す。<br />
自分の二人の息子たちは自分（謙信）を信じることが全てで迷いがない。<br />
しかしお前は迷う事ばかりだ。<br />
だからこそ『己の義』を見つけることができる。<br />
自分も長い戦いの中で、迷いの上で『己の義』を手にした。<br />
お</description>
  <content:encoded><![CDATA[先週大河ドラマの「天地人」を見ていて上杉謙信が樋口（直江）兼継に言った言葉<br />
がとても印象的だった。義を貫くためには人を殺めなくてはならぬこともある、<br />
という矛盾に迷う兼継に、謙信は（概略）こんな言葉を贈ったのだ。<br />
<br />
[:quote:]<br />
お前を見ていると自分の若い頃を思い出す。<br />
自分の二人の息子たちは自分（謙信）を信じることが全てで迷いがない。<br />
しかしお前は迷う事ばかりだ。<br />
だからこそ『己の義』を見つけることができる。<br />
自分も長い戦いの中で、迷いの上で『己の義』を手にした。<br />
お前もいずれ『己の義』を見いだすだろう。<br />
お前こそ、自分の意志を真に受け継ぐものであろう<br />
[/:quote:]<br />
<br />
何よりまず僕が打たれたのは「己の義」という観念である。<br />
「己の義」があるということは「他人の義」もある、つまり「義は複数ある」<br />
ということだ。ここには「義」とは絶対的なものではない、という観念が包含<br />
されている。<br />
そう、その通り。<br />
この世には「絶対の正義」などないし「普遍的な義」もない。<br />
「複数の義」が林立しているのがこの世界である。<br />
意外と理解されていないこの事実がしっかり押さえられている点に僕は感服した。<br />
<br />
僕は「真実」という言葉も「絶対に」という言葉も好きではない。<br />
それは「嘘」だから。<br />
この世に公理系のようなものは存在しない。<br />
「人を殺してはいけない」という一見絶対に見える言葉でさえ、ある場面を取れば<br />
正当化されることもある。この世界にあるものは、林立する「複数の義」とその間<br />
の構造と関係の網の目なのである。<br />
そして「いくつかの義」がconflictを起こした場合、その瞬間の社会的な状況に<br />
おいて「妥当性を協議し、比較計量する」ことはできる。<br />
しかし、それはその瞬間において、あるシチュエーションにおいてのみのことだ。<br />
<br />
縋れる公理系のない寂しさと哀しさ。<br />
この空っぽを受け止めつつ、彷徨い歩くことが、生きることに他ならない。<br />
孤独で、辛く、哀しい道行きである。<br />
謙信が言う通り、この孤独を耐えて受け止めたものは「己の義」を手に出来るかも<br />
しれない。しかし、それとてもちろん、あるシチュエーションにおいて、ある関係性<br />
において、ある時代においてのみ成立する、言ってみれば個人の趣味の色を帯びた<br />
「その人の義」なのである。<br />
<br />
「己の義」を確立することは強くなることではあるが、小さくなることでもある。<br />
「小さな義」であるほど、それは無矛盾に、ロジカルに、そしてクリアカットに<br />
作り込むことが可能だ。<br />
しかし一方で「小さな義」は、痩せていて、生の豊饒さから遠い。<br />
これについてはニーチェの言葉を引用するまでもないだろう。<br />
信じられそうなシンプルな公理系に簡単に飛びつくことは、容易いことであるし<br />
簡単に強くなれる道であろう。そう、ちょうど謙信の息子たちのように。<br />
しかしゲーデルが証明した通り、無矛盾の公理系など数学の世界にすら存在しないのだ。<br />
ましてこの現実の世にそんなものが存在するはずもない。<br />
<br />
「己の義」を確立した上で、「迷いの道」への扉を常に開いたままでいること。<br />
「己の義」を過信せず、常に「複数の義」の間でその妥当性をそれぞれの局面で<br />
比較・計量・判断すること。<br />
僕はその道を選ぼうと考え、今、その思いを持って歩いている。<br />
長く、困難で、孤独な道行きである。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-02-28T15:41+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1812128">
  <title>台北・故宮博物院</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1812128</link>
  <description>大変にハードな台湾出張は金曜日で終わり、土曜日の午前中、駆け足で台北の<br />
故宮博物院を巡ってきた。実に１５年ぶりである。<br />
故宮博物院は世界四大博物館の一つとされており、国民党が台湾に脱出した際に<br />
持ち出した北京・紫禁城に納められていた中国王朝の数々の至宝を収蔵している。<br />
<br />
前回見たときも、清代の精巧かつ細密な細工物の数々に圧倒されたのだが、今回<br />
も前回よりさらに強く感じたことがある。たとえば翠玉白菜（白菜にキリギリスと<br />
イナゴがとまっている様子を翡翠から掘り出したもの）や彫橄欖核舟（</description>
  <content:encoded><![CDATA[大変にハードな台湾出張は金曜日で終わり、土曜日の午前中、駆け足で台北の<br />
故宮博物院を巡ってきた。実に１５年ぶりである。<br />
故宮博物院は世界四大博物館の一つとされており、国民党が台湾に脱出した際に<br />
持ち出した北京・紫禁城に納められていた中国王朝の数々の至宝を収蔵している。<br />
<br />
前回見たときも、清代の精巧かつ細密な細工物の数々に圧倒されたのだが、今回<br />
も前回よりさらに強く感じたことがある。たとえば翠玉白菜（白菜にキリギリスと<br />
イナゴがとまっている様子を翡翠から掘り出したもの）や彫橄欖核舟（オリーブ<br />
の種に恐ろしく細密な彫刻を施したもの）などに圧倒され、凄いと思いつつも<br />
「すごいけれども、やはり工芸品」と改めて感じたのだ。<br />
以前「<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1782729">正倉院展</a>」という記事で触れたのと同じことなのであるけれども。<br />
しかしながら今回、清朝の工芸品や美術品、陶器群を集中して見ることができた<br />
お陰でさらに思考は整理された。それというのも清朝のこれらの作品はある意味<br />
で「極端」であったからだ。<br />
何が「極端」か、というとマニエリスムが極端なのだ。<br />
つまり、極度に技巧的・作為的なのである。<br />
誤解を恐れずに言えば、それは悪趣味の領域と言ってよいのではないか。<br />
<br />
ピアノの巨匠、ウラディミール・ホロヴィッツの編曲した曲でアメリカ人なら<br />
誰でも知っている「星条旗よ永遠なれ」という曲がある。これは、聴いた人は<br />
誰でもひっくり返るほどの超絶技巧曲で、強烈なインパクトがあるのだが、<br />
断じて「芸術」ではない。極度に洗練された高度な技巧の披露はなされては<br />
いるけれども、ひとの魂を動かすようなそんな曲ではないのだ。<br />
