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  <title>おもちゃ箱</title>
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  <title>運転免許いばら道</title>
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  <description>これからお話しするのは、教習所に通い始めてから今回めでたく運転免許取得に到るまでの、５年という長い茨の道のりですが、実は私がお話したいのは運転のことではありません。<br />
<br />
みなさま、苦手なことはありますか？<br />
いえ、苦手、という言葉では甘すぎるかもしれません。<br />
苦手ということは、それと多少なりとも関わり合いがあるということも含みますから。<br />
一生涯、それと自分とは全く縁がない、関わり合いがない、いやあるはずがない、いや、絶対あってはならない、と思っているようなもののことです。<br />
もしそういうも</description>
  <content:encoded><![CDATA[これからお話しするのは、<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=4617">教習所</a>に通い始めてから今回めでたく<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=33007">運転免許</a>取得に到るまでの、５年という長い茨の道のりですが、実は私がお話したいのは運転のことではありません。<br />
<br />
みなさま、苦手なことはありますか？<br />
いえ、<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=15579">苦手</a>、という言葉では甘すぎるかもしれません。<br />
苦手ということは、それと多少なりとも関わり合いがあるということも含みますから。<br />
一生涯、それと自分とは全く縁がない、関わり合いがない、いやあるはずがない、いや、絶対あってはならない、と思っているようなもののことです。<br />
もしそういうものを心の隅の暗がりに追いやって、ぐるぐるに鎖で巻いて鍵をかけて、うっかり間違って出て来られないようにしたつもりで、さぁこれでもう安心、自分とは一生関係ない、と胸を撫で下ろしているのでしたら・・・私の道のりはひょっとしたらご参考になるかもしれません。<br />
これをここでは「苦手」という意味が最強に強められたものとして「タブー」と呼ぶことにしましょうか。<br />
<br />
私にとって人生最大のタブーは「運転」でした。<br />
なぜ？<br />
そもそも、実家には車がありませんでした。<br />
父は頑固なエコロジストで（この最近流行の単語は非常に聞こえはいいですが、私が子供の頃には単なる古い頭の頑固親父でしかありませんでした。）、車の排気ガスに常に腹を立てている人でした。<br />
空気を汚染する排気ガスは悪魔が吐き出す息と同じくらい憎憎しいものであり、それを生み出す車は文明の利器であるよりはなげかわしい物体だったのです。したがって、最低必要限度の公共の自動車などは許容範囲にありましたが、自家用車を持つという考えはハナから存在していませんでした。<br />
<br />
母はいつの頃からか私をこう言って育てました。<br />
<b>「お願いだからね、一生のお願いだからね、お母さんのいっしょう〜のお願いよ、いい、あなたは車の免許だけは取らないでね。あなたには無理なんだから。絶対に事故を起こすから。忘れっぽくてうっかり屋さんのあなたは、きっと不注意から事故を起こすわ。だから、ね、車だけは止めて。お願いよ。お願いよ。。。絶対と約束してね。。。」</b><br />
<br />
そうまでお願いされなくても、母の心配は杞憂というものでした。なぜって私は車というものに、まったく興味がありませんでしたから。<br />
どのくらい興味がないって、興味がないとなったら私は一般常識も欠くくらいヒドイものです。<br />
車関係のお仕事の方には大変申し訳ない話ですが、ベンツもＢＭＷも区別がつきません。何度見ても覚えられません。いやそれどころか、ベンツもトヨタもルノーもアウディもホンダも区別がつきません。むしろ区別があることすら無頓着だったというべきでしょう。タイヤがついて路上を走る乗り物、というカテゴリーで括られているのみです。<br />
私にとって区別がつくのは、色。そして、トラックか自家用車かジープかタクシーかバスか、の5種くらい。<br />
フランスに来てからですが、以前ある人に「お宅の車は何？」と聞かれたときに、即座に自信をもって答えました。<br />
「白いの。」<br />
・・・・・・・・・・・・・。<br />
私にはそれが完全な答えでした。まさか、相手がその続きを待っているとは思いもよりませんでした。<br />
私が黙っているので、何か戸惑うような表情をして相手が切り出しました。「シトロエン？プジョー？205？」<br />
「はっ？」その時、私の答えは「完全」どころか、相手の知りたい情報の一部たりとも伝えていないことに初めて気がついたのです！<br />
しかし私には・・・みなさんもうお気づきだと思いますが・・・夫がいつも乗っている車、私も買い物にいつも乗っている車がどのメーカーのものなのか、知る由もありませんでした。<br />
ひき逃げ犯人の車の目撃者だとしたら、なんと役に立たない証人でしょう。<br />
<br />
ここまで車に無関心な私ですから、運転がなんたるかも知らない子供のうちでしたし、母の言葉に特に抵抗は覚えませんでした。<br />
<b>「お願いだからね、一生のお願いだからね、お母さんのいっしょう〜のお願いよ、いい、あなたは車の免許だけは取らないでね。あなたには無理なんだから。絶対に事故を起こすから。忘れっぽくてうっかり屋さんのあなたは、きっと不注意から事故を起こすわ。だから、ね、車だけは止めて。お願いよ。お願いよ。。。絶対と約束してね。。。」</b><br />
子供の頃からずっと、３０年以上も言い聞かされて育つうちに、「母のお願い」は私の中に深く深く浸透していました。思った以上にずっと深く。かなり深く。潜在意識にこびりついて時と共に酸化して固体になり岩塊になったのでしょう。<br />
大人になった私は「運転はできない人間なの。私が運転したらきっと人を轢いちゃうわ。」と自分から言うようになっていました。<br />
スーパーでカートを他人のと間違えたり、バギーを押しながら他人の足を轢いてしまったり、ショーウインドウがあるのも忘れて夢中で商品を見ようとして頭をガラスにぶつけたり、ということがあるたびに（しょっちゅうあるんですから）、あぁ私はやっぱり運転できないわ！とひとりで納得したものです。<br />
<br />
加えて子供の頃から車に乗れば必ず車酔いで具合が悪かったので、乗りたいとも思いませんでした。車を持っているボーイフレンドも出来たことがなかったし、車とは縁のないまま、母の願い通り、まっしぐらに進んでいるかのように思えました。<br />
<br />
フランスのこの田舎に来るまでは。<br />
<br />
車がなければ手足をもがれた赤子同然なのは、以前の日記に書いてありますので省きますが、そうなって初めて、私は母の願いを裏切らなければならない状況に追いやられたのです。<br />
<br />
この私が運転なんて・・・そう思っただけで信じられず震えました。ひとりでロケットに乗れと言われた方がまだマシです。人様を巻き込まないのですから。車は多くの命と直結しているから怖い。高所<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=2377">恐怖症</a>や閉所恐怖症というのがありますが、それと同じように私は<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=54460">運転恐怖症</a>になっていたのです。<br />
パブロフのイヌのように、呼び鈴イコール唾液が出てくる代わりに、「運転イコール事故イコール死」という反応が私の中にどっかり住み着いていました。<br />
実際にやってみると、これを追い出す、という作業は、自分ひとりで意識してなんとかできる、というカンタンなものではありませんでした。<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=10208">潜在意識</a>は容易にはねのけられるしろものではなかったのです。<br />
<br />
おそらく、誰もが子供の頃の<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=54461"><b>「刷り込み」</b></a>を持っているものだと思います。<br />
ポジティブなものはいいけれど、ネガティブなこういった刷り込みは、乗り越えるために、自分で自分の腕を切り落とすくらいの努力と葛藤を必要とするのです。そのことを体験で知りました。<br />
<br />
従って私が免許を取得するまでに到った道のりは、技術的な面もありますが、むしろ私にとっては精神的な克服の長い長い道のりだったのです。<br />
<br />
学科試験は一度目で合格しましたが、それは理論を机で勉強すればよいのですから大丈夫だったのです。もちろん交通ルールなんてまったく興味がなかったのですから、すらすらと頭に入ってきたわけではなくて、まるで物理や化学の難しい説明と同じくらい遠い世界のことに思えましたが、わかれば面白くもなってきたものです。ただし、理論の授業は最低２０回受けるのですが、教習所に行くためには運転できなければ行けない、という哀しい矛盾が私を足止めしました。<br />
夫が仕事を早く切り上げて帰ってきてくれるときは行けたのですが、仕事が忙しくなると夜６時に戻ってくるのはどうしても無理。結局月に1-２回の授業しか受けられず、早く進みたいと当初は気持ちばかり焦っていたので空回りして精神的に疲れてしまい、途中約一年放棄してしまいました。再びやる気を取り戻し、土曜のレッスンに子供二人も教習所までつき合わせて、なんとか試験まで漕ぎ着けたのでした。<br />
<br />
一番の問題はやはり運転実技のレッスンでした。<br />
最低２０時間以上取らなければならないのですが、若い人は２０時間プラス数回、せいぜい１０時間取って試験を受けているのに、私ときたら、２０時間経ってもハンドルにしがみついたスッポンみたいに運転席に座っているだけでした。<br />
結局、全部で６８時間ものレッスンを取りました。（始めた当時、一時間のレッスン料は２８ユーロ。今は値上がりして３０ユーロです。）<br />
ハンドルを握ったとたん、怖くて怖くて気持ちが舞い上がってしまうのです。「運転イコール死」「誰かを轢いてしまう」・・・この反射をどうすることもできませんでした。恐怖が私を支配します。<br />
すくんでしまう気持ちからあまりにもハンドルを強く握り締めるので、いつも汗でびっしょりと濡れ、次のレッスンの人に悪いと思ったほどです。力の入れすぎで、一時間のレッスンのあとは、両腕がビリビリ痺れて筋肉がガクガクとしたほどです。グッタリと疲れきってしまって、放心してしまったことも多々あります。この状態が６０回を過ぎるまで続きました。<br />
誰もいない広い田舎道は、それでも大分よくなってきました。でも町中に出て、歩行者が歩道をチョロチョロしているのを見るともうダメ。轢いてしまいそうで怖い。他の車が右から左から出てくるともうダメ。ぶつけてしまいそうで怖い。全身硬直して、ハンドルにスッポン状態です。<br />
スピードなんて出せたものではありません。どの道も１速で走りたいというのが切なる願望でした。<br />
<br />
それでもなんとか形になっていると教官が判断して、６０回の間に試験を３回受けましたが、３度とも落ちました。１度目はスピードが遅すぎ。怖くて町中で制限時速50ｋｍを出せず30ｋｍくらいで走ったため。２度目はパン屋の角を一箇所右に寄りすぎたため。３度目は道に迷ったため。迷っても落ち着いていれば大丈夫だったそうですが、迷ったということで慌ててしまってバックミラーを見ずにウインカーを出して全然違う道に入ってしまったのでボツ。<br />
毎回全力投球、でしたが、どれも砕け散りました。精一杯やっているだけに、毎回の失敗はつらいものでした。でも、ここで免許を取れないということは、逆に言えば未熟な状態で取ってしまったら危険なわけですから取れない方が良かったのだと納得できました。<br />
<br />
そして、一年半前にこの３回目の実技試験に落ちたときから、私は「同伴運転」というシステムに切り替えました。<br />
というのも、実技試験を受けられるのは５回まで、と決められているからです。<br />
５回とも落ちてしまったら、振り出しに戻る、と決められているのです。また学科試験から受け直し、教習所には最初からレッスンを申し込まなければなりません。<br />
すでに３回棒に振った私には、あと２回しか残されていませんでした。でもあと数回レッスン料を払っただけでこの２回内で合格する自信はどこを探してもどこをすくっても到底、ありませんでした。そこで、家族にすすめられて、このシステムに変更しました。<br />
運転経験をもっと積んだ後に、残り２回の試験を受けることにしたのです。<br />
<br />
「同伴運転」La conduite accompagn&#233;eというのは、２８歳以上で最低３年以上普通免許を所有する人に助手席に乗ってもらい、実際に路上で運転経験を積んだのちに試験を受ける、というシステムです。筆記試験に合格した日から３年以内の期限で、最低一年以上３０００ｋｍ走らなければなりません。（走行するのはフランス国内に限る。）<br />
１６歳からこのシステムを始められるので、大抵の場合、１６歳の若者が両親の横で２年間運転し、１８歳になったときに免許の試験を受ける、という風に活用されています。<br />
このマークを見かけたら、運転席を見てみて下さい。若い男女が、親の横で一生懸命ハンドルを握っている姿が目に入るはずです。<br />
その若い男女のはずが、親の世代の私が必死にハンドルにしがみついているのですから、通りすがりの人は首をかしげたに違いありません！<br />
<br />
同伴運転に申し込み変更する手続きに教習所に行くと、教習所のマダムが「大丈夫？旦那さん、辛抱強い？気が短くない？」と聞いてきました。<br />
私の場合、助手席に座ってもらうのは親、というわけにはいきませんので、夫、そして義父の２人になりました。<br />
「短いです。離婚しないように頑張ります。」と答えると、そこにいた人が全員笑いました。ふしぎなことに（いやふしぎでも何でもなく、世の中の論理なのかもしれませんが・・・）<br />
どのフランス女性も「夫とは運転しちゃダメよ！」と口を揃えてアドバイスしてくれたものです。「絶対喧嘩になるから」って。夫婦喧嘩の第一原因は運転と言っても過言ではないくらい、なのだそうです。男と女の運転は、それだけで食い違うようで、それにカッカッと口出し文句をつけずにはいられないのがフランス男たちのようです。そのリスクを敢えて犯そうというのですから、免許は取れても夫は手放すかもしれない結果が待ち受けているかもしれないのです。それを踏まえての私のジョークでしたが、全員笑ったところを見ると、どの人もそんな夫婦の運転状況を承知というわけでした。<br />
<br />
確かに、そんな危機は何度も訪れました。最大の危機は、忘れもしない、２００４年１２月３１日、大晦日の夜のことでした。同伴運転に切り替えてまだ間もない頃。<br />
大晦日の晩餐、レベイヨンを２人きりで迎えるための買い物を済ませ、帰宅途中の運転でした。大通りを一直線に走って来て、村に入る道へ左折しなければならない時（日本の道路で言えば大通りから右折するに当たると想像して下さい）、左折の手前でスピードを落とした時にエンストを起こしてしまったのです。つまり大通りのど真ん中でストップしてしまったのでした。夜道で他の車はありませんでした。<br />
まだ運転に馴染めない私は思いもかけないエンストに戸惑い・・・（なんでエンストしたのかしら・・・どうやってエンジンをかけ直すんだっけ）・・・・・時を同じくして予想もしていなかった夫の絶叫が車内にこだましました。<br />
<br />
<br />
<b><font size= 4>死ぬーーー！</b></font><br />
え・・・度を失いました。<br />
そんな・・・、ちょっと待ってよ。とあわててエンジンをかけ直し、ギアを入れようとするのですが、入りません。<br />
夫は後方から車がスピードを出して来たとしたら私たちの車に追突するものと思った模様。<br />
<b><font size= 4>死ぬーーー！死ぬーーー！</b></font><br />
と夫の声が繰り返しました。<br />
どうやらその言葉で怯えてしまった私は脚も手も震えているようで、うまくギアをいれることが出来ないのでした。<br />
何度やっても入らない。<br />
どうしたらいいのか教えて！冷静な指示を願って震える声で尋ねると、<br />
なんとかしろーーーーーーーっ！！<br />
見ると夫は両目をギューッと力一杯つぶって前かがみになって、死ぬー死ぬーと叫んでいます。<br />
んな、なんとかしろったって何とかできないから聞いてるんじゃないの・・・目なんかつぶってないで、具体的に教えてよ・・・助けてよーーッ！という心の叫びも声にならず、ようやっと足を踏ん張ってギアが入り、エンジンを汽笛のように唸らせて左折できたのでした。<br />
家に辿り着いた時、夫は下手くそーと怒り狂っていましたが、私は両腕や両脚のみならず全身もガクガクとして、しばらく震えが止まりませんでした。このとき、絶対に来年の大晦日までにはこのオトコと離婚してやるッ！！！と固―く決心したものです。<br />
結局、車に問題があって、あちこちでエンストするということがすぐ後でわかりました。<br />
それから、夫がそれほどの決死の覚悟で私の横に乗ってくれているということもわかりました（笑）。<br />
<br />
というわけで、もしご主人と同伴運転をなさろうと思われた方は、双方ともに人格をさらけ出すことになりますので、相当の覚悟をなさった上で決めて下さい（笑）。<br />
<br />
<br />
折りしも、運転好きな義父が退職し、平日自由な時間が増え、彼がメインで同伴運転を担当してくれました。どんな運転をしても動じない、肝の据わった義父の存在は本当にありがたいものでした。もし私が彼の妻だったら、とっくの昔に首を絞め殺されていたかもしれませんが（笑）。<br />
義父はその昔義母にも息子にも運転を教えた熟練教官というわけでしたが（当時は、免許を取っていない者に親や知人が勝手に人通りのない路上を走らせて練習させるのが、公然と許されていたそうです）、私ほど出来の悪い生徒は、彼にとっても初めての試練だったでしょう。<br />
彼と一緒に始めた当時私の運転は本当にひどいもので、「まるで初回のレッスンのようだ！ほんとに教習所でレッスンを取ったのか！」と歯にキヌを着せず義父に言われました。いや、６０回のレッスンを受けたからこそようやっとこのレベルにまで上達したのであって、初回のレッスンはこんなものではなかったのだよ・・・と説明しても、彼は前代未聞というように首を振るばかりでした。<br />
目の前を自転車が走っていると、硬直してブレーキをかけてしまう。追い越すなんて怖ろしくてとても出来ない。カーブがあると勢いよく突っ込んでいくくせに、曲がりきれないとわかってとたんにブレーキ。町中に入るとそれだけで緊張して信号無視（全然見えてない）。いやもう、横に座っている義父の度胸には脱帽でした。<br />
<br />
時々私は自分に向かって言うのでした。「ホラね、母の言った通りでしょう。わかったでしょう？私に運転は無理なのよ。私は人一倍運転に向いていないのよ。」<br />
ほらね？私は運転しちゃいけないのよ。そして私は心のどこかで相づちを打つのです。ほんとね。<br />
そのセリフを、義父母を呼んで食事をしている時に、口にしました。アレだけの私の運転を見ている義父と夫ですしその話を聞いているはずの義母ですから、当然彼らの同意を得られるものと思って投げかけました。ところが、彼らの３人の反応は意外なものでした。<br />
憤然として、何を言ってるのかわからないといった表情で<br />
「お母さんは・・・そう思わせることに成功した、ということだ。」<br />
と言ったのです。<br />
何、この人たち、私のひどい運転ぶりを見て、まだそう思わないの？<br />
母が私にそう思わせるように成功した・・・？私の思い込みでしかないというの？<br />
呆然としながら、その言葉の意味を・・・そして、心理のからくりを・・・手品の種明かしを知ったように頭の中で反芻していました。私は自分で逃げる言い訳をしていたに過ぎない・・・？<br />
また、あくまで強気な彼らの精神構造がうらやましいとも思ったものです。<br />
<br />
３年半前になるのでしょうか？母がフランスにやって来て、飛行場まで迎えに行った夫は、母が開口一番こう言ったのだと驚いたように話してくれました。<br />
「あのね、クレランは運転は無理なの。あの子が運転したら危ないの。」<br />
無理とか出来ないと言う問題なのではなく、生活に欠かせないものなのだと夫は返事をしたそうです。<br />
それにしてもわからない、と夫は言いました。「子供には自立できるあらゆる手段を教えるのが親というものだろう。車の運転は移動のための自立だというのに、なんでそれを阻害するようなことを言うのかな？実際、君がここで不便なのはそのせいだというのに。」<br />
「それは私のことを心配しているからよ。」と私は答えました。しかし、思いやりという毒に気がつかないうちに徐々に漬けられて中毒になるということもあるのだと気がつき始めていました。<br />
麻薬中毒者やアルコール中毒者がそこから脱するために専門家の治療を必要とするように、精神的な刷り込みから脱するのもまたそのくらいの努力を要するものなのです。<br />
<br />
義父には、状況に合わせてどうすればよいのか、その度に具体的に操作を教えてもらえたことが本当に助かりました。夫は感性で運転しているようで、どうすればよいの？と聞いても、いつもうまく答えられないのです。<br />
その点、理論的に説明されると、腑におちます。<br />
例えば料理をするときに分量を量らずに適当に入れても感覚でわかるタイプと、きちんと計らないと出来ないタイプがいますね。私の運転は「感覚」が完全に欠けていましたので、細かいところまで理論的に説明されないとどうしてよいのか途方に暮れてしまっていたのです。<br />
私が免許を取れたのは、彼の存在なくしてありえません。<br />
<br />
大通り、田舎道、カーブ道、夜道、雨道、雪道、高速、週に少しづつ、全部で５０００ｋｍ以上走りました。約1500ｋｍに到ったときだったでしょうか。<br />
私を支配していた恐怖が、ふと、抜けていくのがわかりました。<br />
一段階、自分がステップをのぼったのを感じました。<br />
経験を積んでいくことで、自信がついたのでしょう。まだ頼りない自信でしたが・・・ようやっと体を縛り付けていた恐れから逃れたのを感じたのです。<br />
恐怖と闘うには経験を積むしかないのだ、と実感した瞬間でした。<br />
<br />
恐怖が抜けていくに従って、周りがよく見えるようになり神経が行き届くようになりました。「君は車の中にいない」とよく義父に言われたものですす。「いるわよ、ここに！」と私は言い返していましたが、横にいる義父は「他のことを考えているのか、上の空」という風に感じたそうなのです。<br />
それはつまり、怖がっているとそれだけで気持ちが浮いていて頭の中が空白になっているので、神経が行き届かなかったようなのです。<br />
怖いと思うことが却って危険なのは、山登りも同じですね。<br />
でも、運転しない期間が少し間をおくと、またすぐに逆戻りでした。<br />
坂を転げるように恐怖が戻ってきます。3歩進んで2歩下がる、時には2歩進んで3歩下がる・・・の気の遠くなるほど忍耐強い繰り返しでした。<br />
<br />
当時、運転するときには「私は車がこわくない。私は運転がこわくない。」というセリフをいつも唱えていました。そのことを友人に話すと、「あらダメ。」と彼女は言いました。「そういう否定的なセリフを使ってはいけないの。そう言うと脳は『車』と『こわい』というコトバを結び付けてしまうのよ。だから、もっとポジティブなコトバを使って。『車』と『喜び』が結びつくようなイメージを思い浮かべて。」<br />
ちょうど、脳のシステムを勉強中の彼女のアドバイスでした。<br />
なるほど！<br />
目から鱗、「車がこわくない」というフレーズはゴミ箱に捨て、効果的な新しいアファメーションを考え直しました。「私は運転が上手です。」うーん、どうもしっくり来ない。実感が湧かない。「上手」という響きは自分とかけ離れすぎていてイメージしにくい。でもこんな調子でポジティブな文をこしらえればいいわけです。<br />
そのうちに、ピンと来るものに出会いました。<br />
「私は、どんなときにも落ち着いて、安全運転ができます。」<br />
そうだ、これだ・・・！<br />
私が望んでいるもの、それは「上手く」運転することじゃない、「安全に」運転すること。<br />
「安全」という言葉は、私の中の「恐怖」と対応して、鎮痛剤のように癒すような効果がありました。この言葉を唱えながら運転すれば、きっとそこへ到達するだろうという気がしました。<br />
<br />
<br />
ところが一年以上走って、自信らしきものがつき、ハンドルも冷汗でベトベトにせずソフトに握れるようになり、経験も積んだのだから合格するだろうと誰もが思ったこの４月、またしても試験に落ちてしまったのです。<br />
４回目も沈没。縦列駐車をしたときに、とりあえずうまく駐車できたのですが、止める側ばかり見て反対側を見なかったからという理由でした。<br />
今度こそ！と力むあまり、試験日の一週間前から眠れないくらい緊張していましたので、かなりギクシャクした運転にもなっていました。それに車が多い町中での駐車がまだ怖く、苦手なのは事実でした。<br />
ついに、残るチャンスは１回・・・。<br />
しかも、学科試験に合格してから３年以内、という期日は７月に迫っています。その期日を逃しても、またゼロからやり直しです。どのみちゼロからやり直し・・・それでも取得するまであきらめるつもりはありませんでした。またゼロからやり直したっていいじゃない。そうしたらまたあと５回チャンスが巡ってくる。何年かかったって絶対取るまで続けるんだから。落ちたっていいじゃない。そう思ってみても、それは逃げというものでした。本心はやっぱり今回が最後のチャンスだったのです。<br />
<br />
最後の試験日までに駐車の猛特訓をしました。試験のことを考えるとすでにガクガクし始めていたので、緊張のしすぎで前回のような失敗をしないように、友人が薦めてくれたホメオパシーも利用することにしました。<br />
緊張やストレスを緩和するためのホメオパシーがあるということを、初めて知りました。<br />
