まどほむ教の雑文目録

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鹿目まどかに美樹さやかを救える望みはあったのか


関連ネタ
まどか☆マギカと「キャラの意思を無視した救済の押し付け」のエゴイスト
http://togetter.com/li/251453

「キャラの意思を無視した救済の押し付け」は否定されたのか
http://togetter.com/li/251841


・鹿目まどかに美樹さやかを救える見込みはあるのか

「まどかに美樹さんを救える望みはあったの?」
「まwwwさwwwかwwwwそんなの不可能に決まってるじゃないかwwwwwwwwwwwwww」

べえさん風に描いたけど、これ本当なのか。

まず、さやかの抱えてる問題を2つに大別すると

・魔法少女としての問題、具体的にほむ杏との対立
・恋愛の問題、具体的に上条・仁美への問題。

この2点があって巧妙に分割されている。
上条と仁美は魔法少女を知らないからだ。

まどかが解決出来なかった問題は後者の「上条・仁美の問題」なのだろう。
最終話でまどかがやってる事は上条がヴァイオリニストとして大成してる姿を見せて、無理やり納得させるしかない。
どう見ても納得しきれてないけど、諦観するしかない。

結局あのまどかは「魔法少女のための概念」でしかないという印象。
だから魔法少女としてなった願いは肯定出来ても、その先は自分で助かるしかない。

ちなみに「魔法少女としてのさやか」はどうかというと、メタ的な後の展開ではほむら・杏子との対立がなかったりする。
下手すると脚本のビギニングストーリーくらいかな。
ドラマCD・スピンオフ・モバゲー。全部さやかが友好的だし。

それが大概ほむらに向けられてるってのも皮肉だけど。

んじゃ、本編時間軸のまどかはさやかをどう救おうとしていたのかを振り返ってみると、結局は杏子・ほむらとの敵対をどうにかする方面なんだよね。


・まどかは「さやかの悩み」をどう認識していたのか

具体的に4話〜8話だけど、まどかがさやかのためにしてやれた事を箇条書きにしてみると、 
・さやかに杏子やほむらとの共闘を進言するが断られる。
・べえさんに切り札扱いされる。
・ほむらやべえさんに助けを求めるが断られる。
・契約しようとするがその必要はないわキャンセルされる。
・さやかのソウルジェムを捨て去ろうとして殺人未遂を犯してしまう。
・泣き出したさやかを抱きしめた。
・影の魔女戦後に諭そうとしたが逆切れされて結果的に更に追い詰める。
・契約しようとするがべえさんが銃殺される。

5話は「杏子VSさやかを止めようとして契約しかける」
8話は「さやかを人間に戻そうとして契約しかける」という流れ。

どちらにしても根本的にさやかの恋愛問題に深入りするようには見えない。
8話は顕著だけど、良くも悪くもノリで突っ走るまどかの性質が見える。
だって人間に戻ったって、それは本質的な問題の解決ではないですよね。

実の所まどかはさやかの問題を一元的にしか見てない節がある。
それを否定するのはほむらちゃんが怒りそうだし、あまり責めたくもないんだよね。

極端な話、さやかがほむら・杏子と上手く折り合いつけてたらまどかはそんなにギスギスしなかったんじゃないかという気はしてる。

そこらへん本質的にまどかは「恵まれすぎてバカになっちゃってる子」なのかもしれない。
あの5人で誰よりも魔法少女という在り方を肯定してるのは彼女だけだろう。
マミさんですらなし崩しで契約して、自分を保つために酔わなきゃやってられなかったんじゃないかな。

だからまどかは概念になれるんだよね。

逆にほむらや杏子は、魔法少女として生きることのクソッタレさを理解しててその現実と折り合いをつけてる子。
最終回でほむらが「救いようのない世界」と認識してることに希望があるよね。

ていうかまどかが本気で全部を救おうとしたら、最悪の魔女になるんだと思う。
一元的に区切りをつけることが出来た結果があの結末なんでしょうと。
さやかの問題を救いきれないのは、その限界の犠牲でもある。