僕は、清代の工芸品、美術品、陶芸品の数々を見るうちにホロヴィッツ編<br />
「星条旗よ永遠なれ」をずっと聴かされているような思いになり、正直辟易<br />
してしまった。<br />
<br />
今回、僕が心うたれたものは二つある。<br />
一つは宋代の白磁、青磁の作品の数々。<br />
そのシンプルさと造型の完璧さ！<br />
特に「南宋官窯青瓷葵花式碗」とだけ書かれた作品には参った。<br />
僕が焼き物を見て「欲しい！」と思ったのは生まれて初めてである。<br />
もう一つは書画である。<br />
山水画も書も西洋絵画のように何度も何度も塗り直し、やり直しはきかない。<br />
だからそれに起因する緊張感に満ちている。<br />
画家、書家のこの一瞬に賭ける思いが伝わってくるようで息を飲んだ。<br />
<br />
土曜日の午前中ということでそれほど混んでいないことを期待して行ったのだが、<br />
ガイドに率いられた団体客でいっぱいでゆっくり鑑賞できなかったのは少々残念<br />
だった。それに３時間ほどではこの博物館を鑑賞するには全く不足である。<br />
これからも台湾出張はありそうなので、ゆっくり鑑賞するのはまた次回以降の<br />
お楽しみとしよう。<br />
<br />
<a href="http://www.npm.gov.tw/ja/visiting/exhibit/exhibit_03.htm">故宮博物院のＨＰ</a><br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-02-22T17:11+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1806485">
  <title>池上實相寺・サロンコンサート</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1806485</link>
  <description>池上實相寺で行われた寺神戸亮氏のサロンコンサートに行ってきた。<br />
實相寺は池上梅園に隣接してある古刹であるが、この一角にしつらえられた<br />
寺子屋と呼ばれる小スペースでのコンサートである。<br />
訪れてみてあっと思ったのは、この寺子屋、ステージにあたる部分の背後が<br />
大きなガラス戸（というかガラス壁）になっていて、背後の池上梅園が借景<br />
になっていること。紅梅白梅が満開に咲き乱れている梅園と暮れゆく空を背景<br />
にした古楽器コンサート、他では体験できない素晴らしい雰囲気だった。<br />
<br />
最初はテレマンの無</description>
  <content:encoded><![CDATA[池上實相寺で行われた寺神戸亮氏のサロンコンサートに行ってきた。<br />
實相寺は池上梅園に隣接してある古刹であるが、この一角にしつらえられた<br />
寺子屋と呼ばれる小スペースでのコンサートである。<br />
訪れてみてあっと思ったのは、この寺子屋、ステージにあたる部分の背後が<br />
大きなガラス戸（というかガラス壁）になっていて、背後の池上梅園が借景<br />
になっていること。紅梅白梅が満開に咲き乱れている梅園と暮れゆく空を背景<br />
にした古楽器コンサート、他では体験できない素晴らしい雰囲気だった。<br />
<br />
最初はテレマンの無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲の第１番と第７番。<br />
どちらも初めて聴く曲である。第１番は楽器の調子が出ない、という感じで<br />
あったのだが、第７番のほうになると楽器の鳴りも良くなり、演奏もぐっと<br />
引き締まって素晴らしい。どちらの曲も緩急緩急という楽章の組み合わせ<br />
でシンプルであるが味わい深い曲。<br />
続いてビーバーの「ロザリオのソナタ」からパッサカリア ト短調。<br />
寺神戸氏の面白くわかりやすい解説にもあったのだが、パッサカリアは<br />
シャコンヌと同様変奏曲の一種であり、執拗低音（バッソ・オスティナート）<br />
が何度も何度も同じパターンで繰り返される。このパッサカリアは初めて聴く<br />
曲であったのだが、執拗低音が後世の作品に比べてはっきりわかるように<br />
作られているのは印象的だった。シンプルではあるが心の奥底に響いてくる<br />
深みのある良い曲であった。<br />
<br />
次にバッハの無伴奏ヴァイオリンの為のパルティータ２番からチャッコーナ。<br />
所謂、シャコンヌである。<br />
ビーバーのパッサカリアのすぐ後で演奏されたからだろうか、恐ろしく複雑で<br />
名人芸の曲、と感じられる。寺神戸氏の演奏も大変な気合いの入った熱演であり、<br />
素晴らしいものだった。これだけ音が多く複雑になるとビーバーの曲のように<br />
バッソ・オスティナートを耳で追うのは難しい。もちろん名曲なのであるが、<br />
バッハの曲の中ではヴィルトオージテに溢れた曲とは思う。<br />
僕がぼんやりと考えていたのは、ずっと時代が下ってリストやラフマニノフが<br />
よくやった「感動させるぞパターン」の源流はこのあたりか、ということ。<br />
「感動させるぞパターン」とは、冒頭にテーマを演奏しておいて、それをいろ<br />
いろに変奏しつつ盛り上げいって、クライマックスで大音量かつ分厚い音群で<br />
テーマをどーんを演奏する手法である。<br />
<br />
休憩を挟んでヴィオロンチェロ・ダ・スッパラ、所謂肩掛けチェロによる<br />
バッハの無伴奏チェロ組曲第２番の演奏。<br />
これは<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1793049">以前のコンサート</a>のような耳障りな共鳴音は聞こえず、快適に聴く<br />
ことができた。組曲の途中の調弦が１回しか行われなかったのも良かった。<br />
前回と同様の素晴らしい朗々とした音色に加えて、楽に弾いている、という<br />
感じを受けた。これは特にアンコールで弾かれた無伴奏チェロ組曲６番の<br />
サラバンドで顕著で普通は第４弦の高音部で弾かれる部分を第５弦の中音<br />
域で弾けるが故のことなのだろうか。<br />
<br />
池上梅園を借景にした寺子屋の素晴らしさは演奏と共に印象深かった。<br />
時間に余裕があったら池上梅園もゆっくり巡りたいところだったのだが。<br />
また来年の楽しみにしておこうか。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-02-08T22:29+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1802746">
  <title>三島由紀夫「暁の寺」</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1802746</link>
  <description>三島由紀夫「豊饒の海」シリーズ第三巻「暁の寺」読了。<br />
うーん、という感じである。<br />
正直言うとタイとインドの精緻な風景描写以上の何かが残ったか、というと否である。<br />
唯識思想について入れ込んだ説明がなされたり、インドで起きた本多の心の<br />