薬局の人に相談すると、「試験日はいつ？今から何日後？眠れますか？胃が痛い？」などと聞きながら、考えて幾種類か用意してくれました。「名付けて運転免許成功セットよ！」と励ましてくれました。<br />
それが効いたのかどうか、よくわかりません。でも前夜よく眠れたところを見ると、効いたのかもしれません。しかし試験当日の朝は、やはりひどい緊張とストレスで、自信も最低でした。涙がぼろぼろとこぼれてきました。あぁだめだわ。５０００キロも走って前回だめだったんだもの。どう考えたってミスの1つや２つはするわ、合格するとはとても思えない・・・。このまま永遠に今の生活が続くんだわ・・・。子供たちを私自身ではどこにも連れていってやれない。そんな生活が・・・。<br />
<br />
涙を拭って、ゴミを出すために外に出ました。<br />
その時の不思議な感覚を、はっきりと覚えています。<br />
雲間から、明るくなるだろう日差しがふりそそいでいました。<br />
その時、突然、空から、いえ私の内側の声だったのですが、空から降りてきたように声がしました。<br />
「今日から私の新しい人生が始まる。」<br />
えっ？と自分で思いました。なんでこんなこと思うのかしら？<br />
その声はもう一度しました。<br />
確たる自信に満ちて、優しく安定した声でした。<br />
「今日から私の新しい人生が始まる。」<br />
<br />
あぁそうか、私の新しい人生が始まるんだ・・・。と、もうひとりの私がうなずいていました。<br />
その時、ビジョンが見えたのです。<br />
もう誰にも頼らずに、他の普通のフランス人と同じように運転し生活している姿を。<br />
と同時に、なぜか私はこう言っていました。<br />
「もういいよね、お父さん・・・。私、運転するわ。もう、いいでしょう。」<br />
静かに穏やかに、諭すように父に話しかけている私の声がしました。<br />
なぜ父であって、母ではなかったのか、私にもわかりません。話しかけていたのは私であって、私ではなかったからです。<br />
けれど言い終えた時に、蝉が殻を脱ぐように私から離れた殻・・・小さな姿がありました。「見えて」いるのですが、「感じた」と言った方が正しいのかもしれません。それは、怯えた子供でした。<br />
私の内なる子供、私の中にずっと一緒に住んでいた「怯えた子供の私」が離れていくのでした。<br />
あぁ・・・あなただったのね。と私は咄嗟に思いました。そうか、あなたが出て行ける日を待っていたんだわ。それが今なのね。この日のために私はレッスンを積んできたのね。<br />
さようなら・・・。<br />
今、たった今、私は「ちいちゃな私」に別れを告げたのでした。<br />
そして自信と責任と自立心の混ざったような気持ちが胸のなかに広がっていきました。もう義父が横にいなくても、１人で運転できる、1人で町中にも行ける、そう思えました。<br />
その感覚は不思議なものでした。<br />
<br />
おそらく、子供の頃からの「刷り込み」が本当に離れていった、乗り越えられた瞬間だったのではと思います。<br />
<br />
試験は信じられないくらい、何もかもうまく出来ました。試験官の男性の顔を見た瞬間、安心できるものがありました。訛りのある喋り方も朴訥としていて、今までのキリキリとした感じの女性の試験官とは違って、こちらにストレスを与えないものでした。私は義父としているように、普段のままの自分を出して運転することができました。<br />
後日、試験時に一緒に同乗した教習所のマダムに「とっても上手に運転できていたわね！あの試験官に随分いろいろやらされていたけれど。」と言われました。自分では、時間が長いとは感じましたが指示されたことはどれも簡単に出来たのでいろいろやらされたという実感がなく、少し驚きました。それだけ私もようやっと上達した、ということなのでしょうね。<br />
<br />
合格と言われたときには、感極まって涙がこみ上げました。<br />
教習所のマダムとはもう５年のお付き合いになるわけですから、彼女も「ビズをさせて」と言ってくれました。しかし、ビズだけでは足りないくらいの気持ちでしたので、私は「抱きしめさせて下さい」といって、試験を終えたばかりの車の横でギュウと抱きしめました。<br />
本当は試験官のことも抱きしめたいくらいの気持ちだったのですが・・・男性だったし、初対面だったし、さすがに遠慮しておきました（笑）。<br />
<br />
隣人のモネットに報告に行くと・・・「あの、私今朝・・・運転免許を取りました」と言い終る一瞬前に、すでにモネットの顔が迫ってきて見えなくなり、私は彼女の顔のしなだれた肌と熱いビズに埋もれていました。「あぁどんなにあなたのために嬉しいことか！」そして「さぁ乾杯しましょう！」とその場でワインを出してきて注いでくれました。必要に迫られた時、何度彼女が運転してくれたことでしょう。<br />
<br />
毎朝お世話になっている村のスクールバスの運転手さんも祝ってくれました。<br />
お茶に、買い物に、と代わる代わるいつも乗せてくれていた近所の友人たちも。<br />
<br />
ちなみにこの５年の間に、村の少年少女だった３人が次々と楽勝で免許を取り、今では大学生、大学を卒業して働いている者、結婚した者・・・となっているのですから、容赦ない時の流れに置いてきぼりになったような気持ちになったことも何度となくありました。次は息子トトの番・・・その前には何とか！と思ったものです。<br />
<br />
しかし何と言っても一番私の熱いビズを捧げたのは、義父にでした。<br />
必要な時に必要な人が側にいてくれた。<br />
その巡り合わせに、大いなる存在を信じずにはいられません。<br />
もちろん、影ながら支えてくれた義母にも。<br />
<br />
先入観がなければ、もっとごく普通にレッスンを受けて、ごく普通に苦労をして、ごく普通に取れていたかもしれません。でもそうではなかった。<br />
ゼロからの出発ではなく、マイナス1000ぐらいから出発したのですから、ゼロの状態にまでもってくるまでが大変でした。<br />
でも、それを乗り越えた今、大きな自信になっています。<br />
<br />
そしてもし都会に住み続けていたら、車なんて必要なくて、私の中の「タブー」と直面する必要も出てこなかったでしょう。でも、そうするべきだった。それを乗り越える機会を与えてくれたことに、人生の意義・・・「偶然はない」という計らいを感じることができます。<br />
<br />
どんなに「苦手」なことがあっても、人一倍も人百倍も時間がかかるだろうけれど、必ずや身につけることが出来る。それが今回のことを通して学んだことです。<br />
今や、次は大型トラックの運転免許を取ろうか、はたまた、飛行機の操縦をマスターしようか、という気にすらなっているくらいです。（いきなり気がデカくなる）<br />
苦手なことは山ほどあります。恐怖症のタブーもまだ幾つかあります。<br />
でも、「不可能はない。」（まさかナポレオンの国に来たからこんな気になったんではあるまいか）。<br />
これからは、それらから逃げずに、どんどん向き合って挑戦して、克服していきたいと思います。<br />
<b>「できない」と自分で決めてしまうことが（大切な人からの影響であろうとも）どんなに危険で無意味なことか・・・</b> それが、免許だけではなくこの５年かけて私が得た、貴重な<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=703">気づき</a>だからです。<br />
<br />
<br />
教習所に通い始めたときの懐かしい（>私にとっては。忘れていました。）日記です。まだ読む気力のある奇特な方はどうぞ（笑）。<br />
*<A href="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=642711">自動車学校</A><br />
*<A href="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=642718">それぞれのがっこう</A><br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-07-02T18:15+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1291902">
  <title>二ヶ国語夫婦</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1291902</link>
  <description><br />
子供たちがいないある日の、二人だけの昼食。<br />
用事もいろいろあるので、カンタンに済ませようと思い、パソコンのある部屋にいる夫に離れたキッチンから声をかける。<br />
「サーッと食べない？」<br />
ドアの向こうから、彼も同様に声をはりあげる。<br />
「なんデスカ？」<br />
<br />
さらに声を大きくして繰り返す。<br />
「サーッと食べない？」<br />
日本語で言いたい気分だったのだ。日本語で繰り返した。<br />
<br />
「ナニト食べる？」と一部分聞き取れなかったらしい夫の声が響いてきた。<br />
「サーッと食べない？」と、私は前半を強調して辛</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
子供たちがいないある日の、二人だけの昼食。<br />
用事もいろいろあるので、カンタンに済ませようと思い、パソコンのある部屋にいる夫に離れたキッチンから声をかける。<br />
「サーッと食べない？」<br />
ドアの向こうから、彼も同様に声をはりあげる。<br />
「なんデスカ？」<br />
<br />
さらに声を大きくして繰り返す。<br />
「サーッと食べない？」<br />
日本語で言いたい気分だったのだ。日本語で繰り返した。<br />
<br />
「ナニト食べる？」と一部分聞き取れなかったらしい夫の声が響いてきた。<br />
「<B>サーッと</B>食べない？」と、私は前半を強調して辛抱強く繰り返した。<br />
すると<br />
「サーッと、ってナニ？」<br />
<br />
あぁそうか、声が聞き取れなかったんじゃなくて、意味を知らなかったのか。<br />
「<B>パーッと</B>食べない？、ってことよ！」<br />
と言い換えて、私はキッチンから声をはりあげた。<br />
「あぁ、パーッと食べない、か！」廊下を伝って、納得している声が聞こえてきた。<br />
夫はそれで飲み込めたようだ。「オーケー、パーッと食べよう。」<br />
<br />
簡易昼食は、ご飯、野菜炒め、なめこのお味噌汁だ。<br />
夫がキッチンのドアを開けて入ってきた。<br />
入るなり、テーブルの上を見て<br />
「あれっ？パスタはどこ？」と勢いよく聞いてきた。<br />
<br />
「パスタじゃなくて、ご飯なんだけど。パスタが良かった？」と私が言うと、夫は「いやいや、別に。」と言って席につき、一言付け加えた。<br />
「ただ、君がパスタ食べようって、言ったから。」<br />
<br />
「そんなこと言ってないけど。」と即座に返事をしてから、一瞬、つい先ほどキッチンと書斎の間を行き来した会話を、頭の中でリフレインしてみた。<br />
「パーーーーーッと！」<br />
と私は先ほどと同じくらい大声を出したので、夫はフシギそうな顔をした。<br />
<br />
“パーッと食べない？”と言った私のセリフを、夫は「p&acirc;tes食べない？」と理解したのだった。<br />
“パット”（p&acirc;tes）はフランス語でパスタのことなのである。<br />
<br />
<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=40618">二ヶ国語</a><a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=427">夫婦</a>にとって、このくらいの<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=2277">勘違い</a>はかわいい部類に入る。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-12-29T04:43+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1281125">
  <title>大群</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1281125</link>
  <description><br />
このところ、ネットの海に出かけると、ブログ魚の大群に迷い込んで、少しこわくなり、途方に暮れた気分になる。<br />
何万と泳いでいるブログ・・・キラキラしているのや、赤いのや青いのや、小さいのやひらひらしているのや・・・見たこともない突飛なのや、美しいのや、じっとしているのや、チクチクしているのや・・・ゆかいなのや、リンとしているのや・・・それらに取り囲まれて、目を奪われて、キョロキョロとして、追って、まぎれ込んで、一体になったような錯覚を起こし、どんどんどこにいるのかわからなくなる。<br />
このままず</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
このところ、ネットの海に出かけると、ブログ魚の大群に迷い込んで、少しこわくなり、途方に暮れた気分になる。<br />
何万と泳いでいる<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=691">ブログ</a>・・・キラキラしているのや、赤いのや青いのや、小さいのやひらひらしているのや・・・見たこともない突飛なのや、美しいのや、じっとしているのや、チクチクしているのや・・・ゆかいなのや、リンとしているのや・・・それらに取り囲まれて、目を奪われて、キョロキョロとして、追って、まぎれ込んで、一体になったような錯覚を起こし、どんどんどこにいるのかわからなくなる。<br />
このままずっと果てしなく泳いでいって、どこまでもどこまでも泳いでいって、海の底に溺れてしまいそうな気持ちになるのだ。<br />
そう、カラダがとけて、波しぶきとなり、泡の一粒となり、消えていくように。<br />
<br />
足をばたばたさせながら、酸素を吸い、自分に戻る。<br />
私はなんでブログを書いているんだろう？<br />
そんなこと、今まで疑問にすら思わなかったのに。<br />
ただキーを叩いて文を生み出すことが好きで。書かずにはいられないからで。<br />
形にならない想いを造形する私にとっての唯一の手段だからで。<br />
希望があった。信念があった。存在があった。<br />
でも気がつけば、こんなに沢山のブログがある。それでも私のところに来てくれる人がいる？なぜだろう。私は何を書きたいんだろう。<br />
なんで続けているんだろう。<br />
続けていっていいのだろうか。<br />
続けていくんだろうか。<br />
このまま？<br />
<br />
海からあがると、手足にからまった海草のように、疑問がからみつく。<br />
<br />
なぜ、こんなことを、今自分に問うんだろう。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-12-17T08:23+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1265439">
  <title>みんなの味方、室内検査隊</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1265439</link>
  <description><br />
毎週日曜になると、我が家では「室内検査隊」が出動することになっている。<br />
検査隊のメンバーは４名である。<br />
男女半々、平均年齢２１，７５歳。最年少は６歳だ。６歳といえども、立派な隊員である。<br />
室内検査隊では、年齢、性別に関係なく、メンバーの各人が同等の権限を保有している。そのため１人が他のメンバーと意見を異にした場合は、公正な話し合いで結論を出すことになっている。<br />
出動する時間は決められていない。日曜日の就寝前まで、というのが原則であり、それ以前に検査隊の各自の準備が出来次第、揃って出動</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
毎週日曜になると、我が家では「室内検査隊」が出動することになっている。<br />
検査隊のメンバーは４名である。<br />
男女半々、平均年齢２１，７５歳。最年少は６歳だ。６歳といえども、立派な隊員である。<br />
室内検査隊では、年齢、性別に関係なく、メンバーの各人が同等の権限を保有している。そのため１人が他のメンバーと意見を異にした場合は、公正な話し合いで結論を出すことになっている。<br />
出動する時間は決められていない。日曜日の就寝前まで、というのが原則であり、それ以前に検査隊の各自の準備が出来次第、揃って出動となるのである。時間帯が変則的であるからといって、いいかげんなものでは到底ない。<br />
検査の内容は非常に厳正で、クレームをつけられた者は容赦なく罰則を申し渡される。<br />
従って、検査官は検査基準を厳守する精神を持ち、些細なごまかしも見抜く鋭い眼力を持たなければならない。しかし、だからといって、検査官は規則一点張りの了見の狭い者であってはならない。同時に優れた状況判断力と融通性、人間味をも資質として求められているのだ。従って、彼らの度量によって情状酌量、ということもあり得るのである。<br />
『不意打ち』『抜き打ち』がないのは、このためである。「室内検査隊」には温情があり、出動の目的はひとえに「愛と平和と快適さ」をもたらすためであり、罰則を与えて苦しみを増やすためではないからである。<br />
<br />
室内検査隊、出動！の合図が出ると、一同はその時に何をしていようとも手を一旦休止して一階に集まらなければならない。風を切るように、すみやかに階段を上がる。<br />
<br />
第一の検査対象になっているのは、フランソワとクレランの寝室である。<br />
ドアを開けると、最年少とその次に年少の二人の検査官が手分けをして部屋に飛びこんでいく。若さゆえか実に俊敏である。獲物を追うかもしか２匹を連想させる。<br />
もしくは、ご法度の品を隠してある部屋の現場をおさえようとする捜査官が、勘と本能に従って物色するさまはこんな感じかもしれない。<br />
<br />
まずは、フランソワ側のベッドの脇。日ごろ足の踏み場がないほど散乱している新聞や雑誌は跡形もない。たんすからはみ出ている靴下も、のけぞっているセーターも、きちんと閉められた中に収まっている。枕元はいかがか。耳から抜いたままの耳栓だの、古いハンカチ、電池の切れた懐中電灯、時計、はぐれたコインだのが、ネズミの巣かと見まごうものが細々と置かれてあるのだが、日曜にはどこへか姿をひそめている。<br />
<br />
続いてクレラン側。ベッドの脇は普段からあまり問題はない（はずだ）。いつもはどことなく積み上げられた４，５冊の本が、今日は角をそろえて積み上げてある。その上に目覚まし時計が２個、髪留めが1つ。<br />
日曜に最も違っているのは、蛇の抜け殻のように、抜け出たそのままになっている掛け布団が、この日に限ってベッドメーキングされており、朝起きたとたんに用無しとなって無残にも脱ぎ捨てられるバジャマが畳まれていることである。<br />
<br />
残りの年長の二人の検査官は、どことなくバツの悪そうな様子をして、あまり熱心に検査をしていないようだが、若い検査官たちは嬉々として仕事に励んでいるようだ。せわしげにクビをまわして、部屋のあちこちを舐めるように目線で追う。<br />
「これは、なに！」と、最年少が声をあげる。<br />
たんすの上に、チョコレートバーを見つけたのだ。<br />
「寝室で物を食べてはならないはず！」<br />
「パパに違いない。チョコレート好きだもの。」と、その次の年少が推理する。<br />
とたんに検査官のひとりが被告に早変わりだ。<br />
「罪状、寝室に食べ物を持ち込んだ廉で・・・」<br />
「すいません」とフランソワが頭を掻く。「でも封を切ってないから・・・後で片付けようと思ってここに置いてね。」<br />
「ふふん」と、若手検査官は言って少し思案する。<br />
そして部屋をぐるりと見渡すと、「デコレーションのセンスなし。次回までにもうちょっと工夫をしないと、これも減点に加える。本日は情状酌量。」と宣告する。<br />
フランソワは以前、ネズミの巣状態をそのままにして「一週間チョコレート禁止」の罰則をくらったことがある。<br />
クレランもうっかりしていて<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=10742">整理</a>中の冬物の服を山積みにして「３日間、午後５時以降のパソコンの使用禁止令」の達しを受けた。<br />
今日はなんとか合格である。<br />
<br />
安堵のため息がどこからともなく漏れて、一同は次の部屋に向かう。<br />
トトの部屋だ。この日のために、金曜から意識して少しづつ片し始めていた彼のことだけあって、床も掃除機がかけられてスッキリした印象を与える。ぬいぐるみ1つ落ちていない。<br />
おもちゃはきちんと並んでいる。掛け布団はベッドの両脇に折り込まれて、ホテルのベッドメーキングを見習った努力が伺われる。<br />
若手検査官たちは、今度も素早く部屋に入るが、それからの態度は先ほどとは異なっている。<br />
二人の年長検査官がゆっくりと部屋に足を踏み入れ、ぐるりと全体を見渡す、その眼差しを追うのである。しでかしたヘマがないかどうかと、心持ち心配しているようである。<br />
「ふむ、ふむ、なーるほど・・・」<br />
と男の検査官は渋いトーンで言うと、棚にならんでいる無数のトトの「宝」が、どう見ても彼にはゴミにしか見えないことに対する評価を下しかねている。<br />
「きれいに整頓できたじゃない。」と女の検査官は満足げであるが。<br />
<br />
トトとナナの部屋は繋がっている。そのままナナの部屋に足を伸ばす。<br />
これは<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=2244">部屋</a>というよりも動物園と呼んだ方がふさわしい。それともジャングルというべきだろうか。<br />
動物好きの彼女なので、その手の人形、プレイモビル、ぬいぐるみが狭い部屋で、ウォーウォーヒヒーンとひしめいているわけである。枕元、ベッドの上、床のいたるところに。<br />
たんすの上にはナナのデッサンだの、クレヨン、ネックレス、魔法のバトン、お姫様のかんむり、お菓子のおまけ・・・がバラバラに互いに重なり合っている。<br />
ベッドの下からは、バービー人形の脚が見える。<br />
「なんだかねぇ。」と今度は女の検査官が渋い声を出した。<br />
「満点とはかなり言いがたいな。」と男の検査官も同意する。<br />
救いはというと、クローゼットがぴったりと閉められているということ。（おそらくその中で、洋服がとぐろを巻いているのだろうが・・・。）<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=6941">掃除機</a>がかけられているということ。<br />
もう一つは、動物達がそれぞれきちんと定位置についている、ということだ。<br />
いや、どこが定位置かって言われてもわからないのだが。それらしい場所について、立っているということは感じられる。ナナがこの日のために片付けたのは動物だけ、ということは明らかである。それ以外のものは彼女の眼中にあまりない、ということなのだろう。年齢を考慮して、よしとすることにする。<br />
「多少の努力は認める。次回はもう少しなんとかするように。」と検査官は警告した。<br />
「では結論。今日の検査報告はどうしようかな？罰則なし？」<br />
４人の厳正なる検査官は声を揃える。「なし！」<br />
任務を無事終了した検査隊の顔に満足の笑みが広がる。<br />
<br />
子供たちに罰が下ったことはまだ一度もない。<br />
月曜から木曜の間に足の踏み場がなくなってしまっても、金曜の夜になると何も言わなくても片付け始めるのである。もちろん、検査隊員としての自覚がそうさせるのである。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-11-29T23:10+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1242734">
  <title>マスカラ</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1242734</link>
  <description>マスカラを塗る私を見ながら、ナナが「あたしにも塗って。」とねだった。<br />
同年代の女の子たちがキラキラと華やかにオシャレをして喜んでいるというのに、兄のようになりたくて、男の子になりたくて、お化粧も人形もドレスも見向きもしなかった彼女が、最近は自らネックレスを首にかけ、リップを塗ってみたりするようになった。加えてマスカラに興味を示すようになったのだから、去年と比べても随分変わったものだ。<br />
<br />
「あなたは睫毛が長いから、塗る必要ないわよ。」と私は言ったけれど、見上げる眼はすでに夢見るようにはためい</description>
  <content:encoded><![CDATA[マスカラを塗る私を見ながら、ナナが「あたしにも塗って。」とねだった。<br />
同年代の女の子たちがキラキラと華やかにオシャレをして喜んでいるというのに、兄のようになりたくて、男の子になりたくて、お化粧も人形もドレスも見向きもしなかった彼女が、最近は自らネックレスを首にかけ、リップを塗ってみたりするようになった。加えて<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=7031">マスカラ</a>に興味を示すようになったのだから、去年と比べても随分変わったものだ。<br />
<br />
「あなたは睫毛が長いから、塗る必要ないわよ。」と私は言ったけれど、見上げる眼はすでに夢見るようにはためいている。それを付けたら大変身してお姫様になれる魔法がかかる、と思っているのだ。<br />
睫毛のほんの先に、少しだけ塗る振りをしてつけてあげた。<br />
「だけどね、これを付けたら泣いちゃだめなのよ。」<br />
兄とケンカしてウワーンと泣いたり、むくれて涙をこぼす彼女の姿を予想して、私は釘を刺した。<br />
泣いたら、マスカラが落ちて真っ黒になってしまうからね。<br />
「いい、女は泣いちゃだめなのよ。」<br />