ちなみに小説版では、無理やり仁美のさやかへの宣戦布告の場にまどかも居合わせたけど本質的な解決にはならなかった。
というよりもアニメの時間軸では、下手するとまどかはさやかと仁美の問題を知らなかった可能性すらある。
7話では「仁美に恭介取られちゃうよ〜」と泣きつかれてたけど、8話のまどかはさやかと縁が切れたことに精一杯だったろうし。
実際それでまどかがやろうとしてたのは「さやかを人間に戻すこと」という。
それやってたらクリームヒルトENDでしょう。

こうして考えると、まどかは全知全能の万能な主人公ではないし、最終話でも全知ではあるかもしれないけど全能ではなかった子だと思う。


・まどかが救えたもの、救えなかったもの

前述したけど、アニメ版以後のさやかが明確にほむら・杏子と敵対すること阻止出来てるんですよね。
全ての時間軸に干渉してることからの影響といえるかもしれませんが(魔女システムは残ってるけどね)

ただ、さやかの上条・仁美の問題はまどかが解決するようなことでもないと思うのですよね。
性格上、そういうことを強く言いそうにない子だし。
そこらへんで「まどかに出来ないけど、他のキャラには出来そうなこと」があるわけで。

鹿目まどかは上条恭介を殴りそうにないけど、佐倉杏子には上条恭介を殴り飛ばせるということ。
四肢切断はやりすぎだけど、あれ本気で言ってるとはあんまり思えんのですけどね。
杏子の心理も意外と分からんもので。あれが9話で聖女に見えたのは視点がさやかから、まどか・ほむらに移り変わったことの視点の相対化だと思う。

まどかポータブルの公式サイトで「魔女化阻止の鍵を握るのは杏子」と言われるのも、ちょっと頷ける。

どちらにせよ「主人公だから」といって、まどかが全部抱えなきゃいけないということでもないと思うんですよね。
むしろまどかはマミさんがマミられた時から、主人公を誰かに丸投げしたがってたようにも思える。
そういう所が、中の人に言わせると「まどかのずるさ」とも言えるのかも。まどかは逃げることが出来る子。

よくよく考えると、そこらへんの心理を投げる所もある子ですよね。
最終的にほむらに主人公と伝道師の役割を投げたのにも通じるのかなと。
出来る事はするけど、本質的にはあなたがやりなさいと。やってくれると信じてると。

結局さやかも主人公やりたがらなくて、最終的に「守りたいものを守る事が罪なら、それは私が背負ってやる!」とか言いそうなほむらが請け負っちゃった気はするんだけど。

どちらにせよ、まどかは「環境」を与えることには特化してる。
改変後のさやかも本編よりは上手くやれてたんでしょう。
べえさんも改変後は「SGが濁りきると消える」ということは伝えてるそう。

「救われる余地」を残すことがまどかのやり方なのかもね。
私が助けるんじゃない。あなたが勝手に助かるだけだよ(化物語っぽく)

>神様になって見守ってても魔法少女たちに感じるのは憧れや尊敬や信頼。自分自身も魔法少女になったこと、概念になる選択をしたことでやっと対等になれた、手を貸せる、くらいの意識かと。

だから、さやかを本当の意味で救えるのはさやか自身だけ。
まどかは手を貸すことしか出来ない。そのやり方にしたって全能とは言いがたい。

そういう意味では、さやかが仮に救われてないとしても、それはまどかが救うのではなくて「折衝」の方面から勝手に助かる道を模索するしかないのだな。
アニメ版の最終話でさやかがああいう「納得した”つもり”」のまま逝くのは、差し伸べられた手を取りきれなかったから。
負のご都合主義でフラグをへし折り続けてしまったからこその、あの結末なんだろう。

あの最終話のさやかが杏子やほむらをどう認識していたのかは分からないけど、最後まで仲間と思い切れなかった悲しさみちあなものはあるのかな。
杏子の「やっと友達になれたのに……」という言葉の重たさよ。

ちなみに、あおちゃんとキタエリさんは「まどかはさやかを救えてない」という見解をインタビューで言ってたな。
実際あの結論はさやかの結論だけども、本当に杏子の力を借りてああいう結論に達してるのかということもある。

