耳ツボデイズ B

 うう もたれてる……

 昨晩、カレーを作って食べた。量は3歳児が食べるのと同じくらい。大人の1人前には満たないくらい。夜7時半には食べ終わって、10時半に寝たのにこのありさまだ。

 胃が、以前と違うことを実感。


 昨日は、1回目の体重測定と耳のボールを貼りかえる日だった。測定の結果はジャスト1kg減。外食の多い1週間の割にはよくできました。と、自分を褒める。先生曰く「最初の1週間の空腹感が一番きついと思いますよ。それに慣れたら、今週からはずっと楽です。でも、なれあいにもなりやすいですからね。つい自己流でだんだん食べる量を増やしてしまう方が多い。ちゃんと食べる量を意識してくださいね」

 確かに、もうお腹が減ってひもじいよう、と半べそかくことはない。ちょっと食べればお腹がいっぱい。しまいには胃もたれをしてしまうほどだ。友人との外食中にも、満腹中枢がしたたかに働く。目の前に料理が並んでいても、平気。おしゃべりに集中できる。

 飲み物はアルコールでも何でも飲んでOK というのがよいと思う。

 ビールはゴクゴク飲んでいた。「炭酸でお腹がふくれちゃうことはないんですか?」と質問したところ、「そんなことはありません。いいですよ、飲んで。」という回答。

 一度、昼食を抜いたことがあった。仕事のタイミング上、きちんと時間をとることができなかったためであるが、そのときも「抜いてもま、いっか」という、これまでの私ならあり得ない選択に自分自身驚いた。

 「あ、それはよくありませんよ。抜いたらだめです。3食、少しずつ食べてください。2食にすると太りやすくなります。それに、昼抜いたから夜は多めに食べてもいいかと思いがちですからね」

 ごもっとも。はい、確かにそうでした〜。

 両耳のボールを替えてもらう。テープで耳がかぶれることもなく順調。夏場なので少々心配していたけど、1週間に1度のペースでも大丈夫みたい。所要時間説明も含めて10分だった。

 耳ツボデイズ1週間経過。

 「慣れ合いに注意」 と手のひらに書いて、ごくんと飲む。

 今日はヨガにも行こうかな。胃もたれ解消のためにも。







耳ツボデイズ A

 く、、くる、苦しい。。。

 今、夫とともに近所の居酒屋のランチを食べにいってきたところである。

 店につくまでは最高潮におなかが減っていたので、下手するといっぱい食べてしまうかもしれないな……と不安を抱いていたのだが。思い切って海老フライ定食なんて頼んでしまったのだが。

 食べきれない。。海老フライは私の大好物だ。それが4本もついてくる太っぱらな定食、そう、超!ご機嫌な定食なのに、、海老2本でギブアップ! 2本を意地で食べたという感じ。

 残した分はすべて夫へ。

 これが、胃が小さくなる ということなんだろうか。

 ということなんだろうなあ。

 昨日の昼は確かに、「ひもじいようひもじいよう」とぶつぶつ言っていた私。CAFE FUNに行って、カフェモカをすすりながらこのひもじさをアピールしもした。そして、ランチ前になるといい匂いがするからこれ以上ここにいられない!アデュー!! と立ち去ったものだ。

 しかし、夕方から夜にかけては、なんだかこの「ひもじい感」が心地よく感じ始めていたような節がある。

 体重計に乗ってみる。

 おお、1キロやせたね!

 数値が動き始めると俄然楽しくなってくるし、我慢もしがいがある。

 自分の順応性の高さ(その気になりやすさ)には相変わらず感心&呆れる。昨日は、くそうと恨み節だったのに、今日はもうキラキラお目目で、耳ツボ恐るべしっと思っている。

 「ひもじいのが気持ちよくなってきた。修業的な気分。」と夫に伝えると

 「いいね、そのままマゾヒスティックな気分を愉しみながらいけばいいじゃない」といわれる。

 あーー 苦しい。それにしても苦しい。

 食事を残すともったいないお化けが出るから、しばらく外食は控えよう。自炊で丁度いい量だけ作って食べよう。冷やし中華1人前を夜と次の日の昼で2回に分けて食べたりね。工夫していこう。

 !!! しまった!

