<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rdf:RDF 
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
  xml:lang="ja">

 <channel rdf:about="/home/htdocs/v2_writers/civetta/cache/rss.rdf">
  <title>眼鏡の奥</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta</link>
  <description>Tokyo、Torino　遊歩する私のまなざし</description>
  <items>
  <rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1466076"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1439406"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1430136"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1418227"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1395956"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1370802"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1353365"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1342972"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1336603"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1336567"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1310332"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1287520"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1251498"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1207473"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1159784"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1131763"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1122377"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1072962"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1052561"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1027079"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1015665"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1003958"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=990541"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=987913"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=976540"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=967970"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=965136"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=940302"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=885859"/>
<rdf:li rdf:resource="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=864778"/>

   </rdf:Seq>
  </items>
 </channel>
 <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1466076">
  <title>移転</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1466076</link>
  <description>夫であるところのみそちゃんの父が
ブログで告知したが、
この「眼鏡の奥」は引越しすることになった。

きっかけは先日の画像消失事件。
約1年分の日記にアップした画像が消えたことになる。
無料ブログを利用している以上仕方がないことなのだろう。

以前から、このブログの方向性が気にかかっていた。
トリノ在住時代に開始し、早三年。
私は日本に帰ってきて、住まいを移し、社会人となり、結婚した。
先の見えない将来に漠然とした希望を抱きつつ
外国人として寄る辺のない「生きる力」を試されていた
（かもしれない）
遠距離恋愛中の大学院留学生（20代後半）の日記。
帰国が近づいて将来設計が変わってきてからは、
更新も少なくなっていた。

ここらで再出発をするのもいいかもしれない。
画像の消えた日記を読み返しながら、
心機一転、お引越しをしてみよう。
そう思った。

移転先は↓。
眼鏡の奥

まだ何も書いていないし、どうするかも分からない。
それでも、この半透明なオンラインの日記を書き続けることで
私はこれからも何かを得ていくことができると思う。

いままでお世話になりました。
これからも、よろしくお願いします。

ちべった
</description>
  <content:encoded><![CDATA[夫であるところのみそちゃんの父が
ブログで告知したが、
この「眼鏡の奥」は引越しすることになった。

きっかけは先日の画像消失事件。
約1年分の日記にアップした画像が消えたことになる。
無料ブログを利用している以上仕方がないことなのだろう。

以前から、このブログの方向性が気にかかっていた。
トリノ在住時代に開始し、早三年。
私は日本に帰ってきて、住まいを移し、社会人となり、結婚した。
先の見えない将来に漠然とした希望を抱きつつ
外国人として寄る辺のない「生きる力」を試されていた
（かもしれない）
遠距離恋愛中の大学院留学生（20代後半）の日記。
帰国が近づいて将来設計が変わってきてからは、
更新も少なくなっていた。

ここらで再出発をするのもいいかもしれない。
画像の消えた日記を読み返しながら、
心機一転、お引越しをしてみよう。
そう思った。

移転先は↓。
<a href="http://civetta.blog57.fc2.com/">眼鏡の奥</a>

まだ何も書いていないし、どうするかも分からない。
それでも、この半透明なオンラインの日記を書き続けることで
私はこれからも何かを得ていくことができると思う。

いままでお世話になりました。
これからも、よろしくお願いします。

ちべった
]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-08-04T23:23+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1439406">
  <title>派遣社員をやってみた</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1439406</link>
  <description>さて、気が付いたら6月末になっていた。
我が家では毎日サッカー三昧。
日本が敗退したワールドカップだが、もともと出場できただけで立派だと思う。
毎日各国のプレイを見ていると、ド素人の私でも差が見えてくるものだ。
今、夫はポルトガル、私はイタリアを応援している。
どちらも私好みの汗臭くむさい選手が多くて、私はうほうほ言いながら観戦している。

ところで、表題の件。

私は20代後半までを大学院生として過ごし、うち直近3年をイタリアで過ごした。
世間知らずの私は、日本の職業形態の具体的な知識が全く無くて、
イタリア在住中に帰国後の進路を考えネットで検索して、
ようやくシステムを知ったという情けない状態だった。

そんな私、博士中退・職歴無し・資格は自動車免許のみ・留学がえり・20代後半な
ちべったにとって、この3ヶ月経験した「派遣」はどういうものだったのか、
振り返ってみた。


?　派遣をやってみようと思った理由

まず海外在住の段階で、求職に関する情報が手に入り、
それが各派遣先の性格よりも賃金と地域で大体の仕事像が想像できた。
ひどく機械的に、
自分の経歴の組み合わせで規定の枠に当てはまるかどうかで派遣先が決まる。
これは職歴の無い私にとってとっても気楽な方式だった。
結婚後の生活がどうなるかもわからず、
また健康上の理由で少しリハビリが必要な私は、
定時でも帰れる、でもフルタイム、保険も一応つくという条件はぴったりだった。
なにより、社会人生活の探りを入れるには一番良かった。


?　登録してみて

年齢が高い割に職歴が無い事はやはり不利だった。
職歴がない、ということが就職にとって非常に大きいネックだということを
登録時の面談で強く思った。
あと、話を聞くと、大学院中退、博士課程在学といった私と同じ経歴の人が
登録するケースが飛躍的に増えているらしい。
やはり博士課程に進むと正社員としての就職活動は
とても難しくなるため、
ツナギとしての仕事という意味も含めて、派遣社員になる人が多いそうだ。

研究していた分野によって紹介される仕事の質も量もずいぶん変わるという。
私は幸運にも大学院で外国語を使っていたため、英文事務や貿易事務、翻訳などの
仕事はすぐに紹介された。
英語を使う仕事は、まさに溢れていた。

驚いたのは、翻訳コーディネーターの仕事がかなり多かった事。
マニュアルや取扱説明書、様々なビジネス文書を
翻訳者と顧客の間で仲介する役割で、どうも求人が多いらしい。

結局私が働いたのは、翻訳文の英文チェックが中心の、編集系の仕事だった。
派遣先は業界でも最大手で、ハードルが高いのかなと思ったが
面接を受けたら簡単なテストと面談であっさりと通った。
就職をめぐって発生するストレスがほとんどなく、
派遣会社に登録して待つだけで仕事が入ってくる。らくだ。


?　働いてみて

仕事の責任はとわれない。気楽と言えば気楽。
ならばクオリティは求められるのかといえば、チェックされることはほとんどなく、
サービスのキモとなる翻訳文のチェックや手配や果てはオリジナルの文章作成まで
はっきり言ってこちらに丸投げしてきていた。
これをやりがいと言っていいのかどうか。
クライアントとの交渉を正社員が行ない、体面はたてているけれど、
内情がこんなので良いのか非常に疑問だった。
もちろん正社員なら仕事内容も確実、というわけではないだろうが、
登録や面接があまりにあっさりしていたので、ここまで信用（？）されると
なぜかこちらが申し訳なくなってくる。

他の社員はよく働いているが、突発的に休んだりやめたりする事も多い。
社内環境や人間関係を理由に、簡単に出勤してこなくなる人が複数いた。
聞けば、中には、勤怠もごまかしている人さえいるらしい。
それでも企業側も派遣元もとくに管理しない。
とにかく気楽な世界だった。
ヒマも多く、ネットで勉強などもできてしまった。

私にとってはかなりプラスになった。
まず、三ヶ月とはいえ特定分野の職歴がつく。
派遣社員はアルバイト・パートとは違い、「社員」なのだそうだ。
専門知識や内情も勉強できた。
同年代の平均給与よりもよいお給料をいただき、定時近くに帰る。
職場のアクセスも（選んでいるので）よい。
もちろん将来的にいつ解雇されるか解らないのだから、立場は不安定。
安定ではなく条件をとる、将来設計より現在に重点を置く
巷で言われる派遣社員評には頷けるものがあった。



考えすぎと言われればそれまでだが、修士以降も院生生活を送った自分を
いわゆる市場価値の低い存在と考えていたし、
そう簡単に働き口が見つかるとは思っていなかった。
若者の失業に関して知る事は少なくなかったから、派遣としても難しいのではと構えたこともあった。
私の院の先輩の中には、職探しの難しさを研究継続の理由としていた人さえいた。
だが、当然のことなのだろうけれど、働く意志があれば職探しは
それほど厳しいものではないのかもしれない。


結局私は派遣社員をしながら（本当はいけないらしいが）就職活動をし、
人材紹介会社の斡旋で面接を受け、職を得ることが出来た。
いろいろな考え方がある中で、私はこの派遣という仕事の形に不安があり、
自分の夢に近づく最善の道ではないと思ったからだ。
でも社会人経験の無い元院生にとって、派遣と言う仕事の形は
大げさといわれそうだけれど、
可能性と希望のある有意義なものなのではないかと思った。

</description>
  <content:encoded><![CDATA[さて、気が付いたら6月末になっていた。
我が家では毎日サッカー三昧。
日本が敗退したワールドカップだが、もともと出場できただけで立派だと思う。
毎日各国のプレイを見ていると、ド素人の私でも差が見えてくるものだ。
今、夫はポルトガル、私はイタリアを応援している。
どちらも私好みの汗臭くむさい選手が多くて、私はうほうほ言いながら観戦している。

ところで、表題の件。

私は20代後半までを大学院生として過ごし、うち直近3年をイタリアで過ごした。
世間知らずの私は、日本の職業形態の具体的な知識が全く無くて、
イタリア在住中に帰国後の進路を考えネットで検索して、
ようやくシステムを知ったという情けない状態だった。

そんな私、博士中退・職歴無し・資格は自動車免許のみ・留学がえり・20代後半な
ちべったにとって、この3ヶ月経験した「派遣」はどういうものだったのか、
振り返ってみた。


?　派遣をやってみようと思った理由

まず海外在住の段階で、求職に関する情報が手に入り、
それが各派遣先の性格よりも賃金と地域で大体の仕事像が想像できた。
ひどく機械的に、
自分の経歴の組み合わせで規定の枠に当てはまるかどうかで派遣先が決まる。
これは職歴の無い私にとってとっても気楽な方式だった。
結婚後の生活がどうなるかもわからず、
また健康上の理由で少しリハビリが必要な私は、
定時でも帰れる、でもフルタイム、保険も一応つくという条件はぴったりだった。
なにより、社会人生活の探りを入れるには一番良かった。


?　登録してみて

年齢が高い割に職歴が無い事はやはり不利だった。
職歴がない、ということが就職にとって非常に大きいネックだということを
登録時の面談で強く思った。
あと、話を聞くと、大学院中退、博士課程在学といった私と同じ経歴の人が
登録するケースが飛躍的に増えているらしい。
やはり博士課程に進むと正社員としての就職活動は
とても難しくなるため、
ツナギとしての仕事という意味も含めて、派遣社員になる人が多いそうだ。

研究していた分野によって紹介される仕事の質も量もずいぶん変わるという。
私は幸運にも大学院で外国語を使っていたため、英文事務や貿易事務、翻訳などの
仕事はすぐに紹介された。
英語を使う仕事は、まさに溢れていた。

驚いたのは、翻訳コーディネーターの仕事がかなり多かった事。
マニュアルや取扱説明書、様々なビジネス文書を
翻訳者と顧客の間で仲介する役割で、どうも求人が多いらしい。

結局私が働いたのは、翻訳文の英文チェックが中心の、編集系の仕事だった。
派遣先は業界でも最大手で、ハードルが高いのかなと思ったが
面接を受けたら簡単なテストと面談であっさりと通った。
就職をめぐって発生するストレスがほとんどなく、
派遣会社に登録して待つだけで仕事が入ってくる。らくだ。


?　働いてみて

仕事の責任はとわれない。気楽と言えば気楽。
ならばクオリティは求められるのかといえば、チェックされることはほとんどなく、
サービスのキモとなる翻訳文のチェックや手配や果てはオリジナルの文章作成まで
はっきり言ってこちらに丸投げしてきていた。
これをやりがいと言っていいのかどうか。
クライアントとの交渉を正社員が行ない、体面はたてているけれど、
内情がこんなので良いのか非常に疑問だった。
もちろん正社員なら仕事内容も確実、というわけではないだろうが、
登録や面接があまりにあっさりしていたので、ここまで信用（？）されると
なぜかこちらが申し訳なくなってくる。

他の社員はよく働いているが、突発的に休んだりやめたりする事も多い。
社内環境や人間関係を理由に、簡単に出勤してこなくなる人が複数いた。
聞けば、中には、勤怠もごまかしている人さえいるらしい。
それでも企業側も派遣元もとくに管理しない。
とにかく気楽な世界だった。
ヒマも多く、ネットで勉強などもできてしまった。

私にとってはかなりプラスになった。
まず、三ヶ月とはいえ特定分野の職歴がつく。
派遣社員はアルバイト・パートとは違い、「社員」なのだそうだ。
専門知識や内情も勉強できた。
同年代の平均給与よりもよいお給料をいただき、定時近くに帰る。
職場のアクセスも（選んでいるので）よい。
もちろん将来的にいつ解雇されるか解らないのだから、立場は不安定。
安定ではなく条件をとる、将来設計より現在に重点を置く
巷で言われる派遣社員評には頷けるものがあった。



考えすぎと言われればそれまでだが、修士以降も院生生活を送った自分を
いわゆる市場価値の低い存在と考えていたし、
そう簡単に働き口が見つかるとは思っていなかった。
若者の失業に関して知る事は少なくなかったから、派遣としても難しいのではと構えたこともあった。
私の院の先輩の中には、職探しの難しさを研究継続の理由としていた人さえいた。
だが、当然のことなのだろうけれど、働く意志があれば職探しは
それほど厳しいものではないのかもしれない。


結局私は派遣社員をしながら（本当はいけないらしいが）就職活動をし、
人材紹介会社の斡旋で面接を受け、職を得ることが出来た。
いろいろな考え方がある中で、私はこの派遣という仕事の形に不安があり、
自分の夢に近づく最善の道ではないと思ったからだ。
でも社会人経験の無い元院生にとって、派遣と言う仕事の形は
大げさといわれそうだけれど、
可能性と希望のある有意義なものなのではないかと思った。

]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-06-26T01:03+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1430136">
  <title>こたろう</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1430136</link>
  <description>トリノに出張中に、溺愛していたなつこが亡くなった。
死に目に会えなかったこともあって、やりきれない思いと寂しさが
なかなか抜けなかった。

春になり、私が仕事を始め、
窓辺のなつこ祭壇を見慣れてきたころ。
ＧＷの半ば、夫の趣味であるジムカーナの練習会にいったとき、
ある女性が子猫のもらいてを探していることを知った。

なつこがなくなってまだ数ヶ月。
新しい子を入れたら、なつこが寂しがるかな。
びびりんぼのみそちゃんは、どう思うかな。

迷いつつも、生後1ヶ月強で捨てられていたこの雄猫の話を聞けば聞くほど
家族に迎えたくてたまらなくなってしまった。

夫に相談したら、「みそちゃんのことはなんとかなるさ」と言っていた。

そしてＧＷ最終日、手のひらサイズのちいさな命が、我が家に来ることになった。


真っ黒だけど、うっすらとキジ模様のある体。
全体的に短毛で、産毛がたくさん生えている。
きょろっとした目が、きらきら光っている。
ジャンパーを着た私によじ登り、フードの中にすっぽり入ってしまった。
物怖じしない、好奇心の塊の男の子。
ネーミングセンスに定評のある夫が、こたろう、と名づけた。





その週のうちに病院へ。
なつこのような辛い思いをさせたくない。
白血病とエイズの検査だけは、（生後1ヶ月ぐらいの子にとって採血は辛いのだけど）
なんとかやっておきたかった。
もし感染していたら、早めのインターフェロンで陰性化をはかりたい。
でも結果は陰性。・・・よかった。



そして1ヶ月。
最初はおとなしかったこたろう、
今はみそちゃんを追い掛け回し、ばくばくと猫缶を食べ、
寝ている私たちの足にまとわりついて噛み付く
元気一杯なやんちゃぶりを発揮している。
みそちゃんはちょっとストレスを感じているようなので
そのあたりが課題だ。

いたずらばっかりだけれど、可愛いこたろう。
8歳になってちょっと歳が出てきたけれど、だいすきなみそちゃん。
そして、決して忘れない、愛すべきなつこ。
この家族と一緒に、夫とはじめての初夏を過ごしている。</description>
  <content:encoded><![CDATA[トリノに出張中に、溺愛していたなつこが亡くなった。
死に目に会えなかったこともあって、やりきれない思いと寂しさが
なかなか抜けなかった。

春になり、私が仕事を始め、
窓辺のなつこ祭壇を見慣れてきたころ。
ＧＷの半ば、夫の趣味であるジムカーナの練習会にいったとき、
ある女性が子猫のもらいてを探していることを知った。

なつこがなくなってまだ数ヶ月。
新しい子を入れたら、なつこが寂しがるかな。
びびりんぼのみそちゃんは、どう思うかな。

迷いつつも、生後1ヶ月強で捨てられていたこの雄猫の話を聞けば聞くほど
家族に迎えたくてたまらなくなってしまった。

夫に相談したら、「みそちゃんのことはなんとかなるさ」と言っていた。

そしてＧＷ最終日、手のひらサイズのちいさな命が、我が家に来ることになった。


真っ黒だけど、うっすらとキジ模様のある体。
全体的に短毛で、産毛がたくさん生えている。
きょろっとした目が、きらきら光っている。
ジャンパーを着た私によじ登り、フードの中にすっぽり入ってしまった。
物怖じしない、好奇心の塊の男の子。
ネーミングセンスに定評のある夫が、こたろう、と名づけた。