世間では男は泣いちゃいけないと言うだろうが・・・女だって実は泣けない理由があるのである。<br />
私は女としての先輩としての威厳を持って、娘に言い聞かせた。<br />
<br />
私たちはホテルの部屋にいた。<br />
それから荷物をまとめると、駅に向かった。<br />
乗るべき電車を見つけると、座席に荷物を置いて、もういちど車両の外に出た。<br />
３年ぶりに孫に会いにフランスに来た私の母に、別れを言う時が来たのだ。<br />
楽しいバカンスをありがとう。良い娘に育ってくれてありがとう。。。<br />
こんなに至らない娘に意外な礼を言われて動揺した。<br />
またいつ会えるかわからない、別れ際の母親としてのせめてもの餞だろうか。<br />
こちらこそ、ありがとう。皆で会えてよかった、元気でね。。。<br />
ぎゅっと抱きしめあうと、体のどこかにあるらしい涙を出す蛇口をひねってしまったようだった。<br />
目がにじんで、頬が濡れた。<br />
<br />
どうして泣くの？と３年前に尋ねたトトは、今度は尋ねなかったのが成長した証拠だった。<br />
その代わり、ナナが同じ質問をした。<br />
「だって、ママのママなのよ。」<br />
「そりゃ、わかってるわよ。ママのママだってことぐらい。」とナナは大人ぶった口調で言い返したけれど、それと泣くことの相関関係がわからない、とは彼女のプライドが許さないので口をつぐんだ。<br />
<br />
ふと隣を見ると鏡に映った自分らしき者がいた。<br />
らしき、と思ったのは、見覚えのない物が顔にくっついているからだった。<br />
片方の目の下がべっとりと真っ黒に染まっているではないか。<br />
「ハッ、いけない！泣いちゃいけないんだった！」と言うと、 母がそれを受けて、<br />
「そうよ、それを付けた日は泣いちゃいけないのよ。」と微笑んで言った。<br />
暗黙の暗号だったのに。<br />
<br />
車内の席に戻ると、子供たち用に山ほど持ってきたティッシュを取り出し、思い切り鼻をかんだ。<br />
「あーあ、ママッたら、泣いちゃって。」<br />
とナナはしょうがないわねぇ、と言わんばかりの口調で言って、横目で私を眺めた。<br />
「ぼくだって、悲しいよ。」とトトがフォローした。<br />
<br />
滅多に塗らないマスカラを、この日に限ってふんだんに施したのは、どこかで意識的にしたのかもしれない。<br />
そう、泣いてはいけない日、とわかっていたからこそ。<br />
いい、女はね・・・そう言って朝、潔い覚悟をしなければ、マスカラなんて塗ってられないもの。<br />
それなのに覚悟が甘かった。<br />
まだまだ、女としての根性がヤワだ、と思い知らされたのであった。<br />
修行が足りないわ。と、私はひとりごちた。<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-11-06T19:18+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1110528">
  <title>気持ちはわかる</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1110528</link>
  <description><br />
<br />
夫の誕生日。都合があって子供たちは義父母のところだし、私も立て込んでいるので、誕生パーティもプレゼントをあげるのも延期。でも、仕事中の夫のパソコンにemailカードを送った。<br />
ほどなくして、夫から返事のメール。<br />
<br />
珍しく努力して、ローマ字書きの日本語だ。よほどうれしかったのだろう。<br />
<br />
「ありがとお・・・<br />
<br />
<br />
ほんとに・・・<br />
<br />
<br />
いつも　<br />
<br />
<br />
ぼくぅのこと　<br />
<br />
<br />
よく　<br />
<br />
<br />
かんがえて　<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
くれまっせ・・・・・」<br />
<br />
<br />
<br />
一体い</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
<br />
夫の<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=378">誕生日</a>。都合があって子供たちは義父母のところだし、私も立て込んでいるので、誕生パーティもプレゼントをあげるのも延期。でも、仕事中の夫のパソコンにemailカードを送った。<br />
ほどなくして、夫から返事のメール。<br />
<br />
珍しく努力して、ローマ字書きの日本語だ。よほどうれしかったのだろう。<br />
<br />
「ありがとお・・・<br />
<br />
<br />
ほんとに・・・<br />
<br />
<br />
いつも　<br />
<br />
<br />
ぼくぅのこと　<br />
<br />
<br />
よく　<br />
<br />
<br />
かんがえて　<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
くれまっせ・・・・・」<br />
<br />
<br />
<br />
一体いつからあの人は大阪人になったんだろう・・・・・・。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-07-08T00:59+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1080873">
  <title>ランチは誰と</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1080873</link>
  <description><br />
「明日、お弁当は？」と聞いた私に、夫は「・・・いや、いらない・・・一緒に食べる人がいるから・・・」と答えた。答えを聞いたとき夫の顔は見ていなかったが、口調にいつもと違う音が混じっているのに気がついて、ハッと顔を見た。<br />
<br />
フランスでは職場でも学校でも、『お弁当を持っていく』という観念がない。<br />
食堂か、カフェテリアかレストランでランチメニューを、もしくはサンドイッチを買って食べるのがふつうだ。<br />
夫がお弁当を持っていくようになって、もう何年になるのだろうか、記憶も遡ってすぐには思い出せない</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
「明日、お弁当は？」と聞いた私に、夫は「・・・いや、いらない・・・一緒に食べる人がいるから・・・」と答えた。答えを聞いたとき夫の顔は見ていなかったが、口調にいつもと違う音が混じっているのに気がついて、ハッと顔を見た。<br />
<br />
フランスでは職場でも学校でも、『お弁当を持っていく』という観念がない。<br />
食堂か、カフェテリアかレストランでランチメニューを、もしくはサンドイッチを買って食べるのがふつうだ。<br />
夫がお弁当を持っていくようになって、もう何年になるのだろうか、記憶も遡ってすぐには思い出せない。<br />
昼食を取る時間がないので、ドライブインでハンバーガーを買い、運転しながら片手で食べるのが何ヶ月も続いた後、異常に太りだしたせいで体調がおかしくなってしまったのがそもそものきっかけだった。<br />
母に頼んで日本から特大の魔法瓶製ランチジャー（<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=7706">お弁当箱</a>）を贈ってもらい、毎朝肩から提げて出かけていく。<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=1099">お弁当</a>を食べるようになって一年で、体重も体調も元に戻った。以来、今でも活躍している丈夫なランチジャーには本当に感謝。<br />
健康に良くて経済的なお弁当習慣は、日本の偉大なる文化だと思う。<br />
<br />
「お弁当」というものを見たこともない同僚のフランス人は、夫の広げる昼食を覗き込んでは感嘆するらしい。スバラシイ、こんな奇特な女性がいるのか、ウラヤマシイ、などと過分な賛辞（勘違いとも言う）に囲まれて食べてくるらしい。夕飯の残りを詰めただけでもそうなのだから、「本物の」日本人妻のお弁当というものを見たら、オペラか歌舞伎を鑑賞するときのように拍手をすることだろう。<br />
幸い、そんな見本もライバルもいないので、大した料理を出さなくても客で満員の、地域に一軒しかない「自称」日本食レストランみたいなものだ。実に気楽な弁当作りが続いている。<br />
<br />
それで夕飯時は翌日のお弁当のことも案に入れるのが習慣になっている。<br />
「明日、お弁当は？」と聞くのも定刻の条件反射のようなものである。<br />
それに対して夫は、晩ご飯のリラックス時にいつも一瞬考え込んで、閉じていたスケジュール手帳をよっこらせと頭の中でめくりながら、翌日の予定を思い起こさなければならない。<br />
明日は会議があるから誰それと食べる、明日は誰それが来るのでどこかに連れて行く、明日は誰それに招待されているから・・・、と持っていかない日は尋ねているわけではなくても必ず食べる相手が誰なのかも言うのが夫の常だ。<br />
それが、今日は違った。<br />
おまけに、なんとなく愉快そうな口調なのだ。<br />
<br />
「誰と食べるの？」思わず顔を見て聞いてみた。<br />
「よく知っているヤツなんだけど・・・滅多に一緒に昼食を食べることがないから、じゃぁたまには二人でランチをってことになってね。」　あろうことか、答える口元に恥じらんだような笑みが浮かんでいる。<br />
ますます、まじまじと夫の顔を見つめる私に、夫はもう少し説明をしなくてはいけないと思ったらしく、付け加えた。<br />
「あれ、話したことなかったかな？アジア人なんだよ、彼女。」<br />
彼女？女なのね。アジア人？以前アジア人の同僚がいたけれど、今はもういないはずだ。<br />
会った人、会ったことの話は洗いざらい私に話さずにはいられない人だから、仕事関係の人の話はほとんど聞いていると思う。その中のリストにアジア人の女性は現在いなかった。<br />
話したことなかったかな？・・・なんて白々しい言い方だ。いたらとっくに話していたに決まっているではないか。<br />
「会わせたこともなかった？」　じっと私の顔を見つめて思い出すように言う。「あぁ、なかったのかもしれないな。。。」<br />
「聞いてないわ。誰？どんな人？」<br />
夫の様子がヘンなので、さらに突っ込んで聞かずにはいられない。<br />
「そうだな〜、背はキミくらいの高さで・・・・・髪は濃い茶色、いや黒と言ったほうがいいかな・・・・・。」<br />
ニヤニヤしながら言うのが、なんだか面白くない。<br />
昼食を取る相手に嬉しそうなのが珍しいだけに、なんだかシャクだ。<br />
しかも、どういう仕事相手なのか、アジアのどこの国なのか、どういう人なのか、ハッキリ言わずにじらしているのも、いやらしい。<br />
ナゾのアジア女性・・・・・。<br />
<br />
<br />
夫のヒントが重い私の頭の中でごろんごろんと一巡して、抽選くじの色つき玉のように、コロンと落ちた。<br />
私はブーッと吹き出した。<br />
土曜に仕事をした振り替えで、明日は夫は休みを取って家にいるのだ。<br />
一緒にランチをする相手は、私だった。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-06-12T18:58+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1058033">
  <title>恋という必然</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1058033</link>
  <description>Ａちゃん、お手紙ありがとう。<br />
<br />
紙に書かれたものっていいもんだなぁ、としみじみ思いながら、何度もシンプルな厚手の便箋を繰って読みかえしました。繰る音もパラリ、パラリと、ひとりの部屋に響いて、とても心地良く、時間の流れ方まで違っていました。<br />
それなのに私ときたらパソコンでしか書かなくなってしまって・・・手書きの超筆不精な自分を反省しました。<br />
<br />
気持ちが刻一刻と変わっている、と書いてあった手紙を受取った日からもまた時間が経っているので、Ａちゃんの気持ちはその後どう変わっているのかしら。男と</description>
  <content:encoded><![CDATA[Ａちゃん、お手紙ありがとう。<br />
<br />
紙に書かれたものっていいもんだなぁ、としみじみ思いながら、何度もシンプルな厚手の便箋を繰って読みかえしました。繰る音もパラリ、パラリと、ひとりの部屋に響いて、とても心地良く、時間の流れ方まで違っていました。<br />
それなのに私ときたらパソコンでしか書かなくなってしまって・・・手書きの超筆不精な自分を反省しました。<br />
<br />
気持ちが刻一刻と変わっている、と書いてあった手紙を受取った日からもまた時間が経っているので、Ａちゃんの気持ちはその後どう変わっているのかしら。男と女って、むずかしいね。<br />
手紙に書かれていたことは、「結婚」には避けて通れない課題なんじゃないかな、と思う。（「<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=1170">結婚</a>」というコトバを使っているけれど、Ａちゃんの言う通り「同居、同棲、パクス」でも同じことだと思うよ。ちゃんとした結婚式を挙げていない私には、結婚と同居の区別があまりないし、区別をすることにこだわりがないだけなのよ。）<br />
<br />
生活を共にしながら得ていく相手への情愛とひきかえに、刺激的な激しい恋愛感情を手放して、初めて安定と落ち着きがやってくる。<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=278">恋愛</a>と結婚は、相手に対する好意は「愛」であっても、その性質はシュガーとソルトのようにまったく違うものなのね。でも私達はその両方を欲しているから、一方が居座り始めると、もう一方がそわそわし出すのよ。<br />
<br />
Ａちゃんも言っている通り、相手がその人じゃなくてもよかったんだと思う。人じゃなくて物事でもよかったんだと思う。<br />
率直に言って、Ａちゃんがその人とこれからの人生を始めていくとは思わない。<br />
ただ「対象」が必要だったんだと思う。<br />
今、その人を通して「ときめき」がやってきた。<br />
「ときめき」って「目覚め」だと思うの。　<br />
「恋」って「翼」だと私は思うんだ。そしてその翼をつけて「扉」を開くの。長いこと自分の中で眠っていたものが目覚めて、翼をつけて飛び始めるの。あんなに飛翔させてくれるものも、そうはないよね。<br />
そして閉じていた扉をするりと開けて生き始めるの。そうすると、もう目覚める以前の自分ではなくなっている。二度と戻らなくなっている。<br />
恋って、眠っていた自分を呼び起こして、新たな生をくれるものだと思う。<br />
<br />
だけど、しようと思ってできるもんじゃないよね。そういう相手が、ポンといてくれたから、落ちてしまうんだけど、その「ポン」てやっぱりただの偶然じゃなくて必然なんだよね。<br />
<br />
きっとＡちゃんも今、何かが目覚めたんだよ。それは起きたくて仕方がなかったことだったんだよ。<br />
<br />
その目覚めたものがどういう意味を持っているのかは、Ａちゃんにしかわからないことだと思うけど。それを手にとってじっくり見てあげたら、と思うわ。また眠らせるわけにはいかないんだから。<br />
<br />
そこで見えたものが、また旦那さんとの関係なり、仕事なり、自分の人生なりにプラスになっていくんだと思うわ。<br />
<br />
それでは母娘の楽しい旅行を！<br />
そこでもまたいろんな出会いがあることでしょうね。<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-05-26T17:44+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1027507">
  <title>失恋して良かった日</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1027507</link>
  <description><br />
雨続きのオーヴェルニュを抜け出して、脳ミソがカラカラの日干しになるくらいスペインのカラリとした太陽に漬かって来た。そしてバレンシアオレンジみたいにジューシーな気分で戻ってきたら、前々から心待ちにしていた仕事がキャンセルになったという知らせが待っていて、一気にしぼんでシワシワのオレンジみたいになってしまったところ。<br />
<br />
きっと、なくなって良かったものなのかもしれない。能力とタイミングが今はまだ合わないのかもしれないし、条件がよくなかったのかもしれない。縁がなかったことのポジティブな意味を言い</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
雨続きのオーヴェルニュを抜け出して、脳ミソがカラカラの日干しになるくらいスペインのカラリとした太陽に漬かって来た。そしてバレンシアオレンジみたいにジューシーな気分で戻ってきたら、前々から心待ちにしていた仕事がキャンセルになったという知らせが待っていて、一気にしぼんでシワシワのオレンジみたいになってしまったところ。<br />
<br />
きっと、なくなって良かったものなのかもしれない。能力とタイミングが今はまだ合わないのかもしれないし、条件がよくなかったのかもしれない。縁がなかったことのポジティブな意味を言い聞かせてみても、長いことずっと心の隅で支えになっていたものが急に泡のように音も立てずに消えてしまうと、構築していた未来や自分までもなくなってしまった気持ちになる。あまりに長いことそれとともに息をしてきたので、自分の一部と化しているのだ。<br />
ちょっとだけ、両想いになると想像していた淡い<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=8186">片想い</a>に失恋してしまった気分だ。<br />
どこかで成就しないでホッとしている自分がいるのも、こうなるのではないかと感じていた自分がいるのも、似ている。<br />
本当に相手が欲しかったというよりも、恋している状況が心の張りになっている、その状況を手放すことへの落胆なのだ。<br />
<br />
「失恋して良かった、って思える日が必ず来るのよね。」<br />
と<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=6199">失恋</a>した別の友人の話をしていて言った友だちの言葉を聞いたのは、まだ恋愛と言うものもよくわからない２０代の始めだったっけ。<br />
それから何度、その言葉の信憑性を実感したことだろう。<br />
新しい恋をするたびに、あぁ失恋して良かった！と心底思ったものだ。<br />
そうでなければこの人に出会えなかった。<br />
すべてに意味があるんだ、と。<br />
<br />
今度もまた、そんな日が来ることを願って。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-05-02T17:59+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1012348">
  <title>人生の周期</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1012348</link>
  <description>物を大々的に整理整頓したくなる、というのは、気持ちや頭の中の切り替え時期が来ているというお知らせで、その後の生活の変化をも予兆しているのだろう。<br />
新しい物事の訪れを受け入れる体勢を整える、という前触れなのかもしれない。<br />
<br />
ここまで来たから今までを振り返って思うことがあるのだが、人生には規則的なリズムというか周期があって、私の場合９という数字で周期が変わってきたな、と思う。<br />
占いとか何かで見たというのではなく、単純に素直に、生まれてからの自分の人生を今日まで振り返って今になって気がついたこ</description>
  <content:encoded><![CDATA[物を大々的に<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=10560">整理整頓</a>したくなる、というのは、気持ちや頭の中の切り替え時期が来ているというお知らせで、その後の生活の変化をも予兆しているのだろう。<br />
新しい物事の訪れを受け入れる体勢を整える、という前触れなのかもしれない。<br />
<br />
ここまで来たから今までを振り返って思うことがあるのだが、人生には規則的なリズムというか周期があって、私の場合９という数字で周期が変わってきたな、と思う。<br />
占いとか何かで見たというのではなく、単純に素直に、生まれてからの自分の人生を今日まで振り返って今になって気がついたことである。<br />
０−９歳、９−１９歳、１９−２９歳、２９−３９歳・・・<br />
流れを眺めてみると、９のつく年齢の時から、その後の１０年間を迎える兆しが訪れていてスタートになっている気がする。それぞれの１０年の時期にはテーマがあって、それを達して（かどうかは神のみぞ知るだが、少なくともそのテーマにどっぷり浸って）次の時期に移っているようだ。<br />
１０年ごとの自分の人生のテーマに自分でわかりやすいようにタイトルをつけてみると、「創造、怖れ」「リハビリ、開放」「模索、冒険」「固定、築き」という感じだろうか。（仮タイトルですが。）もっと詳しく考えたら、より具体的で意味深いタイトルがつけられるかもしれない。<br />
これに気がついたのは、体の中から何かを抜け出るような予感めいたものを感じたからだ。おそらくまた別のテーマへ移っていくのではないか・・・という感覚だ。<br />
これは主観的なものなので、他の方は１０年周期ではなくて５年周期かもしれないし、６という歳のときに始まるのかもしれない。またそんな周期は存在しないのかもしれない。私が自分に関して感じたことだから。<br />
<br />
そう考えると今後１０年がどこに向かっているのか。楽しみだ。<br />
現在、身軽になりたい症にかかり、整理整頓に励んでいるのも、そういった予兆なのかなと思う。<br />
と、ここまで書いて思い出したが、今までに所有物が根こそぎなくなった経験が２度ある。２度とも自分では整理できないのを見かねて、神様がして下さったのかなとも思うくらい、状況的に有無を言わさず家財道具「根こそぎ」なくなってしまった。<br />
あれも思えば人生が変わっていくサインだったな、と思う。<br />
でも、あんなにゴッソリ消えてしまったのに、失くなって後悔したものがない。惜しかったな、と思うものはあるけれど、それだけだ。悲嘆に暮れはしない。思い出の中で生きているので十分なのだ。<br />
なぜってまた今、処分に困るくらいの荷物を抱えているのだから。<br />
そして本当に失くして困るものは、失くならないのだ。必要なものは、必ず手元に残る。<br />
<br />
自分以外の力が働いて物が処分される場合は別として、自分で物を取捨選択する作業は、すなわち気持ちを取捨選択していく作業なので、それを続けているうちに、物だけでなく感情や頭の中にこびりついていた考え方も、同時に点検することになる。<br />
物を片付けて「スッキリした」感覚を身につけられるようになると、そのスッキリ感に照らし合わせて、今度は気持ちの上での「うっとうしい感じ」「重たい感じ」「雑然とした感じ」に敏感になる。<br />
大きな悩みは別として、普段はあるとも意識もしていない細かな“想い”の塵やホコリのことだ。<br />
それらが気がつかないうちに、うっすらとココロに積もっているのだ。<br />
それらのホコリも取り払ってしまうことにした。<br />
サッサとはたいてしまうか配置換えを行うことで実は簡単に取れてしまうのだが、ホコリをかぶっていることすら気がつかないものが多いので、取ろうとも思いつかないのだ。<br />
<br />
例えば、やらなくては・・・と気になっていながら手につかないでいるやりかけの仕事。この数を小さなものから数えていくだけでアルバイトを雇わなければならないくらいのひと仕事ができる。<br />
忘れているようでも、心のどこかにひっかかっていて、それをやらない（出来ない）自分にどこかでいつもプレッシャーをかけている。「<u>やらなければ・・・</u>」これがチリ。<br />
<br />
このチリに埋もれて、本当にやりたいことの時間が取れない。とりあえず「いつか、今度、次回、明日」という言葉で眠らせてしまうけれど、チリの下では「<u>いつか</u>」が覚醒している。これがホコリ。<br />
<br />
そして、掃除機のホース部分に詰まってしまったホコリ玉、それは「<u>ねばならない</u>。」<br />
<br />
それが実感でわかったのは、つい最近のことだった。<br />
つまらない例で申し訳ないのだが、私は夜に家の後片付けをしてからでないと、心地よく眠れない習慣があった。洗い物やテーブルの上に物を残して眠ることが出来ない（それはごく普通の感覚なのかもしれないが。笑）。翌朝、キレイなキッチンに入りたいためだ。昨夜からの洗い物が1つでも残っているというのが許せなかったのだ。ソファや居間に散らばったぬいぐるみやおもちゃもしかり。朝になってやりたくないのだ。<br />
子供達を寝かしつけて、帰宅した夫が食事を終え会話をしていると夜１０時にはなる。<br />
ちょうど眠かったり、頭や体が疲れているので、気晴らしに意味もないパソコンをしたり、意味もなくボーッとする。そして元気が出たところで、片付けの腰を上げる。そんなことをしていると皆が寝静まった夜11時ごろから片付けを始めることも多かった。<br />
夫のお弁当も夜の間に用意する。朝食の食器のセットも前夜にする。そうしている間に眠たいタイミングを逃してしまうので、洗濯をしたり、体操をしたり、だらだらとまた他の事をした後でベッドに就く。体が疲れているので能率はよくないし、次の日の朝は眠い。<br />
でも私の考え方としては、「朝は苦手で起きられないから、夜のうちに片付けたい」というものだった。「夜片付けないと、私には朝は出来ない」という思い込みがあったので、「夜のうちに片付けなければならない。」と思っていたのだ。発端はその考え方から来ていたのだ。<br />
