| 【記事】 6−1 志集 |
絶対零度-Returns- |
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この時間になるとまた人は早足になる。残業を終え勤め先からの帰宅を急ぐ男たちが、ほとんど一駅分ある長い地下街を競うように歩いている。もう10年以上前、私はこの道を毎日通っていた。しかし職場が変わってからは、ここを通るのは随分久しぶりのことだった。
もうしばらく歩くと、右に左にビルへとつながる入り口が現れ始める。駅へは幾通りかの行き方があるのだが、私は一番手前の広いが階段をいつも選んでいた。そのころのように階段を上り、緩やかに右手に曲がる通路を歩き、天井の高いコンコースへと出ると、そこはあの頃と同じように、あらゆる場所から集まってきた人々の開放的なざわめきに満ちていた。 その時私は思わず足を止めた。 人混みの中に見るはずのないものを見てしまったからである。 それは女だった。身を守るように四角い太い柱を背に立っている女だった。 私の記憶が正しければ、彼女は10年前にもそうして立っていたのだ。寸分違わぬ姿で。 女の立ち姿は筋肉を使って自らの意志でそうしているというより、柱の後ろから出ている見えない手に支えられているかのような、力無くしかし揺らぐことのないものだった。足下にはなにやら本のような物が積まれていた。そして一番特徴的なのは首から提げられたプレートの様な物だった。それは明らかに画用紙でできており、太いサインペンでこう書いてあった。 「私の志集」 彼女は昔もそうして自分「志集」を売っていた。 それにしてもこの人はいくつ位なのだろう。遠くから見ている分には20代半ばぐらいに見える。だとしればあのころの彼女は10代?そんなはずはない。 だいたい彼女はその時でも同じぐらいの歳に見えたのだ。彼女は本当に同じ人なのだろうか。彼女は私が通らなかった10年間にもここでこうして自分の詩を売っていたのだろうか。彼女が同一人物だとして全く歳を取っていないように見えるのはなぜだろうか。 私は昔一度好奇心に駆られて、その人の「志集」を買ってみようと思ったことがある。しかし「詩集をください」と話しかけた私にその女はこう答えたのだ。 「私の詩は売り物ではありません」 買うという言葉への絶対的な拒否。 それは理不尽な恐怖の体験だった。 私はプロレスファンではない。プロレスを見守る者である。 その私にとってプロレスは彼女の売っている詩集のような物であった。なにか漠然とその正体を知っていながら、手に取ろうと思えば拒否され、ついに中身を知ることはなしに長い間気にかけていたもの。 しかし近年プロレス内部いたものが告発者となった本が出版され、バーリトゥードでプロレスラーが恥ずかしげもなく完敗し、なによりも自分が少々賢くなり、私は「プロレスの教科書」の中身を自然に手に取ることができるようになった。そしてそれでもなお、私は幸いにもプロレスを楽しめる才能を持っていた。 あれから10年、私が出会うことはなかったが、彼女は変わらずここに立ち詩を売っていた。 私は彼女の前までいって目を見ながら「詩を読ませてください」と言った。 すると女はにっこりと笑って…。 夕刊プロレス2706号(2003/9/4)掲載
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