大きな転換などが描かれているのだけれど、読んでいてそれが「自分の心のこと」<br />
のようには得心できないのである。<br />
だからそれ以降のすべてのプロットや展開が今ひとつ心に沁みてこない。<br />
これは僕の読解力の問題なのかもしれないが、三島が抱えていた世界観と問題意識<br /></description>
  <content:encoded><![CDATA[三島由紀夫「豊饒の海」シリーズ第三巻「暁の寺」読了。<br />
うーん、という感じである。<br />
正直言うとタイとインドの精緻な風景描写以上の何かが残ったか、というと否である。<br />
唯識思想について入れ込んだ説明がなされたり、インドで起きた本多の心の<br />
大きな転換などが描かれているのだけれど、読んでいてそれが「自分の心のこと」<br />
のようには得心できないのである。<br />
だからそれ以降のすべてのプロットや展開が今ひとつ心に沁みてこない。<br />
これは僕の読解力の問題なのかもしれないが、三島が抱えていた世界観と問題意識<br />
が読んでいる人とシンクロしない限り、ぴたっとは来ないのかもしれない。<br />
<br />
三島の「豊饒の海」シリーズをここまで三作を読んで、この人の小説は何かを<br />
想起させると感じ、それを思いだそうとしていたのだが、やっと思い当たった。<br />
ヘルベルト・フォン・カラヤンが指揮したクラシック音楽がそれだ。<br />
カラヤンの音楽は技術的、技巧的には完璧で、誰が聴いても（もちろん僕が<br />
聴いても）美しく壮大で惚れ惚れするような演奏なのだが、どうもその中心にある<br />
のが「空虚」であるように感じられてならないのだ。<br />
壮大にして技巧的で華麗な空虚。<br />
この表現は「暁の寺」にも当てはまるのではないか。<br />
<br />
しかしである。<br />
そんな風に感じたりしつつも、三島の筆力には毎回圧倒されるばかりである。<br />
次の引用部分は本多が「覗き」という悪癖に向かう瞬間の心理描写であるが、<br />
もはや悪魔的、と言うしか言葉がない。<br />
<br />
[:quote:]<br />
こういう動悸には馴染がある。夜の公園に身をひそめている折、目の前に<br />
待ちかまえていたものがいいよはじまるという時に、赤い蟻が一せいに<br />
心臓にたかって、同じ動悸を惹き起す。<br />
　それは一種の雪崩だ。この暗い蜜の雪崩が、世界を目のくらむような<br />
甘さで押し包み、理知の柱をへし折り、あらゆる感情を機械的な早い鼓動<br />
だけで刻んでしまう。何もかも融けてしまう。これに抗おうとしても無駄な<br />
ことだ。<br />
　それはどこから襲って来るのだろう。どこかに官能の深い棲家があって、<br />
それが遠くから指令を及ぼすと、どんな貧しい触角も敏感にそよぎ、何も<br />
かも打ち捨てて、走り出さなければならない。快楽の呼ぶ声と死の呼ぶ声は<br />
何と似ていることか。ひとたび呼ばれれば、どんな目前の仕事も重要で<br />
なくなり、つけかけの航海日誌や、食べかけの食事や、片方だけ磨いた靴<br />
や、鏡の前に今置いたばかりの櫛や、繋ぎかけたロープもそのままに、<br />
全乗組員が消え去ったあとをとどめている幽霊船のように、すべてをやり<br />
かけのまま見捨てて出て行かねばならない。<br />
　動悸はこのことの起る予兆なのだ。そこからはじまることはみっとも<br />
なさと醜悪だけと知れているのに、この動悸には必ず虹のような豊饒さ<br />
が含まれ、崇高と見分けのつかないものがひらめいた。<br />
[/:quote:]<br />
<br />
やっぱり、凄い。<br />
凄すぎますよ、この人の筆力は。<br />
<br />
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<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-01-25T18:20+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1799163">
  <title>三島由紀夫「奔馬」</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1799163</link>
  <description>三島由紀夫の「豊饒の海」第二部「奔馬」読了。<br />
相変わらずの絢爛豪華な文体と緻密かつ精密な描写である。<br />
この小説では主人公・勲の裁判においての本多の思いが非常に興味深かった。<br />
<br />
[:quote:]<br />
もし勲が計画通りに決行し、自刃していたとしたら、彼の一生は、誰一人、<br />
「他人」に出会わずに終る生涯になったであろう。彼が殺す「大物」たちは、<br />
決して彼の対立する他人としてではなく、ただ若者の純一な志によって醜く<br />
瓦解する土偶として存在するにすぎなかったであろう。<br />
（中略）<br />
供述書のな</description>
  <content:encoded><![CDATA[三島由紀夫の「豊饒の海」第二部「奔馬」読了。<br />
相変わらずの絢爛豪華な文体と緻密かつ精密な描写である。<br />
この小説では主人公・勲の裁判においての本多の思いが非常に興味深かった。<br />
<br />
[:quote:]<br />
もし勲が計画通りに決行し、自刃していたとしたら、彼の一生は、誰一人、<br />
「他人」に出会わずに終る生涯になったであろう。彼が殺す「大物」たちは、<br />
決して彼の対立する他人としてではなく、ただ若者の純一な志によって醜く<br />
瓦解する土偶として存在するにすぎなかったであろう。<br />
（中略）<br />
供述書のなかでも、勲は「決してにくくて殺すのではない」と言っていた。<br />
それは純粋な観念の犯罪だった。しかし勲が憎しみを知らなかったという<br />
ことは、とりもなおさず、彼が誰をも愛したことがないということを意味<br />
していた。<br />
　今こそ、勲は憎しみを知っただろう。それこそは彼の純粋世界にはじめて<br />
あらわれた異物の影だった。どんな切れ味のよい刃も、どんな駿足も、<br />
どんな機敏な行動もついに統括しえず制御しえないところの、したたかな<br />
外界の異物だった。<br />
すなわち彼は、彼がその中に住んでいた金甌無欠の球体に、「外部」の<br />
存在することを学んだのだ！<br />
[/:quote:]<br />
<br />
第一部の主人公・清顕と第二部の主人公・勲は、感情に直情的に従う美しさに<br />
おいて共通しているものの、勲は「愛」を知らない。<br />
本多が思う通り、憎しみを知らぬ者は愛は知り得ない。<br />
愛も、憎しみも、外部（他者）との深い関わりの中でしか生まれないものであるが、<br />
そういう回路で外部と関わった瞬間に観念のみに生きてきた己の中には「汚れ」が<br />
持ち込まれることになり「純粋さ」は失われる。<br />
（だから「純粋な愛」などという観念は矛盾である）<br />
槙子の偽証という形で勲は「愛」に直面し、所謂「大人の返答」を迫られることに<br />
なる。己の純粋さを捨てざるをえない局面で彼はそれをやり遂げ、本多はそれに<br />
心の中で喝采するのだが、勲本人はもちろんそれを良しとはしていない。<br />
