洗面器 の ひみつ

Top *  Index *  Login  

 
 
 
 
 
 

剥離


私は、まだあなたを信じきれていないのかしら。



魚は鱗を剥がされるとき、こんなふうに痛いのかしら。
獣が皮を剥がれるとき、こんなふうに痛いのかしら。
鳥が羽根を毟られるとき、こんなふうに痛いのかしら。
腐った蜜柑が落ちるとき、こんなふうに痛いのかしら。

いいえ、もっともっと痛いのでしょう。

生まれて剥がれて生まれて剥がれて、まるで子宮の月のよう。


Comment(0) * Form * 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

皮膚と心と世界



触れると痛い。濡れると痛い。火照ると痛い。
何もしなくても痛い。

顔全体が火傷を負って神経が"まるだし"になったようにビリビリする。
涙が滲むと、濡れたところが傷口に塩をすりこんだように沁みる。

10代後半からは、私と皮膚と薬とフラストレーションと羞恥心との戦いの歴史だ。
まわりは花のように美しい時代、視線を落として歩いていた。
学校でもバイト先でも友人に会うのもデートの時も嫌だった。写真も嫌いだった。
そんな私の肌は若さを謳歌する暇もなく、かわりに今、とくに衰えていく実感もない。
肌のサイクルが未熟で、新しい肌が生まれかけては剥がれおち、生まれては剥がれのくりかえしだから、思えば私の皮膚はなんとヤワでタフなんだろう。
なんどダメでもまた生まれてくるんだろう。
まるで私のココロそのものだ。

本当に酷いとき、なんにも集中できなくて苛々して、それはもう皮膚のない世界にいきたいと思う。
皮膚と痛む心のない世界。
そうしたら薬も帽子もいらないし、瞼を伏せる必要もない。
タビーさんは気にするなっていうけれど、気にする心が醜いと言われても、女である以上それは無理というものだ。
まだ少しは女なのです。
屈辱的に悲しくなる。
そしてもっと酷いヒトや、もっとちいさなコも苦しんでいると思うと、ますます悲しくなる。

掻くな触るな叩くな騒ぐな。

せめて顔でなかったら。
せめて顔でなかったら、私は帽子を剥いで思い切りおしゃれをして街にも出よう。
思う存分、お化粧して、まつ毛にたっぷりのマスカラをのせよう。
そしてあの人にも会いにいこう。
自信を持って笑おう。顔をあげて。

溜息。だめだ。

そんなとき、私は私の顔が持っているきれいな肌に触れる。
耳朶から顎にかけてのライン、やわらかでふわふわでさらさらの肌がある。
なんの薬もコスメも施さなくても、しっとりと水分を保ち、肌理が細かく無垢な肌。
うれしくて何度も触れる。
これがほんとうの私の肌だ。
これがほんとうの私の肌。

やわらかで、穢れない。

心が私から離れないように、この肌もひっぺがすことはできないから、私はいっしょに生きていくのだろう。
皮膚と心のない世界にゆく日まで。

(でも大丈夫。
ときどきたまに調子がよくって、そんなときはとてもうれしいのだ。
鼻ペチャも忘れるほどきれいになった気分がして、そんな気分は、いつもきれいな人には味わえない極上の幸せなのだ。)


Comment(0) * Form * 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

ドローイング

「目を閉じたまま
深呼吸すればわかる」

寒くなったら思い出して。
寒くなったら思い出して。

Comment(2) * Form * 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

猫と歩き、猫と走る。


灰色猫のなわばりは、うちの庭と横の畑。
となり三軒さんと、裏の田んぼ。
そして広い広い学校の裏庭。

質素な夕餉が終わると玄関先まで「あそぼう、あそぼう」と私を誘いにやってくる。
私が扉をあけるのと同時に、跳ねるように"自分の"庭と畑へ駆け出してゆく。
こっちも、そっちも、と、ちいさな穴をみつけては手を突っ込み、砂の上でひっくりかえり、ときどき振り返りながら、だいたいいつもの順路で私を連れて行ってくれる。

大好きな遊びは、隠れ鬼ごっこ。
急に走ったり、隠れたり、飛びあがったり、私も野生に帰って駆けまわる。(そして突然、躓いて転ぶ、それは私だけ。)
猫は人が通ると風の速さで隠れるので、私ひとりが逃げ遅れて見つかって恥ずかしい思いをする。