 今週末、静岡の友人たちに会いに行くんだった!!! ヤバい、あの人たち美味しい店をたくさん知っている、、、ぐほ。誘惑に勝たねば!みんなと楽しさを共有しつつ、ご飯は半分に。

 やれるのか、私に。私の胃よ、小さく納まってくれるのかい?

 とりあえず、自律神経のツボをぶしぶし押して週末に備える私である。


 つづく


耳ツボデイズ @

 禁断の「耳ツボダイエット」に手を出して、いやわが耳を差し出して今日で3日目。

 なぜ禁断、かというと私の周囲に成功者が多いのは知っていたが、「楽にするっと痩せた」という彼女らに、「ふふん。私はかつて他人の力を借りずに10キロ落としたことがある。だから耳ツボなんぞにお金を払わなくてもちゃんと痩せられるのである」と豪語していた経緯があるからだ。

 あのね、はっきり言おう。

 無理! もう自分で何やっても無理! なんすかこれ!? 30代後半になると自分の体が自分のものじゃない感覚! 産後? 産後マジック? イエローマジックオーケストラ? あっという間に体型が変わっていく恐怖! こ、こわい、。こわすぎる!!

 ハアハア……

 ど、どこすか、その耳ツボやってくれるところは……

 
 てなわけで、

 もう意地は捨てたのである。意志薄弱ですみません。

 今、私の耳には左右それぞれ7粒の小さな小さな金属のボールが張られている。上から肌色のテープで覆ってあるため、ちょっと見ではわからないだろう。張ってあるからと言って、痛みや違和感はまったくない。ボールは耳にある、自律神経・内分泌系・胃腸のツボを24時間刺激するために貼るのだそうだ。1週間に1度貼り替えに行くことになっている。

 ここで皆さんは、耳にボールを貼っておくだけで痩せるのか、とお思いだろう。実は私もそうなのかと思っていた。

 ところがだよ。実際は、耳にボールを貼りつつ、

 食事量を今までの半分にしなくてはならない。という厳しいお達しが出るのである。

 半分! ぎゃー!

 もちろん、間食はナシだ。

 そりゃ痩せるわな!

 ただし、面白いことに量を半分にすれば何を食べてもいいとのこと。おそばを半分だろうが、かつ丼を半分だろうが構わない。野菜ならいっぱい食べてもいい、ということはなく、あくまでも食べる量を通常の半分にしなくてはならない。カロリー計算や栄養バランスは気にしなくていいとな。えーーほんとですか? 控えるのは牛乳やヨーグルトなどの乳製品。飲み物に制限はない。つまみを食べ過ぎなければアルコールも飲んでいい。

 「フルーツはどうでしょう?」 と聞く私にそこの先生は言った。

 「イトウさん、フルーツは、来年も実りますよ」

 ぐおっふ ははは そ、そうですよね…… 果糖は控えたほうがいいようだ。あえて積極的に摂取しなくてもよいとのこと。

 短期決戦が肝の耳ツボダイエット。要は「胃を小さくする」ことがテーマであるということに、にわかに気付く。けして、ボール貼ってりゃみるみる痩せるというわけではない。耳ツボへの刺激は食事制限を助けるだけのものだ。

 いやだって、つらいもの。実際。空腹を耐えるのは(泣)。誰ですか、耳ツボは楽と言ったのは!