最後は、清顕同様に勲は自らの純粋さに殉じて小説が終わる。<br />
<br />
この小説、本当に面白い。<br />
出てくる「大人達」は歳を重ねるごとに、ますます世智にのみ富んだ醜い大人に<br />
なってゆくようだ。小説ごとに登場する清顕の輪廻転生した姿はその老いてゆく<br />
大人の醜さを残酷なまでに浮き上がらせるための存在なのだろうか？<br />
<br />
この巻に出てくる槙子という女性。<br />
その誇り高さとしたたかさと激しさと老獪さに惹かれる。<br />
僕は五味川順平「戦争と人間」に出てくる伍代由起子を思い出していた。<br />
この後も出てくるのだろうか。<br />
次の「暁の寺」も楽しみである。<br />
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<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2009-01-10T21:28+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1796558">
  <title>メールの作法</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1796558</link>
  <description>僕がPCでメールを使うようになったのは1996年頃だからもう10年以上前だ。<br />
この10年間で書いたメールは何百通に及ぶだろうけれど、最近、メールの作法で<br />
意識的に変えたことがある。<br />
それについて書いてみたい。<br />
<br />
メールを始めたころは「引用符」を多用していた。<br />
相手のメールの文章の一部を&quot;&gt;&gt;&quot;や&quot;&gt;&quot;マークなどでそのまま引用し、それに<br />
対して自分の意見、コメントを書く、というスタイル。必然的にこちらが書く<br />
メールは、相手のメール文をぶつ切りにした引用部分それぞれに、丁寧に一つ<br />
</description>
  <content:encoded><![CDATA[僕がPCでメールを使うようになったのは1996年頃だからもう10年以上前だ。<br />
この10年間で書いたメールは何百通に及ぶだろうけれど、最近、メールの作法で<br />
意識的に変えたことがある。<br />
それについて書いてみたい。<br />
<br />
メールを始めたころは「引用符」を多用していた。<br />
相手のメールの文章の一部を">>"や">"マークなどでそのまま引用し、それに<br />
対して自分の意見、コメントを書く、というスタイル。必然的にこちらが書く<br />
メールは、相手のメール文をぶつ切りにした引用部分それぞれに、丁寧に一つ<br />
一つこちらの意見や、思うところを書くスタイルになる。<br />
このスタイルは米国のメールのスタイルだったのではないだろうか？<br />
何も考えず僕はそのやり方をそのまま採用していた。周囲の誰もがそうしていたし、<br />
掲示板などでもこの作法は使われており、何の違和感も感じなかったからだ。<br />
<br />
参考までに96年頃に書かれた「メールの基本」と題された文章の一部を引用する。<br />
[:quote:]<br />
相手の手紙の返事や、ホームページの内容に訂正をいれる時には、その文章<br />
を引用します。その時には、どこが引用部分かをわかるように、「>>」「＞」<br />
などの記号（引用符）を文章の先頭にいれます。<br />
この引用符をつける作業は、メールソフトによっては、返信を選ぶと自動的<br />
に行ってくれます。<br />
[/:quote:]<br />
<br />
インターネットメールは元々、科学技術畑の人たちがお互いの意見交換や情報交換<br />
の手段に端を発したものであるらしい。そういう目的にはこの引用符を使うやり方<br />
は理にかなっている。学術系の意見交換や議論（場合によっては論争）は、相手の<br />
質問に対して全てこちらが何らかの答を返すことがルールになっている。<br />
一部の問いを無視してスルーしたり、答えたい質問に対してのみ回答することは<br />
論理的な議論・意見交換に関する限り「ルール違反」なのだ。<br />
つまり<b>「相手の問い全てにフェアに逐一回答すること」</b>がルールだ。<br />
メールソフトが自動的に引用符をつけてくれたりするのは、元々はフェアに論理的<br />
に議論・論争を行うための作法に則ったものと考えて良い。<br />
<br />
けれども。<br />
出自がそうであったとしても、現在僕が出しているメールのほとんどは普通の<br />
コミュニケーションに使われている。では、メールが世に出る前、僕たちは書き<br />
言葉によるコミュニケーションに何を使っていたか？<br />
「手紙」である。<br />
「手紙」では普通、相手の文章の引用などしないし、相手の問いに逐一回答など<br />
しないものだ。僕はそれに気づいた瞬間から、必要のないときはメールにおいて<br />
相手の文章の引用と逐一のコメントを極力避けることにした。<br />
<br />
僕にとっては「手紙」は論理的な意見交換の手段ではない。<br />
論理によって切り分けられない「感情」であったり「曖昧な思い」を交換するため<br />
にも使う。だからそこにはもちろん「論理的議論のルール」は適用されないし、<br />
するべきでもない。それを「論理的に語り得ぬもの」を無理に言葉で切り分けよう<br />
とするとどうなるだろう？。「言葉で切り分けられたもの」の内容は「ここにある<br />
もの」からどんどん遠ざかって「違うもの」になってゆく。<br />
我々が「現実」と呼んでいるものは、もちろん「無数の誤解の集積」であるわけ<br />
だが、言葉で切り分けられないものを無理に切り分けようとすると、さらにその場<br />
から大きく遠ざかることになるのだ。<br />
<br />
どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのか、と思う。<br />
もっと早く気づいていれば、と改めて後悔している。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-12-30T18:23+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1795897">
  <title>ヘンデル「メサイア（ロンドン初演版）」</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1795897</link>
  <description>12月23日サントリーホールでのヘンデルのオラトリオ「メサイア」のリサイタル<br />
に行ってきた。演奏はバッハ・コレギウム・ジャパン（BCJ)。<br />
サントリーホールで音楽を聴くのは僕はこれが初めてである。<br />
<br />
演奏は古楽器を使った思った以上の小編成だったが、BCJらしいすっきりした音作り<br />
で、きびきびとしたテンポで進む。テノールの櫻田亮は端正で正確な歌いぶり。<br />
パワーは若干ないものの好印象である。バスのドミニク・ウェルナーは第一部では<br />
