†
いつかどこかで†
くらい、くらい部屋にひとり。
闇が入ってくる気配に、あたしはうすく明かりを灯して、カーテンのすき間をのぞきこんだ。 もう、日が沈む頃だ。 茶色のポシェットに、古びた財布ひとつ。そしてこの部屋の鍵。 もう一度、完全に夜のとばりがおりたことを確かめると、起動したままのパソコンのディスプレイに目を移す。 キャラクター達がざわざわと動き回るオンラインゲームを終了し、メールボックスを開く。広告が、2通。開きもせず、右クリックしてゴミ箱に入れると、ジャケットを羽織ってそっと靴に足を入れる。 日焼け止めも美白も必要ない。太陽の光なんて浴びることはないのだから。 すっかり日の落ちた路地には、街灯に照らされた自分の影だけが不気味な異形のように伸びている。あたしもこんなふうに醜悪だろうか。 50mほど歩いた角のコンビニ。いつ来てもレジにぼうっとつっ立っている20代半ばに見える男の店員―どんなに間抜けな万引き犯でも、こいつに捕まることはないだろう―あたしは目を合わせず、カゴを手に取ると日用品の一部、それから食料品、と放り込んでいく。 といっても、女ひとりがワンルームのアパートにひきこもっているのに必要なものなんてたいしてない。 外には出ないから、化粧品は必要ない。最小限の肌着と、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、生理用品。それから、ペンと便箋、封筒。等々。 食べ物は、日持ちのする缶詰めが良い。サバ缶、コンビーフ、ミートソース、野菜、フルーツ。あまり見もせず次々カゴに積み上げ、最後に、冷凍の惣菜類と、今日、いまから食べるものを弁当やおにぎりのコーナーで選び、レジに運ぶ。 「3920円です」自動音声のように陰鬱な声で告げるレジの男にあたしはだまって5千円札を出す。 缶詰めが入ったビニール袋が腕に食い込んで痛いが、気にせずアパートの階段をのぼる。 鍵を開けると、ふと背後に人の気配を感じた。振り返ると、隣の住人が部屋を出、こちらを一瞥してなにも言わずに高い足音を立てて階段を降りて行くところだった。 あの男が、こんな時間にどこに行き何をしているのか、あたしは知らない。 ただ、彼の立てる耳に障るかつかつという足音が不愉快で、大嫌い。それだけ。 このアパートも、この世の中も、そんなものだ。 パソコンの画面に、再びゲーム画面を表示させる。ビニール袋をどさりと床に置くとみかんの缶詰めが転がり出たが、かまわず画面に目をやった。 たくさんのキャラクター、たくさんの「人間」が、そこにはうごめき、語り合っていた。少なくとも語り合っているように見えた。 あたしは、彼らが現実にどんな生活をしているか、知らない。彼らも、知らないのだろう。おそらく。 でも、そんなものだ。あの隣人も、レジの男も。互いのことなんて、他人のことなのだから、なにひとつ知りようがない。 知り合ったと思ったのなら、それは思い上がりだ。 意味も無く、笑みを浮かべながらあたしはびんせんを取り出した。 あなたへの、1027通目の手紙。書き出しは、何にしようか。オンラインゲームの画面を眺めながら、動き回る「人」たちを眺めながら、考える。 ふと、問いかけてみたくなり、声を出さずに口を動かしてみた。 「ねえ、あなたたち、ほんとうに生きてるの?」 狭くて暗いクローゼットにしまわれた箱には、あなたに宛てた1026通の手紙が眠っている。 時計が、12時を指した。 あたしは書き出しのことばを頭の中でこね回しながら、ボールペンを頬に当てた。
ここでは、書きなぐりのような小説っぽいものを連載しようと思います。
いつか、なにかのかたちでまとめられたらいいなぁ。 などと夢見つつ。 指の動くまま気の向くまま。 思いついた言葉達を書き散らし、気まぐれで登場人物たちの運命がきまります。 この物語がどんな展開をみせるのか、どんな結末がまっているのか、わたしも知りません。 短編なのか、長編なのか、強いて言えば連作なのか。 それすらも未定。 可能性を無限に設定することだけが、目標です。 ただ「いつかどこかで」起こったある物語、を。 そっと見守ってあげようではありませんか。
記者名:御刀 瑠璃
開始:2004.07.25
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