なにしろ、早起きなんて生まれてこの方、地獄のような苦しみを伴わずして出来たことがない。<br />
それは習慣よ、と何度も言われたが、早寝早起きの国中国に留学しても、値切ることと砂漠やドアのないトイレでオシッコをすることは出来るようになっても、それだけは身につかなかった。朝5時には人民公園で気功や太極拳をする人出が、豆工場の豆のようにひしめいていたが、1度か2度その姿を拝んで終わってしまった。早い時間の朝食は一日中具合悪くなってしまうし、朝の授業も出勤も幽霊状態だった。<br />
<br />
<br />
それが変わったのは、つい先月日本から戻ってきてからだ。<br />
時差ぼけの体は、朝４時か５時に覚めてしまう。その代わり、夜は１０時にはもう電源は自動オフになってしまう。<br />
２，３日の間、私は洗い物も片付けも、朝食の用意もほったらかしてベッドに倒れこんだ。<br />
すると。どうだろう。<br />
朝のほうが片付けをする時間がずっと短い。疲れていないので、あっという間に出来てしまうのだ。出かける時間までに間に合わせよう、という緊張感もあるのだろう。夜は無制限に長いような気がしているので、０時を回ろうが午前１時になろうが構わない、という気持ちがどこかにあるから。<br />
早寝をしたので昨夜の疲れもたまっていない。体の調子も気分もよい。静かで本も読める。他にもいろんなことが能率よく出来る。<br />
この心地よさといったら。快楽を記憶する脳がこの爽快感に目覚めてしまった。<br />
体が変わったのだ。<br />
そして生活も変わった。<br />
<br />
そうなると、「夜の間に片付けなければ」という義務感が、気がつかないうちにココロにもカラダにも自分にとって負担をかけていたんだな、と気がついた。<br />
「夜片付けなければストレスになる。」と思い込んでいたのだが、そう思うこと自体がストレス、<br />
「夜、疲れているときに無理に片付けることがストレスになっている。」<br />
ことに気づかないでいたのだ。疲れていたら素直に寝てしまえばよいのだ。<br />
そしてその分朝早く・・・起きれなかったらどうするって？それはその時のこと。ドンマイドンマイ（笑）。<br />
<br />
その義務感は「朝私は起きられないから」という思い込みから来ていた。<br />
ほんの些細なことだけれど、偶然にもこのホコリ玉をホースから抜き取った私は、スッキリ！として暮らせるようになった。<br />
<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=10851">朝型</a>の私の誕生なんて、前代未聞、摩訶不思議、奇奇怪怪。<br />
これも今後１０年の始まりだろうか？<br />
<br />
枝葉末節に思えるけれど、実はこういう思い込みや義務感は思考の至る所にはびこっているゴミで、掃除が必要なのだ。<br />
物も、考え方も、体も、整理整頓テスト中の今である。<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-20T17:05+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1001970">
  <title>捨てる快楽</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=1001970</link>
  <description>日本から戻ってきて、夢中になってやっていることがある。<br />
「捨てる」ことだ。<br />
ちょうど季節はタイミングよく春。日本の大掃除は大晦日前に行うが、こちらでは春にするもの。<br />
それもやってみると道理だとわかる。長―い冬が明けかけて、軽快な光がちらちらと重たい雲を通り抜けて差し込んでくるようになると、一気に窓を開けたくなる。<br />
日本では新学期や新年度でなにかと忙しいが、そういう切り替え時期でもなく、ただ春の訪れをトンネルから抜け出たように楽しめるのだ。<br />
頃はイースターでキリストが復活したのだから、生</description>
  <content:encoded><![CDATA[日本から戻ってきて、夢中になってやっていることがある。<br />
「捨てる」ことだ。<br />
ちょうど季節はタイミングよく春。日本の大掃除は大晦日前に行うが、こちらでは春にするもの。<br />
それもやってみると道理だとわかる。長―い冬が明けかけて、軽快な光がちらちらと重たい雲を通り抜けて差し込んでくるようになると、一気に窓を開けたくなる。<br />
日本では新学期や新年度でなにかと忙しいが、そういう切り替え時期でもなく、ただ春の訪れをトンネルから抜け出たように楽しめるのだ。<br />
頃はイースターでキリストが復活したのだから、生まれ変わりのめでたい兆しはここにもある。<br />
小鳥のさえずりもトーンが高くなり、そのリズムに乗って、籠りきっていた家の中のほこりを外に叩き出してしまいたくなるのだ。<br />
<br />
それと同時に旅行というものは、気分を一新してくれる。ましてや久々の帰国となれば。<br />
家の中だけでなく、私の心にも、頭の中にも、いつのまにか積もり積もったホコリだの塵だの、油汚れだのを全部きれいさっぱり払いたくなってきた。<br />
そんな時、この２冊の本との出会いは、一万ワットの吸引力を持つ掃除機をドンとプレゼントしてもらったように、力強い味方となった。<br />
<br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094180311/qid=1113294795/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/249-8590126-1914740">『ガラクタ捨てれば自分が見える』 </a><br />
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4837918840/ref=pd_sim_dp_1/249-8590126-1914740">『「捨てる!」快適生活』</a><br />
『ガラクタ…』は読み進めてまもなく、魔法がかかってくる。捨てたくて捨てたくてたまらなくなってくる魔法だ。もうとまらない。見渡せばすべてがガラクタに見えてくる。<br />
愛着だと思っていた過去さえも、単なる執着に思えてくる。あちらこちらに澱んだ気がお化けになってウロウロしているのが見えてくる。読みやすくて不思議な本だ。<br />
『捨てる！…』の方は、物を増やせばそれだけゴミが増える→環境に悪い→いかに物を少なくし、無駄なものを買わなくすることが、環境に貢献する暮らしであるか、そうするためにはどうすればよいか、ということをわかりやすく理論的に訴えている本。<br />
<br />
それに加えてマルティンヌの急逝が、私の掃除機の吸引力をさらに上げた。<br />
３週間で逝ってしまうとしたら、私にとって大切なものって何だろう？<br />
何を残したいだろう？<br />
私がいなくなった後で、夫や子供がガラクタ荷物の整理をしたとしたら、どんな思いをするだろう？<br />
そう考えると、上の２冊を読んでもまだ捨てられなかったものですら、あっけなくお払い箱にすることが出来るようになった。<br />
物の取捨選択は気持ちの取捨選択なのだ。<br />
本当に必要なもの、取っておきたいものって、なに。<br />
それを見つけるまでに、ガラクタの山を延々と片付けなければならない暮らしをしていたんだ、ということに気づく。<br />
<br />
しかし捨て続けたこの後、致命的な課題が私には残る。<br />
つける薬のない、天然痴呆症ということだ。<br />
物を捨てる。きちんと整理する。分類して仕舞う。ここまでは良いとしても、その後仕舞ったことすら忘れてしまい、そのものを持っているということすら、忘却というゴミ箱の中へ捨ててしまうのだ。<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=10560">整理整頓</a>というのは、必要な時に「あれはあそこに仕舞ってある」ということを思い出せてこそ、意味を持つというのに。<br />
かくして引き出しや箪笥の中で、物は再び化石と化し１００年の眠りにつくことになってしまう、という繰り返し。<br />
私のような人間はそもそも、目に見える範囲でしか物を持つべきではないのかもしれない。<br />
根気のいる春の掃除は、まだまだ終わりそうもない・・・夏までか、それとも次の春までかかるか。<br />
<br />
<br />
人は死に方を選べないというが、やはりその人の性格や何かと共通するものがあるのではないかな・・・と私は感じている。<br />
だとしたら、私はきっとアルツハイマーに違いない。<br />
だからこそ、意識のまだマシな今のうちから、せっせと捨てて、周りを驚かせるようなヘンなもの（ってナーニ？って聞かないでン。）は残さないようにしなくては、と思うこの頃である。<br />
それに、あの世にまで物は持っていけないとはよく言ったものだが、本当にその通りなのだ。<br />
生きているうちに化石や屍と暮らすのではなく、息づいたものたちと身軽にシンプルに暮らしたいものだから。<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-12T19:55+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=997367">
  <title>お葬式</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=997367</link>
  <description>今日はローマ法王ヨハネ・パウロ2世のお葬式だったが、月曜日はマルティンヌのお葬式だった。<br />
教会の前の満開の桜が、凛とした青空に映えていた。<br />
村の中心とはいえ、この場所でこんなに沢山の人を見たことがない。<br />
人だかりは教会の中に到底入りきれる数ではなく、扉の前から大きな円を描くように遠くまで広がっていた。<br />
それなのに、人ひとりいないかのように、静寂が漂っていた。<br />
時折、鼻をかむ音がする。<br />
砂利の足音がする。<br />
それもまたすぐに静かな風にかき消されてしまうのだった。<br />
<br />
風は桜の花びらを</description>
  <content:encoded><![CDATA[今日はローマ法王ヨハネ・パウロ2世のお葬式だったが、月曜日はマルティンヌのお葬式だった。<br />
<a href="http://www.geocities.jp/clerancleran/photo3.html">教会の前の満開の桜が</a>、凛とした青空に映えていた。<br />
村の中心とはいえ、この場所でこんなに沢山の人を見たことがない。<br />
人だかりは教会の中に到底入りきれる数ではなく、扉の前から大きな円を描くように遠くまで広がっていた。<br />
それなのに、人ひとりいないかのように、静寂が漂っていた。<br />
時折、鼻をかむ音がする。<br />
砂利の足音がする。<br />
それもまたすぐに静かな風にかき消されてしまうのだった。<br />
<br />
風は桜の花びらを揺すって、哀悼に沈む弔問客の髪に、一枚、二枚とピンク色を落とした。<br />
空が雨の代わりに泣いた滴のようにも見えたし、悲しみを癒す天使の愛撫のようにも見えた。<br />
棺が到着した後、空気は一気に重苦しくなり、すすり泣きともどよめきともつかない声で乱れた。行列ともつかない人の波は棺の後に続いて、教会の中に進んでいった。<br />
教会に入るためには桜の下を通らざるを得ないので、多くの花びらが、人々の頭に載って一緒に入っていくことになった。<br />
<br />
入る前に受け皿のようなものがあり、沢山の白い封筒が山積みになっていた。<br />
哀悼のメッセージを書いた手紙だ。お香典を入れるのではない。<br />
お香典という習慣はこちらにはなく、気持ちを伝えたい人は花束やお墓に飾る彫り物を贈ればよいし、こうやってメッセージのカードを書くだけでも十分なのだ。<br />
何も贈らなくてもお葬式に参列するだけでもちろんよい。<br />
最後に、教会の隅っこに置かれてある小さなカゴの中に入れる、寄付用の1ユーロか2ユーロのコインを持っていれば尚いいだろうけれど。<br />
<br />
私たちがちょうど入り口に差しかかった時、中では座る場所も立つ場所もなくなってしまったらしく、前に進まなくなった。私たちの後ろには教会の中の人数と同じくらいの、ひょっとしたらそれ以上の人が外にいる。神父も祭壇も見えないが、ミサの声だけが響いてきた。まるで「だるまさんがころんだ」と言って---こんな悲しい時に出す比ゆとしては滑稽すぎるかもしれないが---振り向かれた時みたいに、その姿勢のまま硬直して、全員が立ち止まった。<br />
<br />
日本の<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=4936">お葬式</a>のように商業化した白々しさのない、司会者もいない、写真もない、静かな儀式だった。<br />
こちらでは結婚式を挙げる同じ場所で、死者を送り出すのだな、としみじみ思った。<br />
生も死も行き来する場所、それが教会。何世紀もの間、人生を見てきた場所。<br />
<br />
神父が何を言ったのか、ありふれて抑揚のない演説は胸がいっぱいの私の耳には入って来すらしなかった。その後のアランの挨拶すら、私の耳を素通りした。<br />
だが突然、　<br />
「・・・Ｍｅｒｃｉ・・・（ありがとう）」と締めくくった彼のむせび泣く声が、突然パンクしたタイヤの音のように空気を破って、ハッとした。それと同時に、渋滞していた私の前の人の列が、水のように流れ出した。<br />
わからないままついていくと、教会の中央の通路を通って、まっすぐ祭壇に向かっていく。その前を通って右へ曲がり、端の通路を通って再び教会の外へと出るのだった。<br />
祭壇の中央には花に囲まれたマルティンヌの棺が横たわっていた。面と向かおうとは想像もしていなかったので、動揺してしまいきちんとは見られなかった。<br />
うつむいた時にすぐそばに、崩れ落ちるように座っている、ずぶ濡れねずみのようなアランがいた。<br />
彼の見上げた目がまっすぐに私の目を捕らえた。<br />
泣きはらして、濡れた貝殻のような瞳が、ただじっとこちらを見ていた。<br />
いくつなんだろう・・・彼の正確な年をそういえば知らない。おそらく50歳くらいだろう。<br />
丸顔は少年のようにやんちゃさを残していて、理想を掲げた透き通った瞳をしている、誠実で人好きのする人だ。村の皆に押されて村長になったのは、４，５年前になるのだろうか。<br />
思わず彼の肩に・・・手でも頭でもどこでも構わなかったが・・・手を当てたくなったが、我慢した。<br />
夫も目が合ってどうにもやりきれない気持ちになって、思わず肩に手をやったのだそうだ。<br />
弔問客をどんな気持ちで見ているのだろうか。<br />
目が合ったとしても、彼が見ていたのは私たちではなかったかもしれない。<br />
私たちの目に写ったマルティンヌの姿を見ていたのではないだろうか。<br />
<br />
<br />
教会の外で再び最後に棺が出てくるのを待った。<br />
贈られた沢山の花をかついだ人たちもそれに続いて出てきた。<br />
霊柩車に乗せているのを見ながら<br />
「生きてるうちにお花ちょうだいね。」<br />
と私は夫に日本語でつぶやいた。<br />
「アナタ、ほんとうにオハナ、スキネ。」と夫は少し微笑みながら日本語で答えた。<br />
それから「ボクハ、オハナイラナイ。オンガクいっぱいがイイ。」<br />
と自分のお葬式の希望を述べた。<br />
<br />
車はゆっくりと走り出して、教会から歩いて数十歩の墓地の入り口に、彼女を下ろした。<br />
今度こそマルティンヌに最後の挨拶をするのだった。<br />
入り口に横たわった彼女の棺は、立派な明るい色の木で出来ていたが、意外なほど小さく見えた。<br />
確かに彼女はやせて小柄だったけれど、突然の死が棺を余計に小さく感じさせた。<br />
一人一人その前を通りすぎながら、スッと棺の足元を撫でていく人が何人かいた。<br />
昔はそういう習慣はなかったのだが、家族が名残を惜しんで触っていたのが始まりで、親しい友人もするようになり、今では他の弔問客も別れの意を示すために、気持ちを込めて触るようになったのだそうだ。<br />
これも形式ではなく、そうしたい人はそうして構わない、ということだ。<br />
<br />
墓地を出た人は順に帰っていった。<br />
埋葬は家族だけで行うのだろう。<br />
人気のなくなった教会の前は、桜の花びらだけが風に舞っていた。<br />
<br />
<br />
これからアランはどうなるのだろう。<br />
毎朝夕、隣家側の窓のよろい戸を開け閉めするたびに、胸が痛くなる。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-08T21:08+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=992526">
  <title>隣り合わせの生</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=992526</link>
  <description><br />
気持ちの良い一日が過ぎようとしていた。<br />
日も長くなった４月１日の夕方、デデが２階の窓から外を見ていた。<br />
デデの上半身がずっしりと窓枠にのっかっており、銅像のように動かなかった。<br />
春の陽気を眺めているのだなとてっきり思いながら窓の下を通りかかった私に、彼は静かにこう言った。<br />
「お隣さんのこと、聞いたかね。」<br />
なぜその時想像できなかったのだろう。<br />
「いいえ。」<br />
とだけ言って、私は静かに答えを待った。<br />
デデの顔を、命令を待つ子犬みたいにただ眺めて待っていた。<br />
予感めいたものは何も</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
気持ちの良い一日が過ぎようとしていた。<br />
日も長くなった４月１日の夕方、デデが２階の窓から外を見ていた。<br />
デデの上半身がずっしりと窓枠にのっかっており、銅像のように動かなかった。<br />
春の陽気を眺めているのだなとてっきり思いながら窓の下を通りかかった私に、彼は静かにこう言った。<br />
「お隣さんのこと、聞いたかね。」<br />
なぜその時想像できなかったのだろう。<br />
「いいえ。」<br />
とだけ言って、私は静かに答えを待った。<br />
デデの顔を、命令を待つ子犬みたいにただ眺めて待っていた。<br />
予感めいたものは何も迫ってこなかった。<br />
胸の鼓動も変わらなかった。<br />
“察し“のカケラすら、私には訪れてなかった。<br />
なぜだろう。あまりにも私が楽観的すぎたからだろうか。いやそうじゃない、そう遠くないうちにそうなるとはわかっていた。<br />
彼の質問を聞いただけでわかっても良さそうだったはずなのに。<br />
鈍すぎた自分に苛立ちさえ覚える。<br />
それでも予想を超えていた。<br />
<br />
*************************<br />
<br />
日本から戻ってきた私に新着情報を教えてくれたのは、<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=987161">クリスティンヌだけではなかった</a>。<br />
戻ってきた7日の週に、モネットが「耳に入れておいたほうがいいと思ってね」と私に小声で言った。<br />
「お宅のお隣さん、具合が悪いの。」<br />
「お隣さんて・・・マルティンヌ？」<br />
「病院に入院していたの。最初はすごくのどが渇いて仕方がないので検査のためにこっちの病院にいたんだけどね、どこも悪くないって結果が出て、念のために総合病院に行ったら悪い結果が出て・・・」<br />
不安そうに話を聞いている私に、モネットは続けた。<br />
「もう自分では立てなくなってしまって車椅子に乗ってるくらいなの。急にね。」<br />
「えぇっ！！」<br />
「とってもとっても悪いのよ・・・。」<br />
でもどこが悪いのか、車椅子に乗っているのは事故なのか、精神的なショックが原因なのか、一向に言わないので聞いているこちらは病名がわからない。それでも「言わない」ということが明らかに「物語っている」病気を、頭の中の辞書を繰って大急ぎで探してみる。辞書は大した医学知識を載せておらず、同じ語彙を行ったりきたりするばかりだった。<br />
話しているモネットは、それこそ自分が車椅子に座り込んでしまうのではないかと思えるくらい、疲れた表情をして、肩の力を落としている。マルティンヌは村長の奥さんで、村の役員でもあるモネットとは長く親しい仲だ。共に生まれ育った村のために貢献してきた。<br />
「病院側の何かの間違いってこともあるし・・・それにオーヴェルニュは火山の良いエネルギーが流れているから、“気”を使ったヒーリングテラピーにいいって友人から聞いたことがありますよ。」　と私はなぐさめ半分希望半分で言ってみた。<br />
「あぁ・・・、ブッディズムのやつでしょ。」　“気”という言葉を彼女なりの理解を通して表現すると「ブッディズム（仏教）のやつ」になるらしかった。<br />
「妹が病気になった時、随分お願いしていたものよ、彼ら夫婦はブッディズムだったから。祈って、祈って・・・でも甲斐もなく逝ってしまったわ。」<br />
パリに住んでいた妹さんはガンで亡くなってしまったのだ。２,３年前だったろうか。<br />
このセリフでようやく確認できた。マルティンヌは<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=8663">ガン</a>なのだ。<br />
<br />
マルティンヌは45歳のキビキビして活発な女性だ。<br />
たった３年ほど前だったろうか、村長のアランと結婚式を挙げたのは。その一年前からアランと一緒に住み始めていたが、もともとこの村の共同体の出身なので、誰もが彼女を知っていた。<br />
短髪ではねた金髪、やせすぎなくらいの細身の体には、いつも夏の日焼けを留めていた。竹を割ったようなサッパリとした気性とは反対に、ひと工夫を凝らした女性的な服を好んで身につけていた。<br />
病院の障害者部門の看護婦をしていて、夜間勤務が多いので、朝寝て午後から出勤していく。車の中からウインドウ越しに手を振って挨拶をすることが多かった。<br />
<br />
３月２０日の朝、家の前に彼女の車が止まっていて、助手席に彼女が座っていた。一時退院でこれから再び検査のために病院に戻るところだった。<br />
日本語で日本人にすら、こういう場合何と話しかけていいものか困ってしまうのだから、ましてやフランス語で、特に気心が知れているわけでもない相手に話しかけるのは気がひけるものだ。<br />
でも夫がすぐに外に飛び出していったので、私もそれにならって見舞うことにした。<br />
「運転なんてとても出来ないの。一人じゃ何も出来ないのよ、食べるのも、シャワーを浴びるのも。」<br />
と彼女は、いつもと同じ早口で言ったので、元気そうに見えた。かなり気落ちはしていたが、顔にやつれはあまり見えなかった。<br />
挨拶のビズをすると、頬の肌がしなりと弾力を失って、力がなかった。<br />
「でもね、アラン、こうよ。」<br />
とグーを握った手で親指だけを立てて見せた。「最高！」という意味だ。<br />
「まさかあの人があたしのためにこんなに時間を割いて親身になってくれるなんて、元気なときはこれっぽちも考えられなかったわ。いつだって村の用事だの、仕事だのって、週末も休みもいなかったんだもの。あたしと一緒に何かをする時間なんてないんだから。<br />
そしたらね、病気になったとたん、あたしにつきっきりよ。」　嬉しそうに笑みを漏らした。<br />
「仕事も村も全部断って、毎日毎日病院に来てくれるの。食べさせるのもシャワーも、何もかもやってくれるのよ、あたしのために。」<br />
死と隣り合わせになって初めて、あわてて妻の存在に気がつくなんてね・・・と後で私は夫にこぼしたが、夫は「幸いじゃないか、そんな時に逃げ出すヤツだってわかるより。」と言った。<br />
そんな二者択一しかないのはイヤだが、確かにマルティンヌの立てた親指からすると、真っ暗闇の状況の中にもしみじみとした幸せを見出したに違いない。<br />
<br />
その翌日クリスティンヌとシルヴィと同じような話をしたときに、シルヴィが涙ぐんだので気がついた。<br />
彼女は一昨年末乳がんを患い、昨年末に治療と手術を無事に終えたのだが、終えたとたん連れ合いの男性が別れを切り出したのだ。長い治療中もずっと支えになってくれた人がなぜ今になって、と私はやり場のない疑問を抱いたが（シルヴィはそれ以上にだろう）、連れ合いは病気の重さや手術の痕を受け止めきれなくなってしまったのだ。<br />
<br />
「急に立てなくなってしまったのは、何から来ているの？」と私は余計な質問をした。<br />
すると彼女は一瞬ポカンとしたあとに<br />
「わからない。何が起きたのかわからないのよ、自分でも。」と首を振ってみせた。<br />
途方に暮れているのだった。<br />
今でも私の目と耳に残っている・・・・・・・“何が起きたかわからない“。<br />
実は後でわかったのは、脳に出来た腫瘍が脚の神経をマヒさせたらしかった。<br />
こうやって話しかけに来たことが邪魔じゃないかどうか夫が尋ねると、<br />
「こうしてくれた方がいいのよ。影でひそひそ噂されるより、これで直接ハッキリわかるでしょ。<br />
医者にもアランにも言ってるの、まわりくどい言い方はやめて、って。<br />
あたしの性格を知ってる知り合いの医者だからね、とっととウイかノンか、隠し立てせずに言ってって頼んだのよ。<br />
だけどね、肺っていうのはわかるのよ、あたしはずっとタバコ吸ってきたから。でも脳っていうのはウソでしょ、ありえないわって言ったのよ。このあたしが脳だなんて。」検査の結果はもうすぐわかるのだそうだ。<br />
<br />
「気がかりなのは野菜畑よ。」<br />
彼女がいなくなると野菜畑の世話をする人がいなくなる、というジョークだ。子供も動物もいない彼女が空いた時間で手間をかけていたのだろう。こんな時にもジョークを忘れない。<br />
「じゃぁね、アビヤント（また近いうちに）・・・。」と会話を打ち切って言ったあとに、何の変哲もない挨拶を言ってしまったことに気がついたように、自信なげに付け加えた。「・・・たぶんね。」<br />
「なんでそんなこと言うの！」と思わず私は声をあげた。彼女は笑って「だってね」とだけ言った。<br />
<br />