 開始3日目。おなかへっている。当然、体重は落ちていっている。至極当然に。

 「信じてやってください。信じないままにやっているとそれなりの結果しかでません」

 先生はそう言っていた。5日も経つと次第に空腹感に慣れて、体がスッキリして身軽になってくるらしい。なんとなくそれはイメージできる。

 施術者によっては耳ツボ刺激にプラスしてサプリメントを処方するところがあるらしいが、私が通い始めたところはそれを行ってない。だから選んだというのもある。あと、料金が安い。1回あたりの施術料金が平均的な価格から800〜1000円ほど安いようだ。

 安いつったって、おゼゼを払ってるんだから、バシっと決めなくちゃね。失敗したらお金をどぶに捨てるようなもんですよ。

 くそーー

 空腹感から解放されるのはいつだ?

 耳ツボデイズ、今後の展開にご注目を。




花と骨
 3歳児というものが、「死」を実際どこまで理解しているのかわからない。

 うちの娘が言うには、「ホワイティ(私の祖母)は、毒りんごをたべてしんじゃった」らしい。そして「おうじさまがむかえにきてくれる」とのこと。

 棺に横たわる祖母の顔を見たらどんな反応を示すだろう。もしかしたら怯えてしまうのではないだろうか。そんな親の心配をよそに、彼女はなんども棺の中を覗き込んでは「ホワイティだね」とうんうん頷いていた。面白いのだろう。幾度も線香をあげては「おうじさまがきますように〜」と祈っていた。

 穏やかな死に顔だったから、こんなふうに明るく別れられる。

 
 葬儀の終盤、参列者全員で棺を生花でいっぱいに満たした。娘ももちろん手伝った。「おはなやる〜〜」と喜びいさんで。

 
 そのときの花の多さといったらなかった。こんなに入れて大丈夫なのかと思うほどたくさんの、色とりどりの花を入れた。菊、バラ、カーネーション、トルコキキョウ、カーネーション、蘭、かすみ草、ユリ……

 
 あのときの、生花それぞれの花弁、おしべ、めしべ、ガクの形。あまりにも「生」を感じさせるディテールは、もの言わぬくせに圧倒的な迫力があった。ぞっとするほどの生々しさだ。けれど、それらのなかに埋もれている祖母の、もう血の気のない顔もまた「生」を語っているのだった。「死」も「生」も何が違うのだろう。生きているものも死に逝くものも何も変わらないではなないだろうか。

 すべては通じている?

 葬儀場で私は一瞬だけ、永遠を思った。

 そのころ、ようやく娘も周囲の雰囲気に気おされて泣き出した。「ホワイティ……」と悲しい声を出すから、まるで泣き女だった。かわいそうに、と皆の涙を誘っていた。

 
 花とともに燃えて、祖母は1時間で骨になった。

 蝶になったのならともかく、この変態をどう娘に説明しよう?

