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記事 : フランスで行われた世界初のレコーディングが再生された[後編] 
08年03月28日(金)


Researchers Play Tune Recorded Before Edison
New York Times 3/27

フランスで行われた世界初のレコーディングが再生された[前編]  から続く

以前にお伝えした、フランスの植字工・鋳職人のEdouard-Leon・Scott de Martinvilleが作り出した、「世界最初の録音機(音の再生はしない)」で ある「phonautograph(自動描音器)」によって記録された「音の記録」を、 実際の音として再生する事にLawrence Berkeley National Laboratoryの 科学者達が成功しています。
記事の後半部分では、彼が自分が作り出したこの機械を、「話された言葉を 文字として記録する」、速記の進化系のものとしてとらえていた事が語られて います。同時代人であったEdisonへの対抗心も強かったらしく、「自分の技術 を盗用した」とみなした事が自叙伝にも書き残されているそうです。

歴史のなかで埋もれてしまったEdouard-Leon・Scott de Martinvilleは、 彼が敵愾心を燃やした米国の研究者達によって、「世界で最初の音の記録を 作り出した人」という栄誉を獲得するかもしれないわけですから、皮肉と言 えば皮肉です。

空気の中に消えゆく言葉、そしてそれを留めておこうとする努力。残すべき ものを選べるだけの賢さを、私達は身につけているのでしょうか …



歴史家達はこれまでもずっと、Scottの業績を認識していました。ですが、 米国の研究者達は、Scottのphonautogram群を網羅的に探しり、その録音の 再生を試みたのは、今回が初めてだと考えています。

昨年の12月にGiovannoni氏と助手は、「Institut National de la Propriete Industrielle」というパリの特許事務所を訪ねました。彼等はそこで、 Scottが「phonautograph(自動描音器)」の特許を出願した際に添付した 資料に含まれていた1857年と1859年の録音を発見したのです。Giovannoni 氏は、アーカイブのスタッフ達と共に、それらの録音の保存グレードでの デジタルスキャンを行った、と語っています。

Scottが特許を出願した時の文章に残されていた「phonautogramの記録群は Academyで作製されている」という文言などによって、手がかりが得られま した。彼等は、別のパリ団体「French Academy of Sciences」に足を伸ばし、 そこに数個の新たなScottの録音が保存されているのを発見したのです。

「そこで1860年の4月に作製されたphonautogram、9インチから25インチの 長さの素晴らしく良い状態で保存された小片に目が留まったとき、私はピン と来たのです」、とGiovannoni氏は語っています。

「それは本当に作られた時そのままに残されていました」、とGiovannoni 氏は語っています。「音の波形はとても明瞭で、きれいなものでした」

彼はそれをスキャンし、ローレンスバークレーの研究室に送りました。そし てそのスキャンは、科学者のCarl・HaberとEarl・Cornellの手によって音 へと姿を変えたのです。

彼らは今回の復元に際して、数年前に議会図書館と共同で開発した技術を 使用しました。彼等は当時、高画質議会図書館が所属していたレコードの 「地図」を、デジタルの「針」を使用してコンピューターで再生したのです。
(参考記事 :  古いレコードは粒子物理学によって保存されました

1860年に作製されたそのphonautogramは16のトラックに分離されました。 それは、Giovannoni氏、Feaster氏、Martin氏の手によって、注意深く つなぎ合わされ、Scottの手回し録音機の速度の変化に共成る調整が 行われました。

今リスナー達には、「オーディオとしての再生」というアイデアが生み出 される以前に行われた録音というものを聴く、という奇妙さについての 思索の時が訪れています。

「私達とLeon・Scottの間には、非常に大きな認識上のギャップがあります。 彼は音の本質を得るための方法は、それを見ることだと考えていたのです」、 とモントリオールに有るMcGill University(マギル大学)の教授で、 「The Audible Past: Cultural Origins of Sound Reproduction(音響 再生の文化的な起源)」という著書の作者であるJonathan・Sterneは 語っています。


Scottはさまざまな意味合いで、録音という領域の珍しいヒーローなのです。 彼は1817年にパリで生まれました。彼は科学者ではなく、印刷業に従事す る司書だったのです。彼は、速記の歴史についての書籍を発行しています が、明らかに録音というものを速記術の進化版だとみなしていました。

1878年に自費出版された伝記で、彼はEdisonが彼の手法を「盗用している」、 またレコーディング技術の目的を誤解している、と罵倒しています。Scottは レコーディング技術が目指すところは、音の再生ではなく「話し言葉を文字 にする事、phonographという単語が意味しているもの」なのだ、と主張して います。

事実を述べるなら、Edisonは独力でその進歩を成し遂げています。Edisonが 彼のレコード・プレーヤーを作成する為にScottの研究に関する知識を利用 した、という証拠は一切ありません。また、Edisonが音を再生させた初めて の人であるという栄誉を有しています。

「Edisonの業績は、今回の発見で少しも損なわれる事は無いのです」、と Giovannoni氏は語っています。

Rutgers University(ラトガース大学)のThomas A. Edison Papersの所長 を務めるPaul・Israelは、今回の発見を「めざましい業績」として称賛して いますが、Edisonのレコード・プレーヤーは、より重要な技術的な功績だ、 と主張しています。

「EdisonとScottを隔てた物は、Edisonが音を再生させようとし、それに 成功したという事なのです」、とIsrael氏は語っています。

しかし、歴史は最終的にScottをその網の目に拾い上げたのです。

McGillの教授であるSterne氏は、「私達が暮らしている今という時代は、 1880年代よりも1860年代に似ています。コンピューターというものが登場 した事によって、音というものに新しい視覚化という世界が広がっている のです」、と語っています。

Scottが求めた喝采は、彼が軽侮した音としての再現によって保証される 事によって与えられる事になるのかもしれません。また彼が暮らしていた 街のかび臭い金庫から彼の研究を救い出したのは、米国の研究者達のグル ープでした。彼は伝記で、ライバルである米国人のEdisonを嘲笑し、 自らのフランスへの愛国心を吐露しています。

1879年、死の1年ほど前に彼は、「発明者は改良者に対してどんな法的な 権利を持つのか?」と書いています。「パリジャン達よ、私達の賞を彼等 に取らせないでください」と。

世界で初めて記録された音」、「phonautogram

「新型インフルエンザ」は、非常に事態の展開が早いです。
まず記事の日付を確かめ、必ず表紙で最新情報を見てくださいね。









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