味わいと深さが足らないと正直思った。アルトは今回のコンサ</description>
  <content:encoded><![CDATA[12月23日サントリーホールでのヘンデルのオラトリオ「メサイア」のリサイタル<br />
に行ってきた。演奏はバッハ・コレギウム・ジャパン（BCJ)。<br />
サントリーホールで音楽を聴くのは僕はこれが初めてである。<br />
<br />
演奏は古楽器を使った思った以上の小編成だったが、BCJらしいすっきりした音作り<br />
で、きびきびとしたテンポで進む。テノールの櫻田亮は端正で正確な歌いぶり。<br />
パワーは若干ないものの好印象である。バスのドミニク・ウェルナーは第一部では<br />
味わいと深さが足らないと正直思った。アルトは今回のコンサートではカウンター<br />
テナーのクリストファー・ローリーが歌ったのだが、この人は表現力もあり声質も<br />
いい。少し迫力は足らないと思ったが。<br />
ソロで圧倒的な印象があったのはなんといってもソプラノのレイチェル・ニコルズ<br />
であった。声量、表現力とも他の歌手を圧倒していたのではないか。<br />
<br />
コーラスは一糸乱れぬ美しいもの。<br />
部分的にもう少し迫力が欲しい、と思うことはあったものの全体に素晴らしかった。<br />
ただ僕も素人なので偉そうなことを言えないけれど、一部の言葉についてはもっと<br />
はっきりと力を入れて輝かしく歌って欲しかった。例えば第11曲「私たちのために<br />
一人の嬰児が生まれた」の「Wonderful」という言葉や、第31曲「神の御使い達は<br />
皆、こぞって彼を礼拝せよ」の「the King of Glory」という章句、そして第33曲<br />
の「神は御言葉を告げ」の「The Lord gave the word」という章句などは、ごく普通<br />
に内容を考えても輝かしく、強く、発せられるべき言葉である、と思うので。<br />
<br />
さて「メサイア」は構成として第一部が救世主（キリスト）の到来の預言と降誕、<br />
第二部がキリストの受難、復活から福音の広がり、神の栄光、第三部がキリストの<br />
贖いによる永遠の生命が歌われる。僕は個人的に第二部がバッハの<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=770029">「マタイ受難曲」</a><br />
との対比で興味深かったのだが、「マタイ」が「マタイによる福音書」をベースに<br />
取った主情的で劇的な構成なのに対し、「メサイア」の歌詞は主として「イザヤ書」<br />
と「詩編」から取られており、聖書の聖句そのままであることもあって、どこか一歩<br />
距離を置いた客観的な印象を受ける。<br />
<br />
僕は「マタイ」を聴くとき、いつもこみ上げてくるものを抑えるのが大変なのだけれ<br />
ど「メサイア」はもっと落ち着いて聴ける。しかし、この感情の揺さぶられ方の相違<br />
は上記の違いのみに起因するものではないように思う。<br />
これは僕の直感なのだけれど「メサイア」のほうが商業的に作られた音楽、という<br />
感じを受ける。それは例えばソロパートにヴィルトォージテ（技巧性）を凝らした<br />
部分が盛り込まれているところからも感じる。この曲に組み込まれた（いやこの曲に<br />
限らずほとんどの楽曲では）ヴィルトォージテは観客を喜ばすための仕掛けなのだ。<br />
「マタイ」ももちろん収入を目的に作られた音楽であったのだろうが、より作曲者の<br />
直接的な真情と魂の息吹が感じられる。<br />
まぁこれは僕の勝手な感想なのだけれど。<br />
<br />
こんな風に書くとあまり良くなかったように受け取られるかもしれないが、決して<br />
そんなことはない。「メサイア」を聴いている間、僕は間違いなく感動していた。<br />
特に第二部の合唱「枷を打ち砕き」から超有名な「ハレルヤ」までの盛り上がりは<br />
凄かったし、最後の第三部に移ってからはバスのドミニク・ウェルナーがアリア<br />
「トランペットが鳴り響くと」で、カウンターテナーのクリストファー・ローリーが<br />
「もし神が私たちの味方であるなら」で、実に迫力に溢れた素晴らしい歌唱を<br />
聴かせてくれた。そして終曲の合唱「屠られ、その血によって神の御前へと」では<br />
僕は圧倒的な感動と幸福感に包み込まれた。<br />
<br />
アンコールではクリスマスらしく、合唱隊がアカペラで「きよしこの夜」を歌って<br />
くれた。サントリーホールは響きも雰囲気も申し分ない大変立派なホールという印象。<br />
また大編成のオケでシンフォニーでも聴いてみたいものである。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-12-27T17:20+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1794432">
  <title>MERRY CHRISTMAS! </title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1794432</link>
  <description>もうすぐクリスマスですね。<br />
こちらが読者の皆様へのクリスマスカード（Eカード）です。<br />
<br />
http://www.jacquielawson.com/viewcard.asp?code=1670164924412&amp;source=jl999<br />
<br />
最初に枝の上のコマドリをクリックしてください。音楽も入っています ^^<br />
</description>
  <content:encoded><![CDATA[もうすぐクリスマスですね。<br />
こちらが読者の皆様へのクリスマスカード（Eカード）です。<br />
<br />
<a href="http://www.jacquielawson.com/viewcard.asp?code=1670164924412&source=jl999">http://www.jacquielawson.com/viewcard.asp?code=1670164924412&source=jl999</a><br />
<br />
最初に枝の上のコマドリをクリックしてください。音楽も入っています ^^<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-12-20T20:48+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1793798">
  <title>三島由紀夫「春の雪」</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1793798</link>
  <description>「春の雪」読了。<br />
大変に読み応えのある小説だった。<br />
<br />
絢爛豪華で美しい文体で描き出されるのは、主人公を含む貴族階級の生の虚ろさ<br />
である。主人公の清顕と聡子の愛もフランス貴族や平安貴族の恋愛を彷彿と<br />
させるような「生きるための現実から遠い恋愛」なのだ。どんなに美しい情景、<br />
美しい場面が描かれても、どこかぽっかりと空虚で底知れぬ虚しさが底流している。<br />
この作品から続く「豊饒の海」四部作を読んだわけではないので、こう言い切るの<br />