<img src="http://blog.mypress.jp/imagew/civetta/kotarou1.jpg">


その週のうちに病院へ。
なつこのような辛い思いをさせたくない。
白血病とエイズの検査だけは、（生後1ヶ月ぐらいの子にとって採血は辛いのだけど）
なんとかやっておきたかった。
もし感染していたら、早めのインターフェロンで陰性化をはかりたい。
でも結果は陰性。・・・よかった。



そして1ヶ月。
最初はおとなしかったこたろう、
今はみそちゃんを追い掛け回し、ばくばくと猫缶を食べ、
寝ている私たちの足にまとわりついて噛み付く
元気一杯なやんちゃぶりを発揮している。
みそちゃんはちょっとストレスを感じているようなので
そのあたりが課題だ。

いたずらばっかりだけれど、可愛いこたろう。
8歳になってちょっと歳が出てきたけれど、だいすきなみそちゃん。
そして、決して忘れない、愛すべきなつこ。
この家族と一緒に、夫とはじめての初夏を過ごしている。]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-06-13T20:55+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1418227">
  <title>内定</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1418227</link>
  <description>4月から派遣社員として働いていた私だが、
平行して就職活動もしていた。
説明会に行って、エントリーして・・・という方法ではなく
人材紹介会社を通して、私の経歴その他をマッチングした上で
よい案件を紹介してもらう、という形だった。

私は文系大学院博士課程中退。
まわりには、非常に就職が困難と言われていた。
一般企業には無理とも、公務員しか道が無いともいわれた事がある。

が、一体どういう運のめぐり合わせか、
今週半ば、ある企業から内定を戴いた。
職種は調査・マーケティングで、外資系企業だ。
私はイタリアに関わる仕事を探していたが、
まずキャリアを積んで、少しずつその目的地へ
近づいていけばいいかなと思っている。
就職先は社内で英語が公用語となり、本社のある
ヨーロッパでの研修も予定されているので、
語学を「忘れてしまう」ことは無いだろう。

大学院に入学し、研究の道を歩み始めた時、
興味ある分野を研究できることに喜びを感じたのと同時に、
それまで気付かなかった自分の強いコンプレックスに直面して
激しくうろたえたことがある。
それは、「自立できないこと」。

精神的な自立ではなく、現実的なものとして
言ってしまえば私は、親に、家族に、社会に、
おんぶに抱っこしてもらわねば生きていけなかった。
バイトをしてまとまった収入を得られても、
継続して自分の衣食住を支えるには足らない。
私は、大学院に進学できる恵まれた環境にあったのだろうが、
他方、家庭には非経済面でのいろいろな問題があった。
研究はその問題と切り離された領域であったが、
生きている以上現実の生活の面を、当然ながら、
社会から分離する事は出来ない。

生活を含めた様々な「外野」を意に介さず研究に没頭できる人が
研究者としての人生を自然に送れるのだろう。
私はどうやら違うようだ。研究に没頭すればするほど、
突き上げてくる焦燥感にさいなまれたし、
ついには研究への愛情も薄れてしまった。
経済面に関してもいろいろ悩み、
一時期友達にはお金の話ばかりしていたかもしれない。
（結構病んでいたように思う。）
つまり、私にとってそれは自然ではなかったと言う事なのだろう。


研究を離れた理由はそれだけではないのだが、
ともあれ、こういったポイントは、この就職でクリアすることになった。
なぜか今、私はちょっとした思考停止状態にある。

これからどうなっていくのか。
仕事はかなり興味深い。
そこで私が何を見るのか、楽しみだ。</description>
  <content:encoded><![CDATA[4月から派遣社員として働いていた私だが、
平行して就職活動もしていた。
説明会に行って、エントリーして・・・という方法ではなく
人材紹介会社を通して、私の経歴その他をマッチングした上で
よい案件を紹介してもらう、という形だった。

私は文系大学院博士課程中退。
まわりには、非常に就職が困難と言われていた。
一般企業には無理とも、公務員しか道が無いともいわれた事がある。

が、一体どういう運のめぐり合わせか、
今週半ば、ある企業から内定を戴いた。
職種は調査・マーケティングで、外資系企業だ。
私はイタリアに関わる仕事を探していたが、
まずキャリアを積んで、少しずつその目的地へ
近づいていけばいいかなと思っている。
就職先は社内で英語が公用語となり、本社のある
ヨーロッパでの研修も予定されているので、
語学を「忘れてしまう」ことは無いだろう。

大学院に入学し、研究の道を歩み始めた時、
興味ある分野を研究できることに喜びを感じたのと同時に、
それまで気付かなかった自分の強いコンプレックスに直面して
激しくうろたえたことがある。
それは、「自立できないこと」。

精神的な自立ではなく、現実的なものとして
言ってしまえば私は、親に、家族に、社会に、
おんぶに抱っこしてもらわねば生きていけなかった。
バイトをしてまとまった収入を得られても、
継続して自分の衣食住を支えるには足らない。
私は、大学院に進学できる恵まれた環境にあったのだろうが、
他方、家庭には非経済面でのいろいろな問題があった。
研究はその問題と切り離された領域であったが、
生きている以上現実の生活の面を、当然ながら、
社会から分離する事は出来ない。

生活を含めた様々な「外野」を意に介さず研究に没頭できる人が
研究者としての人生を自然に送れるのだろう。
私はどうやら違うようだ。研究に没頭すればするほど、
突き上げてくる焦燥感にさいなまれたし、
ついには研究への愛情も薄れてしまった。
経済面に関してもいろいろ悩み、
一時期友達にはお金の話ばかりしていたかもしれない。
（結構病んでいたように思う。）
つまり、私にとってそれは自然ではなかったと言う事なのだろう。


研究を離れた理由はそれだけではないのだが、
ともあれ、こういったポイントは、この就職でクリアすることになった。
なぜか今、私はちょっとした思考停止状態にある。

これからどうなっていくのか。
仕事はかなり興味深い。
そこで私が何を見るのか、楽しみだ。]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-05-28T22:03+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1395956">
  <title>はたらく</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1395956</link>
  <description>桜も散り、若葉の季節となった。

オリンピックの仕事が終わり、日本での生活が落ち着いた私は、
大学院生生活には戻らなかった。
研究生活をやめる。
これは、留学を通して決めた一つの選択だった。
漠然とした将来への展望や、自分が求めているものは何かと
よくよく考えた時、
私は自分が経験した事をより広い世界で試してみたい、
もっといろいろなものをみてみたいと思っていることに気付いた。

職探しとなると、私の武器は
語学力とトリノでの不動産コーディネート等といった職務経験、
海外生活経験、程度である。
海外生活と言っても3年程度。
全く無いとまではいかなくとも、
一つのところでまとまった職務経歴の無い私には、
訴えられる専門性が無い。

それでも捨てる神あれば拾う神もいるもので、
とりあえず当座の仕事は見つかった。
派遣社員ではあるが、
英文決算書などを扱うIR業務に従事する事になった。
新宿の高層ビルの一層を職場とするこの会社は
多くの大企業と取引があるため、
私は好きな時に好きなだけ様々なデータを覗くことができる。
企業の業績を俯瞰するこの仕事のおかげで、
今まで深く考えてこなかった実社会の経済の成り立ちを
分析とイマジネーションで体感する事ができる。
・・・なんというか、面白い。
用語や諸表の組み立てを頭に叩き込めば、たくさんの事が見えてくるのだ。

この仕事をしながら、
あの手この手で、より自分にあった仕事を探している。
イタリアで得た自分の経験と能力が生きる場とは、どんなところか。
簡単ではないが、少しずつ手ごたえらしきものも感じはじめた。

まだまだ、私の新しい生活は始まったばかり。
これから自分がどんな道を歩むのか、
なんだかとても楽しみだ。

トリノにいる友達は、元気かな。
時々ふっと脳裏をよぎるトリノの街角が、
春風と共に語りかけてくる。
そんなとき、懐かしさと共に、体の底から力が湧いてくるような気がする。
トリノは私の中に息づいている。
それを感じながら、一歩一歩、日々を楽しみながら、
夫とみそちゃんと一緒に生きている。</description>
  <content:encoded><![CDATA[桜も散り、若葉の季節となった。

オリンピックの仕事が終わり、日本での生活が落ち着いた私は、
大学院生生活には戻らなかった。
研究生活をやめる。
これは、留学を通して決めた一つの選択だった。
漠然とした将来への展望や、自分が求めているものは何かと
よくよく考えた時、
私は自分が経験した事をより広い世界で試してみたい、
もっといろいろなものをみてみたいと思っていることに気付いた。

職探しとなると、私の武器は
語学力とトリノでの不動産コーディネート等といった職務経験、
海外生活経験、程度である。
海外生活と言っても3年程度。
全く無いとまではいかなくとも、
一つのところでまとまった職務経歴の無い私には、
訴えられる専門性が無い。

それでも捨てる神あれば拾う神もいるもので、
とりあえず当座の仕事は見つかった。
派遣社員ではあるが、
英文決算書などを扱うIR業務に従事する事になった。
新宿の高層ビルの一層を職場とするこの会社は
多くの大企業と取引があるため、
私は好きな時に好きなだけ様々なデータを覗くことができる。
企業の業績を俯瞰するこの仕事のおかげで、
今まで深く考えてこなかった実社会の経済の成り立ちを
分析とイマジネーションで体感する事ができる。
・・・なんというか、面白い。
用語や諸表の組み立てを頭に叩き込めば、たくさんの事が見えてくるのだ。

この仕事をしながら、
あの手この手で、より自分にあった仕事を探している。
イタリアで得た自分の経験と能力が生きる場とは、どんなところか。
簡単ではないが、少しずつ手ごたえらしきものも感じはじめた。

まだまだ、私の新しい生活は始まったばかり。
これから自分がどんな道を歩むのか、
なんだかとても楽しみだ。

トリノにいる友達は、元気かな。
時々ふっと脳裏をよぎるトリノの街角が、
春風と共に語りかけてくる。
そんなとき、懐かしさと共に、体の底から力が湧いてくるような気がする。
トリノは私の中に息づいている。
それを感じながら、一歩一歩、日々を楽しみながら、
夫とみそちゃんと一緒に生きている。]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-04-28T22:58+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1370802">
  <title>新婚生活</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1370802</link>
  <description>結婚して20日がたった。

オリンピックで一緒に仕事をした人たちは、
「もうすぐ結婚だね、新婚だね、楽しみでしょう」
と、ことあるごとに言っていた。
一方私は、あんまり実感もなく、さらになつこの件でそれどころでなく、
来る結婚に感慨のようなものを感じる余裕がなかった気がする。

いざ始まった新婚生活。
これも普通に穏やかに、もう何年も前から続いているような感触で
すごしていくのかなと思っていたら、そうでもない。
のんびり、気を張ることなくすごせているのは確かだが、
日に日に感じるのは、彼、じゃなかった夫と自分のペースが一緒なのだな
ということ。
何かをすすめるとき、相手のペースに全くストレスを感じることなく、
また自分が何かするとき相手のペースに悩むこともなく、
いわゆる「息のあった」生活をしているような気がする。
そして常に、「ありがとう」と「ごめん」のふたつの気持ちを
大切に、表現していることがとても大きい。

------------------------------------------------------------

ところで、先日ちょっと大きな買い物をした。
トリノで私が得た報酬は、かなりまとまった額だった。
なので、かねてから「あったらいいよね」と言っていた
新車（軽）を購入することにしたのだ。

ここにきてくださってる人はご存知なのかもしれないが
私の夫はクルマが趣味で、ホンダ車を愛しており、
車の運動会であるジムカーナをやっている。
私の車は我が家の２台め。
で、私名義。
なので、詳しい夫のアドバイスを受けつつ、
私好みの機能や外観のものを選ぶことができた。

（当然オートマである）

そのあたりのやりとりは、夫のブログに詳しいのでこことここをクリック。


この車購入でしみじみ感じたことがある。
私はトリノに留学していた大学院生だ。
そんな勤労者でもない私が、車を即金で買えるような日が来るとは
全くさっぱり想像したこともなかった。
気がつけば家庭をもって車まで買っていた。

人生とは不思議なものだなと思った。

ともあれ、私の愛車「ライフ」は4月半ば納車。
とっても楽しみだ。
</description>
  <content:encoded><![CDATA[結婚して20日がたった。

オリンピックで一緒に仕事をした人たちは、
「もうすぐ結婚だね、新婚だね、楽しみでしょう」
と、ことあるごとに言っていた。
一方私は、あんまり実感もなく、さらになつこの件でそれどころでなく、
来る結婚に感慨のようなものを感じる余裕がなかった気がする。

いざ始まった新婚生活。
これも普通に穏やかに、もう何年も前から続いているような感触で
すごしていくのかなと思っていたら、そうでもない。
のんびり、気を張ることなくすごせているのは確かだが、
日に日に感じるのは、彼、じゃなかった夫と自分のペースが一緒なのだな
ということ。
何かをすすめるとき、相手のペースに全くストレスを感じることなく、
また自分が何かするとき相手のペースに悩むこともなく、
いわゆる「息のあった」生活をしているような気がする。
そして常に、「ありがとう」と「ごめん」のふたつの気持ちを
大切に、表現していることがとても大きい。

------------------------------------------------------------

ところで、先日ちょっと大きな買い物をした。
トリノで私が得た報酬は、かなりまとまった額だった。
なので、かねてから「あったらいいよね」と言っていた
新車（軽）を購入することにしたのだ。

ここにきてくださってる人はご存知なのかもしれないが
私の夫はクルマが趣味で、ホンダ車を愛しており、
車の運動会であるジムカーナをやっている。
私の車は我が家の２台め。
で、私名義。
なので、詳しい夫のアドバイスを受けつつ、
私好みの機能や外観のものを選ぶことができた。

（当然オートマである）

そのあたりのやりとりは、夫のブログに詳しいので<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/ffsir_ef/story/?story_id=1362618">ここ</a>と<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/ffsir_ef/story/?story_id=1370100">ここ</a>をクリック。


この車購入でしみじみ感じたことがある。
私はトリノに留学していた大学院生だ。
そんな勤労者でもない私が、車を即金で買えるような日が来るとは
全くさっぱり想像したこともなかった。
気がつけば家庭をもって車まで買っていた。

人生とは不思議なものだなと思った。

ともあれ、私の愛車「ライフ」は4月半ば納車。
とっても楽しみだ。
]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-03-28T13:12+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1353365">
  <title>結婚</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1353365</link>
  <description>オリンピックも無事終了。
仕事もとても満足のうちに終わった。
これからの私につながる何かを得た気がする。

東京に帰ってきた。
家の扉をあけると、内扉のすりガラスの向こうに
いつも見えるなつこの影はなかった。
そのかわり、出窓の、いちばんお日様のあたる暖かい場所に
なつこの祭壇が作られた。
骨壷を抱きしめて、泣いた。

トリノから帰った私を迎えたのは、
私たちの心に生きるなつこと、
一人っ子に逆戻りして、あまえんぼになったみそちゃんと、
いつもの笑顔の彼。
春一番。
一つの大きなイベントが終わり、新しい春がきた。

そしてまた新しい一歩を踏み出す。
私たちが出会ったこの日に、
やさしさとさわやかな暖かさにつつまれて。

ということで、結婚しました。
</description>
  <content:encoded><![CDATA[オリンピックも無事終了。
仕事もとても満足のうちに終わった。
これからの私につながる何かを得た気がする。

東京に帰ってきた。
家の扉をあけると、内扉のすりガラスの向こうに
いつも見えるなつこの影はなかった。
そのかわり、出窓の、いちばんお日様のあたる暖かい場所に
なつこの祭壇が作られた。
骨壷を抱きしめて、泣いた。

トリノから帰った私を迎えたのは、
私たちの心に生きるなつこと、
一人っ子に逆戻りして、あまえんぼになったみそちゃんと、
いつもの笑顔の彼。
春一番。
一つの大きなイベントが終わり、新しい春がきた。

そしてまた新しい一歩を踏み出す。
私たちが出会ったこの日に、
やさしさとさわやかな暖かさにつつまれて。

ということで、結婚しました。
]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-03-08T00:51+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1342972">
  <title>だいすきだよ、なつこ</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1342972</link>
  <description>2006年2月24日1時20分（日本時間）、
なつこ１号は永眠いたしました。
ありがとうございました。</description>
  <content:encoded><![CDATA[2006年2月24日1時20分（日本時間）、
なつこ１号は永眠いたしました。
ありがとうございました。]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-02-24T03:27+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1336603">
  <title>なつこ１号</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1336603</link>
  <description>今日は連続投稿してみる。
私にとってオリンピックの仕事はとても大切で
ひとつひとつ集中して仕上げていきたいのだが
それどころではない事件が日本の我が家で起こっている。

今までも書いてきたことだが、
私と「みそちゃんの父」は、二匹の猫と暮らしている。
一匹目はみそちゃん。この日記でも彼については書いたことがある。
甘えん坊で、ちょっといじけていて、
「父」のよき相棒として寄り添ってすごしている。
彼は7歳だが本当に健康だ。
そしてもう一匹がなつこ１号。
この子についてはこのブログを読んでいただきたい。
彼女は母子感染した生まれつきの白血病なのだ。

なつこは、私が帰宅すると玄関にお出迎えしてくれて、
足にすりすりとまとわり付いてくる。
そして私を見上げて鳴く。
でものどが弱いのか、声がでない。
「にゃー」とばかりに三角に開かれたあどけない口、まん丸の優しい瞳、
ふんわりした少し長めの毛がベージュ色にやわらかく手になじむ。
そのかわいらしい外見以上に、
彼女のまっすぐで素直な性格が、なによりも愛される理由になっている。
病院でも、どこでも、なつこはみんなに可愛がられている。
懐っこいから、「なつこ」。
びびりんぼのみそちゃんも、なつこが来てから
びくびくと逃げ回り、家出もしたし、
遊びたがりの彼女に追っかけまわされたりもしたが、
今はよりそって寝ることさえある。
天真爛漫ななつこは、私と「みそちゃんの父（＝彼。以下、父）」の宝物だ。