その時の話では、ガンの可能性は80パーセントということだった。<br />
ならば20パーセントの見込みがある。と私は勝手に都合のよいほうに解釈した。<br />
それでも、あんなにシャキシャキと元気だった隣人が、絶望の淵に立っているのだと思うと、私はこの3週間死を意識せずに暮らすことは一時たりともできなかった。<br />
死のそばで人は生を感じる。<br />
呼吸することを、光を、温かみを。<br />
悲しくてもつらくてももがいていても、生きていることの奇跡を。<br />
与えられた限られたチャンスであるということを。<br />
明日にでも私にも「その時」が訪れるかもしれないのだ。<br />
<br />
27日パック（<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=7019">復活祭</a>）の日にモネットが、ガンは肺と脳のみならず肝臓や脾臓にも転移しているのがわかったと教えてくれた。<br />
<br />
村長といっても小さな村ではボランティアでやるので、アランは生計は公務員の仕事で立てている。<br />
自分の仕事を終えてから村長をやるのは、たいへんな時間と労力だ。<br />
村では「土地に隣の犬がはいってきた」ことや「夫婦喧嘩の仲裁」ですら村長に頼みかねないから、休日祝日構わずにアランの電話は鳴りっぱなしなのだ。マルティンヌが「自分のために時間を使ってくれるとは思いもよらなかった」と言ったのはもっともなこと。<br />
その状態でこのままマルティンヌの世話をするのは誰が見ても不可能だ。<br />
そのため、アランは仕事を辞めることにしたという。家族の看護をするために辞める代わりに、給料の何十パーセントかをもらえるシステムができたのだそうだ。<br />
彼の必死の思いが伝わってきた。<br />
<br />
「考えてもごらんよ、2年後のこの復活祭に彼女はいないかもしれないんだよ。」と夫は言った。<br />
2年後なんて、なんて暢気なことを言ってるのかしら、と私は驚いて夫を見た。<br />
日焼けが好きな彼女が、この夏の太陽を見られればいいのだけど。<br />
<br />
*************************<br />
<br />
デデは彼の顔を仰ぎ見て、答えを待つ私に、静かに口を開いた。<br />
「昨夜亡くなったんだよ。」<br />
彼は泣いていた。<br />
デデが泣くのを初めて見た。<br />
そのセリフが２階から降ってきた岩のように私の頭を殴った。<br />
あまりにも早かった。<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-05T20:00+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=987161">
  <title>一滴の水</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=987161</link>
  <description>日本から戻ってきて2日目に村のクリスティンヌが「そろそろ帰ってきてる頃だと思って」と寄ってくれ、家でお茶を飲んだ。どうだったかと聞かれて日本での話をひとしきりし、一通り思いつくことは話して盛り上がった後に、最後になって彼女は切り出した。<br />
いつ話そうかと思いながら、珍奇な東国の話に相づちを打っていたに違いない。<br />
妙に目が興奮していて、口元はおかしそうですらあった。<br />
「私の方なんだけどねぇ、この村を出ることになったから。」<br />
この村を出る＝引越しだ。あれ、でも彼女の家は売れないはずじゃなかった</description>
  <content:encoded><![CDATA[日本から戻ってきて2日目に村のクリスティンヌが「そろそろ帰ってきてる頃だと思って」と寄ってくれ、家でお茶を飲んだ。どうだったかと聞かれて日本での話をひとしきりし、一通り思いつくことは話して盛り上がった後に、最後になって彼女は切り出した。<br />
いつ話そうかと思いながら、珍奇な東国の話に相づちを打っていたに違いない。<br />
妙に目が興奮していて、口元はおかしそうですらあった。<br />
「私の方なんだけどねぇ、この村を出ることになったから。」<br />
この村を出る＝引越しだ。あれ、でも彼女の家は売れないはずじゃなかったっけ。<br />
夫のジルベールの両親が結婚する息子に譲与したものなのだが、その時書類に記された条件というのが「絶対に売ってはならず、最終的には両親の所有に戻ること」というものだったため、他に気に入った家を見つけて移り住みたいと思ってもこの家を売って資金にすることはできない、と以前憤慨していたのを覚えている。他の場所に広い庭付きの家を買うことになり、<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=756190">ノテール</a>のところにサインをしに夫婦で出向いたところで、初めて判明したことだった。ジルベールすら、そのことを知らなかった。<br />
両親がジルベールにあげたといっても、古く小さな家屋が2つだったものを夫婦で改装し1つの家にしたもので、手間も時間もかけて二人で作り上げたものだ。<br />
けれどこの土地そのものを手放すことを両親は許さなかったのだろう。<br />
それとも、クリスティンヌは子連れの再婚だったので、おとなしい息子の物を彼女の好きに処分されてはならじとのイジワルな意図が働いたのかもしれない。<br />
彼女はむしろそちらの意図の方を感じ取って、憤慨していたのだった。<br />
<br />
その家を売れることになったということだろうか？<br />
「あら、そう！」　よかったわね、念願が叶って…と言おうとして、何かが違うような気がして、続ける言葉を捜しながら彼女の顔を読んでみると、ふと意味がわかりかけた。<br />
「村を出るって・・・・・・・？」<br />
「そう。」<br />
「ジルベールを置いて？」<br />
「もちろん！」<br />
あぁそういうことだったのか。<br />
<br />
それは驚きではなかった。<br />
多少唐突ではあったが「その時」が今やってきたのだ、と納得できた。<br />
「ジルベールと一生は終えるつもりはないね」　と彼女がハッキリ表示していたのは一年前のことだったし、<br />
「子供がいなかったらもっと早くに別れていたわ」とも話してくれたこともあった。<br />
彼女のように激しやすい人が子供のためにいるとしたら、母心というのはよっぽどのものなんだなぁ、とつくづく思ったものだ。<br />
彼女の性格からしてなぁなぁに気持ちをごまかしながら、長い間ずるずると続けていくとは到底思えなかったから。<br />
<br />
いつ別れようって決めたの？と聞くと、過去の道のりを遠くまで振り返るように目線を彼方にやって「いつって、それは〜もう何度もそう思ったものだけど・・・」<br />
「それはそうだろうけど、最終的な決め手はいつ？」<br />
「最終的な？」急に目線が現在に戻る。「あぁそれはこの日曜。」<br />
今日は火曜だった。<br />
「まだ湯気が出てる決断じゃないの！」<br />
「そう。でももう決定的。飲んで酔っ払って、自分の友人がアタシの友人の子を泣かせてるのも気がつかなくてただボーッと座ってるから、もうオシマイって怒鳴ってやった。あいつの友人はアタシが叱りつけて追っ払ってやったよ。子供を泣かせてるのに、かばいもしないんだよ。あの呑んだくれ。」<br />
ジルベールは飲兵衛だ。それも年々量が増えている気はしていた。<br />
いつ会ってもビズをするとお酒のにおいがする。たとえ朝でも。<br />
けれど、おとなしいお酒で、働き者で、悪気のない人だ。<br />
クリスティンヌは再婚で、彼は初婚だったが、彼女の長女が４歳になっていたのをそのまま自分の姓で引き取り、続いて生まれた自分の子と一緒に家族四人仲良く暮らしてきた。フランスはこういう複合家族がとても多い。<br />
多分この日曜のようなことは、いままでに何百回とあったはずで、今さら決め手になるほど目新しいことじゃないはずだ。それでもこちらの人が言うように---今までと同じ一滴の水が、いっぱいになったコップの水をとうとう溢れさせてしまったのだ。<br />
<br />
「あなたが出て行っちゃったら、ジルベールどうなっちゃうのかしら。。。」<br />
「ますますお酒に頼って、アルコール中毒になる一方じゃない、あの人の親父みたいにさ。」<br />
彼女は容赦なく言い捨てた。<br />
<br />
それに比べて彼女の方は憑き物が取れたみたいにスッキリした表情をしている。<br />
「もう思い煩うこともなく身軽になって気分爽快だよ。」<br />
決めるまではいろいろ逡巡したのだろうが、一度決めてさえしまったらそうかもしれない。決めるまでが長いのだ。もちろんこれから大変さをくぐり抜けていくのかもしれないけれど。<br />
「離婚したら子供も含めて経済的にやっていけるだろうか、って計算して計算して計算して・・・きたけどね・・・計算しても、別れる時はこんなものよ、お金の帳尻なんて合わなくてもするんだよね。」<br />
<br />
長女はもう１８歳になり看護婦学校の寮に入っている。下の男の子は中学になりやはり寮生活を送っている。上の子が卒業して仕事に就くまであと３年。<br />
ここから約１０分の町にアパルトマンを探すという。子供たちの部屋もなくてはならないから寝室が３部屋、かなりの条件だ。お年寄りの看護助手の仕事を契約更新で続けている彼女のお給料は月１５万か１６万くらいだと言っていたから、キビシイのは目に見えている。<br />
ジルベールも同じくらいのお給料だから二人合わせてやっていけるのだ。<br />
契約更新という雇用形態なのは、病院も養老院側も経費を節約するために正社員を取らず、正規の資格はないが経験のある彼女のような人を主に安く雇用しているからだ。契約を更新される期間は一ヶ月刻みの時もあれば、半年から一年のときもある。看護助手の仕事は多いが、不安定であることに違いはない。<br />
そんな状態で別れるのだから、勇気があるなぁと私はしみじみ彼女を眺めた。いかにも彼女らしいけれど。<br />
「３回目の結婚は？」と聞いてみると、笑って言った。「当分いらないわ。」<br />
<br />
「アパルトマンを探す前に木曜に弁護士のところに行ってこなくちゃ。フランスではね、婚姻契約を結んでいたら、勝手に家を出る権利はないのよ。夫婦は同意のもとに共に暮らすのが義務だから。勝手に腹を立てて家を出たら、放棄とみなされて離婚のときにアタシの非になりかねないの。だからまず弁護士のところで離婚の意志を伝えてからアパルトマンを探さないと。アンタも気をつけなさいよ。」<br />
と最後に一言アドバイスを付け加えられた。<br />
こうして聞くと、結婚て「契約」なんだな。<br />
フランスで<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=3188">離婚</a>をお考えの方、ご参考にして下さい。<br />
<br />
それから３週間以上経ったが、相変わらず同じ屋根の下で同じ寝室で寝ているようだ。<br />
「よく離婚しようっていう相手と一緒に寝れるわね。」と言うと<br />
「だってダブルベッドじゃなくて、ツインベッドだよ。」と答えが返ってきた。<br />
本当に別れるのかどうか、まだわからない。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-01T20:52+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=967489">
  <title>竜宮の日々</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=967489</link>
  <description>空を飛ぶカメに連れられて、私はうねうねと続く雲の波を渡っていった。<br />
一睡も出来なかった。<br />
カメから落ちるのではないかと怖かったからではもちろんなくて、嬉しさで興奮した神経が硬直した板のようになって全身を覚醒させているせいだった。<br />
陸を離れてから長い長い時間が経った頃、遥か下のほうに、煌めく建物群が見えてきた・・・<br />
キラキラしていて、活気があり、どこもかしこも人がひしめいていた。<br />
この地に足をつけると、すべてがミニチュアで、清潔感があってかわいらしく、まるでどこかの人形の館に入り込んだみ</description>
  <content:encoded><![CDATA[空を飛ぶカメに連れられて、私はうねうねと続く雲の波を渡っていった。<br />
一睡も出来なかった。<br />
カメから落ちるのではないかと怖かったからではもちろんなくて、嬉しさで興奮した神経が硬直した板のようになって全身を覚醒させているせいだった。<br />
陸を離れてから長い長い時間が経った頃、遥か下のほうに、煌めく建物群が見えてきた・・・<br />
キラキラしていて、活気があり、どこもかしこも人がひしめいていた。<br />
この地に足をつけると、すべてがミニチュアで、清潔感があってかわいらしく、まるでどこかの人形の館に入り込んだみたいな気がした。<br />
スーパーの食品売り場の商品ですら、ままごとのように小口切りで、ピカピカなラップできれいに包装されていた。キズ一つついていない顔をして行儀よく整列して並んでいた。<br />
街の店頭では、電化製品や新製品がガヤガヤと音と光を放って、賑々しい看板それぞれが膨大なちぎり絵の一片のように、幾重にも重なり合って空間を塗りたくって彩っていた。<br />
ここにはアイディアと好奇心がたゆみなく行き来している。<br />
沈んだ海賊船の財宝箱のように、掘り起こせば珍しいものが次から次へと出てくるのだった。<br />
“新しい”匂いがぷんぷんした。<br />
次々と新しいものが生まれ、流れて、また形を変えてやって来る、そんな勢いに溢れている。<br />
留まらない「気」。<br />
はずんでいる「気」。<br />
そんな気があちこちに充満している。<br />
いや、はずんでいたのは私の心だったから、そんな風に感じたのだろうか。<br />
<br />
ここは、懐かしい故郷の竜宮国だったのだ。<br />
久しぶりというのに、私の足はもう魚のひれになったようにするりと入っていき、のびのびと泳ぎ回り始めた。酸素呼吸をし、自在に言葉をあやつり、すれ違う珊瑚や海草や他の魚達の間をくるくるくると泳ぎ続けた。私を阻むものは何一つなかった。あら、平泳ぎはもとより、クロール、バタフライも出来るではないか。そのうち水中４回転半のシンクロですら可能な気がしてきて、どんどん気分が大きくなっていった。<br />
それと比べると、仏蘭西側では必死になってバタ足でかきこむのがやっとの毎日だということに、改めて気がついたのだ。<br />
<br />
竜宮国の流行の切り替えは早い。<br />
特に女性のお化粧、服飾、店やレストランは、かつて知ったものとはまた違っていた。銀行の名前すら覚えのないものになっていた。若い男性は中性化したきれいさを持っていた。<br />
私は浦島タロコになって竜宮城に戻ってきたのだが、しかし違和感は全くなかった。<br />
万華鏡のように模様がコロコロと変わる、その新鮮さを楽しむことがここでの良さなのだから。<br />
いろいろなことが変わること、その「変わる」こと自体は昔から変わっていないのだ。<br />
「あぁ変わっていない」と私は妙な安心感を覚えた・・・。<br />
<br />
ほかにも変わっていなかったこと、それは旧知の人との関係。<br />
人や街の流行や興味の風は変わっても、なぜか人は変わっていなかった。<br />
空も越えた。雲も越えた。<br />
隔たっていた今までの時も超えた。過ごしている日常の詳細も超えた。<br />
向かい合ったとたん、素の自分と相手になれる。<br />
ただお互いがそこにいることが嬉しい、そんな間柄。<br />
常に変化し続ける風の国に住む彼・彼女らとの変わらない関係・・・フシギなものだ。<br />
会話はどんなに声を出し続けても、どんなに眠る時間を惜しんでも、とどまるところがない。<br />
そして彼らの言葉がやさしく私の心にしみとおる。<br />
いや実を言うと人は変わったのかもしれない。でもだとしたら私も同じように変わったのだ、時間と空間という加工を経て、お互いに変わらないな、と思うくらいに。<br />
結局のところ、どこに住むかということは重要ではなく、そこでどう生きているか、ということが大切なのだろう。<br />
<br />
そうだ、以前は窮屈だと感じていたのだった。この国を。<br />
せわしなく、表面的すぎて、カラッポなところだと感じていたこともあった。<br />
ロボットのように冷たいと思っていたこともあった。<br />
私には居場所がなかった。<br />
それが今、ぬくもりを感じ、癒されて、満たされている自分がいる。<br />
私とニッポンの関係も時とともに変わっていくのだとわかったことが、発見だった。<br />
<br />
竜宮国の食べ物は何を食べてもおいしい。<br />
胃にやさしいだけでなく、「魂」にも消化吸収がよい感覚がからだの中に入ってきた。<br />
肉体に栄養が行き渡るのと同時に、いやおそらくそれよりも先に魂が喜び、肥えて、力がつくように元気になった。<br />
ぐんぐんとエネルギーがまわってきた。<br />
これがソウルフードというものなのだそうだ。（この言葉を教えてくれてありがとう、<a href="http://www.cookpad.com/kaoruleveque/index.cfm?Page=top">ルカママ</a>さん！）<br />
仏蘭西国に来た時にも、食べ物の美味しさ、素材の味にハッとしたものだけれど、<br />
それとは違う、やさしさ、滋養を感じるのだ。<br />
母の味、癒される食べ物。<br />
あぁ私はこんなにもここの食べ物に“心が”飢えていたのだ。<br />
飢えてガリガリになっていたのだ。<br />
私は根が大地から栄養を吸い上げるように、食べて食べて食べ続けた。<br />
「食」のメンタルな面での大切さを実感したのは、これが初めてだったかもしれない。<br />
<br />
竜宮城での３週間はあっという間に過ぎた。<br />
行って帰ってくる往復の時間の方が、この３週間よりずっと長く感じられたほどだ。<br />
<br />
カメに連れられて戻ってくると、灯りのない、ひっそりとした田舎町が何の変わりもなく、積雪に耐えてそこにいた。<br />
光がなくて、地味で、古くて、変化の風など吹くことのない不動の、こちら側に戻ってきたのだ。<br />
空港では２匹のウサギがこちらを見て陽気に飛び跳ねていた・・・いや、ウサギではなく私の子供たちだった。<br />
その横に大役を果たした小柄のクマが・・・いや、夫が不安そうに待っていてくれた。<br />
ただいま。<br />
<br />
ただいま？でも日本に行ってもただいまと言ったのに。<a href="http://blog.mypress.jp/v2/keyword/keyword.php?k_id=4871">日本</a>に「帰る」のか、こちらに「帰る」のか？<br />
・・・そもそも、どちらかにしようと考えることが間違っているのだ。<br />
太陽か月を選べと言っているようなものだ、何もかもが反対の二つを。<br />
<br />
きっと幸せなことなんだわ、とつぶやいた。昼と夜の故郷を持てるということは。<br />
真っ黒な空には星が電気製品の数ほどに光っていた。ふと見ると、今回母の指から譲り受けた指輪も、私の指で光っていた。<br />
竜宮国のかがやきの中では埋もれて目立たなかった小さな石が、ここではきらめいて大きく見える。イルミネーションのないこの田舎では。そのくらい、灯りがないということなのだ。・・・それともこのきらめきは、石が吸い込んだ竜宮のエネルギーを放っているからなのだろうか・・・？<br />
<br />
持ち帰った重い玉手箱を開けてみると・・・・・・・・湯気が出て・・・・・・・・・おいしいご飯が炊ける最新式の炊飯器がまず出てきた。そのほかにも新しいものがぎっしり入っていて、子供や夫をよろこばせた。<br />
<br />
<br />
さぁ、またここでバタ足を続けよう。<br />
そしてまたきっと戻ろう。私のもうひとつの国、竜宮に。<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-03-18T22:51+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=914267">
  <title>ヘンな気持ち</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=914267</link>
  <description>３週間も留守にする間、「とうとう奥さんブチ切れて子供置いて出て行っただか・・・まんず遠いとごろの嫁にしてはよう気張ってただが、やっぱり持たなかったんだべ。あの家もじきに売りに出されんべよ。」とまことしとやかに既成の事実が出来上がらないように、挨拶回りをしている。（さぁ田舎暮らしのコツを復習してみよう。）<br />
村のかぼちゃおばあちゃんのところに顔を出したのもそのためだった。<br />
かぼちゃおばあちゃんの娘のベルナデットもいた。<br />
年老いて最近は体のあちこちに不調を覚える母の世話に、彼女はほとんど毎日やっ</description>
  <content:encoded><![CDATA[３週間も留守にする間、「とうとう奥さんブチ切れて子供置いて出て行っただか・・・まんず遠いとごろの嫁にしてはよう気張ってただが、やっぱり持たなかったんだべ。あの家もじきに売りに出されんべよ。」とまことしとやかに既成の事実が出来上がらないように、挨拶回りをしている。（さぁ<A href="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=706629">田舎暮らしのコツ</A>を復習してみよう。）<br />
村のかぼちゃおばあちゃんのところに顔を出したのもそのためだった。<br />
かぼちゃおばあちゃんの娘のベルナデットもいた。<br />
年老いて最近は体のあちこちに不調を覚える母の世話に、彼女はほとんど毎日やってくる。<br />
あまり家を出なくなったかぼちゃおばあちゃんと会うよりは、彼女と会うことの方が多くなった。<br />
リスのようにちょこまかとよく動き、正直で裏がなく、心置きなく話せる一人だ。<br />
<br />
「実は日本にしばらくの間行くことになりまして。」と切り出すと、座って座って、と合唱していた二人がなぜか急に静かになった。<br />
かぼちゃおばあちゃんの顔は唐突に、無表情、と言うにはあまりにも表情を含んだ無表情になった。<br />
この表情は、前にも見たことがあった。<br />
以前住んでいた小さな家を売って今の家に移り住むことになり（どちらも同じ村内で、五十歩しか離れていない）、そのことを言うためにまず「今の家を売ることになったんです」と言った瞬間見せた顔が、確かそうだった。何かマズイことを言ったのだろうか、と自問して、何と続けたらよいものかとこちらが一瞬迷ってしまうような顔だった。<br />
「それで今Ｐさん一家が住んでいる家に引っ越すことになったんです。Ｐさんはリヨンに越していくことになったので。」<br />
そのとたん、おばあちゃんの顔が解氷した。<br />
「あぁ！この村を離れるわけじゃないのね！」<br />
安堵に胸を撫で下ろすような満面の笑顔を見て、例の無表情の意味がわかったのだ。<br />
気のせいかもしれないが、今回の顔はそれによく似ていた。<br />
<br />
でも私にはなぜ今回もそんな反応を引き起こしたのか、よくわからなかった。<br />
３月には戻ってくると話し、日本の家族のこと、留守の間の子供たちのことなど話していても、まだしっくりとした感じに戻らなかった。それからいつものように取りとめのない話になり、しばらくしてなごんでからベルナデットが、可笑しそうに言った。<br />
「さっきはヘンな気持ちになったものだけど、考えたら、あなたにとっては自分の国だものね、帰っても何の不思議もないじゃない。それなのに、聞いた時はすごく妙な気持ちになって、おかしなものね！あなたが離れるってことがヘンな気がしてね。」<br />
すると横でかぼちゃおばあちゃんも、せわしげに相づちを打って「えぇそうなのよ、そうなのよ」と繰り返した。<br />
あぁやっぱりあの無表情は私の見間違いではなかったのだ。<br />
<br />
これというのは、言い方は大分違うけれど<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=871817">「そういえば、キミって日本人だったんだよね」</a>と言った夫のセリフを思い出させた。彼特有の皮肉めいたジョークと思ったのだが、あながちそういうわけではなかったのかもしれない。「考えたら」って、もしもし。考えないと私が日本人だということを意識しない、ということなのだろうか？それだけ私が溶け込んで暮らしている、ということと考えて良いのだろうか？だとしたら、うれしいことには違いない。<br />
かぼちゃおばあちゃんもようやく笑顔を見せて送り出してくれた。<br />
<br />
<br />
夕方、義母アニーがやって来て、私のそばにピタリと立って呟いた。<br />
「もうすぐ行ってしまうと思うとね、とてもヘンな気持ちになるの…、こんなこと言ってあなたに水を差したがってるとは思わないでね、あなたの国なんだからあなたが帰れるのは私もとても嬉しいし、うんと満喫してらっしゃいね、でもそれとは別に、あなたがここを離れると思うと、何とも言えない気持ち、ヘンな気持ちになって仕方がないのよ…。」そう言って、胃とも心ともいうべきところを無意識にさすった。<br />
「帰ってくるのよ？」<br />
と私は彼女の不安を読み取るように笑いながら言ってみた。<br />
「あらもちろんよ、もちろんわかってるわよ。」わかってるとは思えない口調だった。私のセリフも彼女を心底笑わせるには至らなかったようで、引き攣ったような笑みを作って彼女は応えた。<br />
「こんなこと言ったら、あなたの日本のお母様に娘を盗るな、と怒られてしまうでしょうね、でもね、私がＭＡ（「私の」）クレランというときは言葉だけじゃないのよ。頻繁に連絡は取ってなくても私にはあなたがここにいる、ってことが大事な支えになってるの。」<br />
<br />
頻繁に連絡は取ってなくても、って、え？週に一度は会ってるんだけど？あぁきっとそれでも物足りないと思っているんだ。だからこそ３週間、私にとってはアッという間の時間としか思えないが、彼女には堪えているのだとじんわりと伝わってきた。しかも国を超えて遠いところに行くということが。<br />
彼女は少し赤らんだ目をして、ぎゅうっと私を抱きしめると、いつもより大きな音を立ててビズをしてくれた。<br />
<br />