>さやかの自業自得を強引に道理を無視して丸く収める神まどかがもしいるとしたら、それは邪神。
多分それがクリームヒルトだと思う。まどかがそれを望んでるとは全く思えんけどね。

「クリームヒルトはさやかの周囲だけは攻撃しない」というのも、すごく悲しい話だと思うんですよね。

クリームヒルトdisと円環の理disは両立しない。
厳密にはそれが嫌なら、ほむらの働きに託すしかないでしょうと。

そもそも僕だって「まどかにさやかの全てを一から百まで救いきらない」みたいな連中への憎しみからこんな話をしてるということは付け加えておきたい。
まどかは全能じゃないし、杏子やほむほむの手を振り払ったのはさやかの意思だろうと。

むしろナンセンスでもあるし、そこまで「主人公だから救わなければならない」なんてものをまどかに押し付けるべきではないでしょうと。
というよりも、「一方的にさやかの自業自得を無視して救済した」っぽいのがクリームヒルトじゃん。
それから抜け出た所に、まどか自身の救済も兼ねてるんだよ。

クリームヒルトも円環の理も嫌なら、「魔獣世界で本編とは別の時間軸」かつ「ほむらの親友」としての道があるんじゃないかなぁ。

杏子は多分「魔法少女としてのさやか」を肯定していて、一般人としては接点を持ちきれない。
ていうか接点持った段階でべえさんに目つけられそうだよね。おりこのゆまちゃんみたいに。

結局の所、まどかの「さやかの救済」はアレでいい。
アレ以上は欲しくない。それやるとまどかの決意も無駄になるから。
さやかは自業自得を受け入れた。それでいいと思う。


・杏子やほむらはさやかを救えるのか

ポータブル版の前ということを付け加えておきたい。

結論からいえば、杏子は「一人では」さやかを救えないし、救う気もないでしょうと。
9話でオクタヴィア化したさやかを救おうとした杏子は、「さやかの親友」であるまどかに助力を申し出た。

ポータブル版におけるIFはわかんないけど(ていうか制服着てるからアレだけど)
少なくとも杏子はさやかの日常には食い込めないのがネック。
それ故に本当にほむらを「日常」に置いてやれるのはリボほむだけだとも思ってます。

そのリボほむとさやかが現世で交流してる姿が無さそうなのがネックなのだけども。

10話まどかは、彼女なりにさやかを日常に置いて守ろうとしてたとは思います。
少なくとも自分からさやかをべえさんに紹介することはないだろうし。
ただ、まどかは1周目でワル夜に立ち向かって敗北してしまった。以後はクリームヒルトになってしまった。
だからほむらは「まどかには戦わせない」と決意するわけですが。

あくまで「さやかを日常に置いておく」ということを彼女の救済というのなら、それを果たせるのは暁美ほむらとインキュベーターだけだと思う。
杏子ではどうしても、おりこ時間軸のゆまちゃんの二の舞になる気がする。

あの幻術能力をどう復活させるかにもよりそうですけどねぇ。
ただ杏子自体それで破滅した節があるから使いたがらないんだろうけど。
なんとなく杏子がさやか好きな理由も、あの反骨魂になりそうだし。

何が言いたいかっていうと、さやかがああいう納得した”つもり”にしかなれなかったのは結局のとこ杏子とほむらの手を振り放ってしまった(あの2人の立ち振る舞い方も問題はあったけど)
というだけでしかないというのが今の予想。

だが後1ヶ月ちょいだけこのノリは続けると思うし、本質的には「まどポのほむほむ視点でさやか救いたい。その結果が欲しい」というのは実は大きい。
ていうか、まどか・さやか・ほむらのトリオが好きなんだよね。

そもそもこういう話を続けてるけど、根本的には「ポータブル版IFの願望」でこういう話になってる。

そもそも俺だってまどかが概念化して間違ってた、なんていうのを聞いたら嫌だしね。
クリームヒルト含めてまどかに救われてた。

そういう意味でも「まどかの救済」は結構重たい。
概念化の痛みは分かるけども、かといってその痛みを背負わずに済む道があったかもしれないという罪悪感を抱えたまま、リボほむにはあのクソッタレ世界を歩み続けていて欲しいと。