私が1月4日に日本を発つまで、
なつこはとても元気だった。
みそちゃんと部屋を駆け回って運動会したり、
押入れでかくれんぼしたり、
すやすやと可愛い寝顔をみせてくれたりした。
なつこにメロメロの私は毎晩布団に引きずり込んで
一緒に寝たりした。
そうしなくても私の枕元にきて丸くなって眠るなつこの
ふわふわの毛が額に触れるたび
なんとも幸せな気分になっていた。

それが、この2月、
急に容態を悪くした。
元気がない、食欲がない、血尿があるといって
父が病院に連れて行くと、
肝臓を悪くしていた。
またしばらくたつと、腸のあたりにしこりが触れるようになる。
ステロイドの投与と適切な治療で
これらはかなり落ち着いた。これが先週の末。
少しほっとしたのもつかの間、
今日、病院での診断結果を知らせる彼の電話を聞いて
私は全身が凍りついた。

悪性リンパ腫。
白血病キャリアのなつこが罹る可能性の高い病気として
以前から覚悟はしていた。
白血病が発症すると、3年以内に80パーセントが亡くなるという。
その中でも死に至る大きな原因としてあげられるのが
この血液の癌だという。
なつこの胸水に含まれていた、紫色の細胞群。
それが今彼女の体を蝕んでいる。

あんなに素直で、やさしい子なのに。
生まれつき体が弱くて、いつもどこかしら悪くしていたなつこ。
やっと元気になって、ふっくら毛づやもよくなって
これから新しい家の初めての春を一緒に楽しめると思っていた。
そのなつこが、今は500グラムも痩せて、
悪くなった毛並みを震わせて苦しんでいる。

私になにができるだろう。
私や父のぬくもりが、彼女を元気付けることができるのだろうか。
お医者に連れて行って、声をかけて、やさしく触れて、
それが彼女の苦しみを癒してあげられるのだろうか。
そしてこんな遠く離れて、今の私は撫でてやることすらできない。
なんてひどい「母親」だろう。
あの愛らしいなつこを放り出して、こんなところまできてしまった。
なつこの命とこの仕事が、いったい何のつながりになるのだろう。

朝7時、涙をこらえきれず
机に手をついて泣いた。
てのひらに残るやわらかい彼女の感触が
あまりにも切なくて、切なくて、
私は自分を責めた。

でも、それじゃあ駄目なのだ。
一番苦しいのはなつこ。
そして医者に直接宣告を受けた父も辛いのだ。
私たちは彼女を支えて、少しでも元気になってくれるように
手を尽くすしかない。
今できることを、ひとつひとつやっていく。
それは私が引き受けたオリンピックの仕事も同じだ。
遠く離れてなつこに触れることができないのなら、
念じて、念じて、
花開くまで念じて、この想いを
私にはわからない何かが聞き届けてくれるよう願うしかない。

私はなつこがだいすきだ。
だいすきでだいすきで、切ないほど愛しくて、
本当に大切だ。
なんとかこの危機を乗り越えてほしい。
2人と2匹のあのやさしい時間がいつまでも続くように
私はできることを何でもしよう。

今、父の傍ら、なつこの寝顔が
少しでも穏やかなものでありますように。

 




</description>
  <content:encoded><![CDATA[今日は連続投稿してみる。
私にとってオリンピックの仕事はとても大切で
ひとつひとつ集中して仕上げていきたいのだが
それどころではない事件が日本の我が家で起こっている。

今までも書いてきたことだが、
私と「みそちゃんの父」は、二匹の猫と暮らしている。
一匹目はみそちゃん。この日記でも<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=234055">彼については書いたことがある</a>。
甘えん坊で、ちょっといじけていて、
「父」のよき相棒として寄り添ってすごしている。
彼は7歳だが本当に健康だ。
そしてもう一匹がなつこ１号。
この子については<a href="http://natuko-1gou.a-thera.jp/">このブログ</a>を読んでいただきたい。
彼女は母子感染した生まれつきの白血病なのだ。

なつこは、私が帰宅すると玄関にお出迎えしてくれて、
足にすりすりとまとわり付いてくる。
そして私を見上げて鳴く。
でものどが弱いのか、声がでない。
「にゃー」とばかりに三角に開かれたあどけない口、まん丸の優しい瞳、
ふんわりした少し長めの毛がベージュ色にやわらかく手になじむ。
そのかわいらしい外見以上に、
彼女のまっすぐで素直な性格が、なによりも愛される理由になっている。
病院でも、どこでも、なつこはみんなに可愛がられている。
懐っこいから、「なつこ」。
びびりんぼのみそちゃんも、なつこが来てから
びくびくと逃げ回り、家出もしたし、
遊びたがりの彼女に追っかけまわされたりもしたが、
今はよりそって寝ることさえある。
天真爛漫ななつこは、私と「みそちゃんの父（＝彼。以下、父）」の宝物だ。

私が1月4日に日本を発つまで、
なつこはとても元気だった。
みそちゃんと部屋を駆け回って運動会したり、
押入れでかくれんぼしたり、
すやすやと可愛い寝顔をみせてくれたりした。
なつこにメロメロの私は毎晩布団に引きずり込んで
一緒に寝たりした。
そうしなくても私の枕元にきて丸くなって眠るなつこの
ふわふわの毛が額に触れるたび
なんとも幸せな気分になっていた。

それが、この2月、
急に容態を悪くした。
元気がない、食欲がない、血尿があるといって
父が病院に連れて行くと、
肝臓を悪くしていた。
またしばらくたつと、腸のあたりにしこりが触れるようになる。
ステロイドの投与と適切な治療で
これらはかなり落ち着いた。これが先週の末。
少しほっとしたのもつかの間、
今日、病院での診断結果を知らせる彼の電話を聞いて
私は全身が凍りついた。

悪性リンパ腫。
白血病キャリアのなつこが罹る可能性の高い病気として
以前から覚悟はしていた。
白血病が発症すると、3年以内に80パーセントが亡くなるという。
その中でも死に至る大きな原因としてあげられるのが
この血液の癌だという。
なつこの胸水に含まれていた、紫色の細胞群。
それが今彼女の体を蝕んでいる。

あんなに素直で、やさしい子なのに。
生まれつき体が弱くて、いつもどこかしら悪くしていたなつこ。
やっと元気になって、ふっくら毛づやもよくなって
これから新しい家の初めての春を一緒に楽しめると思っていた。
そのなつこが、今は500グラムも痩せて、
悪くなった毛並みを震わせて苦しんでいる。

私になにができるだろう。
私や父のぬくもりが、彼女を元気付けることができるのだろうか。
お医者に連れて行って、声をかけて、やさしく触れて、
それが彼女の苦しみを癒してあげられるのだろうか。
そしてこんな遠く離れて、今の私は撫でてやることすらできない。
なんてひどい「母親」だろう。
あの愛らしいなつこを放り出して、こんなところまできてしまった。
なつこの命とこの仕事が、いったい何のつながりになるのだろう。

朝7時、涙をこらえきれず
机に手をついて泣いた。
てのひらに残るやわらかい彼女の感触が
あまりにも切なくて、切なくて、
私は自分を責めた。

でも、それじゃあ駄目なのだ。
一番苦しいのはなつこ。
そして医者に直接宣告を受けた父も辛いのだ。
私たちは彼女を支えて、少しでも元気になってくれるように
手を尽くすしかない。
今できることを、ひとつひとつやっていく。
それは私が引き受けたオリンピックの仕事も同じだ。
遠く離れてなつこに触れることができないのなら、
念じて、念じて、
花開くまで念じて、この想いを
私にはわからない何かが聞き届けてくれるよう願うしかない。

私はなつこがだいすきだ。
だいすきでだいすきで、切ないほど愛しくて、
本当に大切だ。
なんとかこの危機を乗り越えてほしい。
2人と2匹のあのやさしい時間がいつまでも続くように
私はできることを何でもしよう。

今、父の傍ら、なつこの寝顔が
少しでも穏やかなものでありますように。

<img src="http://blog.mypress.jp/imagew/civetta/misonatsu.jpg"> 




]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-02-17T03:11+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1336567">
  <title>オリンピック開催中＠トリノ</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1336567</link>
  <description>先月末から割り当てられた運転手とともに、
見慣れたトリノの街を縦横無尽に駆け回っている。
今月頭に開通した地下鉄の工事の残骸もほぼ片付けられ、
4年前初めて私が降り立った時見たトリノが
少し装いを変えて私を迎えてくれている。

仕事は順調。
びっくりするほど明るく素敵な同僚に恵まれ、
いろいろな専門知識を少しずつ教わりながら
この世界的イベントの裏側を垣間見たりしている。

私がトリノに留学すると決めたとき、
この街のことを知っている人はごくわずかだった。
今は世界中のメディアがトリノに集中して
私の知る街角をさまざまな角度から映し出している。
なんだか不思議な気分だ。

気が付けばもう2月も半ば。今回の仕事もあと4分の一を残すのみだ。
自分の知識が実務にそのまま反映されることの
気恥ずかしい、でも誇らしい気持ちを日々抱きながら
ひとつひとつ丁寧に仕事をしていこうと思う。

で。おそらく一般的にはメダルに注目ということなのだろうが、
日本はどうにも残念な状況にある。
対してイタリアは早々にメダルをとり、
今も数を増やしている。
でも実際選手に接したりする機会を得てみるとなおさら、
上から3人に入らなくても、
研ぎ澄まされた集中力を発揮して演技する彼らは
本当にすばらしい人たちだと思うようになった。
今後の彼らの活躍を、かげながら応援していこうと思う。</description>
  <content:encoded><![CDATA[先月末から割り当てられた運転手とともに、
見慣れたトリノの街を縦横無尽に駆け回っている。
今月頭に開通した地下鉄の工事の残骸もほぼ片付けられ、
4年前初めて私が降り立った時見たトリノが
少し装いを変えて私を迎えてくれている。

仕事は順調。
びっくりするほど明るく素敵な同僚に恵まれ、
いろいろな専門知識を少しずつ教わりながら
この世界的イベントの裏側を垣間見たりしている。

私がトリノに留学すると決めたとき、
この街のことを知っている人はごくわずかだった。
今は世界中のメディアがトリノに集中して
私の知る街角をさまざまな角度から映し出している。
なんだか不思議な気分だ。

気が付けばもう2月も半ば。今回の仕事もあと4分の一を残すのみだ。
自分の知識が実務にそのまま反映されることの
気恥ずかしい、でも誇らしい気持ちを日々抱きながら
ひとつひとつ丁寧に仕事をしていこうと思う。

で。おそらく一般的にはメダルに注目ということなのだろうが、
日本はどうにも残念な状況にある。
対してイタリアは早々にメダルをとり、
今も数を増やしている。
でも実際選手に接したりする機会を得てみるとなおさら、
上から3人に入らなくても、
研ぎ澄まされた集中力を発揮して演技する彼らは
本当にすばらしい人たちだと思うようになった。
今後の彼らの活躍を、かげながら応援していこうと思う。]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-02-17T02:13+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1310332">
  <title>再びトリノにやってきた -トリノオリンピック-</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1310332</link>
  <description>あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

＊＊＊

１月４日。半年振りに私はトリノにやってきた。
昨年までは学生として。
今回はビジネスでここに２ヶ月強滞在する。
某メディアのコーディネーターその他としてオリンピックの内側で働くことになっている。

メディアの仕事は初めて。
もちろん詳細はここで書くことはできないが、とにかく体力勝負ということはよく分かった。
縦横無尽にトリノやピエモンテ、アオスタ地方を文字通り駆け巡るなかで
私が見るトリノは、
以前のように街角の石畳の隙間からさえ語りかけてくる何かを探す暇もなく、
移動中の車窓はシンプルな街の塊を見せてくれるだけで
目的地がよりクローズアップされて目の前に迫ってくる。
今のほうが街の観察者としては見方が浅いのかもしれないが、
より鮮やかに「生きているトリノ」を体感し、肉薄できているような
気がする。

トリノはオリンピックにわいている。
といいたいのだけれど、いろいろな問題があって結構灰色ムードだ。
例えば市は、オリンピック中は観戦の促進などのため小学校等を休校にすることに決めた。
生徒たちは喜んでいるが、共働きの夫婦から見れば、
オリンピック期間中ベビーシッターを頼まねばならない。
また地価、ホテル代などが全般的に高騰し、物価にも影響がでている。
生活する人々にとっては、このオリンピック景気を歓迎しきれない現実がある。

＊＊＊＊

まあそれはいいとして。
私の目下の大問題は、マニュアル車の運転である。
私はオートマ限定運転免許を持っていたのだが、
今回の仕事のために限定解除し、教習所である程度運転経験を積んでおいた。
運転が上手く車に詳しい彼（もうすぐ夫）にイロイロと聞いて勉強もした。
で、数日前レンタカーで中型のフィアット・ウリッセを借り
今日から機動力アップ、アポイントもガツガツこなせる・・・
はずだったのだけど。

まずロレーナから買ったカーナビがぶっこわれ、
メディアセンターのあるリンゴットまでの道順が分からなくなった。
行けば分かると適当に発車したら、エンストの連続。
果ては、中央駅前の大通りでクラッチが焼け付き、
白煙と悪臭にまみれつつ道のど真ん中で完全停止してしまった。
わらわらと集まってくる警察官、クラクションの嵐。
レッカー車を待ちながら、ちょっとマニュアル車恐怖症になってしまった。
結局タクシーで職場に移動、3時間遅刻した。
これはもう遅刻と呼べないかもしれないけど。半日休んだって言うのかな。


そんなこんなで、代車のくる明日の晩からまた運転練習しなくては。
ああ、オートマ車って便利だなあ。
マニュアル車をするする運転してる彼がなんともまぶしい今日この頃。</description>
  <content:encoded><![CDATA[あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

＊＊＊

１月４日。半年振りに私はトリノにやってきた。
昨年までは学生として。
今回はビジネスでここに２ヶ月強滞在する。
某メディアのコーディネーターその他としてオリンピックの内側で働くことになっている。

メディアの仕事は初めて。
もちろん詳細はここで書くことはできないが、とにかく体力勝負ということはよく分かった。
縦横無尽にトリノやピエモンテ、アオスタ地方を文字通り駆け巡るなかで
私が見るトリノは、
以前のように街角の石畳の隙間からさえ語りかけてくる何かを探す暇もなく、
移動中の車窓はシンプルな街の塊を見せてくれるだけで
目的地がよりクローズアップされて目の前に迫ってくる。
今のほうが街の観察者としては見方が浅いのかもしれないが、
より鮮やかに「生きているトリノ」を体感し、肉薄できているような
気がする。

トリノはオリンピックにわいている。
といいたいのだけれど、いろいろな問題があって結構灰色ムードだ。
例えば市は、オリンピック中は観戦の促進などのため小学校等を休校にすることに決めた。
生徒たちは喜んでいるが、共働きの夫婦から見れば、
オリンピック期間中ベビーシッターを頼まねばならない。
また地価、ホテル代などが全般的に高騰し、物価にも影響がでている。
生活する人々にとっては、このオリンピック景気を歓迎しきれない現実がある。

＊＊＊＊

まあそれはいいとして。
私の目下の大問題は、マニュアル車の運転である。
私はオートマ限定運転免許を持っていたのだが、
今回の仕事のために限定解除し、教習所である程度運転経験を積んでおいた。
運転が上手く車に詳しい彼（もうすぐ夫）にイロイロと聞いて勉強もした。
で、数日前レンタカーで中型のフィアット・ウリッセを借り
今日から機動力アップ、アポイントもガツガツこなせる・・・
はずだったのだけど。

まずロレーナから買ったカーナビがぶっこわれ、
メディアセンターのあるリンゴットまでの道順が分からなくなった。
行けば分かると適当に発車したら、エンストの連続。
果ては、中央駅前の大通りでクラッチが焼け付き、
白煙と悪臭にまみれつつ道のど真ん中で完全停止してしまった。
わらわらと集まってくる警察官、クラクションの嵐。
レッカー車を待ちながら、ちょっとマニュアル車恐怖症になってしまった。
結局タクシーで職場に移動、3時間遅刻した。
これはもう遅刻と呼べないかもしれないけど。半日休んだって言うのかな。


そんなこんなで、代車のくる明日の晩からまた運転練習しなくては。
ああ、オートマ車って便利だなあ。
マニュアル車をするする運転してる彼がなんともまぶしい今日この頃。]]></content:encoded>
  <dc:date>2006-01-19T07:13+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1287520">
  <title>Buon Natale!</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1287520</link>
  <description>更新が少なかった今年も、あと数日。
彼と一緒に住み始めて早３ヶ月だ。
あっという間のこの日々に、いろんなことがあった。
2005年はなんというかドラマチックだった。

年明け4日には、またトリノに向かう。
トリノオリンピックに関連する仕事のために
2ヶ月ほど滞在することになった。
留学とは別の視点から見たトリノは、どんな姿だろう。
そして、それが私の独身最後の2ヶ月となる。
いろんな意味で深い時間になるような気がする。

今日は24日。
みなさんはどんなクリスマスを過ごすのだろう。
イタリアの友達、日本のかたがた、どうぞ
暖かくしてよい年末をお過ごしください。


ちべった</description>
  <content:encoded><![CDATA[更新が少なかった今年も、あと数日。
彼と一緒に住み始めて早３ヶ月だ。
あっという間のこの日々に、いろんなことがあった。
2005年はなんというかドラマチックだった。

年明け4日には、またトリノに向かう。
トリノオリンピックに関連する仕事のために
2ヶ月ほど滞在することになった。
留学とは別の視点から見たトリノは、どんな姿だろう。
そして、それが私の独身最後の2ヶ月となる。
いろんな意味で深い時間になるような気がする。

