| 『蕩尽伝説』つぶやき掲示板 | 書込数:99 |
| ひとことボソッとつぶやきたい時はこっちに書く。 | |
○辛辛魚@寿がきや/
蕩尽亭 /
10 /
千葉 /
10年2月6日15:43 /
書込番号(235662)
いまコンビニにやたら並んでいるカップ麺。「麺処 井の庄@東京石神井」のコピー商品。
じつは去年、練馬を通りかかったときに寄りたかったのだが、当日は胃具合がイマイチで断念した。激辛で有名。 そんなのカップ麺でどう再現するんだろう?と興味津々で口にしたが、よく出来てる。店主が監修しただけある。カップ麺の業界に新境地を開く、まさに傑作と言えよう。辛いだけじゃない。コクがあって美味い。オレは途中で餅を投入して食った。 よくぞこんなの商品化した。まさに激辛。うっかり買った客が文句を言ってきたらどうするんだろ?と心配になってしまうほどだが、こういうのがコンビニに並んでいるということは日本の激辛業界がよほど成熟したということだろう。
疲れ切り、電車の行き帰りに爆睡。家でテレビを見ながら爆睡。どんだけ寝るんだと我ながら思う。
ふと気づけばメガネがない。いつもどおり、めざましの脇に置いてたはずなのに!あわてて探し回ると、尻の下にあった。ちょうど体重の圧迫がかからない位置に埋まっていて、とくに異常は見当たらない。 この半年ほど布団を敷かず、タオルケットや毛布を重ねて寝るのが習慣。その隙間に落ち込んだらしいが、よりによってどうしてケツの真下に? そんなところにわざわざ自分で置いたはずもない。テーブルから転げ落ちた?コロコロ転がって、ここまで来た? その晩、長大な夢を見る。列車で都市と都市を行き来しながら色んな事件が膨大に起こるのだが、肝心な部分はキレイさっぱり忘れてしまった。 * 健康診断らしい。町医者の元で身長を計っている。おっさんばかり10人ほどの列が出来ていて、オレが最前列だったのに、いつの間にか1人だけ弾き出されている。紳士然とした医者に猛烈抗議し悪口雑言を吐くも、相手はニヤニヤするばかりで埒が開かない。世は悪意に満ちている。 * トイレで用を済まし出ようとすると、老人紳士が入ってきて、いきなり大便を始める。このトイレには仕切りがなく、ケツからウンコがにょろにょろ出てくる。「うわ!」と焦り、あわててトイレから出る。外はデパートだ。 ○春のエネルギー/
蕩尽亭 /
10 /
千葉 /
10年1月31日22:23 /
書込番号(235520)
まだ確かに冬である。がしかし、もうすでに春の息吹が寒風の中に漂い始めている。水が緩み始めている。よってここに春の始まりを宣言す。
素数というと、どうしてもマクロの世界のような気がしてたが、どうやらミクロの世界にかかわる数理的パターンの問題らしい。近年こっちの方向で解決されようとしている。
極微世界において非連続的なものが連続する、そんな境界領域に素数のパターンが関わっている。それだけに20世紀以降のミクロ物理学の発展がなければ、解き得ない問題だったようだ。 というか、これって解けるのか。ますます疑わしい。 とまれ、現象の根源にあるパターンの問題が今後ますます基礎領域において重要な役割を果たすことになるだろう。20世紀の哲学はそれを予見していたのであるが。 ○受験の夢/
蕩尽亭 /
10 /
千葉 /
10年2月19日13:37 /
書込番号(235955)
問題が配布されると、ちょっとした電話帳ほどの厚さで、うろたえる。
1題、1題がかなりのボリュームである。訳す問題を中心に、結局、5〜6題ほどしかできないが、それでも回りを見ると何とか受かりそう。なんでこんなに沢山出す?と疑念が湧く。
ひさしぶりに軽い運動。パスタを作る。翌日の目覚めがやけにいい。