ちょっと、まどかポータブルの「予想(願望)」を語りすぎてて某氏を傷つけてしまったかもしれない。
そこでブレが生じてるかもしれないし、また「後付け」による痛みともいえるかもしれない。

ちょっと脱線してしまったけど、まどポではさやかは別のルートがあってもいい。ただそれはあくまでIFなんだよね。リボほむも杏子も、さやかの屍の後に生きていかなければならない。それはそれ、これはこれ。




12年02月04日(土)  /   魔法少女まどか☆マギカ  コメント(0) TrackBack()

「涼宮ハルヒの憂鬱」の思い出を振り返ってみる〜原作編〜


「涼宮ハルヒシリーズ」を中心に主人公主観の是非を一人で振り返る」
http://t.co/cI8mpSSo

「ハルヒ」について振り返ってみる。

・もう「ハルヒ」だって一世代昔

ハルヒから深夜アニメ入ったにわかももうオタ歴7年目  
http://t.co/m0xA1Pja

しかしスニーカー大賞としてライトノベル:「涼宮ハルヒの憂鬱」が対等したのは03年である。
今年で9周年、来年で10周年だ。月日が流れるの早いもんです。
私の話をすると、04年のみずのまことの漫画版(黒歴史)からハルヒを知ったクチです。

ハルヒは、まず原作で一次ブーム、アニメ(06年)で二次ブームが爆発した、そしてアニメ二期(09年)でブームが収束したという歴史認識はあながち間違っていまい。

最初からラノベ読みには賛否両論ながらも大御所のポジションだったと思う。

・谷川流の作家性:主人公の主観だけで見えるセカイ

さて、内容について話をするか。まずは原作から。

谷川流という人の作風は、徹底的に主人公の視点・自意識だけで動く第一人称スタイル。後よく連載を投げる。
完結できない病にかかってる節がある。
っていうか短編の「絶望系」はそれそのもので終わってる。語り部の自意識の外に行っちゃったから閉じるんだよね。

あくまで傍観者に徹するスタンスと、その主人公の主観のみが世界そのものになってる節がある。
それはそれでわかりやすいのだけど、主人公が上位に居る構造上あまり長く続けられないのかもしれない。

例えばキョンの「目的」は最初の「憂鬱」の時点で7割くらいは完結してる。
残りの2割は「憂鬱」で1割は短編か。

そこらへんはオタフィジカ:『涼宮ハルヒ』の迷走が詳しい。 http://t.co/nJJJHUKk

キョンの物語を割と終えたから、憂鬱以後はハルヒ・長門・みくる・古泉の心理的変化(=成長)をそれなりに描いている。
ただしキョン視点で。

最近出た「驚愕」は古泉の物語だったしね。

ただキョンの自意識だけで進んでるのが正直「原作:谷川流」のハルヒシリーズの限界だとも思う。
セカイ系と揶揄されるほど世界観が狭いのも、結局は彼の目でしか語られないからだと。

それが王道的というのはそうなのだけども、その手法はやはり短編的なんだよね。

だから、多分ハルヒシリーズにおける「神様」はハルヒじゃなくてキョンだという説を僕は信じてる。
能力を引き起こすかどうかとかそんなんじゃなくて、彼の主観そのものがセカイ。

でも現実問題として、たった一人の主観を押し通すなんて事はまず出来ない。
同僚・上司・部下、友達・家族、店員・通行人。他人には他人の人生があり主観がある。
それは中二病とかそんなんじゃなくてコミュニケーションの話だ。

少なくともキョンの主観にないものはどこまでも不確定なモノ。

前述したとおり、キョンの目的は憂鬱・消失で帰着しちゃっていて発展性が殆どない。
これ以上は付き合うかどうかの問題。

キョンの視点ではない例外としてアニメ版の谷川流が脚本を担当した「サムデイインザレイン」があるが、あの話って「地味」そのもの。
もっと上手いことを言っちゃえば「日常」そのもので、アニメ版では最後の話ゆえ(二期含めてもだっけか、消失が前後にある程度)
だからキョンが無意識に事件を引き起こしてるのではないかと思っちゃうところなんですよね。