今日は24日。
みなさんはどんなクリスマスを過ごすのだろう。
イタリアの友達、日本のかたがた、どうぞ
暖かくしてよい年末をお過ごしください。


ちべった]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-12-24T12:56+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1251498">
  <title>夏の終わり　引越し準備</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1251498</link>
  <description>久々に、イタリア出国前の話を。

-----------------------------------

私がずっと住んでたVia Marco Poloの部屋を引き払うのは、
7月31日と決めていた。
日本への出発は8月末にしようと思っていたが、8月一ヶ月を
イタリア国内なりヨーロッパ諸国なりへの旅行にあてたかったからだ。

この日程ともいえない漠然とした予定を胸に、
私の準備は着々と進んでいった、
わけではなかった。
最後のほうは適当になってしまった大学関係の処理、
こちらで得た病気についての今後の対策、
ここ数ヶ月かかわってきた仕事、友人との時間などで
7月はあっという間に過ぎていってしまった。
そんなこんなで、私が荷造りをせねばと危機感を感じたのは、
8月半ばを過ぎていた。

イタリアから日本への引越しは、船便での運送を考えていた。
3年前イタリアへ荷物を送ったときも同じ方法だったし、
何より貿易業の彼が国際海運に詳しく、
私の荷物についても引き受けてくれることになっていたからだ。
彼からは、見積もりやらなんやらのために
イタリアで運送会社とコンタクトをとるよう言われていた。
以前お世話になったイタリア国内の海運会社に見積もりを依頼し、
実際のアポイントを取ったころには、7月20日になっていた。

ほかの事で頭が一杯だった私。
まだイタリア出国の実感もまったくない。
ついでに大事なことも忘れていた。
友人との別れ、さまざまな事後処理は普通の時間の流れでできることだが、
荷物の発送には荷造りが必要だったということ。
荷造りのためには廃棄と譲渡と発送の3つに荷物を分けねばならないこと。
私の家には春夏秋冬3年分の荷物とゴミがあふれ、
そう簡単にその分類などでいないということ。

見積もりの後、私は29日、30日の2日弱で荷造りをした。
そこまで物は増やさなかったはずなのに、40平方の家にどうしてここまで
物がたまったのかと思うぐらいのものを廃棄し、
テレビや家電、食料、植木、細かなものはロレーナに譲り、
大家さんに部屋を引き渡すべく掃除をする。
そんなものが2日で終わるわけがない。
捨てるものだけでも20袋分ぐらいになった。
階段を上下し、大量のゴミを道にあるゴミ入れに運ぶ。
腰と筋肉が痛み、久々の重労働に体がきしんでいた。

ようやく荷物を何とかした後、スーツケースに当座の洋服や小物を詰め、
タクシーでロレーナの家に移動。
私はこれから数日、ロレーナの家に厄介になる。
今日はロレーナの家に誰もいない。
みんな用事や旅行で翌々日まで留守なのだ。
家そのものを借りてしまったような状況だが、ともかく荷物を置いてから
再び自宅に戻る。
今日中に部屋をすべて掃除しないといけないのだ。

 

この引渡しの31日、私はへとへとになって
まだ散らかったままの部屋を見回し、
ベランダに立った。
夕暮れのこの景色は、苦楽の中で3年間見慣れたものとなっていた。
部屋を出るまであと数時間。
私はそのときになってようやく、
数年を過ごしたこの家とはなれることを実感し、
なんともいえない寂しさを覚えた。
デジカメで出発前の家の様子を取っておく。
3年前大家さんに手を引かれてはじめて見たこの部屋と今の部屋は、
ほとんど同じ状態だが、
壁や天井、カーテンや棚には
孤独や発見の喜びにあふれたこの3年間の思い出の「私」が染み付いている。

小さく、ありがとうとつぶやいて、
もう2度とあけてはならない入り口のドアを閉めた。
郵便ボックスの名札を記念に取り外し、薄暗くなった街角を歩き出した。

--------------------------------------------------

8月編に続く。</description>
  <content:encoded><![CDATA[久々に、イタリア出国前の話を。

-----------------------------------

私がずっと住んでたVia Marco Poloの部屋を引き払うのは、
7月31日と決めていた。
日本への出発は8月末にしようと思っていたが、8月一ヶ月を
{{615,イタリア}}国内なりヨーロッパ諸国なりへの旅行にあてたかったからだ。

この日程ともいえない漠然とした予定を胸に、
私の準備は着々と進んでいった、
わけではなかった。
最後のほうは適当になってしまった大学関係の処理、
こちらで得た病気についての今後の対策、
ここ数ヶ月かかわってきた仕事、友人との時間などで
7月はあっという間に過ぎていってしまった。
そんなこんなで、私が荷造りをせねばと危機感を感じたのは、
8月半ばを過ぎていた。

イタリアから日本への引越しは、船便での運送を考えていた。
3年前イタリアへ荷物を送ったときも同じ方法だったし、
何より貿易業の彼が国際海運に詳しく、
私の荷物についても引き受けてくれることになっていたからだ。
彼からは、見積もりやらなんやらのために
イタリアで運送会社とコンタクトをとるよう言われていた。
以前お世話になったイタリア国内の海運会社に見積もりを依頼し、
実際のアポイントを取ったころには、7月20日になっていた。

ほかの事で頭が一杯だった私。
まだイタリア出国の実感もまったくない。
ついでに大事なことも忘れていた。
友人との別れ、さまざまな事後処理は普通の時間の流れでできることだが、
荷物の発送には荷造りが必要だったということ。
荷造りのためには廃棄と譲渡と発送の3つに荷物を分けねばならないこと。
私の家には春夏秋冬3年分の荷物とゴミがあふれ、
そう簡単にその分類などでいないということ。

見積もりの後、私は29日、30日の2日弱で荷造りをした。
そこまで物は増やさなかったはずなのに、40平方の家にどうしてここまで
物がたまったのかと思うぐらいのものを廃棄し、
テレビや家電、食料、植木、細かなものはロレーナに譲り、
大家さんに部屋を引き渡すべく掃除をする。
そんなものが2日で終わるわけがない。
捨てるものだけでも20袋分ぐらいになった。
階段を上下し、大量のゴミを道にあるゴミ入れに運ぶ。
腰と筋肉が痛み、久々の重労働に体がきしんでいた。

ようやく荷物を何とかした後、スーツケースに当座の洋服や小物を詰め、
タクシーでロレーナの家に移動。
私はこれから数日、ロレーナの家に厄介になる。
今日はロレーナの家に誰もいない。
みんな用事や旅行で翌々日まで留守なのだ。
家そのものを借りてしまったような状況だが、ともかく荷物を置いてから
再び自宅に戻る。
今日中に部屋をすべて掃除しないといけないのだ。

 <img src="http://blog.mypress.jp/imagew/civetta/shuppatumae.jpg">

この引渡しの31日、私はへとへとになって
まだ散らかったままの部屋を見回し、
ベランダに立った。
夕暮れのこの景色は、苦楽の中で3年間見慣れたものとなっていた。
部屋を出るまであと数時間。
私はそのときになってようやく、
数年を過ごしたこの家とはなれることを実感し、
なんともいえない寂しさを覚えた。
デジカメで出発前の家の様子を取っておく。
3年前大家さんに手を引かれてはじめて見たこの部屋と今の部屋は、
ほとんど同じ状態だが、
壁や天井、カーテンや棚には
孤独や発見の喜びにあふれたこの3年間の思い出の「私」が染み付いている。

小さく、ありがとうとつぶやいて、
もう2度とあけてはならない入り口のドアを閉めた。
郵便ボックスの名札を記念に取り外し、薄暗くなった街角を歩き出した。

--------------------------------------------------

8月編に続く。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-11-15T14:32+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1207473">
  <title>帰国、そして</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1207473</link>
  <description>8月31日、日本に帰って来た。
そして実家に戻ってきた私。
船便でトリノから送った荷物を待つ毎日・・・
のはずだったんだけど。

ある事件をきっかけに、実家を出て
彼と同棲を始めた。
ねこのみそちゃんとなつこ1号も、もちろん一緒だ。

なんだか帰国前に想像した「久々の日本の秋」とは
ずいぶん路線変更してしまったけれど。
これもこれで何だか楽しい。

8月の旅行はとても充実していたし、この9月のことも
簡単に書こうと思っている。
写真も山のように撮ったし。
今新居を探しているので、ネットが使えるようになったら
短い間隔で更新して書いていこうと思います。

近況でした♪</description>
  <content:encoded><![CDATA[8月31日、日本に帰って来た。
そして実家に戻ってきた私。
船便でトリノから送った荷物を待つ毎日・・・
のはずだったんだけど。

ある事件をきっかけに、実家を出て
彼と同棲を始めた。
ねこのみそちゃんとなつこ1号も、もちろん一緒だ。

なんだか帰国前に想像した「久々の日本の秋」とは
ずいぶん路線変更してしまったけれど。
これもこれで何だか楽しい。

8月の旅行はとても充実していたし、この9月のことも
簡単に書こうと思っている。
写真も山のように撮ったし。
今新居を探しているので、ネットが使えるようになったら
短い間隔で更新して書いていこうと思います。

近況でした♪]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-10-02T20:51+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1159784">
  <title>放浪中</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1159784</link>
  <description>ここをほったらかしにして何をしているかというと・・・。

7月末で3年住んだ家を引き払い、
ロレーナの家を拠点として、
ブダペスト、パリ、トスカーナの諸都市を
ふらふらと旅して歩いている。

今はサン・ジミニャーノのロカンダでぼんやりしつつ
明日のサン・ヴィンツェンツォに向けた出発準備をしている。
後者は海際のちいさな町で、
画家である友人が別荘を持っており、そこに滞在させてもらうことになっている。

8月末には日本に帰る。
私のバカンスもあと残りわずか。
何も考えずに、ゆっくり楽しんでおこうと思う。</description>
  <content:encoded><![CDATA[ここをほったらかしにして何をしているかというと・・・。

7月末で3年住んだ家を引き払い、
ロレーナの家を拠点として、
ブダペスト、パリ、トスカーナの諸都市を
ふらふらと旅して歩いている。

今はサン・ジミニャーノのロカンダでぼんやりしつつ
明日のサン・ヴィンツェンツォに向けた出発準備をしている。
後者は海際のちいさな町で、
画家である友人が別荘を持っており、そこに滞在させてもらうことになっている。

8月末には日本に帰る。
私のバカンスもあと残りわずか。
何も考えずに、ゆっくり楽しんでおこうと思う。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-08-20T06:24+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1131763">
  <title>家族の肖像〜力をください</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1131763</link>
  <description>ドライブについて書こうと思ったが、
その前にどうしてもこの記事を投稿したいと思った。


私がトリノで住んでいるこの家を引き払う期日まで、
ついに一週間を切った。
その後1ヶ月ほどちいさな旅をする予定で、イタリアにはまだいるのだが、
私にとって第二の故郷とも言えるこのトリノ、
3年過ごし思い出が文字通りしみこんでいるこの家を
名実ともに「我が家」と呼ぶ日々に終わりが近づいてきている。
今私の心の中には、さまざまな不安、ちいさな悔恨、人生のひと区切りへの感慨、
別れの寂しさ、
そして将来への期待と、日本で新たに始める生活への思いが入り混じった
なんとも表現しがたいものが渦巻いている。

そんなこの週末、私が帰るべき東京で、ひとつの物語が始まった。
両親とは別に私が心を預ける「彼」に、
息子として二人でいつくしんできた猫「みそちゃん」に、
新しい家族ができたのだ。
ちいさなちいさな命に、大きな運命を背負って。


このマイぷれすには、多くの閲覧者がおられる。
その中には、私たちが調べられる以上の、知識や経験をお持ちの方もあるだろう。
また閲覧者のまなざしが、ディスプレイの向こうにある現実に
何か働きかけてくれるかもしれない。

ここで紹介する真新しいブログには、
皆さんを楽しませる記述はないかもしれない。
だが、ネット上のちいさな縁の積み重ねが、愛すべき命の未来を変えるかもしれないと思う、
わずかな可能性に期待する自分を抑えることはできない。


記事の著者は私の彼こと「みそちゃんの父＝みそちゃんとなつこ1号の父」。
コメントで登場する「みそちゃんとなつこ1号の母」はちべったです。
手探りで病と闘う私たちの記録を、
ここに紹介します。

記事
ねこ白血病ウィルス感染症とたたかう

写真他（みそちゃんの日常も含む）
みそちゃんの画像掲示板

</description>
  <content:encoded><![CDATA[ドライブについて書こうと思ったが、
その前にどうしてもこの記事を投稿したいと思った。


私がトリノで住んでいるこの家を引き払う期日まで、
ついに一週間を切った。
その後1ヶ月ほどちいさな旅をする予定で、イタリアにはまだいるのだが、
私にとって第二の故郷とも言えるこのトリノ、
3年過ごし思い出が文字通りしみこんでいるこの家を
名実ともに「我が家」と呼ぶ日々に終わりが近づいてきている。
今私の心の中には、さまざまな不安、ちいさな悔恨、人生のひと区切りへの感慨、
別れの寂しさ、
そして将来への期待と、日本で新たに始める生活への思いが入り混じった
なんとも表現しがたいものが渦巻いている。

そんなこの週末、私が帰るべき東京で、ひとつの物語が始まった。
両親とは別に私が心を預ける「彼」に、
息子として二人でいつくしんできた猫「みそちゃん」に、
新しい家族ができたのだ。
ちいさなちいさな命に、大きな運命を背負って。


このマイぷれすには、多くの閲覧者がおられる。
その中には、私たちが調べられる以上の、知識や経験をお持ちの方もあるだろう。
また閲覧者のまなざしが、ディスプレイの向こうにある現実に
何か働きかけてくれるかもしれない。

ここで紹介する真新しいブログには、
皆さんを楽しませる記述はないかもしれない。
だが、ネット上のちいさな縁の積み重ねが、愛すべき命の未来を変えるかもしれないと思う、
わずかな可能性に期待する自分を抑えることはできない。


記事の著者は私の彼こと「みそちゃんの父＝みそちゃんとなつこ1号の父」。
コメントで登場する「みそちゃんとなつこ1号の母」はちべったです。
手探りで病と闘う私たちの記録を、
ここに紹介します。

記事
<a href="http://natuko-1gou.a-thera.jp/">ねこ白血病ウィルス感染症とたたかう</a>

写真他（みそちゃんの日常も含む）
<a href="http://0bbs.jp/missochan/">みそちゃんの画像掲示板</a>

]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-07-26T04:44+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1122377">
  <title>つ、つかれた</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1122377</link>
  <description>今回は1ヶ月以上も放置してしまったこの雑記。
来てくださってる方、ごめんなさい。


今週の土日は、ロレーナが買った念願の新車で
彼女の故郷を往復する旅に行ってきた。
近場ではない。Canpania州のちょうど中央部にあたる
山の中の町だった。
片道千キロ12時間、8つの州を通り抜けるドライブは
はっきり言って無謀だったが
とても面白かった。

今は座りっぱなしで足はパンパン、心身ともにぐったり疲れてるので
近日中にここで書きとめておくつもり。

それにしてもここ2日は暑すぎる。
疲れてるとはいえ、今夜は眠れるかなあ。</description>
  <content:encoded><![CDATA[今回は1ヶ月以上も放置してしまったこの雑記。
来てくださってる方、ごめんなさい。


今週の土日は、ロレーナが買った念願の新車で
彼女の故郷を往復する旅に行ってきた。
近場ではない。Canpania州のちょうど中央部にあたる
山の中の町だった。
片道千キロ12時間、8つの州を通り抜けるドライブは
はっきり言って無謀だったが
とても面白かった。

今は座りっぱなしで足はパンパン、心身ともにぐったり疲れてるので
近日中にここで書きとめておくつもり。

それにしてもここ2日は暑すぎる。
疲れてるとはいえ、今夜は眠れるかなあ。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-07-18T04:58+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1072962">
  <title>ちいさな死</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1072962</link>
  <description>さわやかな風が心地よい、連休明けの今日。
所用にてトリノのはずれにある国際交流施設に来ていた。
数時間に渡って集中力を要する作業を続けたあと、
小休止のため3階の外階段でぼんやりとしていた。

施設は緑がたくさんあり、初夏を謳歌する草花が美しく輝いていた。
用務員たちに飼われている猫や犬がとことこ歩き、
木擦れのささやきがのどかな雰囲気をいっそう高めていた。

そんな庭の片隅にふと目をやると、なんだかもこっとした灰色の塊が
草の狭間にひっそりと丸まっているのに気づいた。
古びたテニスボールか何かだろうかとも思ったが、
何か引っかかるものを感じて、よく目を凝らして観察してみる。
すると、そのまるい球の斜め前方に、上に向かって伸びる赤い二本の棒が見えた。
球に接する部分を始点に、逆三角形の二辺を描いてまっすぐ伸びている。
そこで気づいた。・・・鳥だ。

急いで階段を降り、近づいてみる。
やっぱり鳥だ。それも、たぶん巣から落ちたこどもだ。
ふさふさとした灰色の羽がところどころ禿げ、小さく風になびいている。
口と両目を大きく開けたまま微動だにしないこの子の姿は、一種異様なものを感じさせた。
頭には少しハエが集っており、・・・死んでいるのかと思った。