 小細工は抜きにした方がいいなと思い、収骨室に連れていき、それが祖母であるということを伝えた。
 
 「ホワイティ、ほねになっちゃった!!」

 さすがにインパクトがあったのか、目をまんまるくしていた娘。神妙な顔つきになると、もう一度「ホワイティはほねになったね」と頷いた。

 それから、私と主人と一緒に箸を使って、祖母を壺に納めた。

 
 「ホワイティ、天国に行ったかな」

 帰り道、娘に聞いてみた。

 「いったよ」

 まるで、そこのコンビニまで行ったくらいの軽さで彼女は答えた。

 「そうだね、行ったね。」

 「おうじさまきて、いったよ」

 
 ふうん、そっか。

 
 3歳児が、死をどこまで理解できるのか私にはわからない。でも、私には娘が頼もしく思えて仕方なかった。
 

 
 「あ 忘れてた」

 葬儀が済んで2日後、母がめくり忘れていた日めくりカレンダーを7枚破く。

 そうか。

 あの奥座敷にあった、白くて長い棺は、文鎮でもあったのだな。失うと再び、留められていた時が流れはじめることになっている。

 娘は、いつもと変わらずに世話しなく、白雪姫ごっこをして遊ぼうと私を誘う。

 
 こうして祖母は逝った。祖母と過ごした日々は終わった。

 
 私はあの花の棺に、まだとりつかれている。




おばあちゃん

 6月23日 早朝実家から電話がかかってくる。

 「6時55分に、おばあちゃん亡くなったからね、そういうことだから、ね」 母からだった

 おばあちゃんしんじゃった なう。

 不謹慎にも私はそう何度もつぶやいた。口の中で。頭の中で。まぶたの裏で。

 おばあちゃんの容態は数ヶ月前から危ぶまれていたのだった。元来、体が丈夫だったらしく、あぶないと言われながらも幾多のピンチを切り抜けてきたおばあちゃん。

 私はこの数ヶ月間、いつどんなときに緊急の電話がかかってくるのかヒヤヒヤしていた。だから、出張の仕事が入るとうれしい反面、出かけているときに何かあったらどうしよう、とはいえ仕事は蹴れないし、休みたくないし・・・・・・という不安と葛藤を常に抱いていた。どうか仕事が終わるまでがんばっておばあちゃん! 最終的にはそう祈るしかなかった。

 それが本当に、締め切りの日のとてもキリのよい日に現実になったのである。ちょううど、この日に仕事を納めてしまえば当分スケジュールは白紙・・・という絶妙なタイミング。おばあちゃんは全部わかっていたのかな。私のことを待っていてくれたのかな

 私は、とりあえず仕事をした。集中して、仕事をした。そしてできあがったものをメールで納品した。それから大きな大きな深呼吸をした。

 終わりました。おばあちゃん、全部終わったよ! ありがとう!

 
 小学校の教師だったおばあちゃん。日本舞踊の名取で武艶という名も持っていた。晩年は私がつけたあだ名「ホワイティ」(見事な白髪だったから)で家族に親しまれていた。とてもスタミナがある人。毎日4時間くらいしか寝ない人だった。

 そのせいか、目を閉じている顔は見慣れていないことに気がついた。

 実家。

 白い棺の前で、初対面の気さえするおばあちゃんの瞼に「ただいま」と挨拶をする。

 やれるだけのお世話はすべてやったから悔いはない!という母とおばの声が頼もしかった。そのせいか、部屋の中が明るい。友人がもってきてくれた大輪のユリの花の白さのせいもあるかもしれない。なんだか光が満ちているようだった。

 ありがとう という言葉が胸からすんなりとつっかえなくのどを通って音になって私の口から出ると、横たわったおばあちゃんの鼻腔に入って胸にすーっとしみこんでいくのを見届ける。

