答えを聞きたくて 問いかけてみても 返事を返してくれる人はいない・・・・・・・・・ あれは、間違っていたのだろうか。 8年前のちょうど今頃 夜の11時に夫から電話が来た。 「仕事帰りの農道で、おじいさんを見かけたから来て欲しい」 夫はバイクで通勤していたので、乗せてくるわけにはいかず 私が車で その場所に向かった。 星の綺麗な夜で・・・街灯もない道端に2人はかがんで、空を見ていた。 聞くと、おじいさんは昼に買い物に出たまま 道に迷ったらしい。 すぐ近くのセブンイレブンに薬を買いに出て・・・・そのままどんどん自転車を漕いで もう12時間以上も 家を探していたようだ。 自転車は何処かに置いて来た・・・とか。 何処かの家で 「お金はあるから泊めて欲しいと言ったけど、ダメと言われた」と言う。 おじいさんの家は 私達の住んでいる街だった。 そこは、隣の街だったので、とても遠い場所を歩いていたのだ・・・ おじいさんには家族は居ない。ネコが3匹居ると言う。 奥さんは亡くなって、娘さんは家を出て・・・家の電話番号も忘れたらしい。 そして、住所も・・・ 覚えていたのは、名前だけ。 夫と私は、どうやって家を探し当てようか・・・と悩む。 おじいさんは、市営住宅に住んでいて、2段ベットの道路の傍だと言う。 2段ベット? 私はふと、いつも買い物の途中で通る、高架橋横の市営住宅を思い浮かべた。 上と下の道路。 あれを2段ベットと言うのだろうか? 我が家に着いて、夫も車に乗り3人で家を探す。 おじいさんは、店の灯りが見える度に 「あなたがたに、何かをご馳走したい」 と言ってくれた。 「お金はあるのだから」 と、千円札を1枚づつ4つにたたんで入れた がま口を見せてくれるのだ。 小銭も一緒に入っているので、丸く膨らんでいる、ラクダ色のがま口。 「あなたがたに何かを食べさせたい」 何度もそう言ってくれた。 多分、おじいさんは認知症だったと思う。 だけど・・・・ 何かをしてあげたいと思う心や 感謝の心・・・を いろんな記憶は忘れても 心の中を流れるその思いは消えてはいない・・・・ 夜の1時頃 高架橋横の市営住宅に着いた。 おじいさんは、「ここだ」と言って、家に歩いた。 ”良かった♪” 「中に入って」 「お金を取って」 と、おじいさんは言う。 夫と私は、「もう遅いから」 「お金はいらないから」と言うのだけど がま口をいっぱいに開けて、「お礼をしたい」と言う。 その繰り返しの中で・・・私は、1枚の千円札を頂く事に決めた。 夫は「ダメだ!」と言ったけど。 おじいさんは ホッとしたように・・・私には見えた。 翌日 夫は 「お金を返しておいで」と言って、仕事に出かけて行った。 だけど・・・私は行かなかった。 本当は、おじいさんの部屋を訪れるべきだったかもしれない。 その年が過ぎ 新しい年になって・・・・・夫が亡くなった。 私は おじいさんの部屋近くを車で通るたび 考えていた・・・・”あれで良かったのだろうか・・・” そして・・それから数年 新聞のおくやみ欄で、おじいさんも亡くなった事を知る。 2人がたたずんでいた農道を通るたび、おじいさんの住んだ場所を通るたび ・・・・あれで良かったの?・・・・・・と、問いかけて 戻っては来ない返事を 自分の中でつくり上げていく。 夫の優しい気持ちと あたたかいおじいさんの気持ちを思い出しながら・・・・・