ちなみに「主人公の主観のみで動く展開」というのは谷川流の作家性。
王道性のある話だが、そこに特化するのがあの作家なのだと。

「日常に帰る」ということを是とするなら、長門のセカイ改変を是としてもおそらく良かったのかもしれない。

ただ谷川流が主人公を神様に持ち上げる作家性に特化してるからといって、受け手がそれを踏まえる必要が必ずしもない。

・ハルヒと二次創作

「朝比奈みくる=キョンの妹」という説がある。
これはあくまで非公式ながらも考察ネタとして一つ広まってる。
これも一種の二次創作だろう。

そもそも二時創作小説ではよくハルヒ視点など突っ込む人も結構居るし。
谷川流の作家性はあくまで彼個人のもので、それが作品のすべてではないという

けいおん!がかきふらいの作家性に依存してないのと似たようなものか。
ちなみにかきふらいの作家性は「よく考えない所」が大きい。背景を作りこまずカップリングにも拘らない。

えれっと氏の「ちゅるやさん」とか、ぷよ氏の「ハルヒちゃん」「長門有希ちゃん」などスピンオフも

逆に言うとそういう方面で拡張性があっても、燃料が乗らなかったというのも大きいんじゃないかな。
驚愕を出しあぐねてたのって、佐々木たちを扱いあぐねてたんじゃないかとも。

「長門有希ちゃん」は、つまるところキョンの自意識を無効化してるとも。
原作・映画の「消失」はキョンだけ改変前の記憶を引き継がせて選ぶ権利を持たせてくれたが(ここにエロゲ的ミソジニズムがある気がするが置いとく)
「長門有希ちゃん」ではそれがない。IFそのもの。

>ハルヒちゃんのハルヒっぷりがハルヒよりもハルヒっぽくて素晴らしい。 小説もこういう感じにすればよかった(半ば本気の口調で)。 − 谷川流

「憂鬱」以後、ハルヒシリーズは短編ドタバタに特化してるけどもそういう方面でもギャグ化した方が上手く回りやすいという側面もあったと

ハルヒちゃんにしろ長門有希ちゃんにしろ、キョンの自意識だけで進むということはあまりなくて
例えばハルヒちゃんのゲーオタ長門は、キョンに隠れてあちゃくらさんとキミドリさんを飼ってたりする。

キョンの自意識の外側にもセカイが構築されてる。
そういう構造になっているのがハルヒちゃん・長門有希ちゃん

まあ、実際あちゃくらさんをキョンにあわせたらキョンの身が危ないという配慮も多分にあるのだろうけどw

ていうかセカイ系って「セカイが狭い系」だと思うのですが

後はそもそも「他人の主観」から逃げるのはリアルじゃないんだよね。常々思うけど。
自分の主観だけが正しいなんて人間は正直生きづらいだろう

だから谷川流の描くキョンはなんか怖いと感じる。それも主観でしかないけどね

ていうか、あいつの物語は早い内から終わってるのになおも傍観者に居るのがアレに見えるのかも。


・キョンの一元視点とヤマカンイズム

キョンの危険性は、彼があのセカイで唯一無二に「正しい」からだとか言い出してみる

ハルヒや長門はまだ並び立つ存在が居る。
未来人も超能力者も宇宙人もSOS団に限らない。キョンだけが唯一「視点」という正しさを有する

なんていうかハルヒには突っ込みを入れてくれる人(キョン)が居るけどキョンには誰もそれを強く指摘する人が居ないよね。

キョン視点で明らかな「正しくなさ」があるとしたら、それはハルヒから好意を持たれてる所だけどそれにしたって決定的な指摘はない。
古泉は指摘してたけどあまり強くなかったし