 水泳とかぎ針編みと習字を教えてくれたのはおばあちゃんだった。

 今でも編み物ができるのは、子供のときにおばあちゃんが教えてくれたからなのである。

 待っていてくれてありがとう

 本当は違うかもしれないけれど

 私のおばあちゃんという特別なひとの死が、現実になり、日常の中にすっぽりと納まって違和感なく受け入れられたことに感謝する。

 誇りをもって送り出せる、そんなひとの家族の一員であることに感謝する。

 おばあちゃん

 どうもありがとう。




3歳4カ月

 3歳4カ月になった娘。

 ここのところ私の生活リズムが不規則なので、落ち着かない空気が彼女にも伝わっているようだ。

 自分の思い通りにならなかったときの、爆発ぶり。

 「なんでっ? なんですぐにもってきてくれないのっ??」 とか言いながら、床に向かって斜めに崩れ落ち、あううあうううと背を揺らす。

 女優っす。見事っす。

 まーでも私もいけないよね。子供と向き合うのって片手間でできることじゃないんだ、やっぱり。そこは反省している。

 仕事がひと段落したら、もうちょっといいママになりたい。

 ちょうど成田に里帰りするので、その間は気の早い夏休みとして、親子でぐにゃぐにゃとろけようと思ってる。

 6月の浅間様にお参りもしたい。3度目の浴衣を着せて。






おだわらノート 始動

 モトカさんと私の間で約2時間そんなやりとりがあって、おだわらノートは誕生した。

 コーヒー一杯とチーズケーキプリンひとつ。ひとつの企画が始動するまでに要したカロリーはそれだけ。時間をかけちゃいけないと思った。

 未熟なままに走り出したいと思った。

 それだけワクワクする打ち合わせだったのである。

 信号をすべて青に変えちゃったみたいに、いろんな空想がどんどんスピーディーに走り出して私自身久々に駆け出したい気分になった。


 今すでに数冊が小田原の街に散っている。この街に暮らす人、遊びに来た人がいつか偶然に目にするだろう。そのとき、ページをめくり何を感じるのか、それ自体が楽しみだ。

 そう。このノートを始めたことによって何がおこるかはわからない。

 本来、企画とは目的や目標値をもってはじめるべきだろう。

 でも「おだわらノート」に関しては、すべて動きながら、展開を受け入れていくスタイルでいこうと思う。

 向かいあうべき問題を発見したら立ち止まりたい。

 面白く派生する新たな企画があれば、ぜひ盛り上げたい。

 でもどこに辿りつくのかはわからない。

 あえて、決めないまま。

 うーーん 楽しみ。


 「楽しみ」っていう感情が、一番大切なのだと思う。意味や利益をさておき、夢中になれるものがあるというのは、どんなに心強いことだろう。

 このご時世、ノートとペンに何ができるだろうか。

 ノートとペンでどのくらいの人たちをワクワクさせることができる?


 くーーーー なにもかも楽しみだよ。

 
 雑踏をつくろう。



 「おだわらノート」 下田もと佳×イトウアヤコ (soulbeautey.net#2)


 ■おだわらノート ツイッター http://twitter.com/odawara_note
 
 
 ちなみに私のツイッター http://twitter.com/masanimasaru





おだわらノート 誕生 3

 「おだわらノート」。

 あのですね、ノート。ノートありますよね、普通の。あれを小田原のあちこちに置くんです。人が集まるカフェや飲み屋さんとか。で、そのノートは昔喫茶店によくあった落書きノートみたいに何を書いてもいいってことにするの。

 これって、誰にでもできるツイッター。

 小さい子もお年寄りも、いつでも誰でもつぶやける。電気もいらない。使うのはノートとペン1本。パソコンが苦手な人もインターネットに興味がない人もできる。公平でしょ?

 だからノートはカフェだけじゃなく、塾や病院にも置いてもらえたらいいな。小田原の街のいろんな場所で、いろんな年代の人のつぶやきを集める。

 そして、つぶやきがいっぱい集まったらイベント会場を借りて、ノートのページをコピーしたもので、そのハコじゅうを埋め尽くすの。壁、天井、全部。

 それで表現してみたい。小田原の雑踏を。

 
 自分でも驚くほど舌がなめらかなのは、ヨガに行った後だからなのかなあともう一人の自分が冷静に見つめている。

 「でも、ノートを書いている人たちは、そのイベントまで他にどんな人たちがこの街にいるかわからないというのはどうだろう。例えば、海の方の人、山の方の人、街の方の人のつぶやきが交錯するような展開があったほうがいいんじゃないかな。」

 ぬおう

 そうか……

 !

 では定期的にノートをシャッフルしませう!

 海の方に置いたノートを日数が経ったら山の方にまわすんです。すると、山の方の人たちはノートをめくると海の方の人たちのつぶやきを見ることができる、という寸法で。

 「なるほど〜〜」

 同じように、塾においてあったノートを飲み屋さんにまわす。それも読者にはおもしろい発見を運ぶだろう。エステサロンからライブハウスへ。ライブハウスから病院へ。いろいろな状況にある人たちのつぶやきが交錯する。

 これはなんて面白いことなんだろう。

 面白そう。単純に面白そう。

 面白そうじゃ、ない?