が、こわごわとなでてみると、こちらを向こうともぞもぞと動き出した。
バランスをとれず一生懸命方向転換する姿はとてもいじらしい。
私は一瞬でこの子が気に入ってしまった。
羽をそろそろと観察し、怪我がないことを確かめ、
手元にあったコップの水を与えてみると、喜んで飲んでいる。
まだ、生きている。大丈夫。だがどうしよう。
そのまま近場にいた施設の人に声をかけると、
「ああ、そのこ、ここ3、4日そこにいるのよね・・・。ここは犬も猫もいるし、
放っておくといけないんだけど、なかなかねぇ・・・。
まあ、近々保健所に電話しておくよ。」
というなんとも頼りない返事。
作業の残っていた私は後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。


作業中、ずっとあの子のことが気になっていた。
大丈夫だろうか。放っておいていいんだろうか。犬にかまれていないだろうか。
いろんな思いが頭を巡り、なんともいたたまれない気持ちだった。
夕方5時半、作業が終わって帰宅しようとしたとき、
一度出掛かった門から引き返し、ハンカチで包んで彼を抱き取った。
ちいさなからだが細かく震えているが、いっぱいに開かれた目で
じっと私を見ている。
だめだ、やっぱり放っておけない。つれて帰ろう。
意を決して胸に抱き、冷やさないように暖めながらバスに乗って帰路に着いた。

バスが揺れるたび不安がる小鳥。まだ生まれて間もないらしく、
巣や卵のかけららしいものが嘴と鼻にくっついていた。
やさしくそれを指先ではじきながら、少しでも揺れが響かないように
ふんわりと固定して抱いていた。
周りの乗客は胸の鳥に気づくと、にっこりと目配せしてくれたり、
何をたべさせたらいいとか抱き方を変えたほうがいいとか
いろいろ教えてくれた。
この子がカラスの一種、Cornacchiaという野鳥だということも彼らに教わった。
乱暴な運転のバスの中で、しっかり、でもやさしく小鳥を抱きしめながら、
一緒に家に行こう、元気になろう、私が守ってあげると心の中でつぶやいた。

この鳥の食料と情報を得るためペットショップに行こうと考えた私は、
大荷物を持ち歩いていたため、まずはアンナの事務所にそれを置かせてもらい
買い物に出ようと考えた。
アンナに電話し、説明は後でするから、とにかく事務所に寄っていいか確認した。
事務所に向かう道すがら、子どもやお年寄りが「かわいいなあ」と声をかけてくれるのを
なぜか我がことのようにうれしく聞く。どこか誇らしかった。
アンナは事務所にそろそろと入ってきた私の腕の中の鳥を見て大喜び。
二人でどうしようああしようと話し合い、私は小鳥との新しい日々を想像して
子どものようにわくわくしていた。

ペットショップに行くと、健康状態は問題がなくてただ幼すぎるだけだが、
「この子は野鳥で、役所に連れて行かないとだめだよ」といわれた。
野鳥は県の施設で保護され、適切な処置を受けて育てられ、成長後に放されるらしい。
専門家がきちんと面倒を見てくれるなら、残念だけどそれがよいだろう。
ちょっとがっくりしながら、近場にある役所に行く。
すでにしまっており、翌朝来るか、隣町のモンカリエーリの施設に行くよう指示される。
隣町につくころはもう遅いだろう、健康ならば一晩素人の私と過ごしても
特に問題はないと思った。

どちらにせよ今晩はこの子と一緒。私は再び興奮してきた。
アンナの事務所に帰り、また胸で暖めつつ、私を母鳥のように見つめる小鳥に
強く母性本能をかきたてられながら、しあわせなひと時をすごした。

が。
はじめはぬくぬくと気持ちよさそうにしていた小鳥が、
水様の便をしたあと、急に体をよじるように動き出した。
体を伸ばし、首と胴体をねじり、目をまんまるく見開く。
口をパクパクさせ、何かを訴えるように喘いでいる。
水を与えようとしても飲まない。食べ物も受け付けない。
とにかく胸に抱き暖めて、様子を見守ることにした。
次第に落ち着いて目を細める小鳥。ほっと安心していたが、
その目が力なく閉じようとしていることに気づいた。
またねむくなったのかな。さっきもウトウトしてたよな。
私が布と手のひらで包み込みながら指で頭をなでた時、
細く細く瞼に隠されていた目が一度まるく開き、
そしてゆっくりと閉じた。

「寝ちゃったかな。・・・まさか、死んじゃった・・・？」
「そんなこと言わないでちべった、ほらまだあったかいよ」
「・・・でも心臓の鼓動を感じない・・・」
二人で顎を少し上向けて見たり、硬く閉じた嘴をつついてみたり
しっかりと閉じたまぶたの下を軽く触れてみたりした。
「ちべった、とにかく獣医に連れて行こう」
アンナは私を車に乗せ、最寄の獣医に走った。
すでに閉まったクリニックのベルを鳴らし、急患であることを告げると、
快く中に通してくれた。
手術台で小鳥に触れた医師は、言った。
「残念だけれど、ほんの少し前に死んでしまったようだ」
鼓動と瞳孔を確認し、少し硬直を始めた両足を静かに収め
台の上に丸く亡骸を置いた。

私たち二人は言葉もなく、呆然と骸を眺めた。
「・・・私が悪かったんでしょうか、
つれて来ずに草むらにおいておいたほうがよかったのでしょうか。
胸に抱いていたのが悪かったのでしょうか・・・」
やっとのことで問いかけた。
「いや、既に前から病気にかかっていたよ。
つれてくるのが2日早ければ何とかなったかもしれないけれど」
慰めるように言う医師。
亡骸を引き取るという彼らに任せ、言葉少なにクリニックを後にした。

「ちべった、責任感じちゃダメだよ。
最後に暖かくしてもらって、きっとあの子も喜んでる。
ちべったはできることを全部したんだから」
明らかに落ち込む私に声をかけるアンナ。

その言葉を聴きながら、私は死の直前のあの子を思い出していた。
私とほんのひと時一緒にすごした小さなあの子は、
やさしく、母を見るような目で私を見つめて、
そっとまるく開いた後、静かに静かに閉じていった。
病んでいたあの子は、最後まで澄んだ瞳で私を見つめていた。

たった2時間の、ちいさな命のちいさな死は
二つの瞳の輝きとともに私の瞼に焼き付いて離れない。
</description>
  <content:encoded><![CDATA[さわやかな風が心地よい、連休明けの今日。
所用にてトリノのはずれにある国際交流施設に来ていた。
数時間に渡って集中力を要する作業を続けたあと、
小休止のため3階の外階段でぼんやりとしていた。

施設は緑がたくさんあり、初夏を謳歌する草花が美しく輝いていた。
用務員たちに飼われている猫や犬がとことこ歩き、
木擦れのささやきがのどかな雰囲気をいっそう高めていた。

そんな庭の片隅にふと目をやると、なんだかもこっとした灰色の塊が
草の狭間にひっそりと丸まっているのに気づいた。
古びたテニスボールか何かだろうかとも思ったが、
何か引っかかるものを感じて、よく目を凝らして観察してみる。
すると、そのまるい球の斜め前方に、上に向かって伸びる赤い二本の棒が見えた。
球に接する部分を始点に、逆三角形の二辺を描いてまっすぐ伸びている。
そこで気づいた。・・・鳥だ。

急いで階段を降り、近づいてみる。
やっぱり鳥だ。それも、たぶん巣から落ちたこどもだ。
ふさふさとした灰色の羽がところどころ禿げ、小さく風になびいている。
口と両目を大きく開けたまま微動だにしないこの子の姿は、一種異様なものを感じさせた。
頭には少しハエが集っており、・・・死んでいるのかと思った。

が、こわごわとなでてみると、こちらを向こうともぞもぞと動き出した。
バランスをとれず一生懸命方向転換する姿はとてもいじらしい。
私は一瞬でこの子が気に入ってしまった。
羽をそろそろと観察し、怪我がないことを確かめ、
手元にあったコップの水を与えてみると、喜んで飲んでいる。
まだ、生きている。大丈夫。だがどうしよう。
そのまま近場にいた施設の人に声をかけると、
「ああ、そのこ、ここ3、4日そこにいるのよね・・・。ここは犬も猫もいるし、
放っておくといけないんだけど、なかなかねぇ・・・。
まあ、近々保健所に電話しておくよ。」
というなんとも頼りない返事。
作業の残っていた私は後ろ髪引かれる思いでその場を後にした。


作業中、ずっとあの子のことが気になっていた。
大丈夫だろうか。放っておいていいんだろうか。犬にかまれていないだろうか。
いろんな思いが頭を巡り、なんともいたたまれない気持ちだった。
夕方5時半、作業が終わって帰宅しようとしたとき、
一度出掛かった門から引き返し、ハンカチで包んで彼を抱き取った。
ちいさなからだが細かく震えているが、いっぱいに開かれた目で
じっと私を見ている。
だめだ、やっぱり放っておけない。つれて帰ろう。
意を決して胸に抱き、冷やさないように暖めながらバスに乗って帰路に着いた。

バスが揺れるたび不安がる小鳥。まだ生まれて間もないらしく、
巣や卵のかけららしいものが嘴と鼻にくっついていた。
やさしくそれを指先ではじきながら、少しでも揺れが響かないように
ふんわりと固定して抱いていた。
周りの乗客は胸の鳥に気づくと、にっこりと目配せしてくれたり、
何をたべさせたらいいとか抱き方を変えたほうがいいとか
いろいろ教えてくれた。
この子がカラスの一種、Cornacchiaという野鳥だということも彼らに教わった。
乱暴な運転のバスの中で、しっかり、でもやさしく小鳥を抱きしめながら、
一緒に家に行こう、元気になろう、私が守ってあげると心の中でつぶやいた。

この鳥の食料と情報を得るためペットショップに行こうと考えた私は、
大荷物を持ち歩いていたため、まずはアンナの事務所にそれを置かせてもらい
買い物に出ようと考えた。
アンナに電話し、説明は後でするから、とにかく事務所に寄っていいか確認した。
事務所に向かう道すがら、子どもやお年寄りが「かわいいなあ」と声をかけてくれるのを
なぜか我がことのようにうれしく聞く。どこか誇らしかった。
アンナは事務所にそろそろと入ってきた私の腕の中の鳥を見て大喜び。
二人でどうしようああしようと話し合い、私は小鳥との新しい日々を想像して
子どものようにわくわくしていた。

ペットショップに行くと、健康状態は問題がなくてただ幼すぎるだけだが、
「この子は野鳥で、役所に連れて行かないとだめだよ」といわれた。
野鳥は県の施設で保護され、適切な処置を受けて育てられ、成長後に放されるらしい。
専門家がきちんと面倒を見てくれるなら、残念だけどそれがよいだろう。
ちょっとがっくりしながら、近場にある役所に行く。
すでにしまっており、翌朝来るか、隣町のモンカリエーリの施設に行くよう指示される。
隣町につくころはもう遅いだろう、健康ならば一晩素人の私と過ごしても
特に問題はないと思った。

どちらにせよ今晩はこの子と一緒。私は再び興奮してきた。
アンナの事務所に帰り、また胸で暖めつつ、私を母鳥のように見つめる小鳥に
強く母性本能をかきたてられながら、しあわせなひと時をすごした。

が。
はじめはぬくぬくと気持ちよさそうにしていた小鳥が、
水様の便をしたあと、急に体をよじるように動き出した。
体を伸ばし、首と胴体をねじり、目をまんまるく見開く。
口をパクパクさせ、何かを訴えるように喘いでいる。
水を与えようとしても飲まない。食べ物も受け付けない。
とにかく胸に抱き暖めて、様子を見守ることにした。
次第に落ち着いて目を細める小鳥。ほっと安心していたが、
その目が力なく閉じようとしていることに気づいた。
またねむくなったのかな。さっきもウトウトしてたよな。
私が布と手のひらで包み込みながら指で頭をなでた時、
細く細く瞼に隠されていた目が一度まるく開き、
そしてゆっくりと閉じた。

「寝ちゃったかな。・・・まさか、死んじゃった・・・？」
「そんなこと言わないでちべった、ほらまだあったかいよ」
「・・・でも心臓の鼓動を感じない・・・」
二人で顎を少し上向けて見たり、硬く閉じた嘴をつついてみたり
しっかりと閉じたまぶたの下を軽く触れてみたりした。
「ちべった、とにかく獣医に連れて行こう」
アンナは私を車に乗せ、最寄の獣医に走った。
すでに閉まったクリニックのベルを鳴らし、急患であることを告げると、
快く中に通してくれた。
手術台で小鳥に触れた医師は、言った。
「残念だけれど、ほんの少し前に死んでしまったようだ」
鼓動と瞳孔を確認し、少し硬直を始めた両足を静かに収め
台の上に丸く亡骸を置いた。

私たち二人は言葉もなく、呆然と骸を眺めた。
「・・・私が悪かったんでしょうか、
つれて来ずに草むらにおいておいたほうがよかったのでしょうか。
胸に抱いていたのが悪かったのでしょうか・・・」
やっとのことで問いかけた。
「いや、既に前から病気にかかっていたよ。
つれてくるのが2日早ければ何とかなったかもしれないけれど」
慰めるように言う医師。
亡骸を引き取るという彼らに任せ、言葉少なにクリニックを後にした。

「ちべった、責任感じちゃダメだよ。
最後に暖かくしてもらって、きっとあの子も喜んでる。
ちべったはできることを全部したんだから」
明らかに落ち込む私に声をかけるアンナ。

その言葉を聴きながら、私は死の直前のあの子を思い出していた。
私とほんのひと時一緒にすごした小さなあの子は、
やさしく、母を見るような目で私を見つめて、
そっとまるく開いた後、静かに静かに閉じていった。
病んでいたあの子は、最後まで澄んだ瞳で私を見つめていた。

たった2時間の、ちいさな命のちいさな死は
二つの瞳の輝きとともに私の瞼に焼き付いて離れない。
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-06-07T04:41+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1052561">
  <title>ご近所さん</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1052561</link>
  <description>5月はここも放置してしまった。ごめんなさい。

まだ終わっていないが、今月は忙しかった。
忙しい中にいろいろ出会いがあって、
今年に入ってからずっと考えていたことに、自分なりのけじめをつけることにした。
20代後半の今、自分の人生もきちんと見直すことにした。
そんな私の留学生活は、終わりにさしかかっている。


で。終わりということは、3年間暮らしたこの生活を引き払うことになる。
こまごまとした手続きももうしばらくしたら始めねばならない。
まずは今月、大家さんに退去の話をしておいた。
退去日から賃貸契約書に書かれている月数前には大家さんに告知し
次の借主を探す期間を与えねばならない。
まあ、日本でも同じ、かな。

先日、早速一人目の候補者が部屋を見たいと言ってきた。
折角なので、きれいな部屋を見てもらおう。
この機会に、久々の大掃除を敢行した。私は洗剤を試すのが好きで、
以前katiaさんの日記にも書いてあった強力な洗剤ももちろんゲットしてある。
これは蛍光ピンクの毒々しいプラスチックボトルに入っていて
液体もピンク色、においもちょっときつめなのだが
油汚れがビックリするほどよく落ちる。
吹き付けてからしばらく放置して拭うと、台所の冷蔵庫のてっぺんにこびりついた
油汚れもきれいに取れる。錆や水垢もきれいに。
面白くなって電気の傘から何から掃除していたら、手が荒れてしまった。
強い洗剤なんだなあとしみじみ。
さらに、カルキ取り洗剤の新製品を購入して、水場を輝かせた。
中性洗剤で、カベや床のタイルの溝を白くする。
フローリングには専用洗剤と蝋を使って自然なツヤを・・・
などとやっていたら、家中妙な臭いに包まれてヘンな気分になってきた。


まあそんな掃除の翌日、すっきりした部屋で一人悦に入って
部屋を見に来るお客を待っていた。
約束は12時半。10時半あたりにはのんびりコーヒーなどのみつつ
ぼんやりと本を読んだりしていた。

と、インターフォンがなる。勧誘かなと思い気構えしつつ扉を開けずに答えると、
「部屋を見にきたんです」と女性の声。
驚いて扉を開けると、20代半ばの妊婦さんが立っていた。
「あの、12時半の約束でしたよね？あと、一緒に来るはずの大家さんは？」訊いてみる。
「いえ、10時半、ですよ。日本人の女性が待ってると聞いてます」
このあたりに、日本人が住んでいるという話は聞いたことがない。
さらに部屋を見せる約束があるのはまさに私なので
私の方が時間を間違えてるのかと思った。
「Via ××の○番、6階で、イタリア人のだんなさんもご一緒とか」
いやそれは違う。ここは4階だし私は独身だ。
イタリア人男性と住んでたら日本にいる彼が乗り込んできそうだ。
「いや、それは私じゃなさそうです。おかしいですね、確認しましょう」
私が大家さんに電話してみると、
それは違う、約束は12時半だしその女は狂ってるとか何故か中傷じみたことを叫んでいる。
一方彼女は不動産屋に電話しているようだが、どうも住所に間違いがないらしい。
「どうしよう、ストでバスも止まって、歩いて2時間かけてここまできたのに」
うろたえる彼女。大きなお腹を抱えて、2時間歩くなんて大変だったろう。
とにかく4階であるここが違うことは確かなので、一応6階に行ってみることにした。

6階には3部屋ある。乱暴かつ同時に全てのブザーを鳴らす彼女。
返事がない。
「もう嫌。なんだっての。疲れた・・・」
ぐったりしてきた。まあ、部屋探しの面倒な気持ちはよくわかる。
2回目に鳴らすと、一部屋だけ女性の返事が聞こえた。
「さっき入り口を鳴らした人ね。この部屋は誰にも貸す予定はないのよ。
それに私は中国人で、日本人は下に住んでるわよ。その人じゃないの？」
「あ、それ私です。うちじゃないんですよ」マヌケな返事をしてしまった。
「・・・まあとにかくほかを当たってよ。こっちも忙しいの」
口調がとても冷たい。憮然とする私たち。
というか、ここに中国人が住んでるの知らなかったなあ。
考えてみれば、ご近所さんほとんど知らないや。

