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  <title>流浪の民。</title>
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 <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=232679">
  <title>03年12月18日 23:46 ＜流浪の民　−　アダムのリンゴ＞</title>
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  <description>結構知られている。

アダムは旧約聖書の登場人物。世界で最初の人類とされる。
蛇にそそのかされたエヴァ（世界最初の女性）がアダムに禁断の木の実を食べさせた。
神がそれを知っていてアダムに声をかける。
アダムが慌てて飲み込もうとして、その実がのどにつっかえた。
それが「のどぼとけ」となったと言われる。

これはジョークだが、エヴァの方は２つ食べ、それが胸の膨らみになったという。

いずれにしても、旧約聖書の時点では、禁断の木の実がリンゴであるということは一切書いてはいない。</description>
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  <title>03年10月28日 12:39 ＜流浪の民　−　穴があったら入りたい＞</title>
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  <description>非常に恥ずかしいと思うことを指すのだが、この言葉も古代中国の逸話から来ている。

出典は「賈誼新書」の＜審微＞だ。

斉の国が魯の国を攻めた。
魯の単父という町の町長で、フクシ（１文字目：ウ冠に必、２文字目：子）に領主から命令が下った。
「敵に兵糧を与えないように、麦を刈り取るように」

しかし、フクシはそれを守らず、結果として敵に麦を奪われてしまった。
領主の季孫が、フクシに詰問したところ、フクシはこう答えたという。

「麦は来年でも収穫できます。しかし、耕作しなかった怠</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=173760">
  <title>03年10月28日 12:25 ＜流浪の民　−　飛鳥川の淵瀬＞</title>
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  <description>飛鳥川という川は水の流れの変化が甚だしいという。
その様は、深かった場所が急に浅い場所になるほどであるという話だ。

そのことを世の中に譬え、世の中や人事が絶えず移り変わり、無常なこと、を指すようになった。

出典は古今和歌集の巻一八、雑歌下にある。

世の中は何か常なる飛鳥川　昨日の淵ぞ今日は瀬になる</description>
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  <title>03年10月28日 12:19 ＜流浪の民　−　アイスキュロスの亀＞</title>
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  <description>亀の歩みはのろのろとしていることは知られているが、逆説的に言われた「アキレスは亀を追いこすことができない」などというのは有名である。

ところが、今回はアキレスではなく、アイスキュロスだ。
アイスキュロスと言えば、ギリシアの劇作家として実在の人物だ。

伝えられるところによれば、アイスキュロスは亀のせいで死んだのだ。
亀にあたって死んでしまったのだという。
が、亀を食べて毒にあたったのではない。

アイスキュロスが外を歩いていると、空を飛んでいた鷲が、そのアイスキュロスの頭を見</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=162480">
  <title>03年10月19日 23:23 ＜流浪の民　−　兎の逆立ち＞</title>
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  <description>昔の人は見立てでうまいことを言ったものだ。
現代人にはないセンスをもっていたと言える。
そう思わせるのが「兎の逆立ち」という言葉だ。

兎が逆立ちするというのは、現象としてありえないだろうが、あったと仮定して想像してほしい。
頭が地面につくことだろう。そして、長い耳が地面にこすれて痛いことだろう。
そこから、「当てこすりを言われて耳が痛いこと」を「兎の逆立ち」というのだ。

「兎の糞」というのもある。これは兎の糞は他の動物のように細長くなく、ぽつぽつと丸い糞になる。このことから「</description>
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  <title>03年09月27日 14:02 ＜流浪の民　−　赤馬を嗾ける＞</title>
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  <description>「あかうまをけしかける」と読む。
赤馬とは、赤い馬のことだ。

三国志演義に出てくる名馬の名は「赤兎馬」、一日千里を駆けると言われている。
無双の武将が乗ると効果を発揮できることは間違いない。

しかし、この「赤馬」はもっと手におえない馬のことだ。
「赤馬」とは、俗語で「火」のことなのだ。
したがって、「火を嗾ける」わけだから、「放火する」という意味になる。
「けしかける」なのに、つけてしまうのがちょっと面白い。

「赤馬を飛ばす」という言葉もある。これは「点火する」という</description>
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  <title>03年09月11日 13:47 ＜流浪の民　−　明日待たるる宝船＞</title>
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  <description>何か胸に大望を秘めて、今の辛苦に耐えているという心境のことだ。

そして、この語源は、忠臣蔵に関係する。
それはそうと、俳人榎本其角が、両国橋で大高源吾がみすぼらしい姿をして、煤竹を担いでいるのを見かけた。知り合いだったもので、こう声をかけた。

「年の瀬や水の流れと人の身は」

この上の句にどう答えるだろう、と問いかけてみたのである。
返事はこうだった。

「明日待たるるその宝船」

その大高源吾は、四十七士の一人であり、その晩に討ち入りが行われたという。それにより、榎</description>
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  <title>03年09月06日 23:10 ＜流浪の民　−　家を徙して其の妻を忘る＞</title>
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  <description>非常にマニアックな言葉である。

「家を徙（うつ）して其の妻を忘る」とは、つまり、「引っ越しをしたのに妻を連れていくのを忘れる」ということ。
もしこれがわざとならひどいことだが、うっかり忘れるのだ。