外を歩き回っていても疲れるが、机の前に8時間座っていても疲れる。生きているだけで疲れる。
もっとも懸案の仕事はすんなり片づく。この数週間、それなりに時間をかけて読み込み、考えてきたので、一気呵成。スタンダール文学の新解釈なのだが、おそらく誰にも理解できまい。それでも書き、語るのである。スタンダール本人がそうであったように。 情熱は他人に理解されるのを求めない。 ○装飾とはなにか/
蕩尽亭 /
秘密 /
千葉 /
11年2月23日19:55 /
書込番号(243069)
美術史家E・H・ゴンブリッチは『装飾芸術論――装飾芸術の心理学的研究』という大著で、装飾への意志が古今東西の人類文化に広く普遍的に見られることを示し、その本質を解明しようとしています。ダーウィニズムによれば、人間は生物の歴史に組み込まれている。だから人間の心理と文化を原初的な生命と環境の関係を念頭に置いて考え直すべきだ。とりわけJ・J・ギブソンのアフォーダンス理論にもとづき、かれは装飾概念の起源を問う。
生命体が存続するには、それが環境において出会う対象が何を意味するのか、つまり相手が危険か否か情報を探らねばならない。また、相手との関係において環境全体の見取り図を持つ必要がある。いいかえれば、前/後という時間的範疇のほかに、遠/近、高/低、隣接/隔離といった秩序の知覚を持たねばならない。生物は知識により動くのでなく、想定にもとづき動く。手探りで暗中模索し、いわば仮説創造(アブダクション)(パース)を行ないつつ前進する。なにかに衝突したら、それを避けるようになり、逆に、なにかが在ると想定されるところに何もないとビックリし、動揺する。生物は身の回りの比較的安定した規則性を前提としつつ活動する、ということが言えます。 私たち人間にしても、自然界に規則性、いいかえれば幾何学的で対称的なものを見出そうとする深い本能を持つ。たんに予測どおりのパターンが反復されるにすぎなければ、容易に再構成でき、私たちの意識は眠り込む。逆に、完全にランダムな情報の奔流のなかでは、私たちは何ひとつ見分けられず、そこでは意識的な知覚は成立しえない。なかば予測されたパターンが出現しながら想定外の変化が生じるとき、いいかえれば秩序(カオス)と混沌(コスモス)のあいだ、いわばカオスのエッジでこそ意識は爛々として目覚める。そんな覚醒を生じさせるのが装飾の役割です。
○ちょっとお願いがあるんけど・・・/
エキ /
秘密 /
秘密 /
11年2月23日06:39 /
書込番号(243060)
先生の文章を拝読しました、すごく深い意味があると思います。
私は中国における広州美術学院の院生で、私の専門が西洋美術様式史なんですが、東西比較向けです。でも実際、今まで、学校中の資料が不足、なかでも、日本の美術資料が全然足りない。 今、オーウィン・ジョーンズ『世界装飾文様』、大学のおかげで、この英語版はネットでオンラインしてるよ、 でも、下の方の作品はネットでオンラインがありますか?ちなみに、この本についての評論もありますか?読みたい アドルフ・ロース「装飾と罪悪」、『装飾と罪悪』 アロイス・リーグル『リーグル美術様式論』 E・H・ゴンブリッチ『装飾芸術論』 差し支えなければ、教えて頂きませんか?
○京都でみつけた濃厚中華そば@エースコック/
蕩尽亭 /
10 /
千葉 /
10年2月19日19:08 /
書込番号(235979)
高粘度スープを謳う。たしかにねっとり。「ますたに」の味のアレンジらしい。
ゆうべのキャペツと、ベーコン・ブロックを角切りにしたやつを醤油をかけて炒める。鍋で温めたラーメンに投入、一煮立ちさせる。 ちょっとやりすぎたようだ。醤油がくどすぎ、なんだか訳の解らないドロドロでギトギトのものになる。ひとにはとても出せないが、オレ的には十分うまい。 |