「とにかく、もう一度不動産屋に確認しましょうよ。おかしいですよ」
彼女は携帯を取り出した。
バッテリーが切れ掛かっていて、さらに相手の声が途切れるらしい。
災難だなあ。もうどうでもいいから私の家見せちゃおうかな。
意味ないけど。
そんなことを考えてたら、彼女が一言。
「あ。隣の建物だった」

しきりに謝ってくる彼女を制して、とにかく入り口まで一緒に移動した。
送りついでに隣の建物をちらりと見ると、確かに表札に日本人姓を見つけた。
知らなかったなあ、こんな近所に日本人が住んでるなんて。
トリノはそんなに日本人がいないはずだけど、私が把握している以上に居住者は多いのかもしれない。
こぶーたさんとのお茶請け話に持ち出してみようっと。


日本、かあ。
みそちゃん、私のこと覚えてるかな。</description>
  <content:encoded><![CDATA[5月はここも放置してしまった。ごめんなさい。

まだ終わっていないが、今月は忙しかった。
忙しい中にいろいろ出会いがあって、
今年に入ってからずっと考えていたことに、自分なりのけじめをつけることにした。
20代後半の今、自分の人生もきちんと見直すことにした。
そんな私の留学生活は、終わりにさしかかっている。


で。終わりということは、3年間暮らしたこの生活を引き払うことになる。
こまごまとした手続きももうしばらくしたら始めねばならない。
まずは今月、大家さんに退去の話をしておいた。
退去日から賃貸契約書に書かれている月数前には大家さんに告知し
次の借主を探す期間を与えねばならない。
まあ、日本でも同じ、かな。

先日、早速一人目の候補者が部屋を見たいと言ってきた。
折角なので、きれいな部屋を見てもらおう。
この機会に、久々の大掃除を敢行した。私は洗剤を試すのが好きで、
以前<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/katia/diary/200504200000/">katiaさんの日記</a>にも書いてあった強力な洗剤ももちろんゲットしてある。
これは蛍光ピンクの毒々しいプラスチックボトルに入っていて
液体もピンク色、においもちょっときつめなのだが
油汚れがビックリするほどよく落ちる。
吹き付けてからしばらく放置して拭うと、台所の冷蔵庫のてっぺんにこびりついた
油汚れもきれいに取れる。錆や水垢もきれいに。
面白くなって電気の傘から何から掃除していたら、手が荒れてしまった。
強い洗剤なんだなあとしみじみ。
さらに、カルキ取り洗剤の新製品を購入して、水場を輝かせた。
中性洗剤で、カベや床のタイルの溝を白くする。
フローリングには専用洗剤と蝋を使って自然なツヤを・・・
などとやっていたら、家中妙な臭いに包まれてヘンな気分になってきた。


まあそんな掃除の翌日、すっきりした部屋で一人悦に入って
部屋を見に来るお客を待っていた。
約束は12時半。10時半あたりにはのんびりコーヒーなどのみつつ
ぼんやりと本を読んだりしていた。

と、インターフォンがなる。勧誘かなと思い気構えしつつ扉を開けずに答えると、
「部屋を見にきたんです」と女性の声。
驚いて扉を開けると、20代半ばの妊婦さんが立っていた。
「あの、12時半の約束でしたよね？あと、一緒に来るはずの大家さんは？」訊いてみる。
「いえ、10時半、ですよ。日本人の女性が待ってると聞いてます」
このあたりに、日本人が住んでいるという話は聞いたことがない。
さらに部屋を見せる約束があるのはまさに私なので
私の方が時間を間違えてるのかと思った。
「Via ××の○番、6階で、イタリア人のだんなさんもご一緒とか」
いやそれは違う。ここは4階だし私は独身だ。
イタリア人男性と住んでたら日本にいる彼が乗り込んできそうだ。
「いや、それは私じゃなさそうです。おかしいですね、確認しましょう」
私が大家さんに電話してみると、
それは違う、約束は12時半だしその女は狂ってるとか何故か中傷じみたことを叫んでいる。
一方彼女は不動産屋に電話しているようだが、どうも住所に間違いがないらしい。
「どうしよう、ストでバスも止まって、歩いて2時間かけてここまできたのに」
うろたえる彼女。大きなお腹を抱えて、2時間歩くなんて大変だったろう。
とにかく4階であるここが違うことは確かなので、一応6階に行ってみることにした。

6階には3部屋ある。乱暴かつ同時に全てのブザーを鳴らす彼女。
返事がない。
「もう嫌。なんだっての。疲れた・・・」
ぐったりしてきた。まあ、部屋探しの面倒な気持ちはよくわかる。
2回目に鳴らすと、一部屋だけ女性の返事が聞こえた。
「さっき入り口を鳴らした人ね。この部屋は誰にも貸す予定はないのよ。
それに私は中国人で、日本人は下に住んでるわよ。その人じゃないの？」
「あ、それ私です。うちじゃないんですよ」マヌケな返事をしてしまった。
「・・・まあとにかくほかを当たってよ。こっちも忙しいの」
口調がとても冷たい。憮然とする私たち。
というか、ここに中国人が住んでるの知らなかったなあ。
考えてみれば、ご近所さんほとんど知らないや。

「とにかく、もう一度不動産屋に確認しましょうよ。おかしいですよ」
彼女は携帯を取り出した。
バッテリーが切れ掛かっていて、さらに相手の声が途切れるらしい。
災難だなあ。もうどうでもいいから私の家見せちゃおうかな。
意味ないけど。
そんなことを考えてたら、彼女が一言。
「あ。隣の建物だった」

しきりに謝ってくる彼女を制して、とにかく入り口まで一緒に移動した。
送りついでに隣の建物をちらりと見ると、確かに表札に日本人姓を見つけた。
知らなかったなあ、こんな近所に日本人が住んでるなんて。
トリノはそんなに日本人がいないはずだけど、私が把握している以上に居住者は多いのかもしれない。
こぶーたさんとのお茶請け話に持ち出してみようっと。


日本、かあ。
みそちゃん、私のこと覚えてるかな。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-05-22T04:51+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1027079">
  <title>暑い・・・</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1027079</link>
  <description>週前半、用事があってトリノ西部の国境方面に行った。
雪が高く積もり、雲ひとつない真っ青な空とのコントラストが
すばらしかった。
そして何より涼しくて心地よい・・・。

金曜日。所用でミラノへ。
・・・暑い。30度近くあったらしい。よくわからないけど暑い。
土日も暑かったし、月曜も29度と予報してるし、
夏みたい。
そして早速夏バテしてる私。

この夏もまた40度越えたりするんだろうか。
南向きの我が家は、窓の配置の問題もあって
レンジの中みたいに熱がこもって暑くなる。
クーラー、ほしいな・・・。
</description>
  <content:encoded><![CDATA[週前半、用事があってトリノ西部の国境方面に行った。
雪が高く積もり、雲ひとつない真っ青な空とのコントラストが
すばらしかった。
そして何より涼しくて心地よい・・・。

金曜日。所用でミラノへ。
・・・暑い。30度近くあったらしい。よくわからないけど暑い。
土日も暑かったし、月曜も29度と予報してるし、
夏みたい。
そして早速夏バテしてる私。

この夏もまた40度越えたりするんだろうか。
南向きの我が家は、窓の配置の問題もあって
レンジの中みたいに熱がこもって暑くなる。
クーラー、ほしいな・・・。
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-05-02T04:37+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1015665">
  <title>ストといえば思い出す・劇場ストでオペラがキャンセル</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1015665</link>
  <description>本日、イタリア各都市で公共交通機関のストが行われた。
トリノも、夕方からバスやトラムが停止。
さすがに3年近くここに暮らしていると、
ストと聞いても何も感じない・・・わけではない。従業員の権利とはいえ、不便だ。
だが不便以上に、私としてはかなり衝撃的なできごとだった
ある一件をおもいだしてしまう。

ということで、眠くて文がまとまらないのだけど、
久々に驚かされた劇場ストのことをちょっと書こうと思う。


3月14日。日本ではホワイトデーでそれなりに沸いていたこの日、
私はわくわくそわそわとしていた。
1月8日朝、寒さと霧の中並んで券をゲットした
オペラ「Il Trovatore」を翌日に控えていたからだ。
高校時代にLa Traviata（椿姫）を見て以来、ヴェルディを愛して止まない私。
貧乏学生であるため気軽にオペラに行くこともできないが、
奮発して良い席を確保し、
今回は並々ならぬ期待をもって2ヶ月間心待ちにしていた。


その14日。私は日本人のお友達と電話していたのだが。
「そういえばちべったさん、明日トロヴァトーレ観にいくんですよね？」
「あー、そうなんですよー。すっごく楽しみで、えへへへへ」
「て、やっぱりご存じないのね。明日の回はストで中止ですって」
さらっと言われた私は、頭の中が真っ白になった。
30秒ほど固まった後、思わず聞き返した。
「・・・は？」
「いや、は？じゃなくて。なんでもTeatro Regioのストが急に決まって
もう回避できない状況なんですって。
確か上演は16日が最終回でしょ。人気のあるオペラだから振り替えも無理でしょう。
しっかり返金してもらいなさいね、じゃね〜」
二の句も告げないままお友達との電話は終了した。

オペラがスト。そんなことが有り得るのだろうか。
いや、別に「劇場はスト禁止」なんて法はないが、
半官半民とはいえ、トリノを代表する文化的中心地の一つであるところのTeatro Regioが、
突拍子も無くストするものなんだろうか。
で、劇場のサイトを見てみると、しっかり
「15日はストのため上演中止。返金は16日より」と書かれていた。
しばし呆然として「しろたん」と見詰め合った後、
ご一緒する予定だったこぶーたさんに電話してみた。
「ああちべったさん、そうなのよね、ストですって」

本気なんだ・・・これはアリ、なのね・・・。
私はここ久しく感じていなかった強いカルチャーショックに
持病の顎関節症が悪化するのを覚えた（筋肉が固まるとアゴが痛む）。


オペラといえば、ネットでチケットを入手し
その日のためだけに遠方からやってくるお客もいる。
この回はどうだったのだろう。やはり見られず帰ってゆく人もいるのだろう。
こういった文化財に対する補助金は世界的に削減傾向にあるわけで、
ストを否定することはできないし、ストする側もよろこんでしているわけではないだろう。
それは分かってる、でも、なんともやりきれない虚無感に沈んでしまった。


結局、オチとしては、
こぶーたさんのおかげで16日の回を特別に見ることができた。
詳細は省くけれど、かなり特殊な経験となり、むしろ幸運だったかもしれない。
（こぶーたさん、ありがとうございました！）
それでも、こころのどこかで、
「15日に見られなかった人は今頃さぞ残念に思っているだろう」
と考えずにはいられなかった。
切ないな。


ということで、日本からイタリアにオペラを見に来るみなさん、
ご出発前に劇場のサイトをチェックするようオススメします。

</description>
  <content:encoded><![CDATA[本日、イタリア各都市で公共交通機関のストが行われた。
トリノも、夕方からバスやトラムが停止。
さすがに3年近くここに暮らしていると、
ストと聞いても何も感じない・・・わけではない。従業員の権利とはいえ、不便だ。
だが不便以上に、私としてはかなり衝撃的なできごとだった
ある一件をおもいだしてしまう。

ということで、眠くて文がまとまらないのだけど、
久々に驚かされた劇場ストのことをちょっと書こうと思う。


3月14日。日本ではホワイトデーでそれなりに沸いていたこの日、
私はわくわくそわそわとしていた。
1月8日朝、寒さと霧の中並んで券をゲットした
オペラ「Il Trovatore」を翌日に控えていたからだ。
高校時代にLa Traviata（椿姫）を見て以来、ヴェルディを愛して止まない私。
貧乏学生であるため気軽にオペラに行くこともできないが、
奮発して良い席を確保し、
今回は並々ならぬ期待をもって2ヶ月間心待ちにしていた。


その14日。私は日本人のお友達と電話していたのだが。
「そういえばちべったさん、明日トロヴァトーレ観にいくんですよね？」
「あー、そうなんですよー。すっごく楽しみで、えへへへへ」
「て、やっぱりご存じないのね。明日の回はストで中止ですって」
さらっと言われた私は、頭の中が真っ白になった。
30秒ほど固まった後、思わず聞き返した。
「・・・は？」
「いや、は？じゃなくて。なんでもTeatro Regioのストが急に決まって
もう回避できない状況なんですって。
確か上演は16日が最終回でしょ。人気のあるオペラだから振り替えも無理でしょう。
しっかり返金してもらいなさいね、じゃね〜」
二の句も告げないままお友達との電話は終了した。

オペラがスト。そんなことが有り得るのだろうか。
いや、別に「劇場はスト禁止」なんて法はないが、
半官半民とはいえ、トリノを代表する文化的中心地の一つであるところのTeatro Regioが、
突拍子も無くストするものなんだろうか。
で、劇場のサイトを見てみると、しっかり
「15日はストのため上演中止。返金は16日より」と書かれていた。
しばし呆然として「しろたん」と見詰め合った後、
ご一緒する予定だったこぶーたさんに電話してみた。
「ああちべったさん、そうなのよね、ストですって」

本気なんだ・・・これはアリ、なのね・・・。
私はここ久しく感じていなかった強いカルチャーショックに
持病の顎関節症が悪化するのを覚えた（筋肉が固まるとアゴが痛む）。


オペラといえば、ネットでチケットを入手し
その日のためだけに遠方からやってくるお客もいる。
この回はどうだったのだろう。やはり見られず帰ってゆく人もいるのだろう。
こういった文化財に対する補助金は世界的に削減傾向にあるわけで、
ストを否定することはできないし、ストする側もよろこんでしているわけではないだろう。
それは分かってる、でも、なんともやりきれない虚無感に沈んでしまった。


結局、オチとしては、
こぶーたさんのおかげで16日の回を特別に見ることができた。
詳細は省くけれど、かなり特殊な経験となり、むしろ幸運だったかもしれない。
（こぶーたさん、ありがとうございました！）
それでも、こころのどこかで、
「15日に見られなかった人は今頃さぞ残念に思っているだろう」
と考えずにはいられなかった。
切ないな。


ということで、日本からイタリアにオペラを見に来るみなさん、
ご出発前に劇場のサイトをチェックするようオススメします。

]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-23T05:23+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1003958">
  <title>「どんな男性が好みなの？」</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=1003958</link>
  <description>パスクァで同じ船に乗った仲間は、とっても愉快な人たちだった。
トリノ、ボローニャ、フィレンツェ、ミラノなど各都市から
ちょっとした縁で5日間寝起きを共にすることになったのだが
偶然できあがったグループにもかかわらず
私達は運良く、気持ちの良い笑い声の絶えない日々を送ることができた。

昨日はそんな仲間のうち、私とアンナ、トリノ近郊に住むフルヴィオの三人で
私の行きつけのリストランテで食事をした。
このリストランテはトリノの旧市街中心部にあり、
黒い石畳の街角でひっそり私たちを迎えてくれる。
内装はキャンドルと布をふんだんに使ったお洒落で品のある雰囲気、
料理も南伊・プロヴァンス料理と謳っていて重すぎずとてもおいしい。
気軽に行くことができ、時間を忘れて語り合える空気のあるこの店を
私や友人はとても気に入っているのだが、何故かいつも空いている。
そんな不思議なお店だ。

それはともかく。
他愛の無い会話がお互いの恋人の話に行き着いたとき、
フルヴィオが言った。
「ねえちべった、君ってどんな男が好みなんだっけ？」
とニヤニヤしながら言ってきた。彼は私の回答を知っている。
というのも、船の上で皆でワインを開けつつ語らっているとき
同じ質問をされた私が正直に答えて皆を凍りつかせたことがあったのだ。
彼はそのことを覚えていて、もう一度聞きたいらしい。

別に聞いた人が固まってしまう内容でもないと思うのだけど。
外見に限った好みの話しだしね。
なので私はもう一度言った。
「だから、65歳以上のステキに年取ったハンガリー人でまるい太鼓腹の男性だっつーの」
やっぱりわからん、ホントわからん、何で腹の丸いジイサンで
更にハンガリー人がいいんだと首を傾げる彼。
何故彼はそんなに悩むのかなあ。
ハンガリーはステキなおじいさんがいっぱいいたんだよと説明しても
納得できないらしい。うーむ。
なので、永遠のアイドルはショーン・コネリーだと思うというと
まあそれは分かるようなきがするとコメントされた。

でも付き合う恋人はまた別で、
実物は日本人で筋肉質で30代前半で
私にとっては世界一の男だよといいつつ
手帳に入っている写真を見せてノロケさせてもらった。


本当にとりとめのない、でもさわやかな楽しい夜だった。
ただ、それだけ。</description>
  <content:encoded><![CDATA[パスクァで同じ船に乗った仲間は、とっても愉快な人たちだった。
トリノ、ボローニャ、フィレンツェ、ミラノなど各都市から
ちょっとした縁で5日間寝起きを共にすることになったのだが
偶然できあがったグループにもかかわらず
私達は運良く、気持ちの良い笑い声の絶えない日々を送ることができた。

昨日はそんな仲間のうち、私とアンナ、トリノ近郊に住むフルヴィオの三人で
私の行きつけのリストランテで食事をした。
このリストランテはトリノの旧市街中心部にあり、
黒い石畳の街角でひっそり私たちを迎えてくれる。
内装はキャンドルと布をふんだんに使ったお洒落で品のある雰囲気、
料理も南伊・プロヴァンス料理と謳っていて重すぎずとてもおいしい。
気軽に行くことができ、時間を忘れて語り合える空気のあるこの店を
私や友人はとても気に入っているのだが、何故かいつも空いている。
そんな不思議なお店だ。