魯の哀公が孔子に聞いたのだ。
「世間の噂では、物忘れのひどい人は、引っ越しをして妻を連れていくのを忘れるというが、本当だろうか」
孔子は答えた。
「もっとひどいのがおります。それは自分を忘れてしまう人でございます」

そして、古代の暴虐な君主の話をしはじめる。彼らは自分の身を忘</description>
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  <title>03年09月04日 15:58 ＜流浪の民　−　中らずと雖も遠からず＞</title>
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  <description>ずばり核心をついているわけではないが、さりとて的外れでもないということを言う。つまりは「ほぼあたっている」という話だ。

出典は「礼記」の＜大学＞だ。

「心誠に之を求むれば、中らずと雖も遠からず」

国の治世についての論議で出てくる文章だ。この後、「書経」からの引用がある。赤ん坊は何を言っているのかわからないが、母親が親身になって見当をつければ、大体のところは正確な対応ができる。国を治めるにあたっても国のことを考えて親身になってこうすればいいのではないかと思えば、的外れなことはない</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=109785">
  <title>03年09月04日 15:02 ＜流浪の民　−　悪女の深情け＞</title>
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  <description>この「悪女の深情け」という言葉の意味が、段々わかりづらくなっていき、やがては廃れるのではないだろうかと危惧している。
理由は「情のない世知辛い世の中になったから」ではない。「悪女」の意味が変わってきているからだ。

ここ最近の風潮で「悪女」というと、「男を誑らし込み骨抜きにする悪い女」という感じだろうか。決して「シャバでちょっと悪さしちまってさ、今こうしてブタ箱入ってんのさ」という「善悪」という面での悪さではない。「あなたって悪い人ねぇ」の、「悪い女」なのだ。

しかし、この「悪女の深</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=109773">
  <title>03年09月04日 14:41 ＜流浪の民　−　青は藍より出でて藍より青し＞</title>
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  <description>「荀子」の中の＜勧学＞が出典である、と言いたいのだが、ちょっと違うので注目。

「学は以て已む可からず。青は之を藍より取りて藍より青し。冰は水之を為して水より寒し」

訳すと、こういうことになる。

「学問でいうのはやめちゃいげね。染め物の青色は、藍から取るンだども、もとの藍の色よりも青いこどだ。　氷も水から作るでねぇが。ンだどももとの水よりもつめてぇこどだ」

わかりにくいかもしれないので、理論的に言うことにした。

「染料の青色は、藍という植物から取るが、その青はもとの藍</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=104750">
  <title>03年08月31日 23:21 ＜流浪の民　−　天馬＞</title>
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  <description>「鉄腕アトム」の天馬博士は有名な方だろうか。
これは「テンマ」と読む。

小学館の日本国語大事典には「天馬」には「テンマ」と「テンバ」の読みが載っているそうだが、大抵の辞書では「テンバ」で載っている。
つまり「天馬」は本来「テンバ」とは読まないものなのだ。ＮＨＫなど放送用の語彙辞典にも「テンバ」の読みしかない。
もしかすると「伝馬」を「デンマ／テンマ」と読むのにつられた可能性もある。

少なくともペガサスのことは「テンバ」と言わなくてはならない。

が、そうするとである。「ドラ</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=99496">
  <title>03年08月28日 15:03 ＜流浪の民　−　一家言＞</title>
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  <description>先だって、谷沢永一の「教養が試される……」という日本語本の「仇や疎かにできない」が誤りであることを指摘したが、この本、ひどすぎることに、まだ誤りがあった。

それが「一家言」である。

谷沢本ではこのように説明している。
「この言葉の本来の意味は、読んで字のごとく、″一家の言″。伝統、格式のある家に代々受け継がれた知恵や教えのことである。」

前半はいいのだが、後半、特に太字（原文でも太字）になっているところが大いに問題である。

よくよく考えてみよう。家の伝統や格式というが、</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=92652">
  <title>03年08月23日 19:18 ＜流浪の民　−　暗中模索＞</title>
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  <description>暗がり手探り執念く探す、そんな様を「暗中模索」と言うのだが、これも中国の故事に出典があるのだ。

唐の許敬宗という人は実に軽薄で傲慢で、まあ、周りの冷たい目が飛ぶのも仕方のないようなタイプの人間だったのだそうだ。
そして、これは記憶力が悪い人なのだった。初めて会った人の顔と名前が一致しないという。
余談だが、小生もその口だ。

ある人が見兼ねてアドバイスした。一王朝前の有名な人と面会しているようなつもりで人と接すれば、最初は「暗中に模索する」ようであっても、すぐ見分けられますよ、と。</description>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/nzero/story/?story_id=88141">
  <title>03年08月19日 20:23 ＜流浪の民　−　一字の師＞</title>
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  <description>前村深雪裏　
昨夜数枝開

（前村　深雪の裏
　昨夜　数枝開く）

これは唐代の僧侶、斉己の詩であり、早咲きの梅を歌ったものである。
この詩の１０文字の中にも、昨夜のうちにいつ知れず咲いたのだなぁ、という詠嘆があり、俳句の世界に近いと私は感じる。

しかし、これを見て、一字直した人がいるのだ。
私はこれでも十分すごい詩だと思うのだが。

鄭谷という詩人はこの詩の「数枝開く」を「一枝開く」に変えた。
するとどうだろう。早梅がほころぶさまがリアルに感じられるようになった。</description>
 </item>
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