ヘンな気持ち。それは、切ないような寂しいような複雑な気持ち、だろう。自分でも理屈では割り切れないような気持ち。思いがけない感情。でも「とても寂しい」と言い切ってしまったら相手にも負担がかかる。この感情をはっきりと定義しないことで、却って十分に気持ちが伝わってくる。<br />
かぼちゃおばあちゃんのもベルナデットのもアニーのも、紐で絡げるように私の心に絡みついて複雑にした。<br />
彼女たちとはあまりにも違っている今の私の心を。<br />
<br />
<br />
私はと言えば、日本行きが決まって以来、ずっと異常なほど元気だ。<br />
眠らなくても全然平気。夜は電線の上のフクロウより遅く、朝は隣の鶏より早い。風邪もぶっとばす。苦手な家事も絶好調、連日丸一日ハイテンション。（鼻血が出てもおかしくはない勢いだが、そこまで血は増えていないようだ。）<br />
こんなに元気なのが本来の私なのなら、今までの私はずっと病気だったんじゃないかと思えるくらいだ。嬉しくて嬉しくて仕方がない、と自覚する以前に体ってこんなにも心が顕著に現れるものだったのか。<br />
日本行きは、どんなビタミンよりも、どんな滋養強壮朝鮮人参よりも、どんなアロマテラピーよりも、どんな愛人よりも（しつこくてゴメンＭ子さん。笑）何十倍も何百倍も効き目があるのだ！<br />
この最高状態がもっともっと長く続いてほしくて、日本に行く時期を延期したいくらいだ。<br />
まだ出発したくない。出発するのが惜しい。もっとこの気分を味わっていたい。<br />
この高揚感を。この張り合いを。<br />
あぁせつない。<br />
もっと楽しみに待っていたい。<br />
行きたいのに行きたくない、行ってしまったら終わってしまう。<br />
まだ行きたくない、でも行きたい、行きたいけどまだ行きたくない。<br />
ヘンな気持ちだ。<br />
<br />
<br />
でも、出発します。<br />
戻ってきたらまたおもちゃ箱にお付き合い下さい。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-02-10T22:48+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=879714">
  <title>タタ</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=879714</link>
  <description>快晴の気持ちの良い日だったので、家族四人自転車に乗って田舎道を回って戻ってくると、長い髪を垂らしたルーシーがこちらを見て立っていた。<br />
ルーシーは私たちがおととしまで住んでいた家を買い受けて住んでいる若い独身女性だ。<br />
年が明けてから会ったのは初めてだったので、ビズをしながら今年一年の幸を祈った後、彼女は３度ほど来たのだけれどいつ来ても私が留守だったので・・・と言いながら手にしていた厚めの本を私に渡した。<br />
「マルセルがクレランが欲しがってたから、って。」<br />
片手で自転車を支え、片手で受取った本</description>
  <content:encoded><![CDATA[快晴の気持ちの良い日だったので、家族四人自転車に乗って田舎道を回って戻ってくると、長い髪を垂らしたルーシーがこちらを見て立っていた。<br />
ルーシーは私たちがおととしまで住んでいた家を買い受けて住んでいる若い独身女性だ。<br />
年が明けてから会ったのは初めてだったので、ビズをしながら今年一年の幸を祈った後、彼女は３度ほど来たのだけれどいつ来ても私が留守だったので・・・と言いながら手にしていた厚めの本を私に渡した。<br />
「マルセルがクレランが欲しがってたから、って。」<br />
片手で自転車を支え、片手で受取った本を見た。<br />
タイトルは『ジンジャーの匂い』とあった。<br />
「欲しがってた」と言われても記憶にない本だ。大体ずいぶんしばらくマルセルには会っていないし、そんな以前に彼女とこの本の話をしたこともない。いや、ないはずだ・・・確かに、ない。<br />
「この本をって？」と眉を寄せて怪訝そうにする私に、ルーシーはよくわからないけど、といった顔をして任務終了をほのめかした。「この本をクレランに渡してって言われたの。中に一言書いてあるわよ。」<br />
<br />
マルセルは友人ココの伯母さんだ。ココがいつも『タタ・マルセル』と呼んでいるのはそのせいだ。タタはフランス語で伯母（叔母）さんを意味する。<br />
ルーシーもマルセルの遠縁の娘になる。ココとルーシーがどういう関係なのかよく思い出せないが（何度聞いても覚えられない）、いずれにせよこの田舎では誰も彼もが誰彼かの親戚で、入り組んだ路線図のようにどこかで繋がっているのには、いつも驚かされる。<br />
フランス人はこの「タタ」とか「トントン（伯父・叔父さん）」をくっつけるのが好きで、小さな子供に友人を紹介する時にも実際には親戚ではないのに「ほら、トントン・フランソワだよ」なんて言い方をしたりする。親しみを感じさせる呼び方なんだろう。でもタタ・マルセルは本当に彼女の伯母さんで、今年８４歳になるとは何度目をこすっても信じられないほど、お洒落で小粋で素敵な女性なのだ。<br />
柔軟で現代的で好奇心旺盛な彼女と会うと、まるで同い年の友だちと話しているようなみずみずしさがある。<br />
初めて会った時から私はマルセルが大好きになった。滅多に会うことはないけれど、いつもココを通して消息を尋ねる時、「タタ・マルセル」は元気？と聞いていた。<br />
<br />
その彼女が本を執筆していると知ったとき、何の本なのかは全く知らずに「本をお書きになっているんですってね！」と私は明るく切り出したものだ。<br />
すると彼女は思いのほか言い渋って、「えぇそうなの」と言ったきり気を悪くした様子もなく、自然と話題をそらしてしまったのでどうしたのだろうと思ったのだ。<br />
後になって知ったのは、その本は彼女が６０年近くもの間誰一人にも話さずにいた体験を綴ったものだということだった。<br />
<br />
戦争下。２０代前半のマルセルは暖かい家族に囲まれて育ち、結婚は目前にひかえていた。結婚式前夜、二人は新居になる予定だったアパートで共に一夜を過ごすことにした。当時、結婚前にしてはいけない事とされていたが…彼女には嫌な予感がしたのだ。そしてその通り、翌朝早く、警察がやってきてすべてが変わってしまった。レジスタンスだったフィアンセとマルセルを密告したのは同じフランス人だった。二人が互いの姿を再び見ることは二度となかった。それぞれが別々のナチスの収容所に連れ去られたのだ。フィアンセは収容所で亡くなった。<br />
その日の夜、収容所を生き抜く姿、アメリカ軍に解放される奇跡の日、人生の復興まで、彼女が書いたものは執筆後すぐに本になって出版された。大切な歴史の証言として価値あるものだが、様々な影響を配慮して彼女が半世紀もの年月封印していたものを書き表すのは、どんな想いだったか想像には及びつかない。<br />
そんな苛酷な体験をしていたとはとても見えない、透き通って夢見がちな目をした彼女は、故郷に復帰したあとも結婚することはなく、独身で通している。<br />
<br />
家の中に入ってコートを脱ぐやいなやソファに腰をおろし、ルーシーから手渡された本を開いてみた。<br />
表紙から２ページ目の白いページに手書きで「親愛なるクレランへ、すべての友情を込めて。タタ・マルセル」と記されてあった。<br />
私は彼女の姪でもなんでもないのだけれど、いやだからこそ、遠い異国での「タタ」が嬉しくて、心がいっぱいに温かくなった。<br />
電話をすると「本棚を整理していたの。そしたらこの本が出てきたのよ。昔読んでとても気に入った本なの。すぐにあなたを思い浮かべたわ。あなたに差し上げる！」と歯切れよく言った。<br />
「ジンジャーの匂い」というのはフランス語訳で、著書の名前はイギリス人、原語は英語だと表紙の裏に印刷されてあった。原題はThe ginger tree、邦訳は <a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309201385/qid%3D1106087764/250-6104348-5016242">「ジンジャーツリー愛と追憶の日本」</a>として日本に紹介されている本らしい。<br />
物語は１９０３年に始まる。イギリス女性が中国を経て日本人将校と恋に落ち、日本を舞台に自立して生きていく様を描いたものだそうだ。内容は大分違うけれど、日本人の私が中国を経てフランスに来たのとは逆の方向で展開されているストーリーには、今のタイミングとも合って何か得るものがあるかもしれない。読むのが楽しみだ。<br />
来月日本に行くことになった、と話したら即効で「じゃぁ絵葉書を送ってちょうだいね！」と声をはずませた。<br />
見つけた中で一番日本的で綺麗で大きなカードをタタ・マルセルに送ろう。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-01-16T22:25+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=871817">
  <title>日本行きのチケット</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=871817</link>
  <description><br />
今回ばかりは話の進みが速かった。<br />
来月ひとりで日本に行くことになった。<br />
私にしては勇気をしぼりかなり強気で夫に交渉し、３週間という期間を手に入れた。<br />
２週間は学校が休みなので、子供たちは義父母家に預ける。残り一週間は学校があるので、学校からの送迎を夫と義父母がやりくりしてくれることになった。<br />
３週間もの間、安心して預けられる人たちがいるというのは、とても恵まれていると感謝に絶えない。<br />
<br />
それにしても日本行き、どこも満席で驚いた。世の中にはこんなに日本に行く人がいたのだ、ということ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
今回ばかりは話の進みが速かった。<br />
来月ひとりで日本に行くことになった。<br />
私にしては勇気をしぼりかなり強気で夫に交渉し、３週間という期間を手に入れた。<br />
２週間は学校が休みなので、子供たちは義父母家に預ける。残り一週間は学校があるので、学校からの送迎を夫と義父母がやりくりしてくれることになった。<br />
３週間もの間、安心して預けられる人たちがいるというのは、とても恵まれていると感謝に絶えない。<br />
<br />
それにしても日本行き、どこも満席で驚いた。世の中にはこんなに日本に行く人がいたのだ、ということを初めて井から出て知った蛙のように、私はパソコンの前で唸った。<br />
それでもなんとか良さそうなチケットを見つけた後、安くてお得なものを見つけ出す天賦の才能のある夫が、もう一度探してくれることになった。<br />
<br />
しばらくネット徘徊していた夫が、パソコンのある部屋から声をあげた。<br />
「いいチケットがあるよ！」<br />
「ホント？」と私は嬉しそうな声を投げながら、見に行くと、夫は思いもかけないところを旅していた。<br />
「うん！ドミニカ共和国なんて、どう？」<br />
「・・・・・・・。」<br />
「安いよ〜」<br />
「・・・・・・・。」<br />
「ハバナもいいよ！」<br />
「・・・・・・・。」<br />
「エジプトとか、これなら安く行けるよ！」<br />
「・・・・・・・。」<br />
「あ、」と私の反応を見て、初めて気がついたような声を夫は白々しく出した。<br />
「ひょっとして、キミ、『自分の国』に行きたいの？」<br />
「うん・・・・」<br />
「あ、なーんだじゃぁ、ニホンじゃん！！！」<br />
「ごめん・・・・今、笑えない・・・」<br />
と私は鼻に力を入れて呟いた。<br />
普段なら夫婦漫才が出来るのだが、今回はこんなジョークにですら傷ついて涙が浮かぶくらい、日本行きは大切なことなのだ。彼のジョークは半分本気だと、私にはわかるから余計になのかもしれないが。ヘタをしたら、本当にドミニカ共和国に行かされてしまう。<br />
「うん、わかった。笑えないってことが。」と夫は殊勝にも言って、少し反省したようにネットを続けた。「忘れてたけどさ、キミって日本人だったんだよね。」という彼特有のジョークを付け加えるのを忘れずに。<br />
結局のところ、珍しいことに私が見つけたチケットが一番お得だということになり、いよいよ買うことになった！<br />
胸の高鳴るその時、<br />
「キミがフランス人だったら、こんな問題もないのにな。」と性懲りも無く言い、最後のあがきで「セネガルに行きたくなーい？」と私にダメ押しした。<br />
「行きたくない。」とキッパリと答えたのを確認し、夫は購入のページを開いた。<br />
<br />
チケットを申し込むのは拍子が抜けるくらいあっけなかった。<br />
実感の湧かないまま、家族が寝静まった夜になったが、私はなぜか眠れなかった。<br />
午前２時まで落ち着きなくキッチンや居間を歩いた後、赤々と燃える暖炉の火をボウッと眺めてようやく眠気が降りてきた。<br />
たぶん、知らない間に興奮していたんだろう。<br />
<br />
ひとりで行くというのは本望ではなく、子供に日本を見せたい触れさせたい、というのが切なる願いなので、日本に行けるということが単純に嬉しいわけではない。<br />
子供を連れて行けない残念さと、一人で行くことがぜいたくで自分勝手なのではないか、という自責とが、喜びの裏でうごめいている。<br />
でも、またここで我慢をして行かなかったら、心の無理がそう長いこときかないことを予想できるので、とりあえず、ここは第一歩として行かせてもらうことにした。<br />
子供を連れて行くことは、また長い時間をかけて夫を説得していこう。<br />
<br />
今回ひそかに気がついたのは、単に経済的な理由だけではなく、夫には「怖れ」というものがどこかにあるんだろうということだ。<br />
人一倍、守りの堅い彼だ。<br />
私や子供たちが日本に寄りすぎてしまうと、フランスから離れてしまうのではないか、という怖れが無意識にあるのではないだろうか。<br />
常々、「ボクに万一のことがあっても、キミと子供たちにはフランスで暮らし続けて欲しい」と言っている彼だ。日本が好きではあっても、一時期は家族全員で暮らすのはステキだとは思っていても、フランスという土壌から私たちが根本的に離れる姿を想像したくないのだ。<br />
彼自身のお墓はもう故郷のある場所と決めているくらいだ（私なんて何処だっていいけれど）。<br />
今回だって、私の溜めたお金で行けるのだから家計には直接影響は出ない。私の母も家族で行くとなったら飛行機代の援助は喜んで申し入れてくれている。それを断ってまでまだ行かないと言っているのだから、頑固さの上に石がのっている。<br />
私が子供を連れていくのが絶対にダメだと言い張っているのも、置いてきぼりになるような不安、いやそれ以上の恐怖があるのだろう。（本人にまだ確認していないので推論だけど。）<br />
「きっと帰ってくるんだから」とそんな当然のことを口を酸っぱくして約束してみても、口約束など信じない農耕民のように、作物を手にするまでは予断は許されないのだ。<br />
子供という人質がいれば、夫もとりあえず安心して私を日本に行かせることが出来るのだろう。<br />
これも、愛なのか？！所有性の強い愛なのか？！という疑問は、また心の中に封印して・・・（いつかパンドラの箱がまた開く時まで）、来月日本に行ってきます！（なんだか緊張してきた〜）<br />
<br />
<br />
（先日お会いしたたつほこさん情報によると、昨年１１月から石油価格の値上げにより航空券も若干値上げされ、各社間の協定もできて値段の差が減ったのだそうだ。ちなみに私が買ったのはクレルモン-東京間で819ユーロ 10万円ちょっと）]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-01-15T19:57+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=860369">
  <title>無いちんちんは生えない</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=860369</link>
  <description>（注。一部性用語が頻出していますが、18歳未満の方にもお読みいただけます　--;）<br />
<br />
ナナが生まれて女の子としてスクスク育っていたある日のことだった。<br />
兄トトは同じ家族にやってきた自分と似たようなもう一人の存在を、事あるごとにマジマジと見ていた。<br />
そしてある時、待ちきれなくなった疑問は、ついに答えをママに求めた。<br />
「ママ、いつになったらナナにおちんちんが生えるの？」<br />
<br />
その時ハッと気がつかされたのだ。<br />
そうだ、人は自分が当然持っているものは他人も持っていて当然と思うものなのだ、と</description>
  <content:encoded><![CDATA[（注。一部性用語が頻出していますが、18歳未満の方にもお読みいただけます　--;）<br />
<br />
ナナが生まれて女の子としてスクスク育っていたある日のことだった。<br />
兄トトは同じ家族にやってきた自分と似たようなもう一人の存在を、事あるごとにマジマジと見ていた。<br />
そしてある時、待ちきれなくなった疑問は、ついに答えをママに求めた。<br />
「ママ、いつになったらナナにおちんちんが生えるの？」<br />
<br />
その時ハッと気がつかされたのだ。<br />
そうだ、人は自分が当然持っているものは他人も持っていて当然と思うものなのだ、と。<br />
トトにしてみれば、ナナは自分と同じコドモという部類であるからにして、同じようにおちんちんがあるものと思っていた。<br />
ところが、生まれた時にはなかった。<br />
ということは、赤ちゃんの時にはないが、成長するにしたがって生えてくるものなのだと彼なりに解釈したのだろう。<br />
性別によって肉体に違いがあるなどということは、まだ知らなかったのだから、彼にとっては大いなるナゾであり理由付けだったのである。<br />
肉体的なことで言えば、髪の色、肌の色、目の色形、腕や脚や指の数など、自分と違う相手に会って初めて、持っていて当然と思っていたものがそうでなかったことに気づく。<br />
そして疑問が生まれる。<br />
なぜ違うのか？<br />
自分を基準に考えた場合、何らかの理由があって自分と同じ状態から違う状態へ変化したと思うか、対象もいずれは自分と同じようになると思うかだろう。トトのように。<br />
もしくは・・・実はこちらの方が多いのだろうが・・・自分とは似ても似つかない存在だということだ。<br />
<br />
<br />
これは性格というか、考え方でも同じことなのだ。<br />
自分にとって当然ともいうべきことは、押し付けるわけではなくとも、相手にとってもそうだろうと自然と考えやすい。自分が思いやるやり方で、相手も思いやりを示してくれるものと思ってしまう。<br />
夫婦関係においてはそんなことの連続だ。「なんでこんなこともできないんだろう」「なんでこんなこともわからないんだろう」「なんでこんな風に思いやってくれないんだろう」と、『・・・だろう？』が日常のここかしこに隠されている。<br />
お互いに思う箇所は全然違っていても、驚愕したり首をかしげたり苛立ちを覚えたりという気持ちはお互い様だろう。<br />
でもつまりは。無いちんちんは生えない、ということなのだ！<br />
自分にあるものが、相手にもある、と思っちゃいけない。<br />
無いちんちんと出せと言っちゃいけない。生えるのを待っていてもいけない。<br />
（ここはひとまず、自分が男か女か、ということは置いておいて比喩として言っています）<br />
そもそも恋愛というものは、「私たちってなんて分かり合えるのかしら♪」という勘違いのもとに始まりながら、実は本能では自分にはないものを持っている相手に惹かれて一緒になるわけだから、一緒になったといって、相手に同じ思考回路を求める方が間違っているのだ。<br />
<br />
あれ、なんでこんな話を思い出したんだっけ？<br />
そうそう、夫との年末の話し合いを考えてたら思い出したんだった。（前回日記分）<br />
同じ間違いをここでもやってしまったのだ。<br />
「日本を離れてどんなに頑張ってるか」の部分を当然わかってくれているもの、と疑ってもいなくて、その部分には触れたこともなく長年自分でも心に鍵をかけて過ごしてきたのだが、その「当然」は彼にとっては「当然」ではなかったとわかった、あの時。<br />
「ボクは出来ないから、キミも出来ないだろう、それをやっているんだから大変だろう」と思ってくれている・・・と思いきや！　不満も言わず、笑顔を絶やさない、けなげで愛くるしい妻（？それ誰？）の姿に、てっきり「ボクは出来ないけど、キミは出来るんだ」と思いこんでしまった彼。<br />
<br />
彼の方にしてみれば同じように発見の瞬間だったろう。<br />
「アイツは平気。」と思っていた相手が平気じゃなかったとわかったのだから。<br />
こうやってお互いのちんちんの有無がわかった時点で、滞っていた一歩が進めることになったわけだ。誤解が解け、相手との考え方のズレが明確になったことで、対処のしようが見つかるわけだから。わかって本当に良かった。一年を締めくくるに当たっては最高の幕引きになり、新年を迎えるに当たっては最高の幕開けと言えよう。<br />
<br />
<br />
ところでナナがその後大きくなってきた時、尋ねてきたものだ。<br />
「ママ、あたしもおおきくなったら、おちんちん生えるよね？」<br />
兄に聞いたら「おんなの子だから生えないんだよ。」と言われたので、競争意識を燃やした彼女は、兄には有ってあたしに無いわけがないとばかりに腹を立て、「ぜったい生える！」と豪語してママに救いを求めてきたのだった。<br />
ナナは兄を見て育っているので、自分もいつか同じようなものが持てると思っていたらしい。トトの逆版だ。<br />
そんなに欲しいか？<br />
そう、この物語はつまり（どういう物語なんだか）、相手が持っているものを自分が持っている（持てるようになる）とは限らない、ということも教えてくれる。<br />
「ううん、生えないのよナナ。ママを見てごらんなさい、ママずいぶん大きくなったけど（えぇずいぶん大きくなったわ）おちんちん無いでしょ？」<br />
しばらく言葉も無く私を見つめた後、現実の道理が飲み込めたらしいナナは、「あぁそうか！」<br />
と、気を取り直したように言った。<br />
不平等なのではなく、他に代わりになるものを得ることができると自分なりにわかり、満足したようだった。<br />
「ちんちんは生えないけど、毛がはえるんだね！」<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-01-08T07:58+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=853052">
  <title>謎が解けた大晦日</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=853052</link>
  <description>そういえば、「おかしいな」と思っていたのだ。<br />
奥さん、日本が恋しくなってませんか、とよく聞かれるらしい。<br />
その度に夫は<br />
「ひょっとしたら恋しいのかもしれませんし、恋しくないのかもしれませんし、ボクにはわからないですね。彼女はそれを見せないようにしてるのかもしれませんし。<br />
でも国際結婚というのは、難しいものですよ。<br />
どちらか一方が、自分の国と決別しないといけないんですから。」<br />
<br />
そう答えたという話を夫の口から聞く度に、私はふーーーんと言って何かが腑に落ちない気になったものだ。何かがヘ</description>
  <content:encoded><![CDATA[そういえば、「おかしいな」と思っていたのだ。<br />
奥さん、日本が恋しくなってませんか、とよく聞かれるらしい。<br />
その度に夫は<br />
「ひょっとしたら恋しいのかもしれませんし、恋しくないのかもしれませんし、ボクにはわからないですね。彼女はそれを見せないようにしてるのかもしれませんし。<br />
でも国際結婚というのは、難しいものですよ。<br />
どちらか一方が、自分の国と決別しないといけないんですから。」<br />
<br />
そう答えたという話を夫の口から聞く度に、私はふーーーんと言って何かが腑に落ちない気になったものだ。何かがヘンだ。<br />
何がヘンて、「決別」という言葉に、心に突き刺さったような鈍痛を覚えていたのだ。<br />
「決別」あるいは「断念」という夫が使ったこのコトバは、直訳すると「死別する」くらいの意味合いで、つまり「自分の国に喪に服す」というニュアンスであるからにして、納得がいかない。<br />
なんでそこまで決別せにゃならんのだ？<br />
<br />
日本はタカイ、だから敷居がタカイ、と夫は言い、それはわかる。<br />
なんといってもオーヴェルニュ人的経済感覚が、彼のすべての行動基準であり、行動理由であり、存在理由であると断言してもいいくらいのヒトだから、金持ちニッポンに行くと考えただけで、全身硬直するように身構えてしまい、鉄球を足につながれたように身動きが出来なくなってしまうのだ。家族で日本に行くとなったら、私たちがロケットに乗って宇宙に飛びたつくらいの一生に一度の覚悟が必要らしい。<br />
加えて、母子で日本に行っておいで、という考えは彼の辞書にはどのページを繰ってもないが、彼の刑法には載っている。一人でフランスに「残される」なんて絶対に許されないことだ。<br />
家族は常に一緒に行動すべきであって、そんなことをしようものなら一家離散としか考えられないのだ。子供を連れて一時帰国している海外在住の女友達の話をすると、まるで、子供が中東へ人質として連れ去られた親の話を聞いているように痛々しい顔になる。<br />
「子供を連れ去って日本へトンヅラする日本ジョセイの身勝手な行動が、ボクには理解できない。」<br />
なんでトンヅラなのか。<br />
イツモイッショ！の彼にすれば、それは拷問に等しいのだ。<br />
だから行く時は一緒、と決めこんでいる。<br />
<br />
だから行けないうちに時は経つ。。。<br />
<br />
子供を連れて日本に行きたい、子供に私の国を見せてあげたい、子供のうちに、今のうちに、母の元気なうちに・・・と話しながら涙が止まらなくなってしまった私の横で、夫はため息をついた。<br />
「キミがタイ人だったら良かったのに。」<br />
なんで？<br />
「タイだったら、何度だってバカンスに行けるのに。」<br />
うーーーん、何かが違う、やっぱりこの夫とは肝心な何かの感覚が違う。<br />