冬の風によく茂った蕪の葉のあいだに隠れる猫を追いかけて、おなじようにもぐってみたら、そこはなんともふしぎな空間だった。
トラックの走る音たちがしんと静まり、風が止み、私と猫だけのちいさなドームのようだった。
猫は「ほらね」というように箱座り。
私と猫は向かい合い、ほんのりあたたかい静かな風のうちがわにいた。
蕪の葉の間からはきれいに澄んだお月さまが見えた。
あの感じがする。
風が強い時はここにいるんだよと言っている。
他にも畑沿いに父がつくったU字溝の隠れ場所も教えてくれた。
残念ながら私はそこに入ることはできなかったけれど・・・。

猫と一緒に歩き、走る。
私はアスファルトの道を、猫はドブ川を越えた学校沿いの土手の上を。
平行線上に同じ速さで歩くのは楽しい。
やがて猫は学校の見回りへ。
フェンスを越えていってしまう。
私はそこまではついてはいけないから、気をつけてね、ケンカしないでね、と声をかけて家に帰る。

帰ってきた猫を丁寧に拭きながら、今日どんなところへ行ってどんなことをしてきたのか聞く。猫は黙って冷たくなった手足を気持ちよさそうに拭かれている。

私が実家へ帰った時のいちばんのたのしみ。



Comment(0) * Form * 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

背伸び


いつもそこまで届かない。
あとちょっとのところなのに。

Comment(2) * Form * 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

ジジ


その日にしか書けないことがあるとして、その日に書かなかったことは、その日の夜明けに逃げてゆく。



黒猫だから安易に「ジジ」とつけた。
馴れてくれる日が来るなんて思えないほど、用心深く、臆病な痩せた子猫。
しっぽの先が剥げて皮と骨だけになっていた。

今日で黒猫が死んでちょうど一年経つ。

賢くて、なまえを呼ぶときちんと一回だけ返事をした。
抱き上げようとするとするりするりと1メートルずつ先に優しく逃げた。
無理に抱っこをすると「いやいやいやー」と爪を出さずに胸を押し返した。
夜になると真っ黒の瞳。昼には黄色の醒めた瞳。
風が吹くだけで怯えていた。
とても高いかわいい声だった。
目が悪く、牙がかたっぽ抜けていて、ひょろりひょろりと上品に歩いた。
走るときはバンビのように軽やかに走った。
ちいさなまるい黒い手。私はそれに触りたかった。
部屋に入れると出してほしくて一晩中声が枯れるまで鳴いた。

コスモスの畑からやってきて、ちょうどくっきり3年経ったら同じコスモス畑で静かに死んでいた。
死ぬまえの数日間が今まででいちばん元気で、いちばんごはんを食べていたと聞いた。

ジジが幸せだったかなんて、ジジが幸せだったかなんて考えるだけ無駄だった。
ただ私のほうがもらうばかりで、ただただ私が幸せだった。

この一年で変わったことはなんだろう。
ジジがいなくなって灰色の猫はおうちのなかでひとりでおとなしく眠れるようになった。
かたっぽがいないといつだって鳴いていたのに、おおきくなって人間に馴れた。
やんちゃも、やたらめったら知らない人を威嚇するクセも(少し)なおって、無言だったのに家族にはニャーと鳴けるようになった。

猫のニャーは人間への鳴き声だったんだね。
今までジジが人間に挨拶していたから弟分は声を出す必要がなかったんだ。

今はよく鳴くよ。
電話口でも鳴いてくれるよ。
私はその声がとても好きで泣きそうになってしまう。

ありがとう、ただそれだけ。

三人でふきっさらしの真夜中に星を見ていた日々を覚えているよ。

その日にしかできないことがあるとして、その日にしなかったことは、その日の夜明けに逃げていってしまう。
ジジはきっと夜明け前に逝ったのだろう。

Comment(2) * Form * 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

ゆ め


思い込みの片思いがあるように
執着の愛があるように
なりゆきの結婚があるように
純粋な不倫があるように
やさしい歌があるように



雨が降り
星がきらめき
この街に
いくつもの灯が濡れながら汚れながら、ひかる

寂しい足指はかたっぽだけ赤いペディキュア塗ってある
鼻先に昨夜の夢のかほり

もう思い出せない
もう思い出せないけど懐かしい

想像の翼
妄想の胸鰭
飛んでいける泳いでいける
洗濯物のあいだから
コンクリートのベランダから

Comment(0) * Form * 

 
 
 
 
 
 

 More Stories
 
 
 

All story 1225 *  Start ⇒ 03/03/21 *  Writer ⇒ ハルヒ   33  Y 107  106338