 
 つづく


 
 


おだわらノート 誕生 2

 つながらなくていい。でも、いろいろな人がいることは知りたい。知らせたい。

 「雑踏をさ、つくりたいんだよね。」 モトカさんが言った。

 雑踏。たくさんの人々が行き交う雑踏。そこでは別に必ずしもドラマが起こるわけではない。行き交う人たちが必ずしも挨拶をしあう訳ではない。

 でも、ああたくさん、いろんな人がいるなということを受け入れることができる。だって実際にたくさんの人がいるわけだから。

 そして、何かの拍子でショーが始まれば見たい人は見るし、先を急ぐ人はあくまでも自分の方向へと進んでいく。

 そういう雑踏が、小田原にはないんじゃないか。土地の形のせいもあるし、街に暮らす人たちのライフスタイルのせいもある。誰が悪いとかではなく、単に雑踏がない。

 なるほどね。

 雑踏ね。

 「イベントをやってそのときにわっと人が集まったとしても、次の日にはまた元に戻るでしょ。だからイベントをやったからって大きく何かが変わるわけでもないんだよね」

 ああそうか。それもそうだな。

 うーーーん。どうしたら作れるかな、雑踏。

 tenutoの濃厚なチーズケーキプリンをひと匙食べたら、ふと思いついた。いや、思い出した。

 「喫茶店のノート」のこと。

 数日前、ツイッター上で、最近小田原あたりでツイッターやっている人たちの間で話題のとあるカフェに伝言ノートを置いたら面白そう という話があがっていて、私は妙にそれが心に残っていたんだった。

 喫茶店のノート。むかしはよく喫茶店にノートが置かれていたものだ。そのノートには、店への感想や、誰かへのメッセージ、あるいはただの落書きが書かれていた。お客が暇つぶしに書くのである。それをまた、暇なお客がパラパラ読んで、フッと笑ったり、誰だこの人知り合いじゃないか? なんて想像をめぐらせる他愛のないものだ。

 ノートの中になら、雑踏って作れるんじゃないか、な?

 土木工事を要さない、すごくシンプルな雑踏づくり。

 人々が行き交う新たな媒体。

 !

 
 な、なんかワクワクしてきたぞ??

 「おだわらノートってどうでしょう。」 とっさに口から出た企画の名前は「おだわらノート」だった。


 つづく






おだわらノート 誕生 @

 あれは6月8日、火曜日のこと。

 ヨガのレッスンを終えた私は、急いでカフェtenutoさんに行く。FMおだわらでお世話になっているモトカさんと打ち合わせのためだった。

 先月から二人してつぶやいている「秋に何か面白いイベントをやりたいね」という内容についての話合い、というかブレーンストーミングが目的。

 ここのところ小田原に住む人たちと交流することが増えてきて、いろいろと触発され、新参者の私も何かこの小田原という舞台を使ってイベントを仕掛けたいなあと考えているのだ。

 いくつかの案や想いを話ているうちに、ふとモトカさんが言った。

 「小田原の人ってさ、あそこで何か面白いことやっている人がいるって聞くと、ふーんどれどれって気にしてちょっと見てみるんだけどさ、へーって納得して、知ったからって別につながらなくてもいいって気質なんだよね。」

 な、なんと!!

 つ、つながらなくていいとは!!??

 すごく新鮮な話だった。私はこれまで誰かとつながりたくて、成田でも小金井でももがいてきたように思うのだが、つ、つながらなくてもいいとは! 

 べっくらこいた!!!

 いや待てよしかし、それって本音かもしれないな。別に人って無理に繋がらなくてもいいわけだよ。つながろう、みんな。それが社会。という考えも間違いではないけれど、つながらない形っていうのも確かにあっていい。

 うわーー 私、その形を考えたことなかったよ。今まで。

 イベントをやろうって言って打ち合わせをしているのに、モトカさんたら。つながらなくていい、とは! くっくっく。

 なんかすごく面白くなっちゃって。私の脳みそにスイッチが入ったんだよね。

 
 つづく