どんなに心を優先させて聞いて欲しいとSOSを送っても、彼の心には硬く縛った綱のような財布の紐が居座っている。<br />
<br />
「だけどさ、あなたがもし日本に住んでたら・・・」<br />
それでもめげずに私は突っ込みに入ろうとした。（フランスに時々帰りたいと思うでしょ？と続けるつもりで。）<br />
「そんなのムリ。ボクはこの国以外に住めない。国どころか、この土地以外の場所には住めない。だから、キミはスゴイよ。」<br />
そう、パリへの一泊の出張でも、もうヘロヘロのホームシックになって帰ってくるヒト。<br />
「でしょう？でも私だって時々日本に帰るのは必要なのよ。」<br />
「そうか・・・キミになら出来るんだと思ってた。」と、そこで夫が呟いたのを私は聞き逃さなかった。何を出来ると思ってたって？<br />
「フランス人になること。」<br />
日本人としてのアイデンティティーを失くす、という意味ではなく、フランスという国で日本を必要とせずに生きていけると思った、という意味だ。<br />
「ボクには出来ないけど、キミは出来るんだと思ってたよ。」<br />
<br />
なに！！そんなこと思ってたんだ！！！<br />
突然、漠然と謎だった、あの言葉の意味が解けた。「決別」という言葉の意味を。<br />
これが2004年が幕を閉じるという大晦日の０時ごろにわかったことだった。<br />
待てよ、これは同時に、私への催眠術の呪文でもあったかもしれないではないか。そういえば日本が懐かしくなると、「ここでの人生をきちんと築いていないからそんな気になるんだ。ここでの生活がちゃんと出来てない証拠だ。」なんて監督のごとく叱咤激励してきたのも彼ではなかったか。<br />
そりゃ一時期、足場を建設するためにどっぷり浸らなければいけない時もある。<br />
だけど、日本と決別なんて出来るわけないじゃないの。<br />
<br />
勝手に喪に服させるなーーー！（ゴーーーーン！←除夜の鐘）<br />
<br />
そんなわけでなかなか日本に帰れませぬ・・・と説明する娘に<br />
「あなた、まるで・・・北朝鮮に嫁がせたみたいじゃないの・・・」と母は電話の向こうで呟いた。<br />
わからなくなってきました。私は一体、どこに嫁に来たんでしょう？<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-01-03T20:59+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=848085">
  <title>ホームシック</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=848085</link>
  <description><br />
掲示板にいろいろ書き込んで下さって、いろいろお話ししたら、おかげさまで元気になりました。<br />
まぶしくて、みなさんが目を細めてしまうような笑顔が戻ってきました。（←言いたい放題）<br />
本当にどうもありがとう！！！<br />
年内にはじけてしまえて、よかった。<br />
これでまた自分を見直して修正して、新しい気持ちで一年をしっかりと迎えることができそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
ホームシックと言うのは、まるで花粉症みたい。と今回思った。<br />
突然、発症する。<br />
もちろんその前に、潜伏期間がある。免疫力が落ちているのだろ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
掲示板にいろいろ書き込んで下さって、いろいろお話ししたら、おかげさまで元気になりました。<br />
まぶしくて、みなさんが目を細めてしまうような笑顔が戻ってきました。（←言いたい放題）<br />
本当にどうもありがとう！！！<br />
年内にはじけてしまえて、よかった。<br />
これでまた自分を見直して修正して、新しい気持ちで一年をしっかりと迎えることができそうです。<br />
<br />
<br />
<br />
ホームシックと言うのは、まるで花粉症みたい。と今回思った。<br />
突然、発症する。<br />
もちろんその前に、潜伏期間がある。免疫力が落ちているのだろうし、ときどきくしゃみが出たり、目がかゆくなったりするくらいの前触れはあるのだが、それほど気にしないで暮らせてしまう。<br />
それが、ある年。<br />
花粉の種類とか、量とか、風向きとか。本人の体調とか、ストレスとか。<br />
ナニがどう絡むのか、一気に花粉症になる。<br />
そうなったらもう、涙は止まらないし、食欲はなくなるし、何をする気にもなれない。<br />
一度なってしまったら、もう完全に治るというのではなく、症状が軽い時期、重い時期があるにせよずっとソレと付き合っていかなくてはならない。<br />
ね、ホームシックとそっくり。<br />
ホームシックには痒みもくしゃみも伴わないが、酸素ボンベをはずされたような息苦しさがあった。<br />
よって防菌マスクではなくて、酸素マスクがほしい（えぇマジメに言ってます）。<br />
<br />
それで思い出したのが、遠い昔のこと。<br />
ジャックというフランス人がいた。<br />
東京でフランス語を習っていた時に知り合った人だ。確か、研究職で来て1年近くになるのだった。<br />
とてもおとなしくて、ピュアで優しそうな目をした、20代後半の青年だ。<br />
その後、ジャックの友人が、同じく研究職で東京にやってきた。<br />
ジャックを見つけて大喜び。その友人が私に話してくれたのは。<br />
「もうかれこれ半年以上も連絡がまったくなかったんだよ。」と言う。<br />
「友人にも、家族にも。手紙を書いても返事がこなくなってしまったんだ。それで皆すごく心配していたんだ。」<br />
まったく連絡がなかったって？どうして？<br />
「今回尋ねてみたら、ジャックはこう言うんだ。『寂しかったんだ』って。」<br />
寂しかった？<br />
寂しかったら、どうして連絡しないの？<br />
「そうでしょ？そこがジャックなんだよ。つまりね、彼は家族や友人からの手紙を心待ちにしていたんだ。それで、毎日毎日郵便受けをのぞいていた。でも、待つという行為をすればするほど、彼は自分の中の寂しさを自覚した。手紙は来る。返事を書く。でも、その後の返事はすぐには来ないこともある。待てば待つほど寂しくなる。それに耐えられなくなった。だから、やめたんだ、全部。連絡を取るのを一切やめたんだ。ジャックは僕達を葬ることで、寂しさから逃れようとしたんだ。」<br />
<br />
よくわからないな、とそのとき思ったのに、今でもこの話を印象深くハッキリ覚えているのはフシギだ。でも今になってみると、ジャックの気持ちが痛くて切なくて胸をかきむしりたいほどわかる。<br />
わかるだけでなくて、実際、同じことをしてしまったんだと気がついた。<br />
<br />
私はもちろん日本の友人とも家族とも連絡は取っているから、まったく同じことではない。<br />
でもこちらに来て以来、フランスでの日本社会から自ら遠ざかっていた部分には、共通するものがあるのだ。<br />
もう日本は振り返ってはならない、日本人とのつながりもわざわざ求めない、後戻りは出来ないのだから、ここで居場所を築かなくては。フランスとフランス人とここでの人生を築き上げることだけ考えなくては。どこかで自分をそうやって追い立てていた。<br />
フランスに同化する、同化しよう、同化しなくては・・・<br />
前へ前へ・・・後ろは見ない、後ろは見ない・・・<br />
前はフランス、後ろは日本に、いつのまにか仕分けされていた。<br />
競馬馬がよそ見をしないようにはめる視界限定パッチを自分にもかけて、<br />
そして私なりに一生懸命進んでみた。<br />
そうでもしないと、倒れてしまうと思ったのか、逃げになると思ったのか、哀しくなると思ったのか、<br />
自分の中の弱さをかばうための精一杯の強がりだったのだと思う。<br />
深層心理では、怖かったのだ、きっと。自分の弱さが。<br />
不器用な私は、日本とフランスと、自分の中で上手にバランスを取って築いて行くことが出来なかったのだ。<br />
そのため無意識に心に蓋をして、鍵をかけてきた。<br />
とりあえず、そんな変な意地のおかげでヨタ足でもここまで来れた。<br />
パンドラの箱が開いてしまうまでは。<br />
<br />
今回のホームシックは私に教えてくれた。<br />
もっと素直になりなさい。鎧を脱いでいいんだよ。弱くったって当然なんだよ。<br />
もっと柔軟になりなさい。日本とフランスとを、マーブルケーキのように融合させちゃっていいんだよ。チョコレートケーキだけを焼くのでもなく。バニラケーキだけを焼くのではなく。<br />
私の心の中でまぜこぜにしてしまいなさい。そして私なりのケーキを焼いてごらんなさい。そのケーキを出来るだけ多くの人と分かち合って食べなさい。<br />
そう、今ならきっと出来る。（と、肩に力が入っちゃいけないのよ。自然体でやらないと。。。でも時間がかかるんだろうな。）<br />
さぁこれが、私の来年の課題になった。<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-12-31T10:55+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=827455">
  <title>みんなでウツならこわくない</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=827455</link>
  <description><br />
時はクリスマス前。<br />
街は賑わい、子供たちはデコレーションではしゃぎ、美味しい食べ物とプレゼントの用意でヒトビトはウキウキしている時期・・・・・のはず、なのだ。<br />
が。なぜかそうじゃないらしい。<br />
灰色の重たい雲が空を覆い、木枯らしから身を守るように前かがみで歩くような毎日が続くと、気持ちが沈んでくるのだろうか。明るい太陽のもとで、あれほど身も心も開け放していた反動なのだろうか、いやおそらくその逆で、この長い冬の鬱を乗り越えるためには、夏の日差しを奪ってでも余分に身体に蓄積しておかないとなら</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
時はクリスマス前。<br />
街は賑わい、子供たちはデコレーションではしゃぎ、美味しい食べ物とプレゼントの用意でヒトビトはウキウキしている時期・・・・・のはず、なのだ。<br />
が。なぜかそうじゃないらしい。<br />
灰色の重たい雲が空を覆い、木枯らしから身を守るように前かがみで歩くような毎日が続くと、気持ちが沈んでくるのだろうか。明るい太陽のもとで、あれほど身も心も開け放していた反動なのだろうか、いやおそらくその逆で、この長い冬の鬱を乗り越えるためには、夏の日差しを奪ってでも余分に身体に蓄積しておかないとならないと、本能的に知っているからなのだろうか。<br />
まだ冬は始まったばかりというのに、もうビタミンDはあちこちで切れてしまったようだ。<br />
そう、見渡せば誰もかしこもウツなのである。<br />
<br />
夫は「デプリメ（落ち込んでる）」と呟きながら仕事に行く。疲れて元気が出なく、気分がウツだという。<br />
職場に行くと、同僚もみんなウツウツイライラとした顔をつき合わせて、一年の終わりに当たってすべてにウンザリしているという。<br />
いつも明るくチャーミングなカット屋さんは、終始電池の抜けたおもちゃの人形みたいな表情をして子供たちの髪を仕上げてくれた。２０歳になる子供の将来が心配で、悲観的な気持ちになっているのだと打ち明けてくれた。<br />
隣人たちは立ち話でウツを天候のせいにして呪った。<br />
こうなると、オーヴェルニュ地方は自殺者が多い、と以前耳にはさんだことを思い出し、それは天候に敏感な体質が多いせいだろうかと思ったりした。<br />
<br />
体調をかなり崩していたせいもあって、私も涙もろくなっていた。<br />
涙が出て止まらない。出る場所も時間もコントロールできないので、困っていた。<br />
こんなことは実際、ここに来て８年目にして初めてのことだ。いろいろと溜め込んでいた心の堤防が壊れてしまったのか、それともいよいよ私もオーヴェルニュの天候に影響されたのだろうか。<br />
村のママ友達たちとお茶をしながら、ふと、私の感受性に触れる話を口にしてしまい、話しながら涙があふれてきた。<br />
長い付き合いになるが、涙を見せるのはこれが最初のことだ。<br />
鼻筋に力を入れて水滴がこぼれないように抑制したが、せっかちな何滴かは流れてしまい、声に詰まった。<br />
すると、テーブルを囲んでいた他の４人全員の目にも、涙が浮かんでいるではないか。<br />
彼女たちの涙を見るのも初めてだった。<br />
私のために泣いてくれている、のではなかった。各人それぞれに悩みがあり、そのことをみんなが思い出してしまったのだった。心の奥深くに閉じ込めている琴線に触れる問題を。<br />
それぞれの抱えているものは違ったが、一体感のようなものが私たちの間に貫通した。<br />
こうして会っている間は笑顔とジョークめいた大げさな不満口調で話し、精神的にタフでハイに見えた彼女たちだが、誰も本気で口にすることをためらうような悩みをかかえているのだ。たまっていた不安や悲しみや疑問が、ポロポロと涙粒と同じように彼女たちの口からこぼれだした。<br />
<br />
夜、夫の幼馴染の奥さんから電話があった。「元気？」と聞くと、活発を絵にしたような彼女から「えぇまぁ・・・」と最初は濁したような返事が返ってきたが、話していくうちに「実はもう限界なの」とため息をついて告白された。<br />
気分がウツで悲しくって、なんてことないことでも涙が出て止まらないの、とにかく休みたい・・・<br />
<br />
あららら、どうしちゃったのかしら。<br />
揃いも揃って、ウツ揃いじゃないか。<br />
一年の厄落とし？<br />
だけど、みんなで泣いて以来、フシギと心が軽くなった。<br />
みんなでウツならこわくない、みんなでウツならステキという気分にさえなってしまった。<br />
まるで重い鎧を脱いだように。<br />
そうだ、鎧をいつ脱いだんだろう、私？<br />
ずっとずっと着込んでいて、戦に備えていたんだな。ひょっとしたらもう必要のないものなのに、そのせいで身動きできなくなっていたのに、脱ぐのがこわくて脱げなかったのだ。<br />
そこで一人で落ち込んでるあなた。あなたもこの際泣いてしまいましょう。私たちと一緒に。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-12-17T06:37+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=798884">
  <title>プロフェッショナル度テスト</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=798884</link>
  <description>フランス人の友人から、こんな貴重で真面目で論理的で実にためになるテストが送信されてきました。　<br />
仕事中よくこういうものを見つけてくるものだと感心感心。さすがは大学の先生フランスの公務員・・・<br />
よろしかったらみなさんもお試し下さい。<br />
設問は全部で４問です。<br />
一見簡単そうですが、真剣に答えて下さい。<br />
<br />
では用意はいいですか？<br />
ゴー！「プロフェッショナル度テスト」<br />
<br />
<br />
設問１．どのようにキリンを冷蔵庫に入れたらよいでしょう？<br />
<br />
↓<br />
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↓<br />
↓<br />
↓<br /></description>
  <content:encoded><![CDATA[フランス人の友人から、こんな貴重で真面目で論理的で実にためになるテストが送信されてきました。　<br />
仕事中よくこういうものを見つけてくるものだと感心感心。さすがは<s>大学の先生</s>フランスの公務員・・・<br />
よろしかったらみなさんもお試し下さい。<br />
設問は全部で４問です。<br />
一見簡単そうですが、真剣に答えて下さい。<br />
<br />
では用意はいいですか？<br />
ゴー！「プロフェッショナル度テスト」<br />
<br />
<br />
<b>設問１．どのようにキリンを冷蔵庫に入れたらよいでしょう？</b><br />
<br />
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<b>正解.　冷蔵庫のドアを開け、キリンを中に入れ、ドアを閉める。</b><br />
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説明）<u>これは単純な物事を複雑化する能力についてのテストです。</u><br />
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<b>設問２．ではどのようにゾウを冷蔵庫に入れますか？</b><br />
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<b>誤答(x): 冷蔵庫のドアを開け、ゾウを中に入れ、ドアを閉める。<br />
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正解(○):　冷蔵庫のドアを開け、キリンを取り出し、ゾウを入れてドアを閉める。</b><br />
<br />
説明）<u>このテストは、過去に行った行為が及ぼす影響を考慮できるかどうかの能力を試しています。</u><br />
<br />
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<b>設問３．ジャングルの王ライオンが現在動物会議を行っています。ほぼ全員が出席していますが、ある動物だけ欠席しています。さて、どんな動物でしょう？</b><br />
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正解:　ゾウです。ゾウは現在冷蔵庫の中ですね。覚えていますか？<br />
<br />
説明）<u>このテストはあなたの記憶力を測るものです。</u><br />
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<br />
さぁ、ここまででどのくらい正解できましたか？<br />
出来なかった方には最後のチャンスをあげましょう。<br />
<br />
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<b>設問４．あなたは今、森の中の大きな川を渡らなければなりません。でもこの川にはワニがうようよいることで有名です。どのようにして渡りますか？</b><br />
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<b>正解:　泳いで渡る。<br />
　　　　　　どうしてって？<br />
　　　　　　なぜならワニは一匹残らずライオン王の開催する動物会議に出席中だからです。</b><br />
<br />
説明）<u>このテストは、あなたが過去の過ちから教訓を学んでいるかどうかを試しました。</u><br />
<br />
<br />
アンダーセン・ワールドワイド・コンサルティング社によれば、社会的地位のある９０パーセントの人間がこれらの設問に正解できなかったとしている。<br />
<br />
しかし、幼稚園児は幾つかの正解を出していることがわかっている。<br />
<br />
以上のことからアンダーセン・コンサルティング社は、肩書きを持つ社会人は４歳以下の児童のIQに劣ると結論を出している。<br />
<br />
?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!<br />
<br />
一種のジョークテストでしたが、いかがでしたか？<br />
全問全滅した私は、早速ふたりの子供たちを呼んでやらせてみました。<br />
<br />
私「質問１。どのようにキリンを冷蔵庫に入れたらよいでしょう？」<br />
ナナとトト「（即答）脚を折り曲げて入れる！首も角も折り曲げて入れる！」<br />
<br />
キリンが冷蔵庫に入るわけないじゃない、と設問を読んだ瞬間思ってしまった、自分の古くなってカチカチになってしまったチーズのような脳が恥ずかしくなりました。<br />
<br />
私「質問２。どのようにゾウを冷蔵庫に入れたらよいでしょう？」<br />
ナナとトト「ドアを開けて、ゾウを耳を折りたたんで入れて、ドアを閉める！」<br />
<br />
私「設問３．ジャングルの王ライオンが現在動物会議を行っています。ほぼ全員が出席していますが、ある動物だけ欠席・・・（まだ言い終わらない）」<br />
トト「ゾウ！！冷蔵庫の中だから！」<br />
<br />
コンサルティング会社の調査は間違っていなかった・・・<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-11-29T21:34+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=744687">
  <title>寝言</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=744687</link>
  <description>今月は緊張によるストレスの連続で、心休まる一日がなかった、というのが一ヶ月を振り返っての感想だ。そのストレスも、結果が実れば後には疲労感と入れ替えに達成感で満たされるというものだが、どれもこれも実りの伴わない結果となってしまった。<br />
あえて冷静に自分を説き伏せるために言うと、すぐ目に見える形での実りはなかった、ということになるのだが。長い目で見ればムダな経験ではなかったろうから。<br />
でも、ストレスと引き換えに達成感はやって来ない、となれば、後にやってくるのは疲労感と脱力、癒しきれない神経過敏、ど</description>
  <content:encoded><![CDATA[今月は緊張によるストレスの連続で、心休まる一日がなかった、というのが一ヶ月を振り返っての感想だ。そのストレスも、結果が実れば後には疲労感と入れ替えに達成感で満たされるというものだが、どれもこれも実りの伴わない結果となってしまった。<br />
あえて冷静に自分を説き伏せるために言うと、すぐ目に見える形での実りはなかった、ということになるのだが。長い目で見ればムダな経験ではなかったろうから。<br />
でも、ストレスと引き換えに達成感はやって来ない、となれば、後にやってくるのは疲労感と脱力、癒しきれない神経過敏、どことなく自信喪失。そして、緊張に翻弄されてまったく手につかなかった、やらなければならない事が一ヶ月前と同じ状態で放置されているという状況。<br />
仕方がないそんな月もあるさ。１１月を迎えるまでには、きちんと気持ちの切り替えをしなくては。<br />
<br />
朝食を食べながら、オットがいつもより情のこもった眼差しで私を見ながら言った。<br />
「君、よっぽど緊張してるんだなって昨晩思ったよ。夜中、めずらしく寝言を言ってたよ。」<br />
「あら、ホント？」<br />
「うん。『ハイ、ハイ、ハイ、ハイッ！！』って日本語で返事しまくってた。」<br />
「エーッ、そう！」<br />
「うん。その声で目が覚めたんだ。それで、あぁコレは相当きてるね、ってわかったよ。」<br />
「ヘェーッ、そうかぁ・・・」<br />
相槌を打って我ながら感心してみたものの、どうもそんな返事をした夢を見た記憶がない。<br />
寝言を言うほどの夢なら、断片でも覚えていてもよさそうだ。　夢の内容は忘れたとしても、夢を見た、ということくらいはなんとなく覚えていてもよさそうだ。<br />
ところが、夢を見た気がしないのだ。<br />
ちょっと考えて夜の記憶を辿ってみたら、解答が出た。<br />
<br />
マウンテン自転車から転がり落ちて左肩を強打して以来、まだ治っていない。<br />
動かせる範囲もポジションもかなり限られていて、それを超える動きをするととても痛いのだ。<br />
夜寝ている間はどういうわけか寝相で腕を動かしてしまって、痛いポジションを取ってしまい、その痛みで目が覚めたりする。<br />
その夜も妙なポジションを取ってしまったらしく、痛みを感じて浅い眠りへと引き戻された。その時だ。私の左側で動くイヤな気配がしたのは。<br />
ぐっすり眠っていたオットが、ゴロリと大きく寝返りを打ってきたのである。<br />
それによって狭いふとんを分け合って寝ている私の、か弱い肩の上に、彼の重い図体がズッシリと乗っかったのだ。お願い乗らないで、と咄嗟に心の中で唱えたが、彼の寝息も鉛のように重くビクともしない体も、熟睡を物語っていた。人の肩の上で眠っていることにも気がつかないのだから、彼自ら退くのを待っていては埒があかない。<br />
けれども私は指一本動かすことも出来なかった。<br />
動けない。重い。痛い。眠い。の４拍子が揃い、私は睡魔で朦朧とするなか必死で声を搾り出し、オットにむかってフランス語で訴えたのだった。<br />
「アイ（a&iuml;e 痛い）、アイ、アイ、アイッ！！」と。<br />
<br />
<br />
<br />
*　フランス人は「あいうえお」と「はひふへほ」の発音の違いがよくわからない。]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-10-29T17:18+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=739950">
  <title>モモはアルジェリア人</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=739950</link>
  <description>モモはアルジェリア人だ。<br />
年のころは50歳くらいか。<br />
アルジェリアがフランス領だったときに生まれた。<br />
1962年にアルジェリアが独立することになり、他の人と同様、「フランス人」として生まれたモモの国籍は「アルジェリア人」に変わることになった。フランス人とフランス軍は本国へ引き上げていった。<br />
けれども、アルジェリア人ではあってもイスラム教ではないモモの一家は、1992年から活発になり始めたイスラム原理主義過激派によるテロと内乱から逃げるように、フランスにやってきた。<br />
