あたしの拙いサイトにお越しいただけて幸いです。
親の責務の重さ、認識いたします。
それならば、親を責めるのではなく、親を支える側に回ることは不可能なのでしょうか?
家庭の問題を、的確に見つけ、それを、『親をも支えつつ』指摘する。
そしてまた、親も先生も謙虚に受け止める。
否定しあうのは哀しくないですか?
両方とも人間です。
いじめの2パターンについては、とても興味深く読ませていただきました。
あたしの場合は、いじめを学年全員が自覚している(と思われる)程のものでしたので、「自覚していないパターン」については新しい発見でした。
ありがとうございます。
意識していない場合は、比較的簡単なのですね。
そうですね。あたしが被害者ではないものも加えると、そのようないじめも見てきたような気がいたします。
違うクラスの子が、何の気なしに、私のクラスに入ってきたのです。
あたしは別にそれがおかしいとも思わなかったのですが、クラスの人間は、「ノックもしないで」とその子を責め立てました。
あたしは、そのくらいのことで、そこまで責め立てるのはおかしい、と激しく抗議いたしました。
そうですね、それで落ち着いたように思います。
(あたしの傲慢かな?)
あたしのいじめは、意識的でしたね。
でもさて、いじめの家庭での問題については、新しい記事を設ける予定です。
あたしも考えていたことですし、思うところは大きいのです。
読んでいただけて、また意見をいただけたら幸いです。
>問題解決には、それらの問題の存在を親と子と教師で確認し解決法を考えていくことですが、殆どの場合、加害者の保護者はそれらの存在を否定し、問題点を学校内に、教師の指導法に求めようとし茶の木畑に迷い込み埒があかなくなります。
同意します。
誰でも自分の家庭に問題があることを認めるのは怖い。
しかも、自分自身の弱さを認め、改善していくことは、とても勇気が要ることです
でもそれは必要なことなのですよね。とても。
しかし対処療法は、かなり厳しい点があるように思います。
家庭での問題点が置き去りになり、加害者側の所謂心の闇がそのままにされてしまうから。
その後加害者側の成長、人間として確立するために、弊害が出てしまわないでしょうか?
臨床心理士等・・・
確かにカウンセリングしてもらうことはとても有意だと思います。
国の制度の問題・・・
難しいですね。
でも、それならば、国の制度にまで訴えたいと思ってしまいます。
それは世間知らずの子供の戯言ですかね・・・
それでも、今国がどういう姿勢で取り組んでいるのか、積極的に調べ、考察する意欲が出てきました。
調べていないのに、口は出せません。
知ることからはじめます。
先生の人手の問題、難しいですね。
でも、先生の数を増やしたりするのは不可能なのでしょうか・・・
国の予算の問題もございますしね・・・
公立の小中学校だと尚更そのようなものが絡んでくることと思います。
根本的に解決されないけれど形だけ・・・
これは危ないですよね。
見えない部分が更に見えなくなると思うのは、気のせいでしょうか。