谷川流は良くも悪くもその「正しくないかもしれない」ということに突っ込む作家じゃない

問題はこうした「特定のキャラの視点でしか見れない人種」への個人的な嫌悪があってだな。

「キョン視点」というのは揺るがないし、そこに「キョンとは違う見解」は存在しない。
それにしたってキョンによって変換される。徹底的な自分だけのセカイ。きっとそれは孤独だろうよ

すべてがすべてそうだというわけではないが、キョンは自己完結しちゃうからなあ

「相手の都合」は永遠に終わらないコンテンツであるはずだし、それが終わるのは独裁かセカイが破滅する時だ

あえて名指しにするならオーデットの社長だよ。
ヤがつく元京アニの演出家。フラクタル作った人だ

多角的な見解が出来ないから原案やコミカライズ作者に噛みつくんでしょ、彼は。

消失のキョンは良かったけど消失後のキョンは「信頼出来ない語り部」として強くなるけど、それでもキョンの視点だけで動いてたのが違和感なのかもな

キョンの危険性はヤマカンイズムに通じかねないそれがある気がしてならない。

フラクタルの主人公がヤマカンの分身でありながら「ただの傍観者」の域を超えなかったのは、視点キャラの問題にも通じる気がする。
んまあ「メディアの違い」ってんならそれはそうだけど

キョンはまあ奴なりに仲間のことは考えてるから一線は越えてないけど、「自分の視点」しか見れないとつまりは東やコミカライズ作者の「別の視点」を排除したフラクタルが出来てしまう

・ハルヒは古典

もう「涼宮ハルヒの憂鬱」は古典でいいんじゃないかなと最近とかく思う。
「アニメですら7年前」というのもあるし、少なくとも「一昔前の作品」になってるとは思う。
驚愕は売れたけど、それでも一段落

そもそも驚愕の延期騒動が言われてたのは、分裂が未完だったからだしなー

谷川流さんって良くも悪くも明確に終わらせることの出来ない作家だと思う。
それに加えて彼は変化しない。根っこは変わらないのはいいけど、丸くなった節もない。

変化しない天才の谷川流よりも、変化する凡人のかきふらいの方が僕は評価してる(畑が違うといわない)

「ハルヒは知らないけど、けいおん・まどマギは知ってる」という子も出てきてるかもね。
だから戦隊やライダーは強いんだな。定期的に世代交代してるから。

ハルヒシリーズの区切りは、みくるの卒業でしょうね。
彼女とキョンが別離する可能性は、憂鬱で朝比奈さん大が懐かしそうにしてたことからも明らか。
かといって終わらない日常を肯定することも出来ず。

谷川さんが嫌いってわけでもないんだけど、あの閉塞感はあの時期だから受けたという側面はあると思う。
あの時期の空気感みたいなものを匂わせてはいるけど、でもその一足先に行っちゃったと

今のバカ騒ぎ傾向を作った作品の一つがアニメ版ハルヒというのもまた皮肉が利いてますが、それはまた次の機会にでも。

関連まとめ

純ちゃん・キョン・上条さんなど視点キャラの雑念
http://togetter.com/li/39681

アイマス2騒動から生まれた一つの動画からティンときて、涼宮ハルヒについての考察を始めてみた
http://togetter.com/li/53780

「仮定の過去」の物語-『長門有希ちゃんの消失』第3巻を読んで
http://togetter.com/li/185115

12年02月01日(水)  /   涼宮ハルヒの憂鬱  コメント(0) TrackBack()

「偽物語」4話:「死にかけの化物を助けてしまった偽善者」と「彼を愛してしまった吸血鬼」の終物語と続終物語



 偽物語4話です。
 シリーズファン待望の忍さん。
 坂本真綾さんの声は賛否両論ですが、個人的には有り。

 というわけで映画でやる「傷物語」を観てないとわけがわからないよ状態の偽物語4話。
 ブヒアニメになるしかないとは思ってたのでいいです。むしろ開き直りが却って心地よい。
 とりあえず振り返ってみますね。

 結果的に傷物語のネタバレ含んでます。

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12年01月29日(日)  /   西尾維新  コメント(0) TrackBack()