モモの国籍は今でも「</description>
  <content:encoded><![CDATA[モモはアルジェリア人だ。<br />
年のころは50歳くらいか。<br />
アルジェリアがフランス領だったときに生まれた。<br />
1962年にアルジェリアが独立することになり、他の人と同様、「フランス人」として生まれたモモの国籍は「アルジェリア人」に変わることになった。フランス人とフランス軍は本国へ引き上げていった。<br />
けれども、アルジェリア人ではあってもイスラム教ではないモモの一家は、1992年から活発になり始めたイスラム原理主義過激派によるテロと内乱から逃げるように、フランスにやってきた。<br />
モモの国籍は今でも「アルジェリア人」だ。<br />
<br />
フランスより地中海を越えた南、アフリカの北にあるこの土地の人々は、フランス人より激昂している、らしい。<br />
彼らの話す言葉のトーンは、まるでとっくみあいのケンカが始まってしまいそうだし、家族のつながりも熱い血潮が煮えたぎっているように濃い。<br />
日本人の私からすると、フランス人は十分にテンションが高いが、フランス人からするとアルジェリア人こそが激昂した民族と感じるようだ。<br />
<br />
モモがまだアルジェリアにいた頃だから、10歳前後の子供だった頃の話。<br />
木工職人だったモモのお父さんは、幼い息子に木材を買ってくるように使いを頼んだ。<br />
お金を預かったモモは考えた。<br />
木材を買う前に、博打で元手を増やして、増えた分は自分のこづかいにしよう。<br />
目の付け所がはしっこいというのか、危なっかしいというのか、残念ながら元手ごと、全部すってしまった。<br />
すごすごと手ぶらで帰宅したモモは、母親に説明して言った。お金を盗られた、と。母はこういって答えた。<br />
「お前を、お金をみすみす盗られるような人間には躾けていないよ。盗られたんではないんだろう。さぁ、お父さんに本当のことを話しておいで。」<br />
モモは再びすごすごと父親の前に出た。そして真実を話した。<br />
ことの顛末を聞き終わった父はこう言った。<br />
「あのお金は一家を養う大切なお金だ。お前の帰りを家族みんなが待っていたんだぞ！こ、こんなことをしでかしたお前は、たった今から、もうオレの子ではないっ！！お前の部屋にある持ち物、すべてお前のものだ。それらは好きにするがいい。今すぐ荷物をまとめて出て行けーっ！！！」<br />
怒り狂った父に抵抗は出来なかった。モモは言われた通り、家を出た。<br />
<br />
3ヶ月ほど経って、兄に見つけられた時、モモは友人とカフェにたむろしていた。血相を変えた兄が、モモに迫り寄ってきた。<br />
「どこにいたんだ！どうして出て行ったんだ！！」<br />
どうしてはないだろう、父が追いやったのだから。しかし兄は青い顔で続けた。<br />
「お前が出て行ったあの日以来、心配でお袋は寝てもいないんだぞ。<br />
おやじときたら物もロクに食べてないんだぞ！さぁオレと一緒に帰ってくるんだ。」<br />
<br />
そういうわけで、長いモモの家出は終結した。<br />
<br />
そのモモも今は20歳の娘がいる父親だ。<br />
その娘が突然パリに上京して、連絡をよこさなくなってしまった。<br />
就職難の田舎を飛び出し、都会で何とか働き口を見つけようとしたのだ。<br />
モモは声を荒げる。<br />
「あいつはもう、オレの娘ではない！！どこにいようと知ったことか！<br />
連絡を寄こしても金輪際縁は切ったっ！！！」<br />
<br />
まぁまぁそうは言ってもね、連絡が来たら嬉しいんだから、と夫はモモをなだめた。<br />
<br />
アルジェリアについては現在のフランス社会を理解する上で、欠かせない歴史。<br />
けれどもただ漠然と「アラブ人」との識別がつくだけで、（来てしばらくは、私にはフランス人とアラブ人の顔の見分けもつかなかった。今でも完璧につくとは言えない。）同じ移民である北アフリカのモロッコ人、チュニジア人、そして中東のトルコ人との間での区別は、申し訳ないほどまるきりつかない。それぞれに文化もフランスとの係わり合いも違うだろうというのに。<br />
日本と中国とヴェトナムが「アジア」という言葉でひと括りにされて、同じ文化で同じ言葉を話す同じ国の人であると思われている経験の枚挙にいとまがない私だが、これは逆の同じことだ。<br />
これを機会にちょっと勉強しなくては。<br />
<br />
<br />
それにしてもなんだか、日本の人情ドラマに出てくるおとっつぁんのようだな、と思ったのは私だけではないだろう。<br />
「お前はもうオレの娘ではない、今すぐ出て行け！」というセリフは、<br />
私が中国に留学すると決めた時も、フランス人の夫と結婚したいと言った時も、父に言われたものだった。<br />
噴火しそうなほどの心配は、カーッとなって机を叩いた握りこぶしと、くるりと向けた背中にあふれていた。<br />
「何があってもお前の骨は拾わんぞ！そう覚悟して勝手にしろ！」<br />
なんで先に死ぬと思うかね。なんでそう裏腹に言っちゃうのかねぇ。<br />
熱いヒトビトはアルジェリアだけじゃないよね。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-10-27T01:02+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=717998">
  <title>アジアンカクテル　その後</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=717998</link>
  <description><br />
急な用件が入り、その日はそのための資料調べの準備に追われていた。<br />
ナナは感冒のせいで前日の夜中に吐きまくり、幼稚園を休んで私のそばでぐずっていた。<br />
嘔吐と悪夢のたびにナナに付き添っていたため、私は寝不足だった。一言付け加えると、寝不足の私はゼロ以下の人間になる。食に関する脳細胞以外は、すべて休止してしまうのである。<br />
しかし今日は休止されては困る。「ドント　ディスターブ」の札を掲げる体の各器官を奮い起こし、私のテンションは高まっていた。<br />
それでなくとも無い時間と無い脳みそにプラスして、</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
急な用件が入り、その日はそのための資料調べの準備に追われていた。<br />
ナナは感冒のせいで前日の夜中に吐きまくり、幼稚園を休んで私のそばでぐずっていた。<br />
嘔吐と悪夢のたびにナナに付き添っていたため、私は寝不足だった。一言付け加えると、寝不足の私はゼロ以下の人間になる。食に関する脳細胞以外は、すべて休止してしまうのである。<br />
しかし今日は休止されては困る。「ドント　ディスターブ」の札を掲げる体の各器官を奮い起こし、私のテンションは高まっていた。<br />
それでなくとも無い時間と無い脳みそにプラスして、寝不足とぐずる子供という泣きっ面にハチのコンディションの中、いかに資料読解に集中できるか、というのが未来を左右するキーポイントだった。<br />
目じりを通常の５ミリほど引き上げて、秒刻みで家の用事を済ませ、ナナの相手をし、さぁこれからという時だった。<br />
<br />
玄関の呼び鈴が鳴った。<br />
その呼び鈴の暢気な音といったら、突然変異で別な空間が生まれ出たように異質な響きを放ちながら頭上を流れていった。<br />
まるで、そう、ピンポンの試合に飛び交う小さなボールを必死になって打ち返していたら、突然色つきゴム風船がふわふわと返ってきたような気分だった。ラケットを構えたまま私は静止した。(実際にはラケットは持っていなかったけれど、もちろん。)　この風船が何なのか、私は玄関のガラスドアを内側から眺めた。<br />
女性の姿が二人並んでいる。<br />
イヤな予感と共に、すでに観念し始めている自分がいた。<br />
<br />
それはシャンタルと、シャンタルの叔母さんだった。<br />
彼女が、言葉を習いたいと言っていた女性だったのだ。<br />
出た、田舎の突然訪問攻撃。<br />
「日程を聞いてみるわ」と言ったのは、私の日程ではなく彼女の日程のことだったのだ。<br />
『人というものは大抵、来てもらっては困る時に限って来る』、これが人生の掟なのだということを、改めて思い出させられた。<br />
<br />
「甥が今度上海の女の子と結婚することになりましてね。」<br />
とシャンタルと顔立ちの良く似た、50代半ばほどの彼女は嬉しそうに言った。<br />
やっぱり上海だったか、日本人じゃなかったか、とうすうす感じていた予感通り、妙にナットクしながら見ると、彼女の手には結婚式の招待状らしき手紙が一通握られている。私にいろいろ見せようと思って持ってきてくれたのだろう。<br />
「私は日本人なんですが、中国語も習いましたよ。」<br />
と言うと、彼女はちょっと表情を変えた。<br />
「あら、あなたの国籍を知っていたら、無理なお願いはしなかったんだけれど。」<br />
と申し訳なさそうに言った。シャンタルが私を紹介したときには、中国人ということにでもなっていたのだろう。<br />
どうやら彼女は違いがわかるようである。<br />
「大丈夫ですから。」<br />
と私は言って、５センチ目の前で微動だにしない二人に、中へどうぞとすすめた。<br />
門前払いを食らわすことは非礼になる。<br />
風船を割らないように、そっと打ち返すよりなかった。<br />
とりあえず中で事情を説明し、今日の所は早めに引き上げてもらって、また改めて来てもらうことにしよう。<br />
<br />
というのは甘かった。<br />
シャンタルは紹介をすませると自宅に戻り、叔母さんだけが入ってきた。<br />
大事な用件が入った時に、まず最初に我が家でカットされるのは、当然のごとく掃除整頓である。<br />
家の中は雑然としていて、ほこりすらも行儀よく積もっていずに、好き勝手に散らばっているような雰囲気だった。<br />
『家がきれいに片付いている時には誰も訪れてこない・・・』、いや『散らかった家は人を呼ぶ』と言った方がいいだろうか。これも人生の掟第２条である。<br />
<br />
叔母さんはテレーズと言った。空いている椅子に座り込むと、先ほどの招待状をテーブルの上に載せ、口を開きだした。<br />
結婚する甥のこと、上海人の相手の女性のこと、二人の出会い、上海のご両親のこと。<br />
結婚式は今週の土曜に行われ、その前の時間と言えば彼女は今日しか空いていないのだということもただちに判明した。日を改めて来てもらうのはムリ、となればただちに中国語講座を始めなければならない。<br />
しかし、彼女の話は止まなかった。<br />
アジアの歴史が好きで、特に中国の歴史が好きでいろんな本を読んだこと、日本の歴史、日本と中国の違い、最近見た日本のルポ・・・・・<br />
話は途切れることがなく、私にコーヒーを入れる隙さえ与えなかった。<br />
コーヒーどころか、座った体勢を直す暇もなかった。<br />
しかし彼女の話は教養に満ちていて面白い。これだけ日本と中国について詳しい人が近所にいたのに気づかずに過ごしてきたということに、私は目を見張った。<br />
シャンタルが様子を見にやってきた。<br />
まだ、レッスンは「こんにちは」の「こ」の字にも到っていないのよ、と私が言うと、「なにしろ、わかるでしょ、このお喋りな私のことだから」とテレーズが補足した。シャンタルも興味しんしんな様子で隣の椅子にどっかりと腰を下ろした。<br />
<br />
招待状の写真の新妻は、チャイニーズアイドルのようなかわいい顔とスタイルだ。<br />
フランスに来て一年、フランス語を勉強している間に甥御さんと出会って、結婚することになった。<br />
彼女はフランス語ができるけれど、結婚式にやってくるご両親は英語もフランス語もわからない。<br />
だからせめて、ご両親にお国の言葉で話しかけたら安心もするだろうし喜ぶんじゃないか・・・というテレーズの配慮は、好奇心と勇気に満ちていて好感が持てた。<br />
<br />
こんにちは、はじめまして、私は新郎の伯母です、などの簡単なセリフを一通り発音しながらメモしていった。<br />
続いて、日本語ではこう言うのよ、と聞かせると、シャンタルは驚いたように目を丸くした。<br />
「へぇ〜〜全然違うのね！！」<br />
初めてわかったような声を聞いて、私はちょっぴり満足した。しかしその後、<br />
テレーズが繰り返して言う「ニーハオ」をけなげにも一緒になって発音してみて、<br />
「これからはクレランに会ったら、ニーハオと言うわ」<br />
と意気揚々として言うので、おかしいやら、苦が笑いしてしまった。<br />
「彼女は日本人なのよ。」とたしなめるテレーズに、シャンタルはウゥとほんの一瞬返答につまったが、<br />
「でも中国語がわかるんだから、ニーハオでいいじゃない！」<br />
とこじつけた。<br />
<br />
「そろそろ引き上げないと。お邪魔をしちゃ悪いから。」<br />
と彼女が私の反応を伺うように切り出した時は、もう昼近かった。<br />
予定外に時間は取られたが、高すぎた私のテンションを馴らしてくれ、楽しい不意の客になった。<br />
<br />
後日シャンタルに会うと、その場に居合わせた彼女の知り合いに私を紹介してくれた。<br />
「クレランは日本人なのよ。でもね、中国語も習ったことがあるから出来るのよ。日本語と中国語は違うんだけど。」<br />
得意そうに胸を張って説明を加える彼女が、微笑ましかった。<br />
<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-10-15T16:46+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=691487">
  <title>アジアンカクテル</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=691487</link>
  <description><br />
村に住むシャンタルが、頼みたいことがあるんだけど。と珍しく、ボンジュールの後に言葉をつないできた。<br />
彼女は２０歳になる長男を筆頭に３人の子供がいて、狩猟と配管工をする夫とともに、それはそれは丸々と太ったハトやガチョウなどの家禽を育てて生計を立てている。<br />
実は私のXXの甥が（正確には誰の甥なのか、最初の方は聞き逃した）結婚することになってね、その相手が日本人だか。。。中国人だったか。。。忘れちゃったんだけど、それでXXが結婚式で新妻と少し話が出来るように、言葉を教えて欲しいって言うんだけれ</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
村に住むシャンタルが、頼みたいことがあるんだけど。と珍しく、ボンジュールの後に言葉をつないできた。<br />
彼女は２０歳になる長男を筆頭に３人の子供がいて、狩猟と配管工をする夫とともに、それはそれは丸々と太ったハトやガチョウなどの家禽を育てて生計を立てている。<br />
実は私のXXの甥が（正確には誰の甥なのか、最初の方は聞き逃した）結婚することになってね、その相手が日本人だか。。。中国人だったか。。。忘れちゃったんだけど、それでXXが結婚式で新妻と少し話が出来るように、言葉を教えて欲しいって言うんだけれど。<br />
<br />
頼みはいともシンプルだった。<br />
もとい、彼女にとってはシンプルなのである。<br />
「。。。だったか、。。。だったか。。。忘れちゃったんだけどさ、マァそんなこたぁ大したことじゃないわよね」というニュアンス、実はここが一番肝心なのだとは想像だにしていないようだった。<br />
多くのフランス人にとってと同様、彼女にとってもアジアの国は全部同じカクテルの中なのである。<br />
実際のところ彼女の口調は「甥が●●人と結婚することになってね」とズバリと切り出すつもりだったのに、私の顔を見たらとたんに（日本だったっけ、中国だったっけ。。。）と心細くなったので、あわてて２つの国の名を挙げたという感じだった。<br />
<br />
あのね。これは、「甥がアメリカ人だったかイギリス人だったかと結婚することになったから、英語を教えてくれませんか」とアメリカ人に言うのとは、ちょっとワケが違いますよ。<br />
例えると、「明日はラーメンか蕎麦にしたいから、麺の作り方を教えてください。」と言っているようなものですぞ。麺は麺でも素材が違う。アジア語はアジア語でも、日本語と中国語は別の言語なんですけど。<br />
おまけに蓋を開けたらヴェトナム人かなんかだったりして。<br />
そういえば、「私の兄はあなたと同じ地方のモンゴル人と結婚してるのよ」と嬉しそうに言われたことも以前あったっけ。<br />
ヴェトナム語かモンゴル語だったら、どうするんだろう。<br />
<br />
・・・ということはくどくど言わず、とりあえず、<br />
「日本語は私の母国語ですから問題ないですし、中国語は別な言語ですが習いましたから大丈夫ですよ。彼女がどちらの国の人であっても喜んでお教えしましょう。」<br />
と説明を加えながら（聞いちゃいないだろうけど）答えると、<br />
メルシー！じゃぁ日程を聞いてみるわ、とニコやかに去っていった。<br />
はてさて、新妻は本当は何じんなのだろう。<br />
みなさまもお楽しみにね。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-10-01T21:22+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=642769">
  <title>螺旋階段</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=642769</link>
  <description>同じところをぐるぐる回っている<br />
だけのような気がすることがある。<br />
大回りしている間は別な処に進んでいるような気になっているけれど<br />
あれ？これって同じところに戻ってきた？<br />
とハタを足元を見せられる。<br />
なーんだ、円を描いていただけなのね<br />
また最初の地点に戻ってきちゃった<br />
ぐるぐる何をやっているのか、私は・・・<br />
こんなに時間をかけて<br />
いろいろわかったような気になって<br />
同じところに戻ってくるとは。<br />
なんと進歩のないやつだ。<br />
<br />
いやいや<br />
これは螺旋階段だと思いたい。<br />
上から（</description>
  <content:encoded><![CDATA[同じところをぐるぐる回っている<br />
だけのような気がすることがある。<br />
大回りしている間は別な処に進んでいるような気になっているけれど<br />
あれ？これって同じところに戻ってきた？<br />
とハタを足元を見せられる。<br />
なーんだ、円を描いていただけなのね<br />
また最初の地点に戻ってきちゃった<br />
ぐるぐる何をやっているのか、私は・・・<br />
こんなに時間をかけて<br />
いろいろわかったような気になって<br />
同じところに戻ってくるとは。<br />
なんと進歩のないやつだ。<br />
<br />
いやいや<br />
これは螺旋階段だと思いたい。<br />
上から（もしくは下から）平面で見たら円でしかないけれど<br />
立体的に見れば上に向かって昇っているのだ。<br />
同じ円を描きながら<br />
すこしづつ円は空間を移動している。<br />
一段昇って円を描き<br />
また少し昇って同じ円を描き。<br />
ひょっとしたらそうやって進んでいるのかもしれない。<br />
その上昇部分は目に見えないけれども。<br />
そう思うことにしよう。（ほぼ強制的）<br />
<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-09-06T20:26+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=509543">
  <title>引っ越してきました</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=509543</link>
  <description>これからも日記（もう皆様ご存知のように、「日」記ではなくてトキド記）は更新していくつもりですが、しばらくは、散らばった古い日記をひとまとめにするべく移動させていこうと思い、新しい日記帳に引っ越してきました。<br />
<br />
読み返してみて、恥ずかしくなったり、苦しいような気持ちになったり、未熟な文に手を入れたくなって背中がムズムズするのですが、どのページも当時の自分が一生懸命書いたもの、タイムマシンに乗った人間が過去には手を触れてはいけないように、手を加えずにそのまま移動させることにしました。<br />
今の私が</description>
  <content:encoded><![CDATA[これからも日記（もう皆様ご存知のように、「日」記ではなくてトキド記）は更新していくつもりですが、しばらくは、散らばった古い日記をひとまとめにするべく移動させていこうと思い、新しい日記帳に引っ越してきました。<br />
<br />
読み返してみて、恥ずかしくなったり、苦しいような気持ちになったり、未熟な文に手を入れたくなって背中がムズムズするのですが、どのページも当時の自分が一生懸命書いたもの、タイムマシンに乗った人間が過去には手を触れてはいけないように、手を加えずにそのまま移動させることにしました。<br />
今の私がいるのは当時の私があってのことだから。<br />
]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-07-07T20:21+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=706871">
  <title>また一歩 </title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/cleran_/story/?story_id=706871</link>
  <description><br />
<br />
そんなつもりは毛頭なかったんです。<br />
私が貞淑で、一途な女だということはわかっていただけてると思います。<br />
浮気や二股なんて、考えたこともありませんでした。<br />
ましてや心変わりなんて。<br />
<br />
<br />
もちろん、マメではなかったですよ。<br />
あなたのことをほったらかしにしてあった時期もあったことは、十分承知しています。<br />
毎日連絡を取るなんて、それは最初からムリ。私はそういう女じゃないんです。<br />
だけど週に一度とか、月に一度とか。。。そのくらいでも、いつだって、あなたのことを心に気にかけていまし</description>
  <content:encoded><![CDATA[<br />
<br />
そんなつもりは毛頭なかったんです。<br />
私が貞淑で、一途な女だということはわかっていただけてると思います。<br />
浮気や二股なんて、考えたこともありませんでした。<br />
ましてや心変わりなんて。<br />
<br />
<br />
もちろん、マメではなかったですよ。<br />
あなたのことをほったらかしにしてあった時期もあったことは、十分承知しています。<br />
毎日連絡を取るなんて、それは最初からムリ。私はそういう女じゃないんです。<br />
だけど週に一度とか、月に一度とか。。。そのくらいでも、いつだって、あなたのことを心に気にかけていました。気に入っていました。ずっと末永く付き合っていきたいと思っていました。<br />
いや、そのつもりでした。<br />
例え一年間会いに来なかったときですら、その気持ちに変わりがあったわけではありません。<br />
本当です。<br />
<br />
<br />
つい、3，4日前のことでしたか。<br />
過去に書いたさるさる日記の分を、このエンピツに移してこようかと思いついたのは。<br />
さるさる日記を読んで下さった方からの書き込みがきっかけでした。<br />
もう長いこと前に、エンピツに乗り換えて以来、そのページがいまだ存在することすら忘れていました。<br />
それはまるで、その後の消息すら尋ねたことがなかった昔の恋人に、久々に会うようなものでした。<br />
一生懸命だった、あの日々。ちょっぴりせつなく、甘酸っぱい想いがしました。<br />
<br />
<br />
いえ、焼けぼっくりに火がついたわけではありません。<br />
昔の男とよりを戻す・・・それは私の性格からは考えられません。<br />
<br />
<br />
もともと、さるさる日記から引っ越してきたのは目次のページが気に入ったからでした。<br />
そして今回さるさる日記をエンピツに移そうと思った時に、ふと、テーマ別に分けられたら、と思ったわけなんです。そういうページをホームページの中に作ろうと、ずっと思っていて、作りかけてはいたのですが、そこは生来のナマケモノ、作業は膠着状態に陥っていました。<br />
<br />
<br />
そこで突然思いついたんです。<br />
マイぷれすの日記にはその機能があったと。<br />
<br />
<br />
もうおわかりでしょう。<br />
思いついた時点で、私はもう一歩進み出していました。<br />
そしてその一歩分だけ、私の中であなたはもうすでに過去の存在になっていたのです。<br />
あんなに好きだったのに、キライになることなくして、他のものへ気が移ってしまう日が来るなんて、思ってもみませんでした。。。<br />
でも思えば、さるさるの時もそうだったんでした。。。<br />
私の気持ちは、「もっともっと」の方へ流れている・・・とでも言ったらよいのでしょうか。<br />
<br />
<br />
というわけで、突然ですが日記帳を変えることにしました。<br />
マイエンピツに登録して下さっていた方、エンピツ内で読んで下さっていた方、ありがとうございます、そしてごめんなさい、私の心変わりを許して下さい。違う日記帳へも是非遊びにいらして下さいね。<br />
ホームページからいらして下さっていた方には、特に変化はないと思われます。<br />
これからも、気ままなおもちゃ箱をよろしくお願いいたします。<br />
<br />
<br />
<br />
（これは『エンピツ日記』からこの『マイぷれす』に引越す時に『エンピツ日記』に書いたものです。）]]></content:encoded>
  <dc:date>2004-07-06T22:58+09:00</dc:date>
 </item>
</rdf:RDF>