それはともかく。
他愛の無い会話がお互いの恋人の話に行き着いたとき、
フルヴィオが言った。
「ねえちべった、君ってどんな男が好みなんだっけ？」
とニヤニヤしながら言ってきた。彼は私の回答を知っている。
というのも、船の上で皆でワインを開けつつ語らっているとき
同じ質問をされた私が正直に答えて皆を凍りつかせたことがあったのだ。
彼はそのことを覚えていて、もう一度聞きたいらしい。

別に聞いた人が固まってしまう内容でもないと思うのだけど。
外見に限った好みの話しだしね。
なので私はもう一度言った。
「だから、65歳以上のステキに年取ったハンガリー人でまるい太鼓腹の男性だっつーの」
やっぱりわからん、ホントわからん、何で腹の丸いジイサンで
更にハンガリー人がいいんだと首を傾げる彼。
何故彼はそんなに悩むのかなあ。
ハンガリーはステキなおじいさんがいっぱいいたんだよと説明しても
納得できないらしい。うーむ。
なので、永遠のアイドルはショーン・コネリーだと思うというと
まあそれは分かるようなきがするとコメントされた。

でも付き合う恋人はまた別で、
実物は日本人で筋肉質で30代前半で
私にとっては世界一の男だよといいつつ
手帳に入っている写真を見せてノロケさせてもらった。


本当にとりとめのない、でもさわやかな楽しい夜だった。
ただ、それだけ。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-14T04:52+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=990541">
  <title>教皇死去</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=990541</link>
  <description>ご冥福をお祈りします。


前回、イタリアメディアがまだ「生きている」彼を
故人扱いしていたことについて書いた。
死去当日となる土曜日の朝発行の新聞は
「さようならカロル」などと一面に記され
テレビではもう追悼番組といえるようなものばかり放映されていた。
で、このことについて友達に聞いてみた。
私の周りにいるイタリア人（信仰心は希薄）の意見を纏めると、

「実際死に瀕しているし、もう高齢だし、見込みがないと医師団も言っていたから、
編成自体に疑問はない。
彼の生涯を放送するのは、彼をより身近に感じるためのもの。
信者の多いこの国にとって、むしろああいう番組以外を放送したら
かなり批判がくることは間違いないよ。
・・・でも過剰だったことは確かよね」

とのことである。
今となっては不謹慎だが、もし土曜の夜に彼が亡くならず
奇跡の回復を遂げて復帰したとしたら、これらの報道の意味はどう変わるのか
聞いてみたかったけどやめておいた。

ここ2日、主要三紙＋αを購読して情勢を見守っているが
この件に対するトリネーゼの反応が冷静であることに注目している。
トリノ大を中心とするこの地の思想風土が世論に現れていて
興味深い。
・・・そんな日曜日。</description>
  <content:encoded><![CDATA[ご冥福をお祈りします。


前回、イタリアメディアがまだ「生きている」彼を
故人扱いしていたことについて書いた。
死去当日となる土曜日の朝発行の新聞は
「さようならカロル」などと一面に記され
テレビではもう追悼番組といえるようなものばかり放映されていた。
で、このことについて友達に聞いてみた。
私の周りにいるイタリア人（信仰心は希薄）の意見を纏めると、

「実際死に瀕しているし、もう高齢だし、見込みがないと医師団も言っていたから、
編成自体に疑問はない。
彼の生涯を放送するのは、彼をより身近に感じるためのもの。
信者の多いこの国にとって、むしろああいう番組以外を放送したら
かなり批判がくることは間違いないよ。
・・・でも過剰だったことは確かよね」

とのことである。
今となっては不謹慎だが、もし土曜の夜に彼が亡くならず
奇跡の回復を遂げて復帰したとしたら、これらの報道の意味はどう変わるのか
聞いてみたかったけどやめておいた。

ここ2日、主要三紙＋αを購読して情勢を見守っているが
この件に対するトリネーゼの反応が冷静であることに注目している。
トリノ大を中心とするこの地の思想風土が世論に現れていて
興味深い。
・・・そんな日曜日。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-04T04:30+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=987913">
  <title>帰ってきました／教皇に関する報道</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=987913</link>
  <description>火曜日にパスクァの旅から帰ってきた。





いわゆるコート・ダジュールでクルージングだった。
ただぷかぷか浮いてるだけかと思ったら大間違いで
トゥーロンなどの大きな港、小さな島々の波止場を帆船でめぐる5日間になっていた。
私にとっては初めての経験。とてもすばらしかった。

で、それはともかく・・・。


現在イタリアは教皇の容態悪化で大騒ぎしている。
この冬インフルエンザで2度入院している彼。
もう80代半ばの高齢で、年始の挨拶でも衰弱は目立ったが
まさに執念で「神の代理人」を勤めあげようとしている。

彼の「功罪」は長いキリスト教会史の中でも
重要な意味を持つものだ。
詳細は避けるし、私はクリスチャンでもない。
全くの感情論だが
一人の人間として彼の強い意志に感銘を受ける。
会話が困難な状態で、声にならない言葉をなんとかつむぎ
恒例の多国語による年始の挨拶をやり遂げた姿が
（もちろん簡略な短いものだけれど）
強く印象に残っている。
・・・賛否もあるけれど・・・。

さらに風邪をこじらせて肺炎になったことのある私は
さぞ苦しいことだろうと心から回復を祈ってしまうのだが。

イタリアのメディアでは、今朝からこのニュースを大きく取り上げている。
特に国営RAIでは特別番組を組み、ほとんど一日中関連報道を続けた。
それには疑問が無いし、日本でも規模に差はあれ
取り上げられていることと思う。

が。私が驚くのは、朝の「昏睡」報道の前から、
ほとんど彼が亡くなったものとして扱われていることだ。
昏睡との言葉が出てきた後には、もう
Sta morendoとか時間の問題とか「今日中にはもうほぼ確実に」とか最期とか
そういう言い方をしているのである。
日本だったらどうだろう、「ここ一両日中が峠と見られています」とか
婉曲的な表現の上に「回復を祈りましょう」などで締めくくり、
実際に死亡するまでは
けして「死」を直接的に報道することは（特にまずNHKでは）ないと思う。

キリスト教のシステムでは、教皇の死は神に許されて職を辞するといった
性格を持つものであり、個人の死の観念とは別に考えるものだといえば
そうなのだろうけれど、
「イタリア」における報道の姿勢を方向付ける根拠にはならないような。
国民性の違い、とかそういうところにおさまるポイントなんだろうか。


・・・ともあれ、現在ヴァチカン内部、奥深くで
いろいろな動きがあることは確かだろう。
私達には見えないところで。
でも将来、それらが作り出すさまざまな変化は
相手が日本人であろうと仏教徒であろうとなんだろうと
大なり小なりの影響を与えるのだろう。全く無関係に見えても。

って、カタめの話でごめんなさい。
</description>
  <content:encoded><![CDATA[火曜日にパスクァの旅から帰ってきた。

<IMG SRC="/v2_writers/civetta/image/sudfrancia.jpg">

<IMG SRC="/v2_writers/civetta/image/portsera.jpg">

いわゆるコート・ダジュールでクルージングだった。
ただぷかぷか浮いてるだけかと思ったら大間違いで
トゥーロンなどの大きな港、小さな島々の波止場を帆船でめぐる5日間になっていた。
私にとっては初めての経験。とてもすばらしかった。

で、それはともかく・・・。


現在イタリアは{{8164,教皇}}の容態悪化で大騒ぎしている。
この冬インフルエンザで2度入院している彼。
もう80代半ばの高齢で、年始の挨拶でも衰弱は目立ったが
まさに執念で「神の代理人」を勤めあげようとしている。

彼の「功罪」は長いキリスト教会史の中でも
重要な意味を持つものだ。
詳細は避けるし、私はクリスチャンでもない。
全くの感情論だが
一人の人間として彼の強い意志に感銘を受ける。
会話が困難な状態で、声にならない言葉をなんとかつむぎ
恒例の多国語による年始の挨拶をやり遂げた姿が
（もちろん簡略な短いものだけれど）
強く印象に残っている。
・・・賛否もあるけれど・・・。

さらに風邪をこじらせて肺炎になったことのある私は
さぞ苦しいことだろうと心から回復を祈ってしまうのだが。

イタリアのメディアでは、今朝からこのニュースを大きく取り上げている。
特に国営RAIでは特別番組を組み、ほとんど一日中関連報道を続けた。
それには疑問が無いし、日本でも規模に差はあれ
取り上げられていることと思う。

が。私が驚くのは、朝の「昏睡」報道の前から、
ほとんど彼が亡くなったものとして扱われていることだ。
昏睡との言葉が出てきた後には、もう
Sta morendoとか時間の問題とか「今日中にはもうほぼ確実に」とか最期とか
そういう言い方をしているのである。
日本だったらどうだろう、「ここ一両日中が峠と見られています」とか
婉曲的な表現の上に「回復を祈りましょう」などで締めくくり、
実際に死亡するまでは
けして「死」を直接的に報道することは（特にまずNHKでは）ないと思う。

キリスト教のシステムでは、教皇の死は神に許されて職を辞するといった
性格を持つものであり、個人の死の観念とは別に考えるものだといえば
そうなのだろうけれど、
「イタリア」における報道の姿勢を方向付ける根拠にはならないような。
国民性の違い、とかそういうところにおさまるポイントなんだろうか。


・・・ともあれ、現在ヴァチカン内部、奥深くで
いろいろな動きがあることは確かだろう。
私達には見えないところで。
でも将来、それらが作り出すさまざまな変化は
相手が日本人であろうと仏教徒であろうとなんだろうと
大なり小なりの影響を与えるのだろう。全く無関係に見えても。

って、カタめの話でごめんなさい。
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-04-02T06:28+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=976540">
  <title>パスクァ</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=976540</link>
  <description>パスクァを前に、
街は卵形のチョコレートやヒヨコの人形や
「羊を食べないで！」という愛護団体のポスターや
休みの予定を聞きあう人々で溢れている。

で、この一週間、その前に片付けねばならなかった
あれやこれに集中していた。
そんな私は明日からバカンスに行ってきます。
フランスのコートダジュール、
サントロペ（カタカナで書くとなんだかヘン）の港で
帆船に乗ってぼーっとする、らしいのですが
全部同行する友人＝アンナにお任せなので
どうなることやら。

帰ってきたら写真でも載せるつもりです。


とりあえず明日は5時起床なので
早く寝ます。
みなさま、Buona Pasqua!
</description>
  <content:encoded><![CDATA[パスクァを前に、
街は卵形のチョコレートやヒヨコの人形や
「羊を食べないで！」という愛護団体のポスターや
休みの予定を聞きあう人々で溢れている。

で、この一週間、その前に片付けねばならなかった
あれやこれに集中していた。
そんな私は明日からバカンスに行ってきます。
フランスのコートダジュール、
サントロペ（カタカナで書くとなんだかヘン）の港で
帆船に乗ってぼーっとする、らしいのですが
全部同行する友人＝アンナにお任せなので
どうなることやら。

帰ってきたら写真でも載せるつもりです。


とりあえず明日は5時起床なので
早く寝ます。
みなさま、Buona Pasqua!
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-03-25T09:27+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=967970">
  <title>取れた失くした間違った</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=967970</link>
  <description>オペラのストについて書きますなんて
予告してしまったが、
なんだか今日はイロイロあったので、
とりとめのないグチなぞを・・・。

１　取れた

奥歯の詰め物が取れてしまった。
昨年夏に抜いた親知らずの脇なので、
おそらく弱くなっていたのだと思う。

なんだか丁度一年前にも同じことがあったなあ。
イタリアの歯科は高い。というか暴利だ。
プライベートの歯科医は最低でも100ユーロはする。
公立病院の比較的安い歯科医にかかればよいのだけど
良い噂を聞かないので怖かったりする。
今月末からの臨時な出費は結構大きいし、
さりとて背に腹はかえられないし、
歯ってやっかりだなあ。


２　失くした

突然だが私はペンが好きである。
コレクションをしたいというわけではなく、
使いやすい手になじむペンを長く使うことに
妙な快感を感じるのだ。

私が始めてイタリアに来た1998年、
ローマの文具店でAURORAのボールペンを購入した。
私には高い買い物だったのだけれど、書き味はよく
とても大切につかっていた。
太字なのでサインぐらいにしか使わなかったんだけど・・・

で、それをどうやらなくしてしまったらしい。
このペンにはイロイロと曰というか思い出というか
思い入れがあったし、気に入っていたので残念。
普段は日本で大量に購入してきたMITSUBISHIのSIGNOを愛用しており
あのペンの出番は極端に少なかったが、
なくなってみると、想像以上に喪失感が大きい。

思い出のあるものを失うことの切なさは、
日常の中にぽっかりあいた時の狭間で
静かに私を苦しめる。
っていうか高価なペンを衝動買いしてしまいそうでコワい。


３　間違った

現在夫（仮）に頼まれた翻訳作業（仏→日）をしているのだけれど
日曜日の締め切りを前に
（本当は15日だったんだけど）
大ミスをしてしまった。

この文書は2つのパートでセットになっていて
前半部分と後半部分の内容が非常に似ている。
Wordで入力したこの文書の確認作業をしていたら
訂正箇所が山ほどあることに気づき、
焦って午後全部かけて訂正した。
ようやく片付いて一息つき、
もう一度よくよく見たら、
前半部分の訳文を後半部分の原文で訂正してしまっていた。

・・・Wordの版管理機能を使ってれば良かった。
Word歴も既に約10年。情けなくなって思わず
しろたんを選択してしまった（関係ないけど）。

今日唯一よかったことは、
洗ったしろたんが真っ白ふわふわになったことかな・・・。


最後に、最近katiaさんに（こぶーたさんを通して）お借りした
小説のご紹介。

{amazon} 

{amazon_title}　{amazon_author}著

内容はアマゾンの紹介文をご覧下さい。
人との出会いの奥深くにある
無垢な優しさを感じました。</description>
  <content:encoded><![CDATA[オペラのストについて書きますなんて
予告してしまったが、
なんだか今日はイロイロあったので、
とりとめのないグチなぞを・・・。

１　取れた

奥歯の詰め物が取れてしまった。
昨年夏に抜いた親知らずの脇なので、
おそらく弱くなっていたのだと思う。

なんだか丁度一年前にも同じことがあったなあ。
イタリアの歯科は高い。というか暴利だ。
プライベートの歯科医は最低でも100ユーロはする。
公立病院の比較的安い歯科医にかかればよいのだけど
良い噂を聞かないので怖かったりする。
今月末からの臨時な出費は結構大きいし、
さりとて背に腹はかえられないし、
歯ってやっかりだなあ。


２　失くした

突然だが私はペンが好きである。
コレクションをしたいというわけではなく、
使いやすい手になじむペンを長く使うことに
妙な快感を感じるのだ。

私が始めてイタリアに来た1998年、
ローマの文具店で{{5319,AURORA}}のボールペンを購入した。
私には高い買い物だったのだけれど、書き味はよく
とても大切につかっていた。
太字なのでサインぐらいにしか使わなかったんだけど・・・

で、それをどうやらなくしてしまったらしい。
このペンにはイロイロと曰というか思い出というか
思い入れがあったし、気に入っていたので残念。
普段は日本で大量に購入してきたMITSUBISHIのSIGNOを愛用しており
あのペンの出番は極端に少なかったが、
なくなってみると、想像以上に喪失感が大きい。

思い出のあるものを失うことの切なさは、
日常の中にぽっかりあいた時の狭間で
静かに私を苦しめる。
っていうか高価なペンを衝動買いしてしまいそうでコワい。


３　間違った

現在夫（仮）に頼まれた翻訳作業（仏→日）をしているのだけれど
日曜日の締め切りを前に
（本当は15日だったんだけど）
大ミスをしてしまった。

この文書は2つのパートでセットになっていて
前半部分と後半部分の内容が非常に似ている。
Wordで入力したこの文書の確認作業をしていたら
訂正箇所が山ほどあることに気づき、
焦って午後全部かけて訂正した。
ようやく片付いて一息つき、
もう一度よくよく見たら、
前半部分の訳文を後半部分の原文で訂正してしまっていた。

・・・Wordの版管理機能を使ってれば良かった。
Word歴も既に約10年。情けなくなって思わず
しろたんを選択してしまった（関係ないけど）。

今日唯一よかったことは、
洗ったしろたんが真っ白ふわふわになったことかな・・・。


最後に、最近katiaさんに（こぶーたさんを通して）お借りした
小説のご紹介。

{amazon} 

{amazon_title}　{amazon_author}著

内容はアマゾンの紹介文をご覧下さい。
人との出会いの奥深くにある
無垢な優しさを感じました。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-03-19T05:49+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=965136">
  <title>みそちゃーん</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=965136</link>
  <description>前回書いた猫ちゃんの件は、いろいろ考えた末お断りした。
ここのBBSに投稿された、みそちゃんの父のコメントが
私の考えにほぼ近いものだ。
まあ、とにかく、縁がなかったと。

最近とても春めいてきたので、
街角でのらねこさんに会う機会が増えた。
写真を撮ろうとすると逃げてしまうのだが
挨拶したりちょっと遊んだりなどはしてくれるので
シアワセである。
ああ、猫・・・。

で、私の夫（仮）であるところのみそちゃんの父が
このまいぷれすで書いている日記に、
時々みそちゃんの様子をアップしている。
彼は携帯カメラでみそちゃんを撮り、送ってくれることも多い。
私はねこが大好きだけれど、やっぱりみそちゃんが一番かな。