は無謀かもしれないが、この小説の中心にあるのは「空虚」であ</description>
  <content:encoded><![CDATA[「春の雪」読了。<br />
大変に読み応えのある小説だった。<br />
<br />
絢爛豪華で美しい文体で描き出されるのは、主人公を含む貴族階級の生の虚ろさ<br />
である。主人公の清顕と聡子の愛もフランス貴族や平安貴族の恋愛を彷彿と<br />
させるような「生きるための現実から遠い恋愛」なのだ。どんなに美しい情景、<br />
美しい場面が描かれても、どこかぽっかりと空虚で底知れぬ虚しさが底流している。<br />
この作品から続く「豊饒の海」四部作を読んだわけではないので、こう言い切るの<br />
は無謀かもしれないが、この小説の中心にあるのは「空虚」である。<br />
ちょうど日本の天皇制の中心が空虚であるのと同じように。<br />
しかし、その空虚の周りを埋め尽くす情景のなんと煌びやかで空しく、冷たくも<br />
美しいことか。<br />
<br />
僕にとって登場人物の中で誰より印象的かつ興味深かったのは、聡子の父、<br />
綾倉伯爵である。この人は、本当に公家そのものの性格に描かれている。つまり、<br />
何事も人任せで決断ができず、無為に時が経つのを「じっと待つことができる」<br />
人物だ。雅さと典雅さの裏にある公家ならではの処世術のしたたかさを感じる。<br />
これを三島は冷静に、しかし心中の冷ややかな軽蔑を込めて描いている。<br />
この人物の描写に限らず三島は登場人物のどれにも過剰な肩入れはしていない。<br />
三島の視点は常に小説の外部にあり、冷静に緻密に精密に小説を計算ずくで組み<br />
立てている。そう、どの部分を取っても筆が滑ったり、走りすぎたりした部分は<br />
見られない。ベネデッティ・ミケランジェリのピアノ演奏のように三島のアプロ<br />
ーチもまた、この小説で描かれた世界そのままに徹底的に貴族的なのである。<br />
<br />
とはいうものの、小説の主人公の松枝清顕と本多繁邦は両方とも実物の三島の一部<br />
の化身であるかのようにも思える。実物の三島由紀夫も清顕のような夢見がちで<br />
弱々しい部分も持ちながらも、本多のように現実的で優秀で論理的な部分も持ち<br />
合わせていたのだろう。結果的に弱々しく貴族的で感情的な清顕は美しい禁断の恋<br />
の果てに死ぬことになり、本多は生き続ける。<br />
その意味は恐らくこれから続く三つの物語を読めば解き明かされるのだろう。<br />
三島が四部作に仕込んだという「輪廻転生」はこれからどのように展開されるの<br />
だろうか。<br />
<br />
それにしても何と美しい日本語だろう。<br />
そして、何と緻密で深い心理描写だろう。<br />
プロ中のプロの小説家の文章がいかに素人と隔絶した凄いものかと嘆息してしまう。<br />
続く三つの作品を少しずつ読み進めるのが楽しみである。<br />
<br />
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]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-12-17T22:29+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1793049">
  <title>寺神戸亮「バッハ・無伴奏チェロ組曲」リサイタル</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1793049</link>
  <description>古楽器奏者の寺神戸亮氏がバッハ無伴奏チェロ組曲の２番、４番、６番を弾く<br />
コンサートに行ってきた（ノワ・アコルデ音楽アートサロン）。<br />
このコンサートは現代チェロではなくバッハの時代に使われたと考えられる<br />
ヴィオロンチェロ・ダ・スッパラという楽器、所謂『肩掛けチェロ』で演奏<br />
されたものである。<br />
<br />
バッハの「無伴奏チェロ組曲」はそもそも「本当はどんな楽器のために書かれ<br />
たのか」現在でも決定的な答は見出されていない。この曲を現代チェロで弾く<br />
には演奏不可能な和音やバッハの時代には知られて</description>
  <content:encoded><![CDATA[古楽器奏者の寺神戸亮氏がバッハ無伴奏チェロ組曲の２番、４番、６番を弾く<br />
コンサートに行ってきた（ノワ・アコルデ音楽アートサロン）。<br />
このコンサートは現代チェロではなくバッハの時代に使われたと考えられる<br />
ヴィオロンチェロ・ダ・スッパラという楽器、所謂『肩掛けチェロ』で演奏<br />
されたものである。<br />
<br />
バッハの「無伴奏チェロ組曲」はそもそも「本当はどんな楽器のために書かれ<br />
たのか」現在でも決定的な答は見出されていない。この曲を現代チェロで弾く<br />
には演奏不可能な和音やバッハの時代には知られていなかった奏法が必要な部分<br />
があることから、現代チェロのような楽器向けと考えるのは無理があるようなのだ。<br />
寺神戸氏はその謎の楽器の候補とししてこのヴィオロンチェロ・ダ・スッパラを<br />
挙げる。この楽器を使うと指使いも奏法的にも無理なく無伴奏チェロ組曲が弾ける<br />
こと、そしてバッハの時代にこの楽器が広く使われたことなどが傍証として挙げ<br />
られている。（このあたりは下述のCDの解説文に詳しく非常に面白い）。<br />
<br />
さて、コンサートが始まって最初にまず感じたのは、それほど大きくない楽器<br />
なのにとてもよく鳴る、ということだった。特に低音弦はガットに二重に金属線<br />
を巻いたというものだそうだが、実に朗々と美しく鳴る。<br />
スッパラの大きさを考えるとどうしてだろう？と不思議に思うほど。<br />
一方、この「鳴る」ということとも絡んでいるかもしれないが、演奏中二つの点<br />
で違和感を感じた。<br />
一つは共鳴音である。スッパラの本体が共鳴しているのか、開放弦の共鳴かは定か<br />
ではないのだが、演奏中ずっとその耳障りな共鳴音が響いていた。<br />
僕はたまたま演奏者の手前２ｍという超至近距離だったのでよけいに気になった<br />
のだろうとは思うが、あれは一体何だったのだろう？<br />
それともう一つ、スッパラは非常に調律が狂いやすい楽器なのだろうか、一つの曲<br />
（組曲、という意味ではなく舞曲）が終わるたびに調弦し直していた。<br />
これが著しく組曲の演奏における一体感を削いだことは否定できない。<br />
しかし、一つの舞曲を演奏している途中でも調律がズレてきて、最後のほうは和音が<br />
綺麗に出なかったり、音程が変わってくる状況でもあったので、これはやむを得ない<br />
のかもしれないとも思うが。（当日会場で売っていたCDを求めたので聞いてみたが、<br />
こちらのほうは当然ながら上に書いたような問題はなかった。）<br />
<br />
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<br />
演奏、表現そのものは見事なものだと思った。<br />
ピッチが低いこと（A=415Hz)とも相まって現代チェロのような輝かしい音や大きな<br />
ダイナミックレンジは望めないものの、逆に素朴さや軽やかさが感じられる音質で、<br />
寺神戸氏独自の即興的な装飾音も付加されたこともあり、とてもリズミカルで魅力<br />
的な演奏だった。無伴奏チェロ組曲といえばどことなく重々しさも感じられること<br />
も多いのだが、寺神戸氏の演奏はそういった固定観念とは無縁のものだ。<br />
特にクーラントやジーグなど速めの舞曲で特にこういった魅力が際だっていたよう<br />
に思える。<br />
<br />
会場はわずか５０人強しか入らない、小さくてインティメイトな空間で、休憩時間<br />
には無料でチョコレートドリンクが振る舞われるとても温かな雰囲気のものだった。<br />
換気が不十分で息苦しさが感じられたことだけが残念。<br />
非常に興味深い演奏会だった。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-12-14T20:24+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1789642">
  <title>停電の夜に</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1789642</link>
  <description>率直に言うと僕は短編小説というジャンルに苦手意識がある。<br />
書き残された余白の中から何かを感じとったり、読後に残るほろ苦さの余韻を<br />
味わったりするよりも、複雑に絡み合った重層的な文脈から得体の知れない巨大<br />
な何かが立ち上がってくるような長編小説のほうが、自分の好みではある。<br />
ジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」は久しぶりに読む外国の短編小説だ。<br />
<br />
この短編小説集を読んで、作品のいくつかは同じものを描き出しているのだな、と<br />
感じた。それは「相手の関心（愛）が失われることで訪れる結末のむごさ</description>
  <content:encoded><![CDATA[率直に言うと僕は短編小説というジャンルに苦手意識がある。<br />
書き残された余白の中から何かを感じとったり、読後に残るほろ苦さの余韻を<br />
味わったりするよりも、複雑に絡み合った重層的な文脈から得体の知れない巨大<br />
な何かが立ち上がってくるような長編小説のほうが、自分の好みではある。<br />
ジュンパ・ラヒリの「停電の夜に」は久しぶりに読む外国の短編小説だ。<br />
<br />
この短編小説集を読んで、作品のいくつかは同じものを描き出しているのだな、と<br />
感じた。それは「相手の関心（愛）が失われることで訪れる結末のむごさ」である。<br />
最初の本の表題にもなっている「停電の夜に」では、関係が壊れかけている夫婦<br />
が毎晩１時間の停電を機にロウソクの光のもとで話し合うことで夫婦の絆を取り<br />
戻しそうに思えるのだが、最後の夜に苦い結末を迎える。<br />
愛が失われた時、人は限りなく残酷になれる、という証拠がここに提示される。<br />
<br />
似たような『愛を受けられない残酷さ、本当の関心を向けられない残酷さ』は<br />
「病気の通訳」でも「本物の門番」でも「セクシー」でもヴァリエーションと<br />
して提示される。風に飛んだカパーシーの住所を書き留めた紙、結局もらえな<br />
かったプーリー・マの毛布、デヴが忘れていた「きみはセクシーだ」の一言、<br />
これら相手の気まぐれな好意に縋りついた者達にとっては心の拠り所だった。<br />
ラヒリは、これらがいとも簡単に失われ、残酷に忘却される様を鮮烈に描き出す。<br />
忘却される側の痛み、忘却する側の残酷さ、そういったものが読み手の心には<br />
苦い味わいとなって残る。<br />
<br />
しかし、ラヒリの筆がこのテーマの描写のみに集中していたら、これほど評判の<br />
高い作品にはなっていなかっただろう。短い小説の中に、現代アメリカの生活や、<br />
インド系移民たちの宗教、政治、そして食を含めた生活とその土地の見事な<br />
描写が自然になされている。実に素晴らしい描写力だと思う。（事実、僕は<br />
この本を読んでインド料理レストランに行きたくなったほどである ^^;）<br />
<br />
最後に置かれた「三度目で最後の大陸」は「停電の夜に」に勝るとも劣らない、<br />
全く別の意味で強く印象に残った作品だった。<br />
ここでは上に挙げたテーマとは違って、ラヒリの筆はインドから移民として<br />
やってきたひとりの男がアメリカ社会で職を得て社会に溶け込み、妻を呼び<br />
寄せて根を張ってゆく様子を真正面から描いている。<br />
これは、移民達へという以上に、生まれ育った土地を出て未来を自分の手で<br />
切り開いてゆく若者達への賛歌・応援歌のように僕は感じた。<br />
<br />
生きることは、他者の無関心に耐えることでもあるし、その痛みや苦さから解放<br />
されることはいくつになってもないけれども、痛みの中でも歩き続けることその<br />
ことが大変な偉業なのですよ、と著者は語っているように思う。<br />
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{amazon_title}<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-12-01T21:20+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1787468">
  <title>ハンマースホイ展</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1787468</link>
  <description>１０年ほど前、デンマークに出張したことがある。<br />
季節は真冬でこの時の思い出は過去記事「凍りついた海」に書いたのだけれど、<br />
この小さな港町に行く前、僕はコペンハーゲンに滞在していた。<br />
曇り空が様々な明度の鉛色をしていて、それを映し出す海もまた空の色にいくばくか<br />
の青色を加えたような灰青色とでもいうべき色だった。<br />
国立西洋美術館で開催されている「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展<br />
を見て、あの空の色、海の色、街の色とそれを生み出す弱々しい光が目の前に蘇った。<br />
<br />
コペンハー</description>
  <content:encoded><![CDATA[１０年ほど前、デンマークに出張したことがある。<br />
季節は真冬でこの時の思い出は過去記事「<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=770027">凍りついた海</a>」に書いたのだけれど、<br />
この小さな港町に行く前、僕はコペンハーゲンに滞在していた。<br />
曇り空が様々な明度の鉛色をしていて、それを映し出す海もまた空の色にいくばくか<br />
の青色を加えたような灰青色とでもいうべき色だった。<br />
国立西洋美術館で開催されている「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展<br />