といいつつ、初トラックバックを
彼のサイトにつけてみることにする。どきどき。



この数ヶ月でいろんなことがあった。
ここにかけないことが多いので残念だが、
近々またちょこちょこ更新再開しようと思う。
多分次回のネタは、

劇場のストでオペラがキャンセルになった

ことについて書くと思う。
詳しくは次回、だが、
オペラをネットなどで予約してイタリアに来る方は、
出発前にサイトをチェックして
ストがないか確認した方がいいかも。
特に今後は・・・。


ちなみに、
{amazon}
{amazon_title}（{amazon_author}著）。 
私が最近fnacで衝動買いしたねこの写真集&quot;Gatti del sole&quot;の英語版です。
ものすっごくオススメです。</description>
  <content:encoded><![CDATA[前回書いた猫ちゃんの件は、いろいろ考えた末お断りした。
ここのBBSに投稿された、みそちゃんの父のコメントが
私の考えにほぼ近いものだ。
まあ、とにかく、縁がなかったと。

最近とても春めいてきたので、
街角でのらねこさんに会う機会が増えた。
写真を撮ろうとすると逃げてしまうのだが
挨拶したりちょっと遊んだりなどはしてくれるので
シアワセである。
ああ、猫・・・。

で、私の夫（仮）であるところのみそちゃんの父が
<a href="http://www.mypress.jp/v2_writers/ffsir_ef/">このまいぷれすで書いている日記</a>に、
時々みそちゃんの様子をアップしている。
彼は携帯カメラでみそちゃんを撮り、送ってくれることも多い。
私はねこが大好きだけれど、やっぱりみそちゃんが一番かな。


といいつつ、初トラックバックを
彼のサイトにつけてみることにする。どきどき。



この数ヶ月でいろんなことがあった。
ここにかけないことが多いので残念だが、
近々またちょこちょこ更新再開しようと思う。
多分次回のネタは、

劇場のストでオペラがキャンセルになった

ことについて書くと思う。
詳しくは次回、だが、
オペラをネットなどで予約してイタリアに来る方は、
出発前にサイトをチェックして
ストがないか確認した方がいいかも。
特に今後は・・・。


ちなみに、
{amazon}
{amazon_title}（{amazon_author}著）。 
私が最近fnacで衝動買いしたねこの写真集"Gatti del sole"の英語版です。
ものすっごくオススメです。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-03-17T06:55+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=940302">
  <title>2月が終わる／猫がくる、かもしれない</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=940302</link>
  <description>気がつけば今月も終わり。この2月は毎日が本当に短く感じた。
細かい用事が増え、研究とは別の世界に踏み込む機会を得、
いろいろと考えさせられる1ヶ月だった。

2月初旬あたりに春のような暖かい日が続き、
結構驚いたものだったが、
この1週間ほどは日没後の冷え込みが厳しく
うっかり出しっぱなしにした洗濯物を
20時ごろ取り込むと軽く凍っていることもあった。

ベランダのマルゲリータと、
メルカートで安く手に入れたサイネリアが明るくのびのびと花をつけている。
あと数日でもう3月。私がこの街トリノに足を踏み入れてから
もうすぐ三年が過ぎようとしている。



ともあれ、最近ジムに入会したり
ちょっと変化がある私の生活なのだが、
さらにそれをひっくり返しそうな大きな選択を迫られている。
というと大げさなのかもしれないけど。

友人の知り合いが、生後2週間の子猫の里親を探しているのだ。

これまで書いたかどうかは忘れてしまったが、
私ははっきりいって「猫大好き」である。
年始にkatiaさんのお宅に彼と泊まったとき、
同居の猫ちゃんと遊んでもらうべくにじり寄って嫌われたのは
寂しい思い出である。
横になった彼の胸の上にこの猫が寝ていたのを見た際は
その可愛さに泣きそうになった。
（彼は猫のみならず動物全般に好かれるようだ。）
こぶーたさん宅の猫ちゃんも本当に可愛くて
さらに上品な毛色が美しくて
なんともうらやましい。
友人イラリアの実家の猫はまだ小さくて元気一杯なので
先週の日曜にはたくさん遊んでもらった。
そんな日々を過ごしても、私の猫欠乏症は癒されることなく
弥増すばかりなのである。

電話口で聞かせてくれるみそちゃんの鳴き声の、なんとかわいらしいことか。


で、そんな悶々とした私にアンナが持ちかけたのが、この話である。

知り合いの赤毛のお母さん猫が子どもを産んだの。
赤毛の猫って、とっても性格がいいのよ。
まだ2週間で、お母さんと話しちゃうのはかわいそうだけど、
家の都合でどうしても里親を見つけないとならないらしいの。
その話を聞いたとき、ちべったのことをすぐ思い出したのよ。
だってあなたっていつも猫猫言ってるじゃない。


今まで、この手の話は断っていた。
私は帰国を控えているのだ。それが猫にとって良いのかどうか。
もちろん飼うことを決めたら日本に連れて帰るし、経験者もたくさん知っている。
経済的な問題、健康管理、帰国後の検疫や生活、
いろいろと冷静に考えなければいけないけれど
そのあたりをすっ飛ばして熱くなってしまっている自分がいる。
猫と住みたい。起こるであろうトラブルも、全部ひっくるめて
猫と住みたい。
想いが完全に先んじてしまって、混乱している。

頭を冷やして、冷静に考えよう。だって命を共にするのだもの。


物言わぬ「しろたん」と向き合って、苦悩する日曜日。
恋文を前に逡巡する少女のような気分である。</description>
  <content:encoded><![CDATA[気がつけば今月も終わり。この2月は毎日が本当に短く感じた。
細かい用事が増え、研究とは別の世界に踏み込む機会を得、
いろいろと考えさせられる1ヶ月だった。

2月初旬あたりに春のような暖かい日が続き、
結構驚いたものだったが、
この1週間ほどは日没後の冷え込みが厳しく
うっかり出しっぱなしにした洗濯物を
20時ごろ取り込むと軽く凍っていることもあった。

ベランダのマルゲリータと、
メルカートで安く手に入れたサイネリアが明るくのびのびと花をつけている。
あと数日でもう3月。私がこの街トリノに足を踏み入れてから
もうすぐ三年が過ぎようとしている。



ともあれ、最近ジムに入会したり
ちょっと変化がある私の生活なのだが、
さらにそれをひっくり返しそうな大きな選択を迫られている。
というと大げさなのかもしれないけど。

友人の知り合いが、生後2週間の子{{141,猫}}の里親を探しているのだ。

これまで書いたかどうかは忘れてしまったが、
私ははっきりいって「{{282,猫大好き}}」である。
年始にkatiaさんのお宅に彼と泊まったとき、
同居の猫ちゃんと遊んでもらうべくにじり寄って嫌われたのは
寂しい思い出である。
横になった彼の胸の上にこの猫が寝ていたのを見た際は
その可愛さに泣きそうになった。
（彼は猫のみならず動物全般に好かれるようだ。）
こぶーたさん宅の猫ちゃんも本当に可愛くて
さらに上品な毛色が美しくて
なんともうらやましい。
友人イラリアの実家の猫はまだ小さくて元気一杯なので
先週の日曜にはたくさん遊んでもらった。
そんな日々を過ごしても、私の猫欠乏症は癒されることなく
弥増すばかりなのである。

電話口で聞かせてくれるみそちゃんの鳴き声の、なんとかわいらしいことか。


で、そんな悶々とした私にアンナが持ちかけたのが、この話である。

知り合いの赤毛のお母さん猫が子どもを産んだの。
赤毛の猫って、とっても性格がいいのよ。
まだ2週間で、お母さんと話しちゃうのはかわいそうだけど、
家の都合でどうしても里親を見つけないとならないらしいの。
その話を聞いたとき、ちべったのことをすぐ思い出したのよ。
だってあなたっていつも猫猫言ってるじゃない。


今まで、この手の話は断っていた。
私は帰国を控えているのだ。それが猫にとって良いのかどうか。
もちろん飼うことを決めたら日本に連れて帰るし、経験者もたくさん知っている。
経済的な問題、健康管理、帰国後の検疫や生活、
いろいろと冷静に考えなければいけないけれど
そのあたりをすっ飛ばして熱くなってしまっている自分がいる。
猫と住みたい。起こるであろうトラブルも、全部ひっくるめて
猫と住みたい。
想いが完全に先んじてしまって、混乱している。

頭を冷やして、冷静に考えよう。だって命を共にするのだもの。


物言わぬ「しろたん」と向き合って、苦悩する日曜日。
恋文を前に逡巡する少女のような気分である。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-02-28T00:18+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=885859">
  <title>忙しい（涙）・・・という私</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=885859</link>
  <description>最近ここにもめっきり顔を出さなくなってしまった。
課題や予定が溢れて、生活に落ち着きがない。
いつも「時間がない時間がない」と思ってしまっている。
でも、彼と電話する時間はしっかり確保しているわけで、
本当に忙殺されてるというわけではないのかもしれない。

そんな自分の生活に疑問を持っていた昨日、
久々に時間をとってのんびりネットで情報をあつめていたら、
こんな文句に出会ってしまった。


</description>
  <content:encoded><![CDATA[最近ここにもめっきり顔を出さなくなってしまった。
課題や予定が溢れて、生活に落ち着きがない。
いつも「時間がない時間がない」と思ってしまっている。
でも、彼と電話する時間はしっかり確保しているわけで、
本当に忙殺されてるというわけではないのかもしれない。

そんな自分の生活に疑問を持っていた昨日、
久々に時間をとってのんびりネットで情報をあつめていたら、
こんな文句に出会ってしまった。


<a href="<a href="http://www.mf-davinci.com/mori/index.html">森博嗣 の 浮遊研究室</a>の<a href="<a href="http://www.mf-davinci.com/mori/mori_no162.html">2005年1月17日更新 VOL.162  
</a>より

[:quote:]
「なかなか<B>固まった時間</B>が取れなくてねぇ」という話をよく聞きます。固まった時間、というのは人によってさまざまで、３時間くらいのことである場合もあれば、３カ月のこともあります。また、工作をするための固まった時間、本を読むための固まった時間など、<B>やりたい対象</B>によっても評価基準が違います。どうせするならば、<B>没頭したい</B>、中途半端なところで<B>中断したくない</B>、という気持ちは誰にもあるものです。<BR><BR>　ところが、この「固まった時間がない」が、いつの間にか、<B>言い訳</B>的に使われるようになります。他人に対する言い訳もあれば、自分に対する言い訳もあるでしょう。<B>やる気にならない</B>のは、固まった時間がないせいだ、という理屈です。しかし、いったい、<B>いつ</B>その固まった時間がやってくるでしょうか。もしかしたら、大人になった時点で、二度とやってこないものかもしれません。それに、仕事をするような大人になった時点で、既に、なにごとに対しても<B>やる気</B>がなくなってしまっているのかもしれません。そんなことはない、<B>時間さえあれば</B>できる、とおっしゃる方もいるでしょう。その<B>希望</B>でさえ、ないよりはましです。<BR><BR>　たとえば、まる１日<B>自由な時間</B>があるときは、いろいろなことがしたい、あれもこれもしたい、したい気持ちが前面に出すぎて、ある種の<B>焦り</B>が自分の中に生まれます。やってみると、慌ててしまって上手くいかなかったり、あるいは疲れてしまったり、邪魔が入ると腹が立ったり、いろいろな<B>ストレス</B>がかかる場合が多いのです。一方、今から１時間しか時間がない、とわかっているときは、１時間でできることを<B>ゆっくり</B>としよう、と考え、たった１つの部品をじっくりと整形したり、今度の工作のための下準備をしたりします。逆に、余裕のある良い仕事ができることが多いのです。<B>職人</B>さんが、ゆっくりと、静かに作業をしている姿が思い浮かびます。<BR><BR>　<B>やる気や情熱</B>で、良い作品が生まれるわけではなく、必要なものは、自分を<B>コントロール</B>するすべであり、むしろ、やる気や情熱を<B>抑制する力</B>だと感じます。」
[/:quote:]


・・・ああ・・・
耳が痛いです。ごめんなさい。
]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-01-24T03:10+09:00</dc:date>
 </item> <item rdf:about="http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=864778">
  <title>今年もよろしくお願いします</title>
  <link>http://www.mypress.jp/v2_writers/civetta/story/?story_id=864778</link>
  <description>新年のご挨拶としては遅くなってしまったけれど・・・。

自分にとって様々な意味で転機だった昨年。
年末年始は彼とともに過ごした。
友人も交えて出かけたり、
私の部屋でのんびりしたりして過ごした。
こういう平和なひとときって、本当に貴重だ。

今年はどんな年になるのかな。
ここ数日、抱負を反芻しつつ、静かに毎日を送っている。

関係ない話だが、
1月10日からイタリア全国で
バール、リストランテ等を含む公共の閉鎖された空間での
喫煙が禁止された。
昨晩はお正月よろしくカウントダウン喫煙大会らしきものが
各飲食店などで開かれたらしい。
店内での喫煙で確か27ユーロ以上、
またさらに、明らかに妊娠が分かる女性や
12歳以下のこどもの前での喫煙で55ユーロ以上
（細かな数字は各種メディアで確認してください）
の罰金が課される。最大300ユーロ弱というからバカにならない。
抜き打ちで警察が巡回するらしい。
ここで問題なのが、喫煙している客に適切な対処をしなかったり
告知をしなかったりする店の側にも
罰金が発生するということ。

私は喫煙しないので直接関係ないのだが
これがどういう議論につながっていくのか興味深い。


あと、同じく10日から、トリノ市内に交通制限が始まった。
チェントロだけらしいけれど、
ゾーンによっては、エコ車でないと走れないとか時間に制限があるとか
ドライバーにとっては結構不便な取り決めのようだ。
私は車をもっていないのでこれまた直接関係ないのだが、
周囲では早速困っている人がいる。

例えばわが友アンナ、
彼女は不動産屋で、経営者であると同時に測量士でもあり
部屋の鑑定とか客の案内とか各種手続きなどなど
オフィスにいればいいという仕事ではなく
車がないと仕事にならない。
彼女の車はエコ車らしいので、制限は少ないのだが
やはりゾーンによっては乗り入れ不可能なところがあるらしい。
「うーん、トラムでまわるわけにも行かないしなあ、どうしよう」
そうだよなあ。

とはいえ、いうまでもなく
タバコも排気ガスも環境や健康に大きくかかわる。
時に行き過ぎの議論があるにせよ、既に放置は不可能だ。
日本でも確か都内では駅周辺で喫煙してはいけないとか
私がいないあいだに様々な対策が開始していると聞いた。
私の大学でも、分煙や禁煙がどんどん進められているらしく
先日日本からもらったメールには
「休憩室でタバコ吸いながら夜まで討論てのができなくなって寂しい、
こうなったら禁煙だ、でも酒量が倍増しそう」
と書いてあった。
お酒もまた要注意なんだけどな。うーむ。


それにしても、ここ数日眠い。
布団が恋しくて仕方がない。なんでだろう・・・。
というわけで、今日も早く寝ることにする。</description>
  <content:encoded><![CDATA[新年のご挨拶としては遅くなってしまったけれど・・・。

自分にとって様々な意味で転機だった昨年。
年末年始は彼とともに過ごした。
友人も交えて出かけたり、
私の部屋でのんびりしたりして過ごした。
こういう平和なひとときって、本当に貴重だ。

今年はどんな年になるのかな。
ここ数日、抱負を反芻しつつ、静かに毎日を送っている。

関係ない話だが、
1月10日からイタリア全国で
バール、リストランテ等を含む公共の閉鎖された空間での
喫煙が禁止された。
昨晩はお正月よろしくカウントダウン喫煙大会らしきものが
各飲食店などで開かれたらしい。
店内での喫煙で確か27ユーロ以上、
またさらに、明らかに妊娠が分かる女性や
12歳以下のこどもの前での喫煙で55ユーロ以上
（細かな数字は各種メディアで確認してください）
の罰金が課される。最大300ユーロ弱というからバカにならない。
抜き打ちで警察が巡回するらしい。
ここで問題なのが、喫煙している客に適切な対処をしなかったり
告知をしなかったりする店の側にも
罰金が発生するということ。

私は喫煙しないので直接関係ないのだが
これがどういう議論につながっていくのか興味深い。


あと、同じく10日から、トリノ市内に交通制限が始まった。
チェントロだけらしいけれど、
ゾーンによっては、エコ車でないと走れないとか時間に制限があるとか
ドライバーにとっては結構不便な取り決めのようだ。
私は車をもっていないのでこれまた直接関係ないのだが、
周囲では早速困っている人がいる。

例えばわが友アンナ、
彼女は不動産屋で、経営者であると同時に測量士でもあり
部屋の鑑定とか客の案内とか各種手続きなどなど
オフィスにいればいいという仕事ではなく
車がないと仕事にならない。
彼女の車はエコ車らしいので、制限は少ないのだが
やはりゾーンによっては乗り入れ不可能なところがあるらしい。
「うーん、トラムでまわるわけにも行かないしなあ、どうしよう」
そうだよなあ。

とはいえ、いうまでもなく
タバコも排気ガスも環境や健康に大きくかかわる。
時に行き過ぎの議論があるにせよ、既に放置は不可能だ。
日本でも確か都内では駅周辺で喫煙してはいけないとか
私がいないあいだに様々な対策が開始していると聞いた。
私の大学でも、分煙や禁煙がどんどん進められているらしく
先日日本からもらったメールには
「休憩室でタバコ吸いながら夜まで討論てのができなくなって寂しい、
こうなったら禁煙だ、でも酒量が倍増しそう」
と書いてあった。
お酒もまた要注意なんだけどな。うーむ。


それにしても、ここ数日眠い。
布団が恋しくて仕方がない。なんでだろう・・・。
というわけで、今日も早く寝ることにする。]]></content:encoded>
  <dc:date>2005-01-11T05:15+09:00</dc:date>
 </item>
</rdf:RDF>