を見て、あの空の色、海の色、街の色とそれを生み出す弱々しい光が目の前に蘇った。<br />
<br />
コペンハーゲンの画家ハンマースホイの絵は、暗く、静かすぎる。<br />
近くで詳細に見ると、様々な微妙な明度差を持つグレーが執拗に塗られているのだが、<br />
白に近い、いわゆる明度の高いグレーが使用される頻度が少ないため、絵全体の<br />
トーンが非常に暗い。そして、そのグレーは暖色系でなく寒色系なのでよけいに<br />
暗く寒々しく見えるのだ。この人の絵からは、北欧の人の多くが持っている日光<br />
や春への憧れ、といったものが感じられない。筆遣いを見ると絵によっては<br />
結構大きな平筆で塗ったのだろうか、はっきりと一方向への刷毛目が見えたり<br />
もしている。絵の具の塗り方としてはかなり厚塗りではあるのだが、勢いで<br />
描いたところはなく、丁寧に丁寧に微妙に色の違う絵の具を根気よく塗り重ね<br />
ながら、色調や明度を慎重に整えていった様子がよくわかる。<br />
<br />
それにしても彼の妻イーダの描かれ方は無惨としか言いようがない。<br />
顔色といい、疲れた顔の描写といい、単なるオブジェとして描かれているように<br />
しか僕には思えなかった。<br />
そして繰り返し出てくる白いうなじときつく縛ったエプロンと常に同じ黒い服。<br />
彼の絵には、どこか描かれた人物に対する愛が欠如しているように思える。<br />
そういうわけで、僕はハンマースホイのトレードマーク（？）らしい、人のいない<br />
室内の絵のほうが正直ほっとしたし、実に素晴らしいと思った。<br />
不思議な話だけれど、人がいない絵のほうが人の気配と暖かみが感じられる。<br />
これらの絵のいくつかは本当に僕の気に入った。<br />
この絵もそのうちの一つ。<br />
<br />
<IMG SRC="http://www.mypress.jp/imagew/song_of_wind/youkou.jpg"><br />
居間に射す陽光?<br />
<br />
ハンマースホイは「北欧のフェルメール」と呼ばれたそうだが、フェルメールとは<br />
「静謐さ、光と影を描いた」という点に共通点はあるものの、他はあまり似ている<br />
とは言い難いように思う<br />
この人の絵は、執拗さと狂気とある種の異常性を孕んでいる。<br />
ハンマースホイの絵は健康的なフェルメールとは比較できない。<br />
もちろん、狂気をはらんでいて異常だけれど素晴らしい絵は沢山ある（ゴッホや<br />
ムンクなどももちろんそうだ）し、ハンマースホイの絵もその系譜だと思う。<br />
<br />
なんだかんだ言いつつも、僕はハンマースホイの絵を見て素晴らしいと思い、<br />
感動している。<br />
これはいったい、どういうことなのか？<br />
今、図録を前に僕は改めて考え込んでいる。<br />
<br />
<a href="http://www.shizukanaheya.com/">ハンマースホイ展ホームページ</a><br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-11-22T17:59+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1785768">
  <title>愛を与える人</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/song_of_wind/story/?story_id=1785768</link>
  <description>ひょんなことがきっかけで、昔のことをあれこれ思い出してふと気づいた。<br />
僕はずっと「愛を与える人」だったのだ、と。<br />
<br />
友情や恋愛にはその人固有のスタイルがある。<br />
相手から愛を受け取ることにより熱心な人もいれば、相手に愛を与えるほうに<br />
より熱心な人もいる。思い返せば、僕は常に愛を与えることに熱心だったと思う。<br />
「僕はこんなに君に親しみを感じている」<br />
「僕はこんなにあなたに好意を持っていますよ」<br />
ということを相手に知ってもらうことがとにかく嬉しかったし、喜びだった。<br />
もちろん、相手の</description>
  <content:encoded><![CDATA[ひょんなことがきっかけで、昔のことをあれこれ思い出してふと気づいた。<br />
僕はずっと「愛を与える人」だったのだ、と。<br />
<br />
友情や恋愛にはその人固有のスタイルがある。<br />
相手から愛を受け取ることにより熱心な人もいれば、相手に愛を与えるほうに<br />
より熱心な人もいる。思い返せば、僕は常に愛を与えることに熱心だったと思う。<br />
「僕はこんなに君に親しみを感じている」<br />
「僕はこんなにあなたに好意を持っていますよ」<br />
ということを相手に知ってもらうことがとにかく嬉しかったし、喜びだった。<br />
もちろん、相手の好意を知ったり、受け取ったりすることが嬉しくないわけは<br />
ないけれども、それ以上に、自分の好意を開示することに熱心だったように<br />
思うのだ。<br />
これは僕の「愛のスタイル」と言っていいのだろうと思う。<br />
<br />
サッカーのシステムや相撲の組み手と同じで、「スタイル」間には相性がある。<br />
僕のスタイルにぴったりくる相手は、多くの場合「愛を乞う人」だった。<br />
特に恋愛に関しては、どこかに愛情の欠損があって寂しさを抱えたような人と<br />
相性が合ったことが多かったと思う。「与える側」と「受け取る側」のニーズが<br />
一致するのだから、考えてみたら当たり前のことだ。<br />
逆に、向こうも「与えるスタイル」の場合、恋愛ではなかなかうまくいかなかった。<br />
どこかしら「与える競争」みたいになってしまうのだ。<br />
自分が開示している好意の量が、相手が開示する好意の量を上回っていない<br />
とどことなくもの足りなく感じてしまう。<br />
なんだか変な話だけれど。<br />
<br />
「愛を与えたい」というのは男性的というより女性的（母性的？）なスタイル<br />
なのではないか、とも思う。昔は、自分の好意を明らかに示さず相手の好意の<br />
量を天秤で計量しつつ、それより少しだけ少ない量の好意を示すことにご執心の<br />
男を「男らしくない」と軽蔑していたものだったが、むしろ女（母）性的なのは<br />
僕のほうだったのかもしれない。<br />
つまりは、単なるスタイル（嗜好）の問題だったに過ぎないのだ。<br />
<br />
「愛を乞う人」の辛さは愛情に飢えた空腹の辛さだと思う。<br />
反対に「愛を与える人」は、愛を注ぐ対象がないと溢れる愛情のやり場に困る。<br />
変なたとえだけれども、母乳が出すぎて困る母親の辛さなのかもしれない。<br />
こんなこと今頃気づいてどうする？とも思うが、知っておくべき事のようにも<br />
感じている。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2008-11-15T20:49